人質の朗読会

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 3005
レビュー : 620
  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120041952

感想・レビュー・書評

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  • 静かな眼をして表紙に佇む子鹿が、
    遠い異国で反政府ゲリラの人質となった数か月を
    忘れられない思い出を文章にして朗読し合いながら過ごした
    8人の人質たちの慎み深く穏やかな最後の日々を思わせて。。。

    かけがえのない思い出としてしまってあった過去が
    言葉となって紡がれたときに流れる敬虔な空気。

    語られる物語と、その結びに添えられた語り手の職業やツアーへの参加理由が
    「ああ、この過去があったからこそ。。。」とストンと腑に落ちる繋がり方で
    そうして重ねてきた人生が、自分とは関わりのない政争で
    あっけなく絶たれた痛ましさに胸が詰まります。

    第二夜の『やまびこビスケット』で、ベルトコンベヤーを流れてくる
    欠けたり生焼けだったりする不良品のビスケットに愛着を感じて
    「ここまでよく頑張ったわね。さあ、あなたたちを待っている人の元へ行きましょうね」
    と語りかける女性に、欠落や喪失を嘆くどころか慈しむ、
    小川洋子さんならではの感性が溢れていて、印象的です。

    第九夜の、自分の体より大きい葉っぱを、天に供える捧げ物のように掲げて
    根気よく巣に運び続けるハキリアリのように
    自分だけの物語を生きた8人のそれぞれの生の尊さが
    静かに胸に沁みわたる作品です。

  • 伝記を読む。確かに存在したその人物の、姿を、感情を、息遣いをありありと思い浮かべる。

    読み終えて、しんみりとする。この人はもう、この世に存在しないのだ…

    この本もそうだ。
    武装集団により異国の地で拉致監禁され、100日以上が過ぎ…

    長い人質生活の中で徐々に恐怖は薄れ、それぞれが書いたお話を朗読することで退屈や不安を紛らわせていた彼ら。

    人質全員死亡という顛末を知った上で彼らの語りに耳をすませば…

    過去は変えられない。否定的な意味ではない。未来のように不安定でなく、脅かされもしない、揺るぎない過去の思い出たち。

    欠損品のビスケットを食べた日々、お爺さんがくれた黒ずんだ縫いぐるみ、持て余した花束、談話室に紛れ込む男性…

    これらのお話を語った人々はもういない。遺されたのはテープだけなのだ…

  • 死は決してその人の人生を支配することはないんだなあ。と、本を閉じた後に涙が零れました。
    幕引きではあっても、それがどんなに悲劇的なものであっても、その人が着実に歩んできた道のりを一変に変える力はないんだなあ。それって、ものすごい、救済ってやつじゃないだろーか。

    今作品の語り部である人々の、悲劇的な死が語られるプロローグ。その後に続く8人の物語を読み終わった後の率直な意見です。「どんなに悲劇的な死であろうとも、その人の人生を悲劇と決定付けるものではない」。

    反政府ゲリラに人質に取られ、救出作戦が失敗して犠牲となった人々。
    彼らが人質として捉えられていた間、緊張の中の退屈を紛らわす為に語られた、それぞれのちょっと不思議な体験談、という体裁を取った短編集です。
    取り立ててドラマチックでもない、日常の中にスルッと慎ましやかに差し挟まれた、ちょっぴり不思議な体験。
    彼等が確かに生きた証がこんな形で残ってくれたことを、フィクションだというのにとても尊く感じてしまったのでした。うーん、不思議だなあ。

    小川先生、やっぱ好きだなあ←結局今回も告白するー(笑)


    今回は帯の惹句が素敵だったので、そのまま引用しました↓↓

    遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは、人質たちと見張り役の犯人、そして……。
    しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。

  • 初めての小川洋子作品はとても深い作品だった。
    今自分たちに必要なのはじっと考えること、耳をすませること。
    考えるのは、いつ解放されるのかという未来ではなく、「未来がどうあろうと決して損なわれない過去」。それをそっと取り出し、掌で温め、言葉の舟にのせる。その舟が立てる水音に耳を澄ませる。
    そして人質は、一人ずつ自分たちの物語を朗読した。
    『冬眠中のヤマネ』 『やまびこビスケット』 『B談話室』が面白かった。『槍投げの青年』は考えさせられる。

  • 反政府ゲリラ組織の人質となった八人が自ら書いた話を朗読し合う。
    その物語たちは、彼らの過去であり、生きた証であり、祈りだ。

    誰の中にも忘れられない出来事がある。

    どの話もすごくいいなぁ。

    人質たちはどんな思いで耳を傾けていたのかと思うと、力強くも感じられる。生きてる、生きてた。

  • バイオリズムというのかなんなのか、
    自分の心理的コンディションと小説の内容がバチッとはまってしまうような事があって、
    これがまさにそうでした。

    南米のどこかで現地ゲリラに捉えられた日本人の人質8人が
    一夜にひとりずつ、自分の物語を語る。(それを盗聴したテープが発見される)
    という形式で綴られる短編集。
    それは、およそそういった状況でなければ語られるはずのない
    極めて個人的で、ささやかで、しかし本人に取っては大切な物語。
    そこにはテーマも教訓もドラマチックな展開もないのだけど、
    聞き手(読者も含む)はその中の登場人物を尊重し、そこにある尊厳をたたえ、
    話の後には慈しみに満ちた静かな拍手を送ることになります。

    各話語り部が変わりながらも、語り口はしっかりと心地よい小川洋子さんの文章で、
    不思議と言えば不思議なんだけど、
    そこはファンタジーとリアリティーを自在に行き来する小川洋子マジックで
    違和感なく読み進められます。

    最後に事件当時盗聴役だった兵士が人質達に感化されて自分の物語を語るのだけど、
    彼の存在が時間的にも空間的にも切り離された人質達と
    読者の間をつなぐ役割を担っていて、
    爽やかな読後感を与えてくれます。

    果たして自分がこの中にいたら、
    なにを語るだろう。
    と、多くの人が自分自身の物語の事を思うのではないでしょうか。

  • とりとめがないのにとても美しく、静謐な思い出である印象を受ける。自分も似たような経験があるような気がする親近感を抱けるものや、くすっと笑ってしまうような楽しいもの、特別とはほど遠いストーリーがどれも本当に美しい。泣ける要素はほとんどないのに、読み終わった今、なんだかとても泣きたくなるような気持ちになるのはなぜだろう。

  • 地球の裏側で、反政府ゲリラ組織に拉致された日本人の人質8名と、それを見守る特殊部隊の青年が語る物語。

    亡くなった人が、それぞれ持っている自分だけの過去の物語たち。
    どの話も小川洋子さんらしい語り口で、読んでいて心が落ち着いてきます。
    中でも私が気に入ったのは、『コンソメスープの名人』『死んだおばあさん』『ハキリアリ』

    『コンソメスープの名人』は、なにより、コンソメスープを作っていく過程の描写が素晴らしい。

    おばあさん好きの私は、やっぱり『死んだおばあさん』で語られるおばあさんの話が胸に響きます。

    最後の『ハキリアリ』は、去年福山雅治が出演していたNHKの『ホットスポット』で、その行列や生態を観たときの感動がよみがえりました。
    その中の一節。
    「ハキリアリはラッキーだね。おじさんたちに観察してもらえて。もしおじさんたちがいなかったら、誰もハキリアリの賢さを褒めてあげられないもの」

    人質に捕らえられるという境遇で、私はどんな物語を思い出すのかな。

  • 日本語って素敵、日本人で嬉しい。そう思わせてくれるお話。

    プロローグは、テロリストによって拉致された8人の日本人のニュースから始まる。そして、読者はその8人の日本人が、長い拘留の末、地元の軍、警察、特殊部隊の突入の折、爆弾により全員が死亡するという結末を知らされる。

    この作品は、8人の拘留された日本人が、自分のことを語る「朗読会」の内容を本にしたものである。

    物語はどれもとっつきやすいし読みやすい。小川洋子さんらしい優しかったり美しかったりする描写もいつも通りで、尚且つ人を選ばない「素敵な短編」が収められている。
    しかし、その作品の1つ1つを読み終わるたびに、「この物語を語った人は、死んだんだ」という現実に胸が痛む。ただの良質な短篇集にしないところが、面白いというか、構成の妙というか、すごいなぁと感心した。

    短編の端々に、日本人らしさや暖かさ、肉体の不思議、生きることの不思議さ、人の縁、いろいろなことに触れられるように感じてホワホワする。「拉致監禁されている人が今語っている話なのだ」ということが、ずっしりのしかかってくるからだと思う。

  • タイトルから、
    人質がつかまっている間に
    一人ずつ持ちネタを話す話なのかなと思いました。
    千夜一夜物語のように。

    で、そのうち、秘密が暴かれたりして、
    なんだかんだで最後は皆助かったりして、
    あんなこともあったなと回想シーンで終わるのかな・・・

    などといった素人の安っぽい想像を裏切る始まり。
    人質は全員殺された。
    その殺される以前に語った物語。

    一つ一つの話は不思議が秘められているが、
    決して非現実的なわけでもない。
    悲壮な感じもまったく感じられない。
    それが逆に生々しい。

著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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