人質の朗読会

著者 :
  • 中央公論新社
3.65
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感想 : 658
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  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120041952

感想・レビュー・書評

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  • 人質の朗読会というタイトルから想像していたのは、傷つき疲れきった人達の嘆きのような語りだった。
    なんてバカなことをことを考えていたんだろう。
    もっとずっとずっと素敵な物語だった。

    人質になった8人と朗読を聴いていた特殊部隊員が語ったのは、「自分の中にしまわれている過去、未来がどうあろうと決して損なわれない過去」。
    誰にも言わずにいた、お守りのような思い出だ。

    こんな物語を語れるなんてうらやましいなと思った。
    どの朗読もその特別な時間を一緒に過ごした人への思いやりが溢れていて、とても優しい。
    時が経ってから振り返ることで、自分にとってその時間がどんな意味を持っているかが明確になるのかもしれない。
    何気なく過ぎていく無数の瞬間の中に、時間が経てば経つほど鮮明になっていく一時が確かにあるように思う。

    特に素敵だなと感じたのは「杖」、「コンソメスープ名人」、「ハキリアリ」。
    共通点は幼少期の思い出だということ。
    9つの物語の中でも特に驚きと好奇心に満ちていて、一際キラキラしていた。
    すごくすごくキレイで、スペシャルな時間をお裾分けしてもらった気分。とても幸せな一時だった。

    • まろんさん
      この本、私もとても気になっていたのですが
      タイトルのイメージから、「救いのないお話だったらどうしよう。。。」と
      読むのを躊躇っていました。
      ...
      この本、私もとても気になっていたのですが
      タイトルのイメージから、「救いのないお話だったらどうしよう。。。」と
      読むのを躊躇っていました。

      「未来がどうあろうと決して損なわれない過去」。。。とても素敵です♪

      takanatsuさんのこの感動に満ちたレビューのおかげで
      もう迷いなく、読むことができます♪ありがとうございます(*^_^*)
      2012/07/14
    • takanatsuさん
      そうですよね。私もタイトルで警戒していました。
      でも、心配する必要はなかったなと読み終わった今は思います。
      まろんさんのレビュ、楽しみに...
      そうですよね。私もタイトルで警戒していました。
      でも、心配する必要はなかったなと読み終わった今は思います。
      まろんさんのレビュ、楽しみにしてます!
      2012/07/14
  • どのお話も良い。
    いろんな世界に連れて行ってもらえて、一気に読んでしまった。

    最終章で語られる衝撃が、この本全体をさらに忘れにくくする。

  • 静かで厳かで、いっそ宗教的なにおいさえする話。
    それぞれが思い出を語るが、人質にされ死と隣り合っているからか、どの話にも生と死が濃厚に漂っていた。

    読み終わって、悲しくて寂しいのに、なぜか満ち足りた気持ちもする。
    たりなかったものが少し埋まったのだろうか。
    誰に対してかもわからないが、感謝の気持ちも溢れてくる。
    なんだろうな。
    強いて言えば、通りすがりの人に親切にしてもらった時の気持ちに似ている。


    追記 2022 12/13 2回目
    改めて読み直すと、この本はガーゼに似ている。
    絹や木綿の布ではなく、赤ちゃんや手当に使うガーゼ。
    みんなが授業中、遠くにグラウンドのざわめきが聞こえる中、白い保健室で保健の先生にそっとガーゼを当て包帯を巻いてもらっているような、そんなイメージが頭に浮かぶ。
    傷が見えなくなる安心感と、手際良く優しく手当てしてくれた人に対する感謝と尊敬の念。
    人質として死も間近に感じている人たちの話なのに、そこには不安ではなく安らぎを感じた。

    読んだはずの「槍投げの青年」と「花束」が読み始めてしばらく経つまで思い出せなかった。
    一方、一番記憶が鮮明なのは「死んだおばあさん」だ。
    生きている人ではなく、それぞれの既になくなっている人に似ているという話のインパクトが強いからだろうと思ったが、最後の一文に打ち抜かれた。
    「コンソメスープ名人」もよく覚えていた。
    美味しそうで崇高な、それでいてやっぱりいい匂いまで漂ってきそうな、一緒にそばで見ていたような臨場感があるからか。
    「冬眠中のヤマネ」は私がぬいぐるみが好きだからだと思う。
    改めて読み返すと、もちろん奇妙な人形たちが印象的なのだが、おじいさんの心境を考えると胸が苦しくなる。

  • 外国の地で誘拐され亡くなった8人が、監禁中に
    自分の事について朗読をし、それをラジオでながして
    という体の短編集。
    登場人物のそれぞれの半生の一部分が本人の口から語られ、聞き手がその名もなき人の一生を想像する。
    物語の聞き手と読み手が同じであり虚構と現実の差しか無い、ラグ?のなさがこの物語をかえって考えさせないようにしているように思える。
    会話で無く、朗読。しかも一度文章に書き出したものを自分の口から虚空に向けて語るのは、一つの祈りの形であるし、受け入れるための儀式のようにも思える。

  • 物語の構成が素晴らしかった。

    一度聞いただけでは覚えられないくらいの遠い異国の地で、日本人のツアー観光客8人が拉致され人質として囚われた。
    事件は膠着状態のまま月日が流れていき、いよいよ三ヶ月が過ぎた頃、軍と警察の特殊部隊が強行突入。激しい銃撃戦の後、犯人グループは全員射殺、人質は犯人の仕掛けたダイナマイトの爆発により全員死亡。
    ここで「えー!」って感じで口がポカン。軽いショックを受けながら読み進めると、2年後に人質が囚われていた小屋を盗聴していたテープが出てきた…。

    ここから人質たちの朗読会の様子が語られていく訳ですが、こんな冒頭で始まってしまったら興味と期待が膨らんでしまうでしょ。

    それぞれの話しは自分が体験した過去の話。心の奥底にしまわれていた記憶。

    8人の物語が綴られていく訳ですが、内容は小川洋子さんらしい優しくちょっと不思議で魅力的な物語。このままで終わっていたらただの短編集だったなと思う所を、最後はこの朗読会を盗聴していた特殊部隊のひとりの物語で締めてある。

    人質たちの過去を垣間見て、気持ちを共有できて、この人たちは最後どんな思いで亡くなっていったのかな、とかなり余韻に浸ってしまいました。

  • 私も朗読会に耳を傾ける一人となりました。人質の語る話はすべてどこかに死がまざっている。丁寧に語られた話はずいぶん昔の話で、それから大分時間がたってい、みなおじさんおばさんの年齢だが、今となってはその人たちもいない。2段階に時間が早送りされた感じだ。『やまびこビスケット』が心に残る。お話の最後の1行とプロフィールの1行の行間に詰まった年月に思いをはせる。今のところ今年1番。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「私も朗読会に耳を傾ける一人と」
      小川洋子には、いつも驚かされる、話の構成と表紙の装丁(今回は彫刻家の土屋仁応)に、、、
      しかし辛い話です。...
      「私も朗読会に耳を傾ける一人と」
      小川洋子には、いつも驚かされる、話の構成と表紙の装丁(今回は彫刻家の土屋仁応)に、、、
      しかし辛い話です。。。
      2013/02/26
  • テロ事件の人質という状況下で、たぶん心のどこかに死を意識しながら、8人それぞれが朗読する創作(あるいは実話?)を集めた短編集。この設定が秀逸。
    どのストーリーも決して明るくキラキラしたものではなく、どこかもの悲しい雰囲気が漂う中、でも彼らがしっかりと生きてきた証のような素敵なエピソードがちりばめられる。
    お気に入りは「花束」と「やまびこビスケット」。地味に毎日を生きる年配者が、やはり地味に生きる若者の心を静かに動かすところがいい。

  • 文庫版が出たので再読。

    印象深かったのは、やまびこビスケットと冬眠中のヤマネ。癖があり世に背かれてしまうような偏屈さをもつ老人と交流する若者の姿が好きだ。記憶からいつまでも消えない日常の中の些細な非日常を、自分を構成する大切な要素として語る、しかも命の危険に晒されているときに、というのは凄い発想力だと思う。さすが小川洋子。大好きです。

  • 8編を読む間、朗読会を盗聴していた特殊部隊の兵士が、あるいはラジオの前の人々が、人質の聴衆が、きっとそうしただろうように、そっと息を詰めて全神経を以って耳を傾けているような心地がした。

    面白みのない8編が、暫しの後に死亡することを知らぬ人質による朗読会の様相を呈して初めて、またそれを特殊部隊のある兵士が聴衆となって耳を傾けていた事実を加味して初めて、緊張感を持って耳を傾けるものとなる。

    息遣いの音も響かせてはならないような小さな緊張感がこの小説の本質のような気がしてならない。読後は、暗がりから躊躇いがちな拍手を聞くような心地がする。

    -----------------------
    内容

    地球の裏側でゲリラに襲撃され誘拐された遺跡観光ツアー参加者7人と添乗員。救出作戦の手抜かりがあったか、人質は全て死亡した。
    ゲリラグループを盗聴していた兵士の自己判断から遺族の元にわたったテープが、2年を経て、ラジオ電波に乗った。
    人質たちが退屈な時間を紛らわすために、一人ずつなにか一つ思い出を書いて朗読し合おうと始めた、朗読会がラジオから流れ出す。

    面白みも、ヤマもオチもない、感動できず、何の感想も覚えない。人質たちがかつて経験し、彼等を構成する元となった、それでもただの思い出話。
    それが人質にとってはどんなに大切な思い出であろうと目の前で語られたとしたら、つまらなくその場を去ってしまうような、ただの小さなドラマ。

    最後に付け足されたのは盗聴していた兵士の思い出話。
    ふっと優しく現実世界に揺り戻される。

    第1夜 「杖」
    第2夜 「やまびこビスケット」
    第3夜 「B談話室」
    第4夜 「冬眠中のヤマネ」
    第6夜 「槍投げの青年」
    第7夜 「死んだおばあさん」
    第8夜 「花束」
    第9夜 「ハキリアリ」 

  • 面白かった。ぬいぐるみは、縫い包みと書くようです。平凡で目立たぬ様に暮らしたい気持ちにわかりみが深かった。

     表紙に使われた子鹿は木像で、国内外で評価されている彫刻家土屋仁応(よしまさ)氏の作品だ。東京芸術大学大学院で仏教美術の古典技法と修復を学んだ土屋氏の作品は、伝統的な仏像彫刻の技法で動物やユニコーンなどの幻獣をモチーフとしている。

     一見して木彫りとは思えない滑らかな表面と独特な色合いによって幻想的な雰囲気を醸し出している。水晶やガラスを玉眼に用いた作品は、見る角度によってまなざしが変わり、まるで生きているかの如く神秘的だ。

著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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