少女は花の肌をむく

  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (239ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120048586

感想・レビュー・書評

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  • 私達は皆十一歳だったー。

    10歳の小学五年生。三人の少女はクラスメイトになった。
    ひとりぼっちを何より恐れ、自分のポジションを確保する為に必死な阿佐。
    愛憎入り混じる駆け引きを小学一年生から日常的にやってきた。
    容姿はスバ抜けて美しい野々花。
    やりたいと思う気持ちが抑えられなくて、やりたい気持ちを優先させた。
    友達の輪に加わろうともしなかった。
    オノマペト…日本語独特の言葉のはらはらやどきどきに頭が支配されちゃう咲。
    友達の輪から外されてる事すら気付いていなかった。

    20歳になった彼女達は、阿佐は大学でテニスサークルに励み、
    咲は短大を卒業後アパレルショップの店員に。
    野々花はNOKAとしてモデルになっていた。

    タイプの違う3人の少女の10歳と20歳を描いた二部構成がとっても面白かった。
    10歳でクラスメイトになった三人の少女が20歳で再会した。
    10歳の思春期ってこんなに痛々しいのかな。
    人と違うと生き辛い学生特有の空気が良く描かれていた。
    群れたがり、人の悪口を言って連帯を深める女性特有の嫌や部分も…。
    女の子のグループ意識・美醜の差・異性の視線…。
    心の情景の描写が繊細で読んでて苦しかった。
    10歳でこんなに汚い心を持っていなかったなぁ。
    どの登場人物にも自分を重ねられずに共感もできなかったけど、
    確かに10歳に戻って色んな事を思い出してた。
    ○○ちゃんは野々花の自由奔放さに似てたなぁなんて…。

    20歳になって、変わったところもあったり、変わらずに根付いてる所もあったり。
    あの少女がこんな風に成長したんだって驚きもありました。
    同じ様な事に心を砕いてたり、純真な心を少し失ってたり…。
    でもそれが大人になっていくって事なのかもね。
    まだ20歳、これからまだまだ変わっていくんだろうなぁ。
    決して小学生の時に仲良しだった訳じゃない三人が友情を育んでる姿微笑ましかったです。

  • 10歳かぁ、その歳の女子ならクラスで人気のあるグループにくっついて自分がはじかれたりしないようにするという智恵は働くよね〜。自分がどうしたいか、というよりは他人からどう評価されたいかということに重点が置かれている時期というか……。
    ということは、他人からの印象ばかりを気にする人は大人でない、考えが幼稚ということだろうか。

  • 自分がモデル体型ではないことに悩み「仲が良く見える」友達が近くにいないことに恐怖を感じる阿佐、目を見張る美少女なのにやや多動気味で周囲を顧みない野々花、気になる言葉が出てくると自分のなかに閉じこもってしまう変わり者の咲。
    三様の少女たちが織り成す物語だ。
    遠い昔、自分が10歳の頃って世界はどんなだっただろうかと考える。今の自分にとって10歳というのはとても幼く思えるけれど、実際はもう「女」であることを意識し始め大人へと変容する年齢だったんだっけか。

    あんなにも狭くて、それだけに自分にとって大切で、必死で守ろうとした世界は遠くかすんでよく見えない。見えないけれど、そのころの自分をふと思い出した。

  • 10歳と20歳の女友達関係の話。

    名前が似たり寄ったりで、登場人物を把握するのにしばし時間がかかった。

    10歳はちょうど難しい年頃で、それをよくとらえていて、昔も今も変わらないなぁ、今の方が複雑なのかなぁと思いながら、また、そういえば、そんなこともあったなぁと思いだしながら読めた。
    クラス内での女子のヒエラルキー、嫉妬、ねたみ、友達づくり、輪、そして男子が絡んできたり、先生が絡んできたり、
    四年生とは違い、もう自我が確立する頃の微妙な感じが伝わってきた。

    それから時間がたち、20歳になり、小学校の頃、それほど親しくなかったのに、阿佐、野々花、咲の3人は集まるようになる。20歳でも、自分のことが分からない、自分がどうしたいのか感情が揺れている、そこにそれぞれ立場や環境が違う三人が、相手のことを想像しつつ、関係性を保っている。10歳の頃のように、友達とは、いつもクラスで一緒、帰りも一緒、何もかも共有するなんてことはしない。
    違った立場での友達関係を続ける難しさ、危うさ。
    3人の旅行で、何となくだけど相手を思う気持ちを見つけることができ、最後はよかったと思う。

  • 奔放な野乃花、プライドの高い阿佐、変わり者の咲。十歳のときのそんな彼女たちは、二十歳に長じたとき、何が変わったのか、変わらなかったのか…。

    少女たちのひびの入りやすい脆さは、二十歳になって消えてしまうかというとそういうわけではなくて、それを抱え込てひとに簡単に見せない術を身につけるだけ。魂はずっと持ち続けているから、少女のころに共鳴を覚えた相手とは、長く、付き合っていけるのかもしれない。一見道をばらばらに違えたように見える彼女たちでさえ…。

    女性のヒエラルキーだとかプライドを描いた小説は、巧いものほどキリキリとしんどい部分も少なからずあるのですが、それでも読んでしまう、というのは、だれでも「それ」に苦しんでいるんだということを知っておきたい、ほっとしておきたいからなのかなあ、と最近思ったりします。

    だれでもそうなのだから、受け入れたり闘ったりしていかなくてはいけないという心意気をためていくために。

    そう思ったりしたのでした。

  • 僕自身早生まれでもあって、精神的な発達も遅く、小学校の高学年から、女子がどんどん変わっていってしまって、何を考えているのかさっぱりわからなくなり、ちょっと遠い存在に感じていたことを思い出した。
    この作品で、少女たちの世界がとてもリアルに描かれている一方で、僕の知っていた女子はいったいどうだったのだろうとも思う。クラスにはちょっとかっこいい出木杉君のような男子がいて人気があったけれど、彼をめぐってこんなかけひきがあった気はしない。女子の注意はどちらかというと、テレビの中のアイドルのほうに主に向かっていたような記憶がある。かしこくて委員長タイプの女子が力を持っていて、うまくクラスを回してくれていたからかもしれない。おだやかなクラスの人間関係の中で、一歩ひいたところにいて、本の世界と中学受験に没頭できていたのもそのせいなんだろう。

    こんな世界を描ける朝比奈さんは、子どもの頃、みなを観察してこんなふうに分析していたのかなと思う。ちょっとしんどそうだ。

    後半突然20歳の世界に進む。サークルの男女差別的な待遇に疑問を持ちながらもそれに適応していっている阿佐に、野々花が批判を述べる、というエピソード。
    こういう風景って今でもあるのか不思議。時代設定は現代のように思われるけど、柚木麻子が『早稲女・・・』で書いてた話は彼女自身が大学生だった頃の印象だったんだが、今でも残っているのかなあ。年齢自体は柚木さんが81年生まれ、朝比奈さんは76年生まれ(ちなみに私は70年生まれ)。僕自身が大学生の頃、はじめはいっていた京大の男子と近隣女子大の女子でできているサークルにはこういう雰囲気があって、そこではまさに京大の女子は「早稲女」的扱いを受けていた。
    僕はなんかそれになじめず京大の内部の男子・女子だけのサークルに移っていったんだけど、女子の大学進学率が高まった今、きっとこういう男女差別はだいぶ珍しくなっていそうなんだけど、違うんだろうか。

    こういうものが許せない野々花が、ヤリマンと批判されても屈しないという性格に描かれている、キャラクターの造形の対立構造みたいなものは納得できるのだけれど、その心情があまりよく理解できないのは僕が内心そうした女性を認めたくないからなのか。美人の女の子は、まわりから言い寄られることがあまりに多いので、男性に対する警戒心が高いはず・・・という定型的な見方から逃れられないからなのか。

  • 小学校で同級生だった少女達が、年を経て20才に成長。10才と20才、その時どきの心の移り変わりや考え方の違いを描いたお話。

    1人ぼっちになることを何よりも恐れて、常にまわりの動向に目を光らせている少女に、芸能人のように美しいADSD 気味の少女、まわりから「変人」と扱われていつも1人でいるこれまた発達障害のある少女。

    ラストがちょっと変な感じ、現実はこんなものなのかな?他の二人は良いにしても、野々花のラストはこれでいいのか?春太はこれでいいのか?

  • 小学校時代から振り返り
    大人になった20代
    それぞれ考え方は違うけどなぜか今は仲良しでいる女子
    ちょっと設定が無理な気がするなあ。

  • 女子は皆が共感できる小説ではなかろうか、と思った。
    女子の心情が事細かに、痛々しいほどに書かれており、自分の小学校時代と大学生頃を思い出しながら読んで、とても面白かった。
    まるで自分の事かのようでつい応援したくなった少女、阿佐。
    到底私には理解できないけれど、自分の思うがまま生きてどこか羨ましい少女、野々花。
    変わっているけれど恨めない少女、咲。
    小学校の頃は、女子特有のどこかのグループに入らなければならない焦りとかあったな...でも結局その時の友達なんて大人になってまで関係が続くわけでもなく、"季節ごとに取り替えてゆく服"ていう表現そのもの。大人になれば居心地のいい、それは意外と当時は仲良くなかった友達、ていうのは分かる気がする。
    二十歳の阿佐と野々花が一回言い合いになった時、どう仲直りしたのか気になるけれど、そうゆう喧嘩とかすれ違いを経験してこそ3人の友情はより深いものになっていたのかな、とスッキリした結末だった。

  • の底に沈め、終わったことしていた過去の思いや経験が読みながら、ざわざわと蘇る。子どもの頃や思春期が綺麗で懐かしさに満ちた善きものなんて、嘘。実は生々しく、残酷で小さな社会だったと私の昔の断片を思い起こす。阿佐・野々花・咲3人の小学生のクラス替えの様子から物語は始まる。同調圧力、マウンティング、派閥作りが微細に描かれ、女子特有の面倒くささが充満。言葉にできない感覚を文字にできる作家さん。

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著者プロフィール

1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。06年、群像新人文学賞受賞作を表題作とした『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。その他の著書に『彼女のしあわせ』『憧れの女の子』『不自由な絆』『あの子が欲しい』『自画像』『少女は花の肌をむく』『人生のピース』『さよなら獣』『人間タワー』など多数。

「2021年 『君たちは今が世界』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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