- Amazon.co.jp ・本 (587ページ)
- / ISBN・EAN: 9784120050466
作品紹介・あらすじ
昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。
富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、軍人である惟佐子の兄・惟秀ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく――。
感想・レビュー・書評
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おもしろかった-!前作「ビビビ・ビ・バップ」とはまったく違う趣向とテイストだが、盛りだくさんの要素を詰め込んだマンダラ図のような作品世界は共通していて、こういうのを書かせたら右に出る人がいないのではなかろうか。
ヒロインは華族の令嬢。友人が失踪し、やがて陸軍士官と共に死体となって発見されるが、これは心中なのか。なぜ彼女は死んだのか。この謎が最後まで物語を牽引していく。そこに、周辺で続く死、あやしげな寺院、異相のドイツ人音楽家、心霊音楽協会、錯綜する政治家の思惑、陸軍内の不穏な動きなどなど、種々さまざまなピースがちりばめられていって、どんどん物語に引きつけられる。
惟佐子というこの女性、最初のあたりでは、奥泉作品ではお馴染みの霧子(フォギー)を思わせるところがあると思っていた。一般的な「女性らしさ」からは外れたユニークな個性の持ち主。健啖家という点も共通している。しかし、読み進めていくうちにだんだん、フォギーとは違う妖しい気配がたちこめてきた。深窓の令嬢らしからぬ振る舞いには(どんなことかはナイショ)、ちょっとびっくり。実に不思議なキャラクタだ。
時折差し挟まれる、ヒロインが幻視するこの世ならぬ光景や(冒頭のシーンがこれであるのは暗示的だと思う)、同じ場面ですっと視点が切り変わる語り方が、いやが上にも幻惑的な雰囲気を醸し出していて、読んでいてクラクラする。オカルト風味もあり、暗い官能の気配が濃厚に漂うところもある。
同時に、いたって健全な登場人物もヒロインの近くに配してあって、その筆頭と言えるのが女性カメラマン。彼女と新聞記者の青年が登場するパートはちょっとコミカルで、こういう緩急の付け方もうまいと思った。そうそう、惟佐子のお召し物の描写が丁寧なこともさすがという感じ。
物語の底でずっと低く響いていた重苦しい空気は、終盤、二、二六事件として眼前に立ち現れる。何がゾッとすると言って、この流れってなんだかちょっと知ってるぞと思ってしまうことだ。世論の動向、政治家の言辞のあれこれ、今現在のものと似ているようで…。
タイトルとなっている「雪の階」の場面が、冷たく退廃的で美しい。槇岡中尉がかっこいいのよ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
圧巻の大作。とんでもないものを読んでしまった、というのが率直な感想です。587ページにわたって埋め尽くされた文語調の文字、文字、文字。何度も挫折しかけましたが、這うようにひたすら字を追い続け、どうにか読了しました。著者の膂力に感服。
昭和十年、秋。笹宮惟重(これしげ)伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子(いさこ)は、親友・宇田川寿子(ひさこ)の心中事件に疑問を抱く。富士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ…。
富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト・カルトシュタイン、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマン・牧村千代子と新聞記者・蔵原誠治、軍人である惟佐子の兄・笹宮惟秀(これひで)ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく…。
凝りに凝った華麗な文章、豊饒な語彙、迸る教養に、あとはこの身を委ね、浸るのみ。
ミステリー形式となっていますが、決してそこに終始せず、昭和十年の世界にトリップさせてくれます。想像力はこんなにも濃密な異界へと読者を誘うことができるのかと感嘆しきりです。
特筆すべきは、惟佐子の謎めいた魅力でしょう。この重厚長大な小説の中にあって、癖のある人物ばかりが登場しますが、わけても主人公の惟佐子が突出している。雪白の肌に息をのむ美貌、楚々として上品なふるまい、数学と囲碁を嗜み、明晰な頭脳をもちながら、第六感にも長けていて、何とも捉えようがない。
そう、捉えようがないのはこの小説にしても同じで、ミステリー小説、家族小説、恋愛小説、耽美小説のいずれでもあり、それらを併吞しているような凄まじい小説でした。柴田錬三郎賞と毎日出版文化賞のダブル受賞も納得の傑作です。 -
昨年のランキングで、一番気になった本。
『ミステリマガジン』国内篇6位。柴田錬三郎賞、毎日出版文化賞を受賞されています。
漱石に関する著作の多い作者の奥泉光さんの、文体と、語彙がなんとも素晴らしく流麗で、『雪の階(きざはし)』というタイトルも秀逸。
昭和初期、数学の問題と囲碁を愛する、華族の美しい令嬢、笹宮惟佐子が、子供の頃の遊び相手の「おあいてさん」だった、活発な新米カメラマン牧村千代子、新聞記者の蔵原とともに、学習院の親友だった宇田川寿子と陸軍士官の心中事件に疑問を持ち、追いかけます。
一章は、少々退屈にかんじましたが、二章からは、なんとも艶のある惟佐子の魅力が全開で、ドイツ人ピアニストに見初められたり、婚約者がありながら、複数の男性をとりこにします。軍人の兄、笹宮惟秀とともに、出生にかかわる秘密や、続出した、死亡者、行方不明者が、ある組織にかかわっていたことなどが判明していきます。
今までの事件の謎が解けるとともに、物語は、あの雪の日の二月二十六日の事件へと突入していきます。
その、2・26事件の描写もすばらしく、600頁を堪能しました。「なんて美しい!」とため息がでそうでした。
今年の、ナンバーワンだと思いました。 -
谷崎潤一郎を思わせる文体にとまどいながら長編大作を読了できたのは主人公・惟佐子に不思議な魅力を感じたから。
カリスマ性を持つ不可解な娘でした。艶やかな着物を自分流に着こなす華族の娘でありながら、当時としては女性にはご法度だった数学に長け霊的なミステリアスな部分を持つ。伯爵である父親への鋭い観察眼は容赦ない。政略結婚に嫌がらず従いながらも婚約中に数人の男性と関係を持ったり~。一方、惟佐子の「お相手さん」だった千代子は対称的で現代に通ずるキャラクターで登場する。その対比が鮮やかで面白い。
背景が2,26事件前後で私の興味ある時代。天皇機関説を巡る政権争いで台頭してくる軍部の動き。それに連動し、惟佐子の双子の兄と姉は純粋な大和の血のみでない現天皇家を否定し、それに代わる純粋なる血統の物を擁立しようとする。
おどろおどろしい笹宮邸の描写。軍隊に批判的だった異母弟が無理やり陸軍学校に入学させられ、帰省した折に右傾化した態度で笹宮氏に迫ったのは皮肉でした。
せめて惟佐子だけは2、26事件に巻き込まれないようにと祈り続けてページを繰り続けた数日。
千代子と新聞記者・蘆原とのロマンスで幕を閉じ爽やかな読後感を添えてもらいほっとしました。
パラレルワールドに入りこみ現に帰りまた異次元の世界に耽読できる本作です。 -
分厚かったけど読みやすかった。しかし読みやすいと感じるまで時間がかかった。推理小説というより知識欲や読了の達成感を満足させる小説。
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昭和10年。女子学習院に通う華族のお嬢さま・笹宮惟佐子(いさこ)は、ドイツから来日した音楽家カルトシュタインの演奏会に、一緒に来るはずだった親友の宇田川寿子が現れなかったことを心配していた。数日後、仙台の消印の寿子からのハガキが届くが、なぜか寿子は富士の青木ヶ原樹海で、陸軍士官の久慈とともに心中したと思しき遺体で発見される。寿子は妊娠二か月、青酸カリをあおり、久慈のほうは心臓を銃で撃ちぬいていた。惟佐子は親友の突然の死に不審を抱く。
新米カメラマンの牧村千代子は、かつて惟佐子の子供時代の遊び相手を務めた縁で、惟佐子から相談を受け、好意を抱く新聞記者の蔵原の手を借りて、寿子の心中事件について調べ始める。寿子の足取りをたどるうち、真相に近づいていくかに思えたが、さらなる殺人事件が起こり…。
何か月も前に入手していたのだけれどあまりにも分厚いのでずっと積んでいたら、分冊で文庫化されてちょっと悔しかったのだけど、600頁近い分厚い本をなんとか読破。時代背景に合わせた、格調高めの文体、天皇機関説だの昭和維新だのの当時の政治的な問題、ドイツの音楽家が所属している心霊音楽会という胡散臭い組織やナチスなど、あれこれてんこ盛りでかなり読み応えがありました。
前半は、寿子の足取りを追っていく感じで通常の推理小説風、槇岡中尉の告白手紙で解決したように思わせて肩すかし。終盤になって急に惟佐子の年の離れた兄で陸軍将校の惟秀、紅玉院という尼寺の清漣尼などが登場し、親族の間では狂人扱いされていたがドイツで生きていた叔父の白雉博允の著書、白雉の血筋にまつわる伝承など、天皇家だの神人云々にまで飛躍して、伝奇SFめいてくる。そして昭和11年2月26日にむけて惟秀が動き出し…。
この終盤の展開、タイトルの「雪の階」の場面などかなり耽美で好きでしたが、ちょっと急展開すぎたかな。心霊音楽会だのギュンター・シュルツの「ピタゴラスの天体」という曲だのが、もっとストーリーに関係してくるのかなと思っていたらそうでもなくて(『鳥類学者のファンタジア』の登場人物なんですね、未読なもので)伏線というほどではないけど張り巡らされていた細かい設定が十分生かされてなかったような物足りなさは若干。ほんとはもっと長い物語だったんじゃなかろうか。
兄姉のせいでちょっと洗脳されかかっていた惟佐子が、あまりにも俗っぽい婚約者とのいざこざや、下衆な新聞記者のおかげで、逆に正気に戻るくだりはとても面白かったです。どこか超越した無感情なところのある華族の惟佐子と、いきいきした職業婦人である千代子の対比もいい。そして惟佐子に仕える女中の菊枝、惟佐子の異変を察し、千代子に無理やり会わせた彼女こそが、実は影の功労者じゃなかろうか。 -
『グランド・ミステリー』以来だから、本当に久しぶりに奥泉光を読んだ。とっつきにくい文体と、一文の中で主体がコロコロ変わる読みづらさは相変わらず。とはいえ、読み進めるうちに心地よくなってくるから不思議。
ミステリーではないし、歴史小説でもない。そのどちらかを期待して読むと肩すかしに思うかも。かくいう僕も、二・二六事件を題材にとした解説を読んでいたのでそのつもりで読んだのだけど…。あー、読み終えたという達成感はある。 -
奥泉光の小説はよく読む方で、漱石の模倣から手に入れたと思われる、小気味よく飄々とした文体は、読んでいること自体が心地よい。ミステリーはほとんど読まないのでよくわからないが、きちんと謎解きされたわけではないので、ミステリーとしては問題かもしれない。しかし、そこで描き出される時代の雰囲気とか、主人公の人物造形が素晴らしく、しっかり文学であるように思う。