あとは切手を、一枚貼るだけ (単行本)

  • 中央公論新社 (2019年6月19日発売)
3.11
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784120052057

作品紹介・あらすじ

きみはなぜ、まぶたを閉じて生きると決めたの――



かつて愛し合い、今は離ればなれに生きる「私」と「ぼく」。

二人を隔てた、取りかえしのつかない出来事とは。

消えた産着、優しいじゃんけん、湖上の会話……

十四通の手紙に編み込まれた哀しい秘密に

どこであなたは気づくでしょうか。

小川洋子と堀江敏幸が仕掛ける、胸を震わす物語。

感想・レビュー・書評

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  • 小川洋子と堀江敏幸の二人が編んだ小説、なんて買わないわけにいかないでしょう(笑)

    にも関わらず、恐らく二人が詰め込んだ、種々の仕掛けの幾つもを、呑気に読み飛ばして、零してしまっている自覚がある。

    読んでいく中で、どうして「私」と「ぼく」はこんな風な手紙のやり取りをしているんだろう、と不思議に思っていた。

    最後となる十三通めと十四通目で明らかになる出来事だけを、真実としていいのかな。
    レビューで考察してくださる方、待ってます!

    チェレンコフ光、パブロフの犬の頬の穴、五つ子の育成記録、たばこ屋さんのおばあさん、やぎさんゆうびんの循環……。

    ねえ、二人は一体何のやり取りを?
    と思いながら、そんな不思議なキーワードで繋がり合えることが羨ましかった。
    自分の世界を作り上げている断片たちに、こんな風に関わり、寄り添ってくれる人は、そうそういないと思うから。

    「わたし」が一通めを出したこと。
    その思いは、十四通目の返信でどんな風に変わっただろう。

  • 小川洋子さんが奇数回を、堀江敏幸さんが偶数回を執筆、かつて夫婦だった二人の往復書簡。

    目もくらむような美しい文体と次第に明かされる二人の過去や現在。


    非常に洗練された美しい日本語のやり取りに初めはうっとりし、痺れるんだけど、次第に食傷気味になってきて、うんざりしかけた所でまたぐっと心を掴まれる、というような具合。

    読み手にも一定以上の知性が求められ、そういう意味ではある種のスノッブな人たちの自尊心をくすぐるような作品だと思う。
    聞いたことの無い、人や現象の名前もあったし拾いきれていないオマージュや比喩もきっといくつもあるんだと思う。
    引用せず仄めかしているだけのものも多く、巻末の引用、参考文献だけにはとてもとどまらない。

    多分、ある程度の設定の打ち合わせはあったとしても、本当に手紙のようにやり取りして作られて行ったのではないかと思える。
    時々話が噛み合わなかったり、辻褄が合わないところがある。
    それもまた楽しめれば良いのかと思う。

    個人的な率直な感想としては、先手の小川さんが完全に上手で繰り出される数々の設定や知性に堀江さんがあたふたしながら負けじと応じているような印象でした。内容に関してあらかじめ打ち合わせがないと想像してですが。

  • 私と僕の往復書簡。私のパートを小川さん、僕のパートを堀江さんが書かれており、光を失った2人の手紙のやり取りが穏やかで美しかったのですが、途中から私が怒りを表す文章になり、不穏なやり取りに変化する。何故、私はずっとまぶたを閉じる事を決意したのだろうか。僕は何故目が見えないのだろうか。何故2人は離れ離れになったのだろうか。タイトルのあとは切手を、一枚貼るだけ、の意味を考えると2人は本当に手紙のやり取りをしていたのだろうか。文中の引用で、やぎさんゆうびんの歌詞が出てくる。それはお互いの手紙を読んでいない。しろやぎさんは私であり、くろやぎさんは僕で姪っ子は手紙を配達する人だとすると、やはりお互いの手紙を読んでいないのでは、と。アンネの日記の事も書かれているが、アンネの日記は架空の人物に手紙を宛てているので、私と僕のどちらかはもう存在していないのでは、とか勝手に想像してしまいました。文中の引用を全て理解していないとこの作品の全貌は理解できなでしょうし、何度読んでも結末は作家のお二人に聞いてみないと解らないと思いました。超難解で極上に美しい文章の一冊でした。

  • かつて一緒に暮らしていたが今は離れて暮らしている男女の、女性パート(奇数回)を小川洋子、男性パート(偶数回)を堀江敏幸が担当した書簡リレー小説。基本的にはかつて愛し合っていた二人が、なぜ別れることになったのかという理由を、往復する書簡の中で出会いから徐々に解き明かされていくような構成。

    読んだ印象では、おそらく結末や細部を決めずにスタートし、書きながらそれぞれが新しい設定や過去を付け加えて相手に投げかけ、キャッチボールしながら作られていったのかなと。悪い言葉で言うと「行き当たりばったり」的なろことがあり、それがスリリングでもありつつ、場合によってはやや不自然というか、後出しで突然こんな設定投げつけられたら受けるほうは大変だろうな、と裏読みして物語に集中できなくなったりはしました。

    まずいきなり女性側は、これからずっとまぶたを閉じていることにしました、と言い出し(つまり盲目と同じ状態)それが比喩なのか現実なのか(そんなこと可能なのか)謎なまま、それに応える男性の返事にも、実は男性も目が見えない人だったことが記されており、そもそも書簡体小説でそれはないだろうと(^_^;) ヘルパーさんに朗読してもらってます的な設定もご都合主義に思えてしまい…。書き手がお互い相手を驚かせようと突拍子もないことを言いあっているだけのようで。

    内容的にも、小川洋子さん読者ならお馴染みアンネ・フランクやジョセフ・コーネルなど、その他引用も多く、あれもこれも詰め込みすぎて散らかりすぎ、かつある意味衒学的で、少々飽きてくる。

    細部のひとつひとつは好みだけれど、トータルでは今ひとつ。実験的な試みではありました。

  • 2022.11再読。

    寝る前に一通ずつ読んでいった。
    タイプライターの音を聞きながら編み物をする場面の描写が好き。
    2人が今どのような場所にいて、どのような状態なのか、最初に読んだ時と少し印象が変わったかもしれない。

  • 交互に綴られる、「私」と「ぼく」の手紙からだんだんと浮き上がってくる二人の関係性、過去と現在が、うつくしく繊細な言葉にくるまれて綴られていく物語。小説というよりは、詩を読むような感覚で、丁寧にやさしくいとしく相手を思うやりとりが交わされていきます。それは時折難解で、とても遠まわしに感じられることもあるけれど、それだけの事情があったことが察せられてくると、距離をとった二人のあいだに、実は心理的な距離はないままだったことがわかってきます。そうしてきりきりと切なくさせられるのです。
    …結局、その切なさのままひっそりと幕は閉じ、手紙の後の彼らがどうなってしまうのかはわかりません。けれど、相手を想いあう、それだけは変わらなかったことだけは強く信じられるので、少しでも安らかな日々を続けられたことを、祈るように思ったのでした。

  • 元恋人たちの往復書簡というカタチで全14通で14篇でもある一冊。好きな作家さんたちだしー、と、さもしい私はほんの少しだけロマンティックを期待したのだけれど、分かりやすいロマンティックではなかった。
    いいんです。
    物語というより言葉が作り出す印象の中でやさしい儚さを味わえたからいいんです。
    言葉や記憶や故事について交わしながら互いの気持ちも探り汲んで進んでいく。
    まどみちおさんの詩が出て来るあたりから『わたし』は″痛み″を表出し『ぼく』は″なぜ″を加重させる。水を感じさせる言葉が多かったのに振り返るとなぜかドライ感。好き。

  • 毎晩、1通ずつ丁寧に読みました。
    これは小説のような何か物語ではないので、話の進展がないけれど、こんなに素敵な表現力の文通が存在していたら本当に素敵すぎて、きっと文学が好きな人はうっとりしてしまう本だと思います。
    これは早くサラサラ読んでしまっても、あんまりピンと来ないかもしれない。
    そのひとつひとつの文を、しっかりと味わいながら読み進めていきます。素敵な世界を覗かせてもらったような気持ちになりました。

  • とある男女の往復書簡という形で執筆された共同作品。かつては愛し合い、共に過ごしていた2人が何故離れてしまったのか…を読みといていく作品だが、手紙の内容は直接的な話には中々入らず、回想や連想で溢れている為、中々掴みにくい。やや噛み合っていないようなやり取りは「見えない者」同士、互いの存在をうっすらと感じながらもハッキリとは認識できず手探りしている姿にも見える。

    個人的には「不在」の物語だと感じた。赤子はそもそも実在していたのか?(2人の未来(妊娠)の可能性・選択肢を捨てた、という事の比喩だったのでは)とも思ったり。

  • 小川洋子さん、堀江敏幸さん、お二人による往復書簡。今は一緒にいない夫婦の過去の生活や馴れ初め、亡くした子供のことなどに触れながら、今のお互いの暮らしぶりを綴る14通の手紙。難解な文章だけど美しい文に魅了されて読み進めていく。お互いを思いやりながらも心の奥底のわだかまりにお互いが承服出来ずにいる。これはどんなパートナーでも有ることでどこで折り合い、人生を歩んでいくか、なのだと思います。
    各手紙に引用されている参考文献も興味深く素晴らしいです。
    何回も読み返して美しい文章に触れ、共に生きる人を一生をかけて想っていきたいと思う本です。
    チェックページ
    P3 P6 P7 P10 P58 P114 P124 P192

  • 読書*

    読了。

    あとは切手を、一枚貼るだけ
    小川洋子
    堀江敏幸

    わー…
    わーー…

    これは、わたしなどの語彙力で感想などを書ける作品ではありません。

    読みながらの、この感じ。
    読んですぐの、この感じ。

    どんな感じやねん!
    と思われようと。

    血中微かに湧くエネルギーめいたものの僅かな熱、それがゆっくり速くとくとくと体内を巡り放たれずまた吸収される瞬間の手ごたえ、空耳かと思うほど小さな空気の振動がもたらす音。

    体内に小さな変化が起こり始めた頃にやってくる、物語の結末、めいたもの。


    14通の手紙で構成されているのです。
    女性の手紙を小川洋子さんが、男性の手紙を堀江敏幸さんが書かれています。

    どういうコンセプトの作品なのか、どういう紙面に掲載されていたのか、共著なのか、連作なのか、作品以外の知識は今のところ仕入れておりません。

    小川洋子さんのターンでは、わりと映像が具体的にイメージ出来るんです。背景との距離感とかそういうの。

    堀江敏幸さんのターンになると、さっき具体的に観た筈の背景が、ぐにゃっとぼやけるんです。

    これは最初とても手こずったんです。
    描写は非常に美しいのに、具体的な内容が滲むし、ぼやぁっとしてきて。
    最初は作家さんの特徴だと疑わないほどで、巧みでしたね。読み終えて、今、涙がこぼれるほどの巧みさです。

    女性からの手紙に男性が返事を書いているという設定なんですけど、あたりまえだけれど、同じ場面を回想しても認識している事実や視界に捉えた映像に違いがあるので、互いに回想をなぞっても、事実が曖昧になるのです。表面的には。

    事実、曖昧、真実、時間、空間…

    手紙という手法を使ったこと
    手紙が時空を越えるということ
    切手を貼る意図
    閉じ込めるということ
    絶対的な距離

    14通目に入った時にある作品を思い出しました。
    山崎ナオコーラさんの「美しい距離」。

    わたしなりの解釈ですが
    2人が生きている人同士なのか、そうでないのか、片方だけがそうなのか、そういうのはハッキリしなくて良いんです。

    きっと、どちらでも問題ないから。

    伝えたい、言葉にしたい、届けたい。
    あなたに知って欲しい。
    あなたに触れて欲しい。
    あなたを抱えたい。

    誰の目にも触れず隠れて過ごすその深さを。
    これ以上ない優しい文章でもって紡いだ作品だと思います。

    最後まで読んで良かった。
    これはおすすめ。

  • 『昨日、大きな決断を一つしました。まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めたのです』―『一通め』

    連歌のようにお互いの言葉から次の言葉が引き出されて世界が膨らんでゆく。最初から物語が消えゆくように閉じることを予感させながらも、うたかたに交わされる恋文をなぞらえて。少し引いて眺めれば、小川洋子の描く「記憶」という物語が、堀江敏幸による「本当のような嘘の話」に置き換えられていく、そんな印象を抱く。二つの異なる世界を上手く消化することは容易そうで案外と難しい。それは物語の主人公が交互に自分自身のことを内省的に語るからでもある。その意味では、「一通め」は最も小川洋子らしく、「十四通め」が最も堀江敏幸らしい物語であるとも言える気がする。しかし内省的に語るのは手紙の常でもある。

    少し斜めから本書を読めば、物語を通して作家がお互いの特徴を語るのが文芸評論のようでもあるところが面白い。小川洋子のこだわりは「記憶」であるとずっと思ってきたけれど、堀江敏幸によれば「閉じ込められた」物語への執着があるという。確かに、そう指摘されてみると小川洋子の作品のあれもこれも閉じ込められた世界を描写する物語であると気づかされる。

    しかし果たしてこの文通を模した文章のやり取りは一つの物語を描いているといえるのだろうか。互いの言葉に触発された空想を投げかけ合い可能性を広げながらも「閉じることを運命づけられた」という印象があちらこちらに散らばっている。そのことは、通常の手紙のやり取りにある親密さを少しずつ削いでいく。その予感が邪魔をして物語として読むことを拒まれる感触が残る。予定調和的である訳ではないけれど、どこへもたどり着かない物語であることを意識しながら、慎重に、チェスの一手を指すように、その駒の動きの持ち得る意味を語り尽くす。二人の作家が作り上げたものは、そんな棋譜の解説のような作品であるように思う。

  • 小川さんが担当する女性、堀江さんが担当す男性、共に目の光を失った、かつて愛し合った二人による往復書簡という形式の物語。

    率直な感想は正直難しい。

    小川さんパートは小川さんらしく、静謐で、まるでファンタジーのようで、優しさに包まれている感じがある。

    それに答える堀江さんのパートでは様々な知識の海が押し寄せてきて、それを受け止めるキャパが読者側にないとうまく手紙のやり取りとして実現できないのではと思うほど、難しさに打ちのめされる。

    ただ、逆に堀江さんパートだけ読んでいけば、難しい知識の宝庫を一つ一つ噛み砕いていけば、また違った面白さに気づけるのでは思わされる。

    結局この作品、一回だけで終わらせることなく何回も読み込んだ方が、よりこの作品の良さを引き出せるのはないかと思う。

    難しいから面白くないということは全くなく、美しさ、空気感、雰囲気がたまらなく、読み進めていくページが止まることない。

    よしもう一度読もう。

  • 二人の作家の往復書簡は森の中の湖の上を揺蕩うよう。

    静謐な美しさの先でより瞬く過去と悲しみ。

  • 小川洋子の書く「わたし」に手紙を通して応答する「僕」。小川洋子がちりばめた繊細な言葉たちがとても印象的だった。そして堀江敏幸にしか応えられなかっただろうなと思わせる部分がいくつもあって、この人は本当に小川洋子の世界が好き(ファン)なんだなと感じた。
    どちらの筆致かはもちろんはっきりと分かるが、物語が2人の作者の手を徐々に離れてき、手紙の書き手である「わたし」と「僕」とのものになったような感覚があった。
    折に触れて読み返していきたいと思う小説。

  • レコードの回転を見ているような小説。
    どういう状況なのか、2人に何があったのか、どこにいるのか、掴めそうになると、はぐらかすように様々な比喩の話になる。
    だんだん掴めて来たかなと思うとまた遠くにいってしまう…。ぐるぐる回っているようでさっきとは少しずれたところにいる…。

    2人で書いてるなんて信じられないような、通底した静かな美しさと危うさ。
    姪っ子は海で亡くしたはずだけど、今こうして代読してくれる姪っ子もいるの?どこからが幻想でどこからが真実か曖昧で、でもなんか突き止めるもんじゃなくて、ただその物語の湖の上でボートに乗って浮かんでいるのがいいのかなと思うような小説。

  • かつて愛し合い、今は離ればなれになった2人。

    まぶたを閉じて生きることに決めた私と
    少年時代に両目の光を失ったぼく。

    14通の手紙を通して徐々に明らかになる2人の間の起きたこと。

    アンネの日記、宇宙光線、切手、
    タイプライターと編み物、彼の姪っ子、
    パブロフの犬、ボート、老女がくれた1枚の偽物のチケット
    渡り鳥、海水浴…‥

    2人にしかわからない、秘密の言葉によって
    離ればなれとなった今でも続く愛の文通。

    そこまで真相が明らかになるわけでもなくぼんやりとした雰囲気のまま終わるのだけど。

    私の独自の解釈。
    かつて一緒に生活していた恋人同士だった2人。
    海水浴に彼の姪っ子と3人で行き、不慮の事故で姪っ子は亡くなってしまった。

    責任を感じた私は、妊娠中だった自分を許せなくて
    中絶し、彼と別れてしまう。

    その後病気のため人差し指一本しか動かせない生活になる。

    彼は何らかの原因で亡くなり、死後の世界で
    姪っ子と一緒にいながら、
    私と手紙の交換をしている。

    たぶん、私も本当に手紙を書いていると言うよりかは
    意識の中でやりとりしているのかなあと、思った。

    ぼくは少年時代に事故で視力を失ったから、私と過ごした時も視力はなかったわけだよね?

    すごい世界観と文章力だわ。小川さんも堀江さんも。
    アンネと野球ってもう小川さん自身だし。

    超偉そうなこと書くけど、
    多少小説を読むことに慣れている人じゃないと
    読むのはちょっと難易度高いと思う。何様!

    でもこれぞ正統派文学、みたいな感じだった。

    また私とぼくの2人が、たとえこの世じゃなくても
    再会できることを信じて。

  • 同じ空気を感じる…と思ってた作家さんおふたりの共著。
    読んでいると周りから音が消えていくほど、シーンとしていました。
    恋愛関係にある男女の往復書簡かなと思いながら読み進めていくと、段々と気になる所が増えていきました。
    女性はまぶたを閉じて生きているしどうやら身体も動かなくなっているみたいですし、男性は視力を失っているようです。男性が手紙を読んでもらっているという姪も彼岸の人っぽい。そのふたりが手紙のやりとりを何故出来るのか。
    でもこんなこと考えるの野暮だな、と思うほどお互いを想う気持ちが素敵だなと思いました。引用する話題が多岐にわたるのも好きです。
    遠く離れていても、直接やり取りできなくとも、どこか深いところで繋がっている。それは密やかだけれどとても強いものだと思いました。

  • 正直なところを書くと、難解だった。

    二人の、詩のような、現実のような非現実のような、手紙のやり取りは、静かで美しい世界だけれど
    事実については、あまり説明されていなくて、
    【きみはなぜ、まぶたを閉じて生きると決めたのー】帯の疑問がすっきりと解けて、なるほど、と心打たれると言うよりは、手紙から少しずつ見えることを繋ぎ合わせて、自分なりに、そう言うことなのかな、と思う、と言う感じ。

    何度か読むと、また取り零していたことが、見えてくるのかもしれない。

  • 小川さんのターンはスイスイ読めるのだけど
    堀江さんのターンは難しい言葉が多すぎて
    頭の悪い私には辛いものがある。

    でも全体的にただよう、静謐で奥深い雰囲気は
    読み始めると一瞬で
    現実から遠い所へ連れて行ってくれるので
    とても心地よかった。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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