春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと

著者 :
制作 : 鷲尾 和彦 
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 405
レビュー : 75
  • Amazon.co.jp ・本 (123ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120042614

作品紹介・あらすじ

被災地の肉声、生き残った者の責務、国土、政治、エネルギーの未来図。旅する作家の機動力、物理の徒の知見、持てる力の全てを注ぎ込み、震災の現実を多面的にとらえる類書のない一冊。

感想・レビュー・書評

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  •  2011年は本を読まなかった。
     正確に言えば、まったく読まなかったわけではないが、ゆっくりと本(特に小説)を読む気分になれなかった。
     東日本大震災。
     3月11日以前と以後では、それこそ、戦前、戦後のように一つの時代が終わり、新しい時代が始まったかのように思えてくる(個人的には、もう一つ、時代が代わったものがあるのだが、それは後で)。
     久しぶりの本についての文章。ならば、そういう年に読んだ、そういう本を取り上げていこう。
     
     『春を恨んだりはしない』。
     サブタイトルが「震災をめぐって考えたこと」。
     作家の池澤夏樹が、震災のいくつかの面を、長めのコラム、エッセイというかたちで記している。
     表題は、ヴィスワヴァ・シンボルスカという詩人の詩から取られている。
     著者は、詩人が夫を亡くした後で書かれた作品だと紹介し、こう続ける。
     「この春、日本ではみんながいくら悲しんでも緑は萌え桜は咲いた。我々は春を恨みはしなかったけれども、何か大事なものの欠けた空疎な春だった」
     まさしく、そういう春だった。
     震災から半年経って発行されたこの本を読み、私にもあらためて、震災について考えるスイッチが入った。

     思考のスイッチが入る、ということであれば、写真は、代表的な起動スイッチになる。
     こたつのテーブルをはさみお互いを見つめている二人(?)の写真。家の飼い猫・ピッコロと母の姿だ。
     今、この文を書いているとき、一方はおり、一方はもういない。
     母は、この秋、入院して三日目にあっけなく亡くなってしまった。
     後付(こういうときなのに麻雀の話をする)になるが、震災はまた特別な意味を持った。

     話を春に戻す。
     4月、私は、被災地へ向かった。何がやれるわけでもないのだが、何かをしたい、という気持ちで、いても立ってもいられなくなった。
     数日前に震度6強の余震があったので、存命の母に「なにも敵の真っ只中に行かなくても」と言われる。
     数少ない、母の名言である。
     少々びびりながら向かった先は、宮城県石巻市。
     やれたことは、被災宅の家具の運び出しや泥出しのボランティア活動。
     石巻の街、海に近づくほど被害がひどくなる。がれきの山。横倒しになった車。一階がすべて波に持っていかれた店舗。そこに漂う磯の香り。
     避難所になっている学校のグラウンドには、自衛隊と米軍の姿。
     もし、地震と津波のニュースを見ていない者(そんなヤツいるのか)をいきなりこの場所に連れてきたら、「今は、昭和何年?」と思うかもしれない。
     滞在二日目、派遣先での作業は、家屋と庭の泥出し。というか、近くの製紙工場から紙パルプが流れ出し、それが固まってたいへんな状況になっていた。
     お宅の台所でなかなか、はかどらない泥というか紙パルプ出しをスコップで行っていると、食器に混ざってある物を見つけた。
     ネコ缶。キャットフードの缶詰。
     顔を上げると、壁に子どもの描いたネコの絵が貼られている。しかも名字入りでネコの名前も。
     それから、作業に対する気持ちが1段上がった。ネコ缶は、ギアを上げるシフトレバーになった。
     午前で切り上げ、帰途に着くつもりが、4時間超過。台所が終わった後は、こびりついたパルプを庭木から取り続けた。
     帰り路、飯坂温泉共同浴場に立ち寄り、新潟に着いたのは、日付が変わる頃。
     母はすでに寝ていたが、ピッコロが出迎えてくれた。

     自宅から30分くらいの距離に山がよく見える公園がある。自転車でよく訪れるが、秋の晴れた日、それは見事に秋桜が咲いていた。
     青空に秋桜が映えていた。
     このとき感じたことは、まさに、「春を恨んだりはしない」と同じ気持ちだった。

     『春を恨んだりはしない』の著者は、この章の最後をこうまとめる。
     「来年の春、我々はまた桜に話し掛けるはずだ、もう春を恨んだりはしないと。今年はもう墨染めの色ではなくいつもの明るい色で咲いてもいいと。」
     そして、私はまた、いつものように本を読もう。

     
     

     

     
     
     
     
     

     

     
     

  • ぼくは,宮城県宮城郡に住んでいます。生まれ育ったのは石巻市。
    ということで,被災地の人間と言うことになるのだと思います。
    個人的には家族も全員無事,家も大きな被害はなし。でも職場にいた時に地震が来て,そこが避難所になり,ザブンとは来なかったもののじわじわと津波の水が来て,でもギリセーフで…。その後は被災者支援に多少なりとも関わった者としては,大好きな作家さんが震災後間もなく近くに来ていたことを知り,私たちのことを想い続けていると知るだけで勇気づけられました。
    数千万人の人が,大なり小なりの影響を受けたであろうあの震災。被災地にいればいろいろなことを聞きました。よいことも,そうでないことも。
    それでも希望を持って生きて行きたいと,当たり前ですが,思っています。気持ちに変化はありつつ,当たり前に生きて行けるぼくは,被災者の中では,まだ恵まれている方だと思っています。
    早く,みんなが,「当たり前」に生活できる日がやってくることを願っています。

  • 震災直後、しばらく新聞が読めなかったが、池澤夏樹さんが被災地を訪れた小さなコラムだけはなんとか読めた。それらを含めて、震災をめぐる様々なことを綴ったこのエッセイを読み、改めて津波に消えた人々や町を思い、原発事故のもたらした重大な課題を思い、これからのことを考えた。被災地に近いところにいるのだから、そこに寄り添って考えることだって、復興の妨げになるわけじゃない。むしろ、被災の及ばなかった地域にいるえらい人々が、1年2ヶ月前のことなどすっかり忘れたような顔して、未来の見えない恐ろしい計画を進めていることが怖い。震災が人間に残した課題はあまりにも大きいけど、それに何とか立ち向かうには、やはり最善の策を考えることにあるんだろうな。

  • 本当に、「昔、原発というものがあった」と言えるようになりたい。
    いつかなれるんだろうか?いつ、なるんだろうか?
    ならなければいけないんじゃなかろうか?
    この文章を読んでいると、そうそう荒唐無稽とは思えないのだけれど。

    東日本の大震災のあと、多くの作家はたぶん、言葉がなんの役に立つのか、作家に何が出来るのか、と自問自答したことだろう。無力だと思ったことだろう。
    誰にとっても、自分の無力さが身にしみた。
    そして、徐々に作家は言葉を持って立ち向かう。言葉に出来ないような悲惨を悔恨をそれでも言葉にして、忘れないように自身の心と人の心に刻む。
    前を向く。

  • 手に取って、読んで欲しい。

  •  池澤さんが震災をめぐって考えたことが書かれている。題名は、ヴィスワヴァ・シンボルスカさんの詩の一節から。「…わかっているわたしがいくら悲しくてもそのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと」と続く。シンボルスカさんが、夫を亡くした後で書いたこの詩を池澤さんは、震災後の風景に重ね、本の題名にしたみたいだ。

  • 震災をきっかけに、世界が変わる。

    冷静で力強い意見。
    記憶は薄れるものだから
    風化させてはいけないと改めて思います。

  • 山浦医師のエピソード
    昔からよく知っている老いた患者がやってきた。診察しながら「生きていてよかったな」と言うと、「だけど、俺より立派な人がたくさん死んだ」、と言って泣く。気づいてみると患者と手を取り合って泣いている、医者なのに。
     震災後、被災地に行った作者が出会った人々、そして考えたこと。タイトルはシンボルスカの詩から。
     二度目の春が巡ってきた時、人々はどんな思いで桜を見るのだろう。

  • 発売から暫く経つけど、手には取るもののなかなか読めずにいました。
    まだすべては読めずにいます。

    もう4月くらいから震災も、東電関連のニュースもほとんど見ていません。
    特に原発関係は、非難と憶測に溢れていて、
    何が真実かわからないし、裏の裏の裏を読むような、
    もう何度ひっくりかえしたのかわからなくなるような状況。
    それが必要なことだとしても、当然の批判だとしても悪意に触れるのが辛い。

    何がどう転ぼうが、朝が来れば仕事に行くか遊びに行くかして、
    日々それなりに楽しく生きていこうと決めた時点で、
    誰かをなじるのも恨むのもやめようと思いました。

    そして、そうやって自分の日常生活だけを見て生きていこうと決めた時点で、
    被災した人に同情して涙を流したり、可哀想だとか、外側からの感想を落とすこともやめようと思いました。


    だからこの本も読まないでおこうと思ったけれど、
    とても静謐で真摯な文章を綺麗な文字で書くお嬢さんが、
    一番好きな作家だと言っていた池澤夏樹だから、
    読んでみようと思いました。

    なかなかうまく読み進めることができませんが、
    モノクロ写真と淡々とした文章がしっくりきます。
    悲劇を感情抜きに、ただ事実として描く冷静さも必要だなあと思いました。
    何をどう書いても誰かを傷つけ、非難される可能性があるテーマなのに、
    まっすぐ向かい合っている池澤夏樹はなんだかかっこいいなとさえ感じました。

    ニュースも評論もいろいろあるけど、
    何者への悪意も感じない文章というのは久しぶりに触れた気がします。


    そして引用された詩がとてもよかったです。

    朝日新聞の連載のタイトルにもなった
    ヴィスワヴァ・シンボルスカ「終わりと始まり」
    http://www.haizara.net/~shimirin/on/akiko_03/poem_hyo.php?p=5

    本作のタイトルになった詩 「景色との別れ」
    http://agarusagar.way-nifty.com/we_see/2011/04/post-cdc7.html

  • 数万人が亡くなったという数字ではなく、一人ひとりの死を想像しなくちゃいけないってことを思い出させてもらった。
    自分が経験した祖母や祖父の死が何万も…愚直に足し算で考え想像しなくてはいけない。
    ここに掲載された写真をことあるごとに眺めながら思いを馳せたいと思う。

    震災の復興にしても原発の問題にしても、池澤夏樹さんは希望を抱いておられる。
    「陽光と風の恵みの範囲で暮らして、しかし何かを我慢しているわけではない。高層マンションではなく屋根にソーラー・パネルを載せた家。そんなに遠くない職場とすぐ近くの畑の野菜。背景に見えている風車。アレグロではなくモデラート・カンタービレの日々。
    それはさほど遠いところにはないはずだと、ここ何十年か日本の社会の変化を見てきたぼくは思う(p.97)」
    本当にそうかしらと思う一方で、そうか、絶望ばかりしていてはいけないな、とも思う。

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著者プロフィール

池澤夏樹(いけざわ なつき)
1945年、北海道帯広市生まれ。1964年に埼玉大学理工学部物理学科に入学し、1968年中退。
小説、詩、評論、翻訳など幅広い分野で活動する。著書に『スティル・ライフ』(中央公論新人賞、芥川賞)、『マシアス・ギリの失脚』(谷崎潤一郎賞)、『花を運ぶ妹』『カデナ』『光の指で触れよ』『世界文学を読みほどく』『アトミック・ボックス』等多数。また池澤夏樹=個人編集『世界文学全集』、同『日本文学全集』も多くの読者を得ている。旅と移住が多い。
2018年9月から、日本経済新聞にて連載小説「ワカタケル」を連載。

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