イスラーム世界の論じ方

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  • 中央公論新社
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (425ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120039904

感想・レビュー・書評

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  • まさか、こんなにもすぐに読み返すことになるとは思わなかった。以前読んだ時2005年デンマークのムハンマド風刺画事件の重大性をいまいち理解できなかったが、シャルリー・エブド襲撃の後読み返してみて改めて問題の根深さを思い知らされた。日本では対イスラームについてはやたら相互寛容が説かれるが、それは「表現の自由」の重大性を棚に上げている部分がある。殊更フランスにおいては、風刺の伝統から、風刺対象に例外を設けることには根強い抵抗がある。まして、移民など内政問題としてイスラームは存在する。
    「表現の自由」重視の立場を踏まえての葛藤という点で本書は特殊である。

  •  読むのはかなり大変だったのだけれど、イスラーム世界における宗教的な考え方のベースみたいなものは理解できた気がする。でもこの理解によると、正攻法での緊張緩和もまた無理ということになってしまうのだが…。
     ちょっと硬い文章でもよいから、イスラームについて考えてみたいという方にお勧めします。

     2002-2008年の間に発表した原稿を分類し、意図を持って並べ替えた論文・論説集と言える。初めに、アラブから見た日本の姿やイスラーム教における世界のあるべき姿などを説明し、日本でのアラブ報道を紹介した上で、最近のアラブに関する出来事を解説している。

     第I部を読むのは少々辛いのだけれど、アラブにおける平均的な論理や、イスラーム教における政治と宗教のあるべき姿と現状、そしてどのように理想を実現しようとしているのかが3つの類型で説明されており、現在のテロ組織が行っている理論武装の根底が理解できる。また、キリスト教リベラル派における政治と宗教の関係についても触れられており、これらを踏まえた上で数々の事件を読み解くと、何が根本原因なのかが理解できる。
     キリスト教とイスラーム教の成立過程における違いが、宗教から分離した世俗的な価値の追求と、コーランを大前提とした宗教的価値を世俗的価値よりも上位に置くという価値観、という違いを生んだ。つまり、西欧ではイスラーム教は全て平等に扱われる宗教の一つなのだが、アラブではイスラーム教は全ての大前提であり、その下で全ての価値が存在を許される。このため、西欧の価値観の下でイスラーム教を扱うことは、アラブにとっては許されざる大罪ということになるし、逆に、イスラーム教を特別扱いをすることは、西欧の価値観の敗北につながる。こういったことが各所での対立の根本にあるらしい。

     日本の場合はどちらかと言えば西欧的であり、価値の平等が認められているけれど、この平等を絶対とはみなしていないと思う。全ての価値を平等にすることは絶対的な価値をなくすことでもあるけれど、日本の歴史の重要なポイントでは絶対的な価値がしばしば登場する。例えば文明開化であり、グローバル化であり、エコがそれに当たる。この絶対的な価値に反する全ての価値観は排除され、ひたすら愚直に絶対的な価値の実現に向けて進むのが日本的であるのかも知れない。

     とにかく、それぞれの文化的背景を理解し、何が起こっているのかを正しく読み解き、どこに問題があるのかを正確に把握しなければ、国際的な課題を解決する糸口にすらたどり着けないということを教えられました。

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