極北

  • 中央公論新社 (2012年4月10日発売)
4.09
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784120043642

感想・レビュー・書評

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  • 文明は崩壊し多くの人類が消え去った近未来、ロシア北部で孤独に暮らすメイクピースの凄惨な人生が綴られるポストアポカリプス小説です。
    生き残るだけの単調な人生を送ってきた人間が、夢物語や希望になんと脆いことか。
    石橋を叩いて渡るような人間にも、生ある限り欲があるのですね。
    非常に虚しく恐ろしい世界を描いた作品ですが、悲哀や恐怖よりも“生きる”ための教訓があるように思えました。
    メイクピースの生き方から、力強い処世術を見出せる一冊。

  • いわゆる「近未来小説」。何らかの理由で人類が滅亡しかけた後に生き残った人々の悲惨な生活を描いた「ディストピア」ものである。しかし、この紹介ぶりから、よくあるSF小説を想像されると困る。たしかに、設定はSF的かもしれないが、内容はきわめてリアル。時代は現在より何年後か、その舞台は極北の地シベリア、視点は主人公に限定されている。

    科学技術が発展を遂げ、人類に不可能などないと思われていた時代はとうに過ぎ去り、核戦争か、地球の温暖化による大規模自然災害か、何らかの理由で、文明社会は崩壊し、人々は生存できる土地を求め、極北の地に逃げ延びてきていた。しかし、そこには過度の科学技術信奉を嫌い、人間本来の生活がしたいと考えた人々が先に入植を果たし、キリスト教信仰に基づいた平和な生活を営んでいた。

    主人公メイクピースの父は、入植者たちが作った街エヴァンジェリンのリーダーであった。かつての都会から流れ込んでくる難民を受け入れようとする主人公の父の一派と、拒絶もやむなしとする一派が対立し、入植地は崩壊する。家族を亡くし、ひとりぼっちになった主人公は町の警察官を自称し、無人の町をパトロールすることを日課にすることで、かろうじて日常性を維持している。

    そんなとき、逃亡奴隷をかくまった主人公は、仲間との新生活に未来を見るのだったが、その死により絶望し、入水自殺を図る。溺れかけた主人公が死に際に目にしたものが空を飛ぶ飛行機だった。文明の存在を知った主人公は再び生きることを誓う。飛行機を飛ばせる力があるということはそこに行けば未来があるということだ。

    果てしない雪原を徒歩で、あるときは馬で、無法者と化した人々との遭遇を警戒しながらもメイクピースは探索をやめない。そう、馬に乗り腰にピストルを携えた主人公を持つこの小説は、ある意味フロンティアを舞台とした西部劇小説であり、ハードボイルド小説なのだ。
    しかし、それだけではない。訳者である村上春樹があとがきで書いているように、この小説には「意外性」がある。それも、一つや二つではない。だから、むやみに面白いのだが、あらすじを紹介することがむずかしい「しかけ」に満ちた小説である。

    根幹に流れるのは、「アンプラグド」の精神。つまり、プラグをコンセントから抜いたら、何もできない文明社会に対するアンチテーゼだ。メイクピースは、銃弾も自分の手で作る。まあ、店もないのでそうするしかないのだが、食糧を得たり、自分の命を守ったり、という我々文明社会に生きるものが自明とする一つ一つのことが、あらためて切実な意味を持って立ち現れる。

    それと、もう一つは、このどうしょうもない世界で生きることの意味の問い直しであろうか。3.11以来、さまざまな論説が飛び交っている。真摯なものも多いが、時流に乗った発言も少なくない。やわな口舌の徒でしかない評者のようなものは、なかばこの世界のあり方に絶望しかけている。完膚なきまでに破壊された原発の姿を目の当たりにしながら、その検証もいまだしというのに、再稼動を言いつのる勢力と、それを政争の具としようと計る勢力のあいも変わらぬ争いに、うんざりするばかりだ。

    しかし、最悪の状況に陥った主人公が、持ち前の強靭な肉体と精神力をバネにして何度でも立ち上がる姿に、ありきたりの言い方で申し訳ないが、読者は勇気をもらう。どんな時代、どのような状況下においても、人は生きねばならぬし、生きることには意味がある。放射能や炭疽菌に冒された人類滅亡の地で生き抜く主人公に比べたら、今の世界は、まだまだ可能性が残されているじゃないか。そんな気になってくる。

    テーマは、それぞれ読者が見つければいい。一つ言えるのは、そんなものを抜きにしても、この小説は面白いということだ。一気に読み通すことを約束できる。翻訳は、大事なしかけを十分に意識したていねいな仕上がりになっている。一読をお勧めする。

  • 人類の多くが亡くなって荒廃した近未来の世界を舞台に、必死に生き残ろうとする女性の姿を描いた長編小説。

    自然災害、戦争、放射能汚染などにより、終末期を迎えた地球で、人々は居住できるわずかな場所を求めて極北の地に集まる。枯れた土地では食べ物はわずか、法も秩序もなく自分の身は自分で守るしかない。
    そんな過酷な状況下で、主人公が生き抜くことだけを考えて戦い続ける姿はもちろん力強いのだけれど、わずかな希望やプライドが次々に打ち砕かれていき、淡々と描かれる日々の試練は重すぎて、苦しくなってくる。はたして、私だったら生き抜こうという気力、あるいは本能が持続するだろうか。
    村上春樹の翻訳で話題になったこの作品、読みやすい文章はさすがだったが、内容はヘビーでつらい読書となった。

  • シンプルなタイトルから、先の想像がつかない。
    何の先入観もなしに、何の推測もなしに読むのが、最もいいと思う。

    展開のいろんなことが意外で、今まで読んだ中で、似た感じのものはちょっと思いつかない。
    ロードノベル、と言うことは出来ると思うけれど。

    そういえば、こんなにも文明やテクノロジーが発達し、そのことになんの疑問も抱かずに多くの人々が享受している時代は、今までの人類の歴史の中でもごく短く、ここ何十年だけのことでしかない、ということを思い出させられる。
    電気も電話もインターネットもなかった時期のほうが、それがある時期より遥かに長いはずだ。

    種を蒔いて育つ、それを収穫して食べる。
    獲物を自分でしとめて、それを自分で捌いて食べる。
    妊娠して産んで、子どもを育てる。
    そういう生き物としての人類のシンプルさを、思い出す。

    悲惨とか苦労とか、そういうマイナスの言葉がどこかへすっ飛んでいく。ただ目の前の食糧、目の前の寒さ、目の前の危機。

    主人公の自己憐憫のなさが、眩しい。

  • 読み進めるうちに、この世界観は『ナウシカ』なのだなと気づいた。
    主人公は姫様ではないし、蟲も出てはこないけれど。
    そして、バイオレンスぶりには『マッドマックス』か『北斗の拳』が入っているけれど。

    「訳者あとがき」によれば、村上春樹は原書を読んですぐ、これはぜひとも自分が訳さなければ、と気に入ったようだけど、『ナウシカ』や『北斗の拳』だと思えばそれもよく理解できる。
    この人の世界観って良くも悪くも30年前から変わってなさそうだもの。

    物語世界は確かに魅力的。
    ディストピア世界をたった一人で生きていく主人公の、絶望的な孤独と、強烈な生命力の描出は素晴らしい。

  •  読み始めてすぐに、読み手が重大な思い違いをしていたことを知らされる。また、間を置くことなく、軸となると思われた登場人物が、舞台から退場してしまう。何を軸に物語は進んでいくんだ?と皆目わからなくなるのが第一部の書き出し。
     主人公の好奇心と行動力が、結果的に災厄をもたらしてしまうが、物語を読み終えるころには、全て善きこととした結果に収れんされる。舞台から退場したかに思われたもう一人の登場人物も、主人公の心の内で大きな影響を与えることから、やはり主要人物として物語に生き続けている。

     大きな気候変動がもたらす、人類のそう明るくない近未来に、核施設の末路も絡ませた北極圏を舞台にした終末小説だ。終末小説の常として、社会秩序は崩壊し、暴力が人々を支配している。あるいは、他人は信用できないが、一人では生きていけない。自分が衰え、死に行く現実は受け入れるが、次世代に思いを残す・・・。キリスト教の教えに依る終末思想の常道かもしれないが、本作品の余韻は静かで、大きい。

  • 『貧しい人々はみな同じような見かけになってきた。彼らは同じように暮らし、同じように食べ、同じ服を(中国の同じ地域で作られた服を)着るようになったのだ。父にとってそれは、人々が土地から切り離されたというしるしだった』

    こんな一文に出会うまで、この物語は単に「田舎のねずみと都会のねずみ」のような少しばかり青臭い(ということは、少しばかり原理主義的な香りのする説教めいた)なおかつどこかしら牧歌的な古き善き時代を懐かしむ価値観を強要するお伽噺(お伽噺は往々にして説教臭いものだが)であるのかと思いながら、少し慎重に読み進めていたのだけれど、現代社会を瞬時に過去に置き去りにするようなこの一文にぶつかり、衝撃のようなものを受ける。

    物語には、否定しようもなくアーミッシュ的な価値観は漂っている。だが、これは過去の(それは時間軸を遡るという方向性に併せて、文明の中心から周辺へという空間的な方向性の意味も持ち得るだろう。だからタイトルが指し示す方向へ勝手に顔を向けていたのに急にそれが酷く間違ったことであることに気付いて衝撃を受けるのだ)価値観を強要するための物語ではない。もしそう受け止めてしまうのだとしたら、それは読み手の内にそのような思いが既に存在していたということなのだと思う。ただ、そのようにして何かを喚起する言葉が溢れている本であることは間違いない。

    進化という考え方に、どうしようもなくダーウィンの自然淘汰的なニュアンスを込めないでいることは困難だが、それは地質学的時間のスケールで起こることであるという、逆にゆったりとした感覚を我々に植え付けてしまってもいるのかも知れない。白亜紀の終わりに起きたようなことは、まさに天変地異のような稀な出来事で、人ひとりが生きている間に世の中の何もかもが根本的に変わってしまうようなことは起こりはしないと考え勝ち。しかし全ての仕組みは絶妙なバランスの上に成り立つもの。それを崩すのには案外小さな力で済む。

    だからどうしろ、と言うのではない。その難しい立ち位置を保ったまま物語はすすむ。進化の歴史は一本道。後戻りは出来ない。人類が地球の所有者のように振る舞っているのもまた束の間のこと。人はかつて何十億年も大地に君臨したもののような巨大な骨は残せない。つつましやな生き方を想う。

  • 久しぶりに、文章から景色や人物のイメージがふわ〜っと広がる楽しみを味わった。文章を読み進めていく途中で分かる事もあって、映像ではない小説ならではの楽しみ。

    お話自体は近未来の話である。明るくないけど、こんな未来もありえそうなリアルさもあり、考えさせられた。

  • 初読。

    キリツと素敵な装丁。

    「私」、メイクピースの極北の地での生活、
    少しずつ状況が判明していくしかけや意外性。

    過酷ながらどこかプリミティブな喜びが感じられるような描写、
    それに対する文明への憧れや、もたらした絶望。
    どちらにあるものも等しく公平に厳しくみている目。
    だからなのだろうか、終末にも希望も存在するような。

    「人は誰しも、自分が何かの終末に居合わせるであろうことを予期している。誰も予期していないのは、すべての終わりに居合わせることだ。」

    世界最寒の地オイミヤコンのテレビ番組で観て以来夢中のヤクート馬、
    この作品に出てくる馬もやっぱりヤクート種なんだろうか♡

    • cecilさん
      初めまして。フォローしてくださってありがとうございます。すごく嬉しかったです!雪っぽい作品がとても好きでいつもチェックしてしまうのですがこち...
      初めまして。フォローしてくださってありがとうございます。すごく嬉しかったです!雪っぽい作品がとても好きでいつもチェックしてしまうのですがこちらの「極北」は知りませんでした。すっごく面白そうなので、今度読んでみます!!
      2013/02/19
  • 終末というか絶滅の寸前だろうか。とある極北の地で街の最後の生き残りとして狩りや家庭菜園での厳しい暮らしを余儀なくされている主人公の物語。

    極北という環境の厳しさ、人の心の極北、私たちの行く末の極北。本当の極北には「北」というものが失われてしまう。

    何故そのような状況になったのかは深く語られない。

    要因が一つではないことはうっすらと今の世界の状況を見渡してもわかると思う。

    この作品を村上春樹が翻訳し始めたのが2010年の夏。

    チェルノブイリを思わせる土地がひとつのキーとなっているこの物語を読んで、福島の災害を思い浮かべない人はいないだろう。

    「ものごとが今ある以外のものになる必要を私は認めない」という言葉が極北で主人公が唯一得たもののような気がする。

  • 主人公メイクピースは破滅的状況の地球で独りサバイブしている生存能力の高い人間。繰り返しこう綴ります。自分はタフで実用主義の人物だと。しかし終盤こうも書きます。人はこう思われたいと思う姿の反対だと。この小説の魅力は、タフな筆致の中にもにじみ出てしまうセンチメントの部分にあると思います。重い内容ながらみずみずしい面も持ち、面白かったです。

    全身これ生きる本能といったメイクピースと対照的なのが、整形外科医の経歴を持つ男シャムスディン。彼の智慧はこの荒廃した世界では役に立ちません。それでも彼の知性はメイクピースにとって非常に価値あるものに感じられます。メイクピースは他にもさまざまな美しいものに心を動かされる、実は感性豊かな人物なのです。

    一方、メイクピースが父に寄せる感情は複雑です。珍名は聖職者である父がつけたもの(信仰篤い清教徒の家庭ではよくみられた)。もとは村落のリーダーでありながら、地球に異変が起きてから急速に指導力を失っていく。そのありさまを見ていたメイクピースが、観念では生き残れない、タフにならなければと思いを定めたのも道理で、心に残るエピソードです。

    やがてストーリーは想像もしない方向へ枝葉を広げていきます。その展開は主人公の旅と同じく決してスムーズではありません。常に最悪か、少しましか、の中から道を選ばなくてはならない日々の圧迫感。特に気をつけなくてはならないのは、疑心暗鬼に陥っている人間の心理。そこに信頼はなく、支配と被支配の構図のみ。いつ気まぐれな処刑の犠牲になってもおかしくない。その中でも機転を利かせ生き延びるメイクピースが頼もしい。

    どんなに過酷な目に遭ってもメイクピースが生き続ける原動力。それは希望だなんて陳腐で安っぽい言葉に置き換えられません。最後になってそれはわかります。大きな謎も残すストーリーながら芯の部分はシンプルですね。

    地が汚れたら人間性も文明も絶えるのだろうか?この問いは原発事故後の今、まったく絵空事ではなく、私にとっても皮膚感覚で共感できるところです。

  • 翻訳者、村上春樹は「あとがき」でこう語っている。

    「昨今読んだ中ではいちばんぐっと腹に堪える小説だった。物語としてのドライブも強靭(きょうじん)だし、読後に残る重量感もかなりのものだ。そして何より意外感に満ちている。僕は思うのだけど、小説にとって意外感というのは、とても大事なものだ」

    ある出来事によって世界が破壊されたあとの物語。人々は、家族をはじめ人間にとって大切なものをほとんどすべて失ってしまっている。「失われた」世界で、生き残りを賭ける人々。秩序は消え、飢えたいくつかの部族が荒地をめぐって闘いあう。

    「自分が何かの終末に居合わせることになるなどと、人は考えもしない。自分が終末に含まれるだろうなどと、人は予期もしない」

    たしかに世界は一瞬にして破滅する。
    村上春樹はあとがきで、「3・11」を引き合い出している。

    しかし、この物語のテーマは破壊されたことではなく、その後に人間が作り出した地獄だ。あまりにもリアルに描き出された人間の本性。こんな未来はありえないと、たやすく否定できるだろうか?

    「そこには、ものごとがなされるべきやり方があり、生きていくために役立つものと、役立たないものがあるだけだ。偽善が入り込む余地はどこにもない」

    そんな世界で主人公のメイクピースは、一度はすべてを失い、人生の目的をすっかり見失いながらも、「心」を決める。
    荒廃した世界を生き抜くタフな主人公。
    (主人公自身も「意外感」に満ちている。)
    主人公はある意味世界の果てまで旅をし、自らの謎に直面する。

    この徹底的にタフな描かれた主人公のおかげで、我々はこの地獄を旅してみることができる。

    「我々がいったん心を決めたとき、我々にできないことがあるだろうか?」

  • 読む前は純文学系(?)と思っていたら、SFというほうがしっくりくる感じ。『大草原の小さな家』を思わせる開拓地、近代文明を拒絶する清教徒かアーミッシュかといった暮らしをしている村、だけど舞台はロシア?といった設定から、その村に独りきりの主人公、なんで?と意表を突く展開に圧倒され、心地よく裏切られながら読了。それにしてもこの物語が突拍子もないものでなく、現実に起こってしまいかねないことがただ恐ろしい(いや現実に起こっている、と言ってもいいかもしれない)。暴力や残酷さに満ちているにもかかわらず不思議な静謐さを感じる。主人公メイクピースの語り口のせいなのか?
    主人公は無人島へ流れ着いたわけではないのだが、ロビンソンのごとくサバイヴしている。タフである。私と、私がが今しがみついている社会のなんと脆弱なことか!

  • モノトーンで近未来的な物語。
    しかし、あり得ないお話かというと、
    妙に現実感もあるし、
    そもそも話の筋立てが大変面白く、
    深く深く惹きつけられた。
    翻訳して下さった村上春樹氏に感謝。

  • 心が震えた。

  • 重く、苦々しい旅の物語。しかし、主人公はタフだな。ナウシカの世界観かな。世界の未来を見ているよう



  • 雪の冷たさは大切なものをもみ消して美しいとさえ感じさせる。雪解けや芽吹く素の姿が明るみに出れば人の影の顔も顕れ、“義務や愛や良心という不変の事実“が揺らぐ。心から蝕まれていくのかと戦慄する。潔い読み応え。冬の旅に携え再読したい。

  • 4.07/869
    『極限の孤絶から、酷寒の迷宮へ。私の行く手に待ち受けるものは。この危機は、人類の未来図なのか――読み始めたら決して後戻りはできない圧巻のサバイバル巨編。』(「中央公論新社」サイトより▽)
    https://www.chuko.co.jp/bunko/2020/01/206829.html

    冒頭
    『毎日、何丁かの銃をベルトに差し、私はこのうらぶれた街の巡回に出かける。
    ずいぶん長いあいだ同じことを続けているので、身体がすっかりそれに馴れてしまった。寒冷な空気の中で、せっせとバケツを運び続けてきた手と同じように。』


    原書名:『Far North』(2009年)
    著者:マーセル・セロー (Marcel Theroux)
    訳者:村上 春樹
    出版社 ‏: ‎中央公論新社
    ハードカバー ‏: ‎377ページ
    発売日 ‏: ‎2012/4/7
    ISBN‏ : ‎9784120043642


  • 「昔の方が良かった」と過去は時に美化されがちだけれど
    便利になったことはもう少し素直に受け入れてもいいのだと思う。
    そうでなくちゃ先代の人々に失礼だ。
    今日からもっとキャッシュレスやペーパレなどに感謝しよう。。

    かろうじて今は「不便」だった戦後の時代を生きた人がご健在だけれど
    あと数十年したら日本には便利しか知らない人だけになるのだな。

    絶対にやってくる不便を本でしか学べなくなる時代のためにも、存在価値が高く、尊い本。

  • いつ頃ぶりだろうと思い出せないくらい久しぶりに、冬休みを利用して小説をしっかり読んだ。話に入り込んで3日で読んでしまった。極北というタイトルや雪原の装丁からジャックロンドン的な世界観かと思ってたけど、マッカーシー的な荒野のイメージや村上春樹の世界の終り的なイメージの方が近かった。細かい部分はちょっと雑というか、説明不足で話がいきなり進んだりするけど筋としてはとても濃密な終末小説。欲や文明から逃れようと思ってシベリアのどこかに入植した人間たちが結局は人間であることから逃れられず階層社会を作って自滅していく中で生を受けた主人公が、信仰を取るか目の前のパンを取るか的なキリスト教の矛盾を問うよくあるテーマもいれつつ、最後は不遇な生い立ちも含めて自分の人生だと受け入れながら死に向かっていくそんな重厚な話。

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著者プロフィール

マーセル・セロー
一九六八年ウガンダに生まれ、英国で育つ。ケンブリッジ大学で英文学を、イエール大学でソヴィエト、東欧の国際関係を研究。環境問題から日本の「わびさび」まで、多様なテーマのドキュメンタリー番組制作に携わるほか、二〇〇二年に発表した小説 The Paper Chase でサマセット・モーム賞を受賞。本書『極北』は全米図書賞及びアーサー・C・クラーク賞の最終候補となり、「主要な文学賞が見過ごしている格別に優れた作品」に贈られるフランスのリナペルスュ賞を受賞している。その他の作品に Strange Bodies などがある。

「2020年 『極北』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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