家康の子

  • 中央公論新社 (2011年9月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (360ページ) / ISBN・EAN: 9784120042782

みんなの感想まとめ

歴史小説として、徳川家康の子である結城秀康の波乱に満ちた生涯が描かれています。作品は、史実に基づきながらも、残された資料が少ない部分では作者の創作が光ります。秀康は豊臣秀吉の養子となり、関東の名家・結...

感想・レビュー・書評

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  • 決してメインストリームではない歴史上の人物に光を当てる植松三十里さんの作品に都度心を揺さぶられます。

    本作を手に取ったとき表題『家康の子』から父である家康の命を絶たれた嫡男(長男)である信康に関するものだと思い込んでいましたが、側室お万が生んだ次男の於義丸(おぎまる)のちの「結城秀康」の一生が描かれます。
    「信康」よりももっと光が当てられてこなかった人物に読後涙が止まりませんでした。いい作品に出逢えました!

    戦国時代の親子観、家族観を感覚的に理解しているつもりでしたが、わかったつもりで知っていることはまだまだ少ないことを痛感しました。

    敵に送られる「人質」として父親家康と同様、幼い頃母元から引き剥がされました。親の愛情を奪われた心の虚ろを想像します。

    偉大なる父親家康から生来一度も温かな想いを感じることができなかった秀康。
    家康の子としての定めを背負い、家康の政敵の豊臣秀吉のもとに人質として送られます。
    「秀康」=(家康+秀吉)÷2 
    嗚呼、重たい名前!

    晩年「結城」と再び姓を変えたことからも人生の複雑な岐路の行く末がわかります。

    彼が生まれながらに背負わなければならなかった宿運の重さに苦しみながらも、自らの人生を「当事者」として何とか切り拓こうともがいた生き様が心を揺さぶります。

    心に抱える寂しさや孤独を傍で温め続けた側近の本多成重やその父佐久衛門、奢ることもぶれることもなく「日常」を大切にして人質である康秀に関わってくれた秀吉の実母お仲(大政所)との出逢いは彼の宝だったことでしょう。

    妬み、嫉み、裏切り、策略に満ちた時代、誰を信じ、どう決断するか。
    変えられぬ定めのなかでも自らの舵を取り生きた結城秀康の一生を知る機会に恵まれたことを嬉しく思います。

    家康、秀吉、三成、伊達等々の有名な武将も関わり、それぞれの人物像も見る角度から多角的であり重厚な作品でした。もう一度「真田丸」を観たいなあ。今の大河は苦手でギブアップして観ていません…。

  • 面白かったです
    あまり、結城秀康の話は
    聞きませんでしたが
    こんなに、面白い話があったのかと
    勉強になりました

    お仙泣かすな〜も

  • 結城秀康の生涯。親子や主従の温かな情が見えて、好感度の上がる話の進み方で全体的に爽やか。秀康はもちろん石川数正や三成も良い感じに描かれてて気持ちよく読了。

  • 徳川家康の次男にして豊臣秀吉の養子となった結城秀康の生涯を描く。二人の天下人を父に持ち、人質として戦国の世を生き抜いた人生はどんなものであったのだろうか。
    長男の信康を死に追いやり、次男の秀康を人質と出していた若き家康は、必死で家臣を守り、生き抜いていたことだろう。
    家康の視点としても、秀康の視点としてみても、非常に面白く読みました。

  • 徳川家康の子に生まれ、11歳で人質として豊臣秀吉に差し出された於義丸。ふたりの天下人に命を預けた男が見た覇権の真実とは? 福井藩祖となった結城秀康の波瀾万丈の生涯を描く。

    日本史に疎い私は、徳川家康の実子のうち江戸幕府二代将軍秀忠こそ知っていたものの、秀忠は三男で、その上に信康と秀康がいたことは知らなかった。本作の主人公秀康は、植松三十里の筆によりなかなか魅力的な男に描かれている。夭逝したのは残念だったが、長生きしたら家康との衝突はおそらく免れなかっただろう。
    (B)

  • 女性作者さんからみた歴史小説で、歴史小説初心者の人にもとても読みやすい
    植松さんの小説は他の作者もとても分かりやすい文章で好きです
    家康にこういう面があるとは思えなかった
    あまりに英雄扱いされてるから

  • 歴史物は、はじめから分かっているストーリー。
    けれど、残された資料が少ない部分は作者の創作になる。

    結城秀康は、徳川家康の実子にして、豊臣秀吉の養子となり、更に関東の名家・結城家の養子となる。
    関ヶ原の後は越前松平家など、多くの土地の“松平家”の基となった。
    数奇な運命をたどり…というのはこの時代の人たちは皆そうかもしれないが…とても興味のある戦国武将だ。

    今までに読んだ歴史小説などでは、“母子ともども家康にうとまれていた”ような描き方をされていることが多かった。
    そこに同情を感じたりもしたのだけれど…
    作者は、決してそんなことはない、と語る。

    この作品では、家康との、いわゆる現代にも通じる、男親と男の子の親子の感情のあやなどがていねいに描かれている。
    作者の暖かい視線を感じる。

  • 徳川家康の二男であり、豊臣秀吉の養子となった結城秀康について書いた本です。

    この本でも、結城秀康は忌み嫌われる双子として生まれて、弟は後に神官となった永見貞愛としています。

    一般的には、結城秀康は家康から嫌われていたため、3歳までお目通りもかなわず、また豊臣秀吉に養子に出した、といわれたりしていますが、この本では、家康との間の心の想いや、本のタイトルの通り、まさに「家康の子」であった、ということがよく分かるような内容でした。

    ↓ ブログも書いています。
    http://fuji2000.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-2bfc.html

  • 植松三十里さんを知っていますか?知らない方の方が多いと思います。なぜ作家は埋もれてしまうのかわかりませんが、映画やドラマになってどんなにヒットしても作家さんが埋もれるのは我慢できません。やはり原作やほかの作品を読むことが魂に触れることだと思う。

    「家康の子」

    僕の気になるジャンルです。長男の信康はほんの少ししか出てきませんが越前宰相であった結城秀康と幼少からつれ従う家臣の話が中心となります。僕の中では結城秀康と言えば「花の慶次」で見かけた粗暴な性格のひねくれた人物像しかなかったのですが、これを読むと違った人物像が出来上がる。

    ただ、秀康は剛の者としての評価はいまだ他界が本当の意味での戦は経験したことないように思うんですよね。九州征伐以外では戦場に恵まれずにいたような気がします。これを読むともっと掘り下げたものを!と欲が出てくるから困りました!

  • ふらりと立ち寄った古本屋さんで購入しました。
    結城秀康という人物が実父徳川家康と養父豊臣秀吉、関ヶ原の戦いに巻き込まれて行くお話です。

  • 主人公は結城秀康。
    福井新聞に連載後、加筆。

    筆者のHPによると、筆者は静岡県出身で酒好きらしい。

  • 益々家康が嫌いになった。

  • 結城秀康の生涯を描いた作品です。

    結城秀康って…、誰っ…??
    越前松平家の宗家初代で、福井藩の初代藩主です。
    えぇ…、福井県と同様、地味ぃ~な感じ…。
    はい…、福井人のボクも、同じ印象です…。

    徳川家康の次男で、
    幼少の頃、豊臣秀吉の養子に出され、
    天下人二人を父に持つことになった方です。
    秀吉の秀に、家康の家ですね。

    小田原攻めの際に、結城家の養子となり、
    関ヶ原の後、越前国北之庄に加増移封されて、
    今に至る福井市の町づくりを行った方ですが、
    34歳の若さで、亡くなれたそうです。

    もし、秀康が関白になっていたら、
    徳川家康は、開府できなかったかもしれないし…、
    もし、秀康があと10年生きていたら、
    豊臣秀頼は、滅ぼされなかったかもしれないし…。

    徳川家の家督も継げず、将軍にもなれなかったノータリン…
    みたいな上っ面な評価をされる方もいるそうですが、
    御三家とも別格であるとする「制外の家」という扱いこそが、
    徳川幕府の開府の最大の功労者であった証でしょう。

    歴史小説ではありますが、すっきりと書かれていて、
    ボリュームのわりに、どんどん読み進めることができ、
    歴史小説が苦手な方にも、読みやすい作品だった
    と思います。

    福井人は、ぜひ読まれることをオススメ…。

    ★★★★☆…。

  • 今年福井新聞に連載したものの単行本化。

    2代将軍の秀忠の兄でありながら、あまり注目されない初代越前藩主結城秀康の生涯を、著者らしい厚みのある筆致と鋭い解釈で描いている。

    松平家康が三河の領主で戦いに明け暮れていたころ、側室お万が産んだのは当時忌われた双子であったため、弟は密かに実家のやられ、もう一人は於義丸と名付けられたが城外に住み、3歳でようやく家康に面会できて次男と認知された。

    家康の長男の信康は、信長から武田に内通していると疑われて、家康から死を命じられたため、於義丸が跡継ぎとなるべきはずだったが、信長亡き後天下人となった秀吉の養子という名目の人質として大阪城に送られ、養父と実父からi一字ずつもらった秀康という名を与えられて豊臣と徳川の緊張の糸を繋ぐ存在として6年を過ごす。

    人質はいつ殺されるかもしれない危険な立場であり、今川に人質に出された苦労をしている家康が肉親に冷たく家臣を大事にする姿を、秀吉の肉親を溺愛する姿と比べ、家康に捨てられたという思いを強くするが、実は家康の思いは違うのだった。

    関東最大勢力の北条攻めの際、家康と秀吉の戦略によって秀康は下野の名家結城家の養子となり、周囲を豊臣側に付かせる役割を果たす。

    秀康は独立した大名の地位を手にしたが、豊臣と徳川との間を微妙な距離をとりつつ、慎重にあるいは大胆に動く。

    著者はここで、秀吉ー石田三成政権の重商主義政策を家康の重農主義政策と対比させるとともに、戦国時代の収束を、前者が朝鮮出兵を利用して各大名の戦力を消耗させることで、後者が全国を2分する豊臣方と徳川方の決戦で解決しようとしていたという見方を提示している。

    秀康は前田家に次ぐ70万石を隣の越前に与えられて旧姓の松平を名乗り、前田の抑えの役割を担うが、34歳で病没する。

    石田三成から学んだ、米だけでなく商品作物を栽培させ、特産物を作り、商人を城下に住ませて他国との交易を盛んにすること、家康から学んだ治水、飲み水対策で上水を引いたことなど、秀康は藩政の成果を上げたが、後継の忠直が従兄弟の将軍秀忠に逆らって改易されたため、歴史に埋没してしまったと著者は見て、光を当てようとしている。

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著者プロフィール

静岡県生まれ。東京女子大学卒業。2003年『桑港にて』で歴史文学賞、09年『群青 日本海軍の礎を築いた男』で新田次郎文学賞、『彫残二人』で中山義秀賞。著書に『帝国ホテル建築物語』『万事オーライ』等。

「2023年 『羊子と玲 鴨居姉弟の光と影』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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