マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ

著者 :
  • 中央公論新社
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レビュー : 346
  • Amazon.co.jp ・本 (265ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120047886

感想・レビュー・書評

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  • 『裏路地のそのまた奥。人ひとりやっと通れる細い道を分け入っていけば、その店は忽然と現れる。小さな中庭を持つ、古民家のような一軒家。中庭の真ん中ではハナミズキが丸い葉を茂らせ、その根元に「マカン・マラン」と記された、小さなスチール製の看板が立てかけられている』

    あなたは自分の”隠れ家”を持っているでしょうか?人目を避けた場所にあり、誰もが容易には訪れることのできない存在である”隠れ家”。それは、普段の日常に疲れた私たちが、いっ時の非日常を求めて訪れる場所なのだと思います。”隠れ家”を謳ったレストランは思った以上にたくさんあります。しかし、”隠れ家”を大々的に謳ったレストランを訪ねても、そこに非日常が待っているとは限りません。非日常を求める人たちで埋まったそんなお店は、結局のところ日常と何ら変わりない場所になってしまうからです。本当の”隠れ家”とは、そんな場所に辿り着きたいと心から願う人だけが行き着くことのできる場所。それは、万人にではなく、あなたにとっての”隠れ家”であるべき場所なのだと思います。そんな”隠れ家”を舞台にした作品がここにあります。『深夜にひっそりと開店する、知る人ぞ知る夜食カフェ』、それが『マカン・マラン』。この作品は、そんな”隠れ家”を止まり木として訪れる人たちの日常を古内一絵さんが優しく描く物語です。

    『最悪だ』と『今日何度目になるか分からない呟きを、また口の中で繰り返した』のは城之崎塔子。『ふいに背筋に悪寒が走』った塔子は『まずい。貧血だ』と『水たまりのできたアスファルトの上に膝をつ』きます。その時『あなた、どうしたの?』という声。『貧血ね。いいから、あたしのところで少し休んでいきなさい』と『安定感のある女性の腕に抱え込まれ』て『全身の力をひと息に抜』く塔子。『なあ、どうするんだよ。お前だって、対象者なんだぞ』『なあ、村田女史に、俺の分まで、口きいてもらえないかな』という声が薄れた意識に蘇り『冗談はやめてくれと、振り返ろうとした途端』意識を取り戻した塔子。『あら、眼が覚めたのね』という声。『そうだ。自分は、改札を出た直後に貧血を起こし、親切な女性に助けてもらった』ことを思い出す塔子。『白く塗り込んだ肌に、クレヨンで描いたようなアイライン』、そして『瞬きをするたびに、音が出そうなつけ睫毛』の目の前の人物。『この人は、女性、ではなくー。女装した、男性だ』と『すぐ傍らまで寄ってこられて、塔子はようやく理解し』ます。『気分はどう?ノンカフェインのジンジャーティーよ。体が温まるわ』というその人物に『視線を合わせれば、厚化粧の下に、隠しても隠し切れない、いかつい中年男の顔があった』という目の前の光景。『あなた、もしかして、ドラァグクィーンを見るのは初めて?』というその人物。『どうしたの?別に毒なんか入ってないわよ』と奥に行ってしまったその人物を見送り『ひと口飲むと、そのまますっと体の中に溶け込んでいくようだった』というその飲み物。『二十年勤める大手広告代理店で、早期退職者の募集が発表された』という会社のことを思い出す塔子。『雑念を振り払い、今は、なにも考えまいと』思う塔子は『自分には、まだやるべき仕事がある。それ以外は、考えたところで仕方がない』と思い至ります。『すみませんでした。ご迷惑をおかけして。本当にありがとうございました』とお礼を言って玄関を出て振り向く塔子。『そこには小さな中庭を持つ、古民家のような一軒家』がありました。『看板の上に”マカラ・マラン”という書き文字が見える』というそのお店を後にした塔子。翌日になっても『日頃感じていた頭打ち感に、「早期退職」という形でのとどめが刺されるとは』と相変わらずその四文字が頭から離れない塔子は、ふと携帯電話を昨夜の店に置き忘れたことに気づきます。『すぐさまインターネットに接続し、地元の駅名と飲食店で、検索をかけてみる』もヒットしないそのお店。『あそこは店ではなく、個人宅なのかもしれない』と翌日再び現地を訪れた塔子の前には『ダンスファッション専門店シャール』という看板がありました。『茫然とその看板を眺め』る塔子。その後出社した塔子は『夜には飲食店のように見えた店が、実は服飾店だとは思わなかった』と考えこみます。そんな時、直通電話が鳴りました。『ねえ、あなた、貧血のお嬢さん?』という『聞き覚えのある低い声』にハッと息を呑む塔子。そんな塔子が再び前を向く物語が始まりました。

    四つの短編から構成される連作短編の形をとるこの作品。共通するのは『マカンは食事。マランは夜。つまり、夜食という意味』のインドネシア語の名前を持つ『マカン・マラン』というお店と、そのお店を仕切るドラァグクィーンのシャールです。元々は服飾店というそのお店。『最初はスタッフのまかないのつもり』で出していた料理に『なぜだか常連さんがついちゃって』と『賄いカフェ』として現在に至るそのお店ですが『裏路地のそのまた奥。人ひとりやっと通れる細い道を分け入っていけば、その店は忽然と現れる』という謎めいた描写。そして『こんな商店街の一体どこに、”秘密の夜食カフェ”があるというのだろう』という訪れることのできる人が限られるイメージは、どこか村山早紀さんの”コンビニたそがれ堂”を思い起こさせます。もちろん、この作品はファンタジーではないので、あくまでイメージとしての話ですが、こういった謎めいたお店の設定は読書の好奇心を大いに刺激してくれることは間違いありません。

    一方でそんなお店で提供される料理は極めてリアルな描写で描かれていきます。幾つも提供される料理の中から『春野菜のキャセロール』をご紹介します。『熱いから、器には触れないでね』と提供されるその料理。『オーブンで仕上げた、グラタンのようにも、シチューのようにも見える』という冒頭の説明だけで寒い季節には興味深々です。『ぐつぐつと音をたてる煮込みの表面で、こんがりと焼けたチーズが黄金色の網を作っている』とさらに細かく見た目を説明した後『キャセロールっていうのはね、北米の家庭料理なんだけど、本当は暖炉で作る料理なの』とこの料理を全く知らない私のような読者にもこれだけで十分イメージを掴ませてくれます。そして『ひと匙掬って口の中に入れてみ』た塔子。『春野菜の優しい甘みが口いっぱいに広がり、塔子は思わずうっとりする』と夢心地な様子がリアルに伝わってきます。普段は夕食を抜きがちな塔子。『こんなに穏やかな味わいの料理なら、どんなに疲れきっていても喜んで受けつける』とその味に驚きます。そんな食の場面に古内さんは料理を描く他の小説にはない一つのエッセンスをこのように加えます。『今流れている曲は?』と聞く塔子に『それがドビュッシーの「アラベスク第一番」だと教えてくれた』シャール。『ゆるやかに流れるドビュッシーと、美味しい夜食と、ナイトドレスを纏ったマスカレードの仮面の博識なお喋り』という食の場面の描写。絶品の食に、ドビュッシーのアラベスクという優雅の極みを感じさせる音楽が加わったことで、その場面に一気に華やかさが生まれました。そんなリアルな描写に『いつまでも浸っていたい非日常』を感じる塔子の姿が目に見えるように浮かび上がってくるのを感じるこの場面。そう、美味しい食にはそれを演出する音楽が欠かせません。それを絶妙な選曲を持ってこんな風に描く古内さん。これによって、絶品の非日常の場面に続くその後の物語の説得力が増したように感じられました。

    そして、四つの短編では、そのそれぞれに主人公となる人物が交代し、それぞれに異なる物語が描かれていきます。それら主人公に共通するのは、それぞれの人生の中で苦悩し、この先の生き方を迷う人々の姿でした。器用に生きることができずに、一所懸命な日々の努力もなかなか身を結ばない彼等。そんな彼等が偶然にも行きついた『マカン・マラン』。そして、そのお店を切り盛りするドラァグクィーンのシャール。そんなシャールはそのお店を訪れる人たちに色んな示唆を与えていきます。社会の中で、会社の中でもがき苦しむ彼等に対して『この世界に、本当になにもかもから自由な人なんて、どこにもいないわ。誰でも、何某かの負荷を抱えて生きているものよ』と説くシャール。この作品を読んで柚木麻子さんの”アッコちゃんシリーズ”のイメージが重なるのを感じました。連作短編の中でふわっと登場する”アッコちゃん”は、書名に名前が掲げられても主人公ではありません。彼女に何らかの形で関わる人たち、やはり生きることに迷い、未来が見えなくなってしまった人たちに、彼等が再び前を向くきっかけを与えたのが”アッコちゃん”でした。この作品のシャールにそんな”アッコちゃん”の姿が重なります。しかし、この作品で描かれるシャールにはもっと深い影のようなものも感じました。そもそもがドラァグクィーンという立ち位置にあるシャール。そんなシャールも決して特別な人ではありませんでした。ひとりの人間として、『カミングアウトし、たくさんのものを失った』という過去を持ち、親にも絶縁されたというシャール。『それだけ多くの傷を負っているから、シャールは止まり木を作った』というように『たくさんのものを失った』からこそ、感じるものがあり、そんなシャールだからこそ行き着いた場が『マカン・マラン』でした。『そこでたくさんの人たちを休ませながら、自らをも守っている』というシャールの生き方。そして、そんなシャールと出会うことで、何かしらのきっかけを掴み、再び前を向いていこうとする塔子たち。柚木さんの作品も古内さんの作品も考え方としては同じ方向を向いていると思います。そのどちらにも心惹かれますが、古内さんのこの『マカン・マラン』にはシャールという存在が生む深い影を強く感じます。そして、影が深い分、結末に見える、もしくは主人公が見ることになる光がより眩しく感じられる、そんな印象を受けました。

    『そこに傷ついている人や、お腹の空いている人がいれば、必ず、美味しいご飯を食べさせる
    それが、シャールさんなのよ』という止まり木としての役割を果たす『マカン・マラン』。

    現代社会は疲労困憊した人々に溢れています。一所懸命頑張っても必ずしも報われるとは限らない世の中。自分の立ち位置を見失い、未来が見えなくなっていく、そして自信を失っていく。そんな苦悩の日々の中で、いっ時であっても羽を休めることのできる止まり木のような存在は、誰もが必要としている場なのかもしれません。そんな場として今日も『栄養と愛情がたっぷりつまった美味しい料理』を提供し続ける『マカン・マラン』。私も『裏路地のそのまた奥。人ひとりやっと通れる細い道を分け入って』、そのお店を探してみたい、そのお店に辿り着いてみたい、そしてそのお店で羽を休めてみたい、そんな風に感じたホッと心安らげる作品でした。

  • 美味しそうなお料理がサブタイトルになっているのにひかれて手に取りました。

    第一話 春のキャセロール
    第二話 金のお米パン
    第三話 世界で一番女王なサラダ
    第四話 大晦日のアドベントスープ
    の連作短編集です。
    タイトルの『二十三時の夜食カフェ マカン・マラン』が舞台です。

    一話はキャリアのあるOLの城之崎塔子、二話は中学校教員で店主のシャールの元同級生の中学教員柳田敏とその生徒で13歳の三ツ橋璃久、三話はライターの安武さくら、四話は「マカン・マラン」の店員のジャダこと黒光大輔と地上げ屋の小峰幸也のお話です。

    店主のシャールと店員たちは皆トランスジェンダーで、昼間はお針子をやっています。
    最初こそ違和感を覚えましたが、読んでいるうちに大変心地いいい物語となりました。

    私は三話のライターのさくらの話に一番共感を覚えました。
    いつまでたっても、契約のライターのさくらに「サラダはメインになれないなんて言うけどあたしはそうは思わないわ」とシャールは言って”世界で一番女王なサラダ”を供されますが、身体に滋養が染みわたりそうでとっても美味しそうでした。

    メニューは、”秋ニンジンと豆乳のポタージュ、トマトのゼリー、イチジクのバルサミコソース和え、オリーブのピュレ、水菜とアーモンドの雑魚和え、ごぼうとグリーンアスパラガスのマリネ、ブロッコリーとパプリカの甘酢和え、山芋とアボガドの山葵和え、胡桃のロースト”

    そしてさくらは、空っぽな自分を本当の自分の言葉で埋めてみたいと思うようになり、今までおざなりになっていた読書を再開します。
    私も本を読むのが好きなので、さくらの姿勢を応援したくなりました。

  • 路地裏にある小さなお店「マカン・マラン」。
    インドネシア語で夜食という意味。
    そこに集う人々は‥

    古民家風の一軒家、昼間はダンスファッション専門店の「シャール」。
    夜は不定期に「マカン・マラン」となります。
    店主は派手な化粧をした大柄なドラァグクイーンのシャールさん。
    訪れた人の顔を見て、体調に合う食材を選び、身体を癒やしてくれます。
    鋭い指摘を含んだ言葉も、穏やかに添えて。

    身体に優しく、美味しそうな料理の数々にうっとりして、気分が良くなります。
    女装のシャールさんが、かっては男らしく見える優等生だったというのも不思議なような納得のいくような。
    しっかりした人柄が全体を通して感じられるのです。

    不定期なために、幻の人気店として強引に取材をしようとする記者も出たり。
    店が地上げ屋に追い出されそうになったり。
    思わぬ事件で周りは波立ちながらも、そこは暖かな灯台のような光を放っています。
    続編も読まなくちゃ☆


  • 過酷なストレス社会で磨り減った心を癒すには、ほっと気持ちの安らぐ料理がいい。
    そんな時にはマカン・マランに行こう。

    マカン・マランは夜の間だけ開く、隠れ家的なカフェだ。マカンは食事、マランは夜。2つを合わせて「夜食」となる。
    オーナーは見た目のインパクトがとにかくすごい、溌剌としたおかまだ。
    化粧をして、ピンクのウィッグをかぶり、スカートからはたくましい足がのぞく。
    シャールと呼ばれて、おかま仲間や常連客から親しまれる存在だ。

    マカン・マランには、たびたび仕事で疲れた人が迷い込む。
    シャールのようなおかまが出迎えるインパクトはかなり大きいが、彼女の作る料理は、食べたものをほっと落ち着かせる効果がある。

    ストレス社会で磨り減った心を癒すことができる料理は、
    食材の味を生かし、その人の体質にあわせた食材をチョイスする。
    「医食同源」の言葉が浮かんだ。食べることで体を治す食事は薬と同じ効果を持つ。
    薬膳料理のような食材の選び方に、シャールの観察力と気遣いに、お客さんの心は解かれていく。
    彼女の料理を食べて、心の内を吐露したくなる客は後を絶たない。

    だからマカン・マランは隠れ家として、ひっそりと常連客たちに支えられている。
    精神的に弱って助けを必要としている人の心の声を聞き、料理を通してそれを解消することができる。
    そんなシャールの料理を人々は求めて、マカン・マランにやってくる。







  • 文章や風景の切り取り方や描写がきれい。時代小説にぴったり合いそうな言葉の使いだと思った。古内さんが書いた時代小説読んでみたいです。


    マカン=食事
    マラン=夜
    インドネシア語で「夜食」の意 14ページ


    「春のキャセロール」「金のお米パン」「世界で一番女王なサラダ」「大晦日のアドベントスープ」の4連作。


    路地の奥にひそりと佇む23時開店の「マカン・マラン」。店主名はシャール。その人の体質を見極めて陰性の人には陽性の、陽性の人にはその逆の料理が提供される。体質を中庸に整える。

    ところどころ涙がじわーっと出てしまいそうになる、温かくて優しい言葉が散りばめられていて、真夜中布団の中で泣きそうになりながら読みました。

    「大晦日のアドベントスープ」…の、その後が知りたい。とても気になるー。お次は『快晴フライング』を借りよう♪

  • 読友さんお薦めでマカン・マランシリーズを体験、心温まる話だった。夜食を提供する「おかま」のシャールさん。でも、「おかま」ではなくドラァッグクイーンと言わないと怒られる。シャールさんは店の看板を出さずに夜食を提供する。でも、いつ開店するかはシャールさんの都合次第。シャールさんは顔を見ただけで体調が分かり、夜食を勧め、体調を整えてくれる。中でも「半分豆乳のオイスターチャウダー」は読んでいるだけで食べたくなる。人の体調を気遣い、カタルシスにより人生を後押ししてくれるシャールさんの魅力と今後の展開が気になった!

  • 高評価の☆とレビューに魅かれて、私もハナミズキのある中庭を目印にマカン・マランを訪ねた
    まず、玄関のランタンの光が訪れた人々の心を和ませてくれる

    そして、玄関を開け、部屋に入ったとたん、誰もが大きく深呼吸するように肩の力が抜ける
    ここでは、何も飾らなくていい、取り繕わなくていい
    シャールさんが両手を広げて、ありのままの自分を受け入れ
    「 大丈夫 !」
    と言ってくれるからだ

    お話の至る所に珠玉の言葉と温かい湯気と香りのたつ料理が溢れていた

    ☆ どんなに色々なものが足りなくったって、誰もが自分の人生の女王様よ

    ☆ 足りなければ満たせばいい。空っぽならば埋めればいいのよ

    ☆苦しかったりつらかったりするのは、あなたがちゃんと自分の心と頭で考えて前へ進もうとしている証拠よ。だから、今は何も見えなくても絶望する必要はない

    ☆この世の中に何もかもから自由な人なんて、どこにもいないわ
    自分の荷物は自分で背負わなきゃいけないのよ

    春野菜のキャセロール・シャンピニオンサラダ・黄金の焼きカレー・もちあわと南瓜のスフレ・・・
    私も食べたーい

    訪れた人がみんな、ちょっと元気になって、顔を上げて帰っていく、期待通りの隠れ家カフェ マカン・マランだった

  • ドラァグクイーンと呼ばれるトランスジェンダーの店主が経営するドレスショップの常連さんやお針子の為に始めた夜食カフェ、それがマカン・マラン。商店街の外れの狭い路地裏にひっそりと開店する店に辿り着けた人は、縁のあった人であり、このカフェを必要としている人。

    店主のシャールが作る料理は、滋養に満ちていて、読んでいるだけでも疲れた体が癒されるようだ。料理だけでなく、シャールの語りかけるあたたかい労わりの言葉もまた、滋養に満ちている。
    肉体的にも精神的にも、様々な艱難辛苦を味わってきたからこそなのだろう。

    シャールといえば、むかーし夢中になって読んだ白泉社ララの「エイリアン通り(ストリート)」(成田美名子/作)の主人公の名前で、懐かしく思い出した。2019.8.25

    • のんのんさん
      エイリアン通り、私もドンピシャで世代です。懐かしい。
      図書館でこの本の装丁が気に入り、借りてきました!楽しみです‼️
      エイリアン通り、私もドンピシャで世代です。懐かしい。
      図書館でこの本の装丁が気に入り、借りてきました!楽しみです‼️
      2020/03/17
  • みたびから読んでたので、登場人物の過去?がわかってちょっとすっきり。
    第三話、女同士の攻防、駆け引きみたいなのが身につまされる。
    各章、現代社会の問題が書かれ、身につまされてしんどいなーと落ち込むけど、最後はほっこりするので安心して読める。
    シリーズ制覇したくなる。


  • ある1件のカフェや喫茶店があって、そこを訪れる人達は何やら悩みを抱えている。そんな様子を連作短編といった形で描かれている小説はいくつか読んだけど、その中でも一番良かったと思う一冊だったかもしれません。
    滋養があり体に優しく、その上美味しい、シャールさんの作る料理は、それが文章であっても、疲れた身体や心が温まり、癒されます。またそんな料理に加え、シャールさんの言葉が心に沁み込む。
    私が、何度か決断してきて今に至っている人生は、間違ってなかったんだって後押ししてもらったように感じたり、そして、「これで良かったんだ」っていい聞かせながらも足りないものだらけだなぁ・・・と思っていた人生だったので、シャールさんの「足りなければ、満たせばいい。空っぽならば、埋めればいいのよ」「最初から何もかもそろってる人生なんて、面白くないじゃない。-だからって、自分の人生を降りたいとは思わないわ」って言う言葉は、特に響き、私の心に沁みました。
    最終第4話では、シャールさんの妹?(笑)分であるジャダが、手術をするため入院しているシャールさんを想いながら大晦日のアドベントスープを作っている姿に心を打たれ、ホロッときました。
    シリーズ化されているようなので、続きも読みたいと思います。
    次はどんな人たちが「マカン・マラン」を訪れ、シャールさんはどんな料理を振る舞い、またどんな言葉が出てくるのか?とても楽しみです。

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著者プロフィール

東京都生まれ。映画会社勤務を経て、中国語翻訳者に。第五回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、二〇一一年にデビュー。二〇一七年『フラダン』で第六回JBBY賞(文学作品部門)を受賞。他の著書に『赤道 星降る夜』(小学館)、『キネマトグラフィカ』(東京創元社)、『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』『女王さまの夜食カフェ マカン・マラン ふたたび』『きまぐれな夜食カフェ マカン・マラン みたび』『十六夜荘ノート』(中央公論新社)等がある。

「2018年 『さよならの夜食カフェ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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