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Amazon.co.jp ・本 (190ページ) / ISBN・EAN: 9784120045554
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
特別な女性の物語を通じて、普遍的な感情や葛藤に触れることができる作品であり、読者は自身の内面と向き合う機会を得ます。文章は一見読みにくいものの、その独特な流れは吸引力を持ち、思わず引き込まれてしまいま...
感想・レビュー・書評
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あったまテッカッテーカ。えーとヴァニティフェアの編集長とのことで。本国では著名人ということで。出せば取り敢えず売れるという、そういう本なのでごぜいます。女というのは「あ、こいつ女の友達いねえな」という人種をかぎ分け、地雷と認識し舞われ右します。そういう人というのは何故か世の中を達観していて、捨てるもんなし、という潔さを身につけ、ある意味魅力的に写ったりもします。そういう本。そんなに世の中は変化とか、驚きとか求めてねえ。寒さをしのぎ、あったかい飯を食う。いわゆるおっかさん的な女性、そういう本に巡り会いたい。
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文学
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一人の特別な女性の特別な物語、なのだけど、私達の誰もが多かれ少なかれ、普遍的なものを抱いている。
この作品も例外でなく、私自身の感情をぴたりと言い当てるような言葉に何度も出くわし、はっとした。
文章はかなり読みにくいけれど(推測でしかないけれど、訳のせいではなくて元々がそうなのだろう)、読ませる力がある。
一つの話というより、場面ごとにパラパラと降って来るような作品だった。 -
『パリに戻ってからは、島でみた家が頭から離れなくなった。それは私の中に見ず知らずの他人の肉体の如く棲み付き、私が意図的に残しておいた空白の細胞さえも勝手に植民地化してしまい、我が物顔でそこにいた』
息を吐く暇も与えない言葉の流れに、窒息しそうな苦しさを覚える。この川の流れの行き着く先はどこなのか、それが気になるような心持ちがして読み継ぐのだが、実際のところそれ程興味が湧いている訳でもない。流されているのか、自ら流れを切り裂いて泳いでいるのか、どちらとも決めかねる心地で、ふらふらと漂うように読み進める。
この言葉の連なりを読み進めるには、少なからぬ意思の力が必要であるとも思う。その力は一体どこから湧いてくるのか。それがもやもやとした違和感に根ざしたものであると気づけば、ヴィルジニー・ムザの文章を読む速度は一気に加速する。言葉が頭の中に無理やり作り上げようとする素描に身構える必要はないと、ただその言葉の流れの中にある淀みや矛盾の生む違和感に身を寄せるのみであると覚悟するだけだ。
遺書を思わせるようなこの文体の小説が、物語として残す印象は極端に少ない。しかし、其処彼処で描写される風景や場面の心象は、まるで優れた写真家の残す映像のように鮮やかな残像となって留まろうとする。その鮮やかさは、被写体に内在する美しさというよりも、シャッターを押すものが心象を風景に投影して作り出すものであるのは言うまでもない。そして恐らく、そのような投影を可能にする力は、自身の中にある激しい葛藤が生み出すものなのだろう。ヘルムート・ニュートンの写真の中の淫靡さが被写体となった女性の中に潜んでいるものではなく撮影する側の投影するものにある、と作家がいうように。そして、それを観るものが、そして文章を読むものが、そこに自らの葛藤を更に投影して、鮮やかさは増幅されるのだ。 -
私には合いませんでした。
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読売新聞(2013/11/10)の著者来店にて紹介。
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