モナ・リザの背中

  • 中央公論新社 (2011年10月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784120042911

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

美術館の絵の世界に迷い込み、主人公が繰り広げる冒険が描かれた作品は、現実と非現実の境界を行き来する独特の体験を提供します。自称「曇天先生」と呼ばれる五十歳の男性が主役であり、彼の視点を通じて、哀愁漂う...

感想・レビュー・書評

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  • 絵の世界に入り込む…大貫妙子さんの「メトロポリタン美術館」という曲のようなワクワク感ですが、その大冒険を体験する主人公が自称「曇天先生」なる五十歳のオジサンということで、漂うのは哀愁と言ったら美化しすぎと言われそうな空気です。これも吉田篤弘さんの世界です。ただのファンタジーではなく、連綿と繰り返される言葉遊び、アノウエ君との掛け合い、現実(三次元)と絵の世界(二次元)との目まぐるしい往復に振り回されました。登場した絵についての知識があった方がよかったのかどうかは、分かりません。

  • 全体的にリアルに起きていることなのか、妄想なのか?区別が付きにくい場面がおおく、登場人物が極端に少ないので、だんだん読み進められなくなり、途中で読むのを断念した一冊…

  • [内容]
    ある日、訪れた美術館で、展示中の「受胎告知」の世界に迷い込んでしまい…。絵の中に迷い込んだ男の冒険奇譚。

    --
    表紙と内容に惹かれた。
    美術館の絵の中に迷い込む、結構お年を召された男の話。
    淡々と話が流れていくのがまたいい。美術館に展示されている絵をひとつひとつ丁寧にめぐっている感覚。
    教授の独特な名づけセンスにくすり。

  • 「非現実」について考える。
    私たちは、読書、絵画、旅、ゲーム・・・等、様々なかたちで非現実を求める。私だって、曇天先生やアノウエ君の様にすり切れた現実と、永遠や理想がつまった非現実世界をいったりきたりできるのだ。



    私が吉田篤弘を好きなのも、彼の小説は掴めない雲の様で、非現実的で、それが心地よいからだ。その世界観にずっと浸っていたい、と思う。今回、『モナ・リザの背中』では、ふわふわ浮いていると、曇天先生やアノウエ君に連れられてこっち(現実)にグイッと引き戻される。それが少し戸惑った。
    あと、50代のおじさまの気持ちは、もうすこし年を重ねないと理解できない部分もある、かな。

  • これまでの篤弘さんとはちょっと変わった、幅広い読者へ向けての発信、とでもいうようなユーモアを交えての作風。これはこれで楽しく読めました。SFでもないファンタジーでも哲学でもない、やはりクラフトエヴィング風というのでしょうね。

  • すごく不思議な物語。
    これから絵を見る時は必ずこの物語を思い出すようになると思う。
    もしかしたら絵に感動する度に読み返したくなるかも。


    自称鳥肌が立つ男「曇天先生」と曇天先生の助手「アノウエ君」と絵の中の人(だったり神だったり)たちが出会ったり、別れたり、浸透したりする奇妙な物語。
    ドキドキもワクワクもハラハラもしないけど、曇天先生に同調して一緒に「なるほど」なんて分かった気になってしまう。
    有り得ないことが起こってるのに、曇天先生とアノウエ君の推理(?)には妙に説得力があるから不思議。
    同じものを見ているような気にさせられてしまった。

    曇天先生とアノウエ君のちょっと間の抜けたやりとりはとても愛おしい。
    吉田篤弘さんの語る物語は細部までご馳走のようだとしみじみ感じる。

    最初は分からなかったけど、『モナ・リザの背中』というタイトルはこの物語にぴったり。
    すごい。

  • ファンタジー色強めの『ソラシド』寄りかな?
    どこかくたびれた主人公といい。

  • 不思議な感覚になります。笑えるところとかゾッとするところとか。きっと何度読んでもわからない気がする一冊ですね。

  • つだとしょかん

  • 二次元と三次元を行ったり来たり。
    魂は屁であり、ゲップであり、気であり、自分の中に留まっているものではなくて、出たり入ったりしている。

    五十歳はセイジンとロウジンの間であり、名前はないけれど、今までとは違う、というのが印象深かった。

    この教授をみていると、ツチヤ教授を思い出した。

    話自体はモヤモヤもやもやしていて、読みにくくて、飛ばし飛ばしで、なんとか読了。

  • 最初は曇天先生の「アノウエくん」や「うで卵」の感じについていけず、最後まで読めないかと思ったけど、途中からすごく面白いと思った。
    そこかしこで色んなテーマを感じるし、こんな物語をよく書けるなぁと思う!すごい。

  • 絵の中に入ってしまう男性の話し。

    脈絡もなく風景が変わるので
    時々着いて行けなくなりそぅな時がありますが
    そこがまた「あ!絵に入ってる」と唐突な感じで
    面白いです。

    もっと絵に入って絵の謎とか解くのかと思ったら
    そんなコトもなく。ハチャメチャな展開で面白かったです。

  • 『それでイノウエ君はアノウエ君になった。同様にゆで卵もうで卵となった。これらはすべて私の一存であって法則はない』

    『問屋を問い詰めたい自分は問屋を問い詰め、問い詰められた問屋は、なるほど問屋のトンはなぜ「問う」という字なんでしょうな、問屋的には「間」という字の方がふさわしい気がするのですが、違いますか?』

    『というか、そこでふと思ったのだが、淹れたての「たて」とは何であろう。私はインスタント・コーヒー派であるが、その場合は何と言うのか。「溶けたて」だろうか』

    自分のものなのに自分では見られないものなあに? 答えは、背中。それでも頭をものすごくしなやかにしてみたら、見えてこないかな。エヴィング・クラフト商會のように。

    一見駄洒落のようにも見える言葉遊びの中に、柔らかくかつ強かな筋が通っている。それがエヴィング・クラフト商會の特徴。その駄洒落のセンス担当と思わしき作家の小説は、めまぐるしく変化する世界がいつも潜んでいる。それを眺めていると、ドラえもんの四次元ポケットを思い出す。

    その何処に繋がっているのか、よく考えると不思議なポケットから取り出される数々の道具を荒唐無稽と断じれば、それでことは終わってしまう。もう何処へも進まない。それでも、昔の少年の心を捉えて離さなかったウルトラ警備隊の腕時計型通信機は、ほとんど現実のものになったし、リニアモーターカーと なんていう言葉の響きは光子力ビームという言葉の響きと同じ程度に荒唐無稽な感じがしていたのにもう直ぐ普通の輸送手段になる。その背後にある発想と努力。きっとそこには不可能を可能にするしなやかさが必要な筈。

    何もそんな人生訓のようなものを絞り出してみる必要もないことは重々承知なのだけれど、吉田篤弘の言葉は色々な思考を喚起するのだ。ふざけているようで至極真面目な思考。それが大事なポイント。しかめ面をしていると、直ぐに脇の下をくすぐられてしまう。

    なんでも硬直的に考えがちな日本人としては、朝令暮改なんていい加減な感じで否定的に捉えがちだけれど、その時その時で最適と思われることを柔軟に実行することは悪いこととは限らない。前例や権限規定から想定される範囲内に身を閉じ込めてばかりいるものにとって、吉田篤弘は時々必要な頭の体操をしてくれる作家だ。

  • 2013 9/4

  • まなざしの方向・交差についてや、二次元と三次元の曖昧さや、いつの間にか移動している場など面白い点は幾つもあったのだけれど、入り込めなかったのは私が五十の男ではないからか。どうも曇天先生とアノウエ君の言動が酷いなと感じてしまう箇所があって、坂田靖子の漫画で読めば丁度良く受け取れそうな酷さだけどと脳内漫画化をしてみたりした。

  •  絵の中に迷い込んでしまう「先生」の冒険譚。現実と絵の世界を行き来する先生と、その弟子「アノウエ君」との問答が素敵すぎる。
     名画の中を彷徨っているかと思えば、気付けば現実世界でマグロの解体ショー。そんなスラップスティックな展開を、ユルいけれど哲学的な会話がグッと抑える。読後感も好し。

  • 曇天先生、絵の奥へ迷い込む。

    煙に巻かれるように、文章が入れ替わり、場面も入れ替わり、
    なにがなんやら、不可思議。

    枇杷色の装丁が素敵な一冊。


    読みながら何度も夢に落ち、夢見ながら頁をめくっていたので、
    尚更まとまりのない印象になってしまいました。すみません。

    「受胎告知」や「クリスチーナの世界」でも、フージンのときみたいに、
    吉田さんの自由解釈で遊んで欲しかったなぁ。

    大切なものを語ろうとして、
    間違わないように慎重に無難になってしまった感じがしました。

    p131.「~ヒトはヒトとヒトの間をつなごうとしたんじゃないですか?時と時の間をつなぎ、空と空の間をつないで時間と空間を発明したように」

    アノウエ君、なかなか良いこと言いますな。

  • 時間と空間の境界線が曖昧で、いつの間にか夢の中に迷い込んだ気分になる不思議な小説。

  • 名画の中に入っちゃって、しかも見えてない部分まで歩いてきちゃう、ありそうでなかった本。実際に中の人と会話したり、現実と絵画の世界があやふやだったり、先生の意識はユーモラスでとても面白い。

  • 歩いてるとき、電車にゆられてるとき、たまに飛ぶ、ここでない世界。
    その世界にどっぷり浸かる五十男性(職業教師)と巻き込まれるアノウエ君(助手)。
    切り取り方を変えたエッセイではなかろうか!言葉の扱いと先生の(屁)理屈が、いい。

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著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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