人質の朗読会

著者 :
  • 中央公論新社
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感想 : 658
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  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120041952

作品紹介・あらすじ

遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして…しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。

感想・レビュー・書評

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  • そこに悲壮感は感じられない。
    地球の裏側で人質にとられた人たちが、朗読会というより自己を語る会をする。ひとつひとつがひとりひとりの人生の深部を告白するように語る。
    この本は、あるラジオ番組のゲストだった中嶋朋子さんが、大好きな本と紹介していた。「北の国から」の螢ちゃん時代から注目していた中嶋朋子さん。早速図書館で探し出し、読み始めた。
    不思議で優しくて残酷。
    杖、やまびこビスケット、コンソメスープ名人、槍投げの青年がことのほか面白い。

    初小川洋子さん。文章も気に入った!また好きな作家が増えた。

  • 静かな眼をして表紙に佇む子鹿が、
    遠い異国で反政府ゲリラの人質となった数か月を
    忘れられない思い出を文章にして朗読し合いながら過ごした
    8人の人質たちの慎み深く穏やかな最後の日々を思わせて。。。

    かけがえのない思い出としてしまってあった過去が
    言葉となって紡がれたときに流れる敬虔な空気。

    語られる物語と、その結びに添えられた語り手の職業やツアーへの参加理由が
    「ああ、この過去があったからこそ。。。」とストンと腑に落ちる繋がり方で
    そうして重ねてきた人生が、自分とは関わりのない政争で
    あっけなく絶たれた痛ましさに胸が詰まります。

    第二夜の『やまびこビスケット』で、ベルトコンベヤーを流れてくる
    欠けたり生焼けだったりする不良品のビスケットに愛着を感じて
    「ここまでよく頑張ったわね。さあ、あなたたちを待っている人の元へ行きましょうね」
    と語りかける女性に、欠落や喪失を嘆くどころか慈しむ、
    小川洋子さんならではの感性が溢れていて、印象的です。

    第九夜の、自分の体より大きい葉っぱを、天に供える捧げ物のように掲げて
    根気よく巣に運び続けるハキリアリのように
    自分だけの物語を生きた8人のそれぞれの生の尊さが
    静かに胸に沁みわたる作品です。

  • 人質の朗読会というタイトルから想像していたのは、傷つき疲れきった人達の嘆きのような語りだった。
    なんてバカなことをことを考えていたんだろう。
    もっとずっとずっと素敵な物語だった。

    人質になった8人と朗読を聴いていた特殊部隊員が語ったのは、「自分の中にしまわれている過去、未来がどうあろうと決して損なわれない過去」。
    誰にも言わずにいた、お守りのような思い出だ。

    こんな物語を語れるなんてうらやましいなと思った。
    どの朗読もその特別な時間を一緒に過ごした人への思いやりが溢れていて、とても優しい。
    時が経ってから振り返ることで、自分にとってその時間がどんな意味を持っているかが明確になるのかもしれない。
    何気なく過ぎていく無数の瞬間の中に、時間が経てば経つほど鮮明になっていく一時が確かにあるように思う。

    特に素敵だなと感じたのは「杖」、「コンソメスープ名人」、「ハキリアリ」。
    共通点は幼少期の思い出だということ。
    9つの物語の中でも特に驚きと好奇心に満ちていて、一際キラキラしていた。
    すごくすごくキレイで、スペシャルな時間をお裾分けしてもらった気分。とても幸せな一時だった。

    • まろんさん
      この本、私もとても気になっていたのですが
      タイトルのイメージから、「救いのないお話だったらどうしよう。。。」と
      読むのを躊躇っていました。
      ...
      この本、私もとても気になっていたのですが
      タイトルのイメージから、「救いのないお話だったらどうしよう。。。」と
      読むのを躊躇っていました。

      「未来がどうあろうと決して損なわれない過去」。。。とても素敵です♪

      takanatsuさんのこの感動に満ちたレビューのおかげで
      もう迷いなく、読むことができます♪ありがとうございます(*^_^*)
      2012/07/14
    • takanatsuさん
      そうですよね。私もタイトルで警戒していました。
      でも、心配する必要はなかったなと読み終わった今は思います。
      まろんさんのレビュ、楽しみに...
      そうですよね。私もタイトルで警戒していました。
      でも、心配する必要はなかったなと読み終わった今は思います。
      まろんさんのレビュ、楽しみにしてます!
      2012/07/14
  • 伝記を読む。確かに存在したその人物の、姿を、感情を、息遣いをありありと思い浮かべる。

    読み終えて、しんみりとする。この人はもう、この世に存在しないのだ…

    この本もそうだ。
    武装集団により異国の地で拉致監禁され、100日以上が過ぎ…

    長い人質生活の中で徐々に恐怖は薄れ、それぞれが書いたお話を朗読することで退屈や不安を紛らわせていた彼ら。

    人質全員死亡という顛末を知った上で彼らの語りに耳をすませば…

    過去は変えられない。否定的な意味ではない。未来のように不安定でなく、脅かされもしない、揺るぎない過去の思い出たち。

    欠損品のビスケットを食べた日々、お爺さんがくれた黒ずんだ縫いぐるみ、持て余した花束、談話室に紛れ込む男性…

    これらのお話を語った人々はもういない。遺されたのはテープだけなのだ…

  • どのお話も良い。
    いろんな世界に連れて行ってもらえて、一気に読んでしまった。

    最終章で語られる衝撃が、この本全体をさらに忘れにくくする。

  • 静かで厳かで、いっそ宗教的なにおいさえする話。
    それぞれが思い出を語るが、人質にされ死と隣り合っているからか、どの話にも生と死が濃厚に漂っていた。

    読み終わって、悲しくて寂しいのに、なぜか満ち足りた気持ちもする。
    たりなかったものが少し埋まったのだろうか。
    誰に対してかもわからないが、感謝の気持ちも溢れてくる。
    なんだろうな。
    強いて言えば、通りすがりの人に親切にしてもらった時の気持ちに似ている。


    追記 2022 12/13 2回目
    改めて読み直すと、この本はガーゼに似ている。
    絹や木綿の布ではなく、赤ちゃんや手当に使うガーゼ。
    みんなが授業中、遠くにグラウンドのざわめきが聞こえる中、白い保健室で保健の先生にそっとガーゼを当て包帯を巻いてもらっているような、そんなイメージが頭に浮かぶ。
    傷が見えなくなる安心感と、手際良く優しく手当てしてくれた人に対する感謝と尊敬の念。
    人質として死も間近に感じている人たちの話なのに、そこには不安ではなく安らぎを感じた。

    読んだはずの「槍投げの青年」と「花束」が読み始めてしばらく経つまで思い出せなかった。
    一方、一番記憶が鮮明なのは「死んだおばあさん」だ。
    生きている人ではなく、それぞれの既になくなっている人に似ているという話のインパクトが強いからだろうと思ったが、最後の一文に打ち抜かれた。
    「コンソメスープ名人」もよく覚えていた。
    美味しそうで崇高な、それでいてやっぱりいい匂いまで漂ってきそうな、一緒にそばで見ていたような臨場感があるからか。
    「冬眠中のヤマネ」は私がぬいぐるみが好きだからだと思う。
    改めて読み返すと、もちろん奇妙な人形たちが印象的なのだが、おじいさんの心境を考えると胸が苦しくなる。

  • 死は決してその人の人生を支配することはないんだなあ。と、本を閉じた後に涙が零れました。
    幕引きではあっても、それがどんなに悲劇的なものであっても、その人が着実に歩んできた道のりを一変に変える力はないんだなあ。それって、ものすごい、救済ってやつじゃないだろーか。

    今作品の語り部である人々の、悲劇的な死が語られるプロローグ。その後に続く8人の物語を読み終わった後の率直な意見です。「どんなに悲劇的な死であろうとも、その人の人生を悲劇と決定付けるものではない」。

    反政府ゲリラに人質に取られ、救出作戦が失敗して犠牲となった人々。
    彼らが人質として捉えられていた間、緊張の中の退屈を紛らわす為に語られた、それぞれのちょっと不思議な体験談、という体裁を取った短編集です。
    取り立ててドラマチックでもない、日常の中にスルッと慎ましやかに差し挟まれた、ちょっぴり不思議な体験。
    彼等が確かに生きた証がこんな形で残ってくれたことを、フィクションだというのにとても尊く感じてしまったのでした。うーん、不思議だなあ。

    小川先生、やっぱ好きだなあ←結局今回も告白するー(笑)


    今回は帯の惹句が素敵だったので、そのまま引用しました↓↓

    遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは、人質たちと見張り役の犯人、そして……。
    しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。

  • 普通の短編集として読んでもよさそうなお話たちが
    遠い異国の人里離れた森の奥の小屋の中で、
    ゲリラに拉致され監禁されている人質たちの自分語りとして聞くと
    何とも不思議で切ない告白に思えます。
    どことなく百物語のようで、ろうそくの火を吹き消すように
    彼らの無残で非業な最期へのカウントダウンのようで、背筋がヒヤリとします。

    淡々としすぎてよく分からない話もありましたが
    どれも意味深長な気がして落ち着かない気持ちになります。
    文章は美しいのだけど、なかなか入りづらい話ではあった。

    「やまびこビスケット」「死んだおばあさん」「花束」
    あたりが印象深い。

  • 外国の地で誘拐され亡くなった8人が、監禁中に
    自分の事について朗読をし、それをラジオでながして
    という体の短編集。
    登場人物のそれぞれの半生の一部分が本人の口から語られ、聞き手がその名もなき人の一生を想像する。
    物語の聞き手と読み手が同じであり虚構と現実の差しか無い、ラグ?のなさがこの物語をかえって考えさせないようにしているように思える。
    会話で無く、朗読。しかも一度文章に書き出したものを自分の口から虚空に向けて語るのは、一つの祈りの形であるし、受け入れるための儀式のようにも思える。

  • ゲリラに拘束されている人質8人が語った話をまとめた短編集

    主人公は南米の反政府ゲリラ組織に拘束された8人の人質と、その会話を盗聴していた政府軍の諜報部員。プロローグでは人質全員が死亡した事が語られている。
    しかし、彼らが語った思い出話は拘束中とは思えないほど、穏やかなものである。少し不思議な雰囲気は漂うが、誰にでも起こりうるような話ばかりだ。また、主人公達は性別や年代は違えども皆、普通の人だ。特殊な生まれや特技は何もない。彼らが少し不思議な体験を通して得たちょっとした心境の変化を、小川洋子さんは丁寧に描いている。
    そんな少し不思議だけれど、普通の人の普通の話という設定と細やかな心理描写によって、私たちは自然に登場人物達に親しみをもち、共感を覚える。だから、この本を読み終わった後には、それぞれの話から得られる暖かい感情だけでなく、彼ら全員が死んでしまっているという事に対する静かな悲しみを感じるのだ。そして、その悲しみが、この本をただの優しい物語ではなく、より感情の深くに訴えかけるものにしている。

    この物語にはハラハラする展開や大きなどんでん返しは存在しない。しかし、読後に穏やかな気持ちを得ることができる。私の中では人に勧めたい本の一つである。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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