人質の朗読会

著者 :
  • 中央公論新社
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レビュー : 622
  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120041952

感想・レビュー・書評

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  • 日本から遠く離れた地球の裏側の国で、ゲリラに誘拐された8人。
    3ヶ月以上の拘束の末、全員爆殺され事件は終わる。
    2年後、8人が監禁されていた小屋の盗聴テープが公にされ、人質たちは小屋の中で一人ずつ自分の人生の物語を朗読していたことがわかる。
    その朗読は人質たちが生きた証として、一夜に一話ずつ、ラジオ番組で放送される。

    事件の概要について前段のあと、8人の人質と、朗読会を盗聴していた兵士の短編という構成。
    それぞれの物語は短い。
    今に至る人生の、キーになったエピソードを語っている。
    少しファンタジックな話が多い。

    夫を突然亡くして子供もなく、漫然と働いている主人公が通勤途中に見かけた青年を追いかけ、仕事をサボって彼の槍投げの練習を眺める『槍投げの青年』。
    槍投げを見るだけ、という非常に地味な話しながら、描写が秀逸。小川洋子の筆力を実感する作品で、物語もとても深い。

    小川さんは何かの動作を丁寧に描く人だという印象がある。
    『コンソメスープ名人』では隣の家のお嬢さんがコンソメスープを作る様子を詳しすぎるくらい詳細につづっている。
    くどいくらいの描写が、ちゃんと生きているという感じがして好き。

    公民館のB談話室で開かれる様々な会合に主人公が入り込む『B談話室』が一番好きだった。

    そして最後の夜に流されるのは、人質たちの監禁生活を盗聴していた兵士の物語。
    彼の話の中でちらほらと出てくる人質たちの話題に、
    これはあの人のことかなと思い浮かべながら、それまでの話を振り返ってみたりした。


    朗読という形にしたのが面白いなと思う。
    声は聞こえないけれど言葉にして紡がれる声や温かな拍手が聞こえてくるような気がする。
    一部で指摘があるように、中身は完全に普通の小説の形態であり、話者ごとに語り口を大きく変えていない。完全に小川洋子の文章である、当然ながら。
    その点で面白くないという批評もわかるが、
    私的にはデフォルメの逆というか、物語に集中するために必要な表現の抑制なのかと解釈した。
    あくまで紡がれるのは個人的な話だけど、語り口の差異を小さくして個人を希釈化することで、読み手との間にいい意味で曖昧さと距離感が生まれている気がする。
    なので、途中からは好意的に受け止められた。
    おしまいには、これでよかったと思った。

    作中、人質たちがどのような状況に置かれ、どんなことを考えていたのか、
    その恐怖や絶望、拘束が長引くに連れての心の動きなどはまったく書かれていない。
    残された家族についても、途中で絶たれた人生の切れ端がどんなものだったかも語られず、
    あくまで朗読中の過去の姿だけを描いている。
    各話のラストに職業と年齢・性別・ツアーの参加動機が記されているだけで、名前すら定かではない。
    語られたエピソードと、最後の一行の間に流れた月日を思い、更に感慨が深くなる物語。

  • プロローグで泣いて、各章毎にまた泣いて、最終章は二頁目から号泣、最後に表紙の「子鹿」の儚く可憐な佇まいにまた泣いて。。。

    多分相性なんだろうなぁ。やたらと泣かされた一冊。

    図書館で借りて読んで、やっぱり買い直しました。中身も装丁もいいと手に入れたくなる!

  • 人質となりやがて死にゆく8人が語るそれぞれの人生のできごと。1編を読み終えるたび、自分が9人目なら何を語るか考えた。

  • 「各々、自らの体には明らかに余るものを掲げながら、苦心する素振りは微塵も見せず、むしろ、いえ平気です、どうぞご心配なく、とでもいうように進んでいく。余所見をしたり、自慢げにしたり、誰かを出し抜いたりしようとするものはいない。これが当然の役目であると、皆がよく知っている。木々に閉ざされた森の奥を、緑の小川は物音も立てず、ひと時も休まず流れてゆく。自分が背負うべき供物を、定められた一点へと運ぶ。」(「ハキリアリ」)

    秀逸!!!
    素晴らしい!!!!
    こんなにも読んでいて夢中になりつつも、心が落ち着く物語って他にないのではないだろうか。
    というぐらい、静謐という言葉が恐ろしいほどピタリと来る物語たちだった。

    構成が素晴らしい。
    語る人質たち。その順番が一人でも違っていたら物語全体の印象がまた違ってきてしまうのに、それもピタリと合っている。

    そして最後にひっそりと、これが朗読会であったことを思い出させるような朗読者の簡素なプロフィールにまたゾクリ。
    凄い、凄い!!!
    と、本当に一遍一遍大事に大事に読みたい物語たちだった。
    これは、、買うよ!!!
    手元に欲しい。
    そして、声に出してちゃんと朗読会をしたい。
    良かった。物凄く。

    【7/5読了・初読・市立図書館】

  • 実に面白かった。とても素敵なエピソード達です。綺麗な海の中を素潜りで遊ぶように、言葉の海の中を泳いでるみたいで気持ち良いです。ただ、海中では息が出来ないリスクがあるように、この言葉の海も残酷さをともなった世界であると感じる。その残酷さに薄皮一枚かける事で、人は美しさや愛しさを見つけ、優しさや喜びを感じれるのだと思えてくる。神様のような視点ていうのかな、この超然とした表現は。

  • またしても異質な世界を堪能してしまった。
    のっけからこのような状況設定にしたからこそ、こんなにもしみじみとした不思議な物語世界が構築されていったのかもしれないと自然に思わせてしまう構成は、ふと「猫を抱いて象と泳ぐ」を思い出して、そのときと同じ気分を味わった。
    どれも、掌に大切にしまっておきたいような物語ではあるが、個人的には「槍投げの青年」の表現描写がとても気に入っている。

  • とてもとてもいい。
    ペルー大使館の占拠事件を思い出した。

    正直、最初の「杖」は、? な感じだったけれど
    それが安定の小川ワールドだと思い至る。
    好きなのは「冬眠中のヤマネ」「花束」。

    最後の一行で、思い出を語った後の人質たちのその後がかいまみれるところもいい。
    写真でしか顔を見たことのなかった姪の結婚式に出かけた59歳の女性、アルバイトを辞めてツアーガイドになった28歳の男性。

    心に残った部分
    p11
    今自分たちに必要なのはじっと考えることと、耳を澄ませることだ。しかも考えるのは、いつになったらかいほうされるのかという未来じゃない。自分の中にしまわれている過去、未来がどうあろうと決して損なわれない過去だ。

    p159
    会社でもどこでも、私など最初からいないかのように振る舞った。夫がここにいないのと同じく、自分もここにいないのだ、と思うことで夫を近くに感じようとしていた。

  • 小川洋子はかえりみられないひとびとをすくいあげて慈しむのが本当にうまい。
    やまびこビスケットの吝嗇大家しかり冬眠中のヤマネのぬいぐるみ売りの老人しかり、世間から奇人変人、または厄介者と見なされ忌避され疎外され忘れ去られてる人物と語り手のぎこちない交流を通し、淡く浮かび上がってくるやさしさと哀れみがしみじみしみいる。
    そしてこの小説の語り部たちも「忘れられた人々」である。
    大前提として、話の開始地点で語り手となる人質は全員死亡しており、どうあってもその事実は覆せない。
    しかし彼等一人一人が語る話に理不尽な事件の渦中の悲壮感や絶望感はない。
    個々の挿話は特別劇的ではない、日常に紛れこんだささやかな非日常を取り扱ってはいても日常の大枠からは脱してはおらず、どこにでもいるありふれた人たちのささやかな人生の切片、ゴールも間近、遠く離れてから振り返る通過点にスポットライトをあてたともいえる。
    作中の引用「未来がどうあれど過去は決して損なわれない」。
    この言葉は従来消極的な意味で使われる。
    「決して変えられない、動かせない」
    この繰り返しは盤石の重責を帯びた不可避の悲劇の象徴となる。
    でも作者はあえて「損なわれない」と表現する。

    損なわれないのは何か?
    希望である。

    閉塞した現在、不可視の、理不尽に断ち切られるであろう不安を秘めた未来。
    その時、記憶の中でけっして損なわれず光り続ける過去は救いになる。
    声と音を吹きこまれ語り継がれる事によって、彼等の記憶の中に埋もれていた事柄、喪われていた人やものが生き直すことができる。

    これを希望と呼ばずなんと呼ぶ?

    八人の人質が寄り集まった朗読会。それぞれのトーンで語られるそれぞれの人生の挿話。
    のちに人生を方向付ける出会い、秘密めく忘れがたい思い出、束の間のふれあいがもたらした尊いモノ。
    世界を創造する鉄工所の火花、机の上に並べられたおちこぼれのアルファベット、縫い目にそって涙がしみた布、片目だけの奇形のぬいぐるみ、カップの中の澄んだスープ、バッティングセンターに響く快音、手に余る花束、地面を這うハキリアリの行列。
    その時こそ取るに足らないと見落とされていたものは録るに足るもの、他愛ないと軽んじられていたものは他者の愛に足るものとして、ろうそくの灯が瞬く廃屋の暗闇でひそやかに息を吹き返すのだ。

    だからこれは悲劇ではない。
    語り継がれる事によって語り接がれた希望の話である。

  • 憧れの図書館司書の方にオススメしてもらったシリーズ。
    これはもう、読み終わったあとにもう一度最初のところを読むとやるせなくて泣くよ。たぶん悔し泣きだこれは。

    人質として死んでしまった彼ら彼女らの人生の一瞬。本人が切り取りたいと思った瞬間。その、朗読会。
    人質として生きて人質として死んだわけじゃないのだ、と痛感させられる。
    あたたかい話に胸がほっこりしてしまう。
    けれど最後、彼ら彼女らの年齢や職業、なんの途中でテロに巻き込まれてしまったのかを我々はやっと知るのです。そうだこの人はテロに巻き込まれて死んでしまったのだと思い出すのです。つらいよ。そこで一回ズドンとなる。
    一度呼吸を置いてからじゃないと次が読めない。私は一日一人の朗読しか読めなかった。今思えば流れるラジオと同じペースだ。そうか。そういうことか。一挙放送じゃこっちの心が死ぬもんな。

    あとがきがないから、これはほんとにあったことなんじゃないかって胸がザワザワする。
    でもこういうことはいつの時代もどこにでもあるんだ。大切な人が、一人の命が、思いがけないことでなくなってしまうことは、どこにでもあるんだ。

    悲しい。なぜこんなに悲しいのに読後は優しい小説だと思えるのだろう。小川洋子はすごい。

  • なんて真摯な物語。
    *
    世界の出来事は、自分の心が生み出していること。
    世界とつなぎ目なく一つにつながりあっていること。
    *
    槍投げの青年の静謐さ。
    *
    ハキリアリの作り出す緑の小川。
    当然の役目を粛々と全うすること。
    *
    久々に読み返したい本を見つけた。

著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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