同意 (単行本)

  • 中央公論新社 (2020年11月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784120053535

作品紹介・あらすじ

物語は、V(ヴァネッサ・スプリンゴラ)14歳、G(ガブリエル・マツネフ)49歳から始まる。彼女は、出版社で働いていた母の紹介でGと知り合い、以来Gは、中学校の校門で彼女の下校を待つようになる。「声望のある大人の作家」という幻影は、彼女の判断力を奪い、彼女はGと関係を持つようになった。ただ、この時彼女は14歳であり、フランスの法律が認める性交渉の下限である15歳を下回っていた。Gは確信犯だった。彼女はGのアパルトマンに入り浸り、学校を休みがちになる。Gは彼女を、作家の集まり、映画、芝居に連れ出したが、「私たちの生活の中心はセックスだった」。



スプリンゴラはなぜいま、35年前の出来事を書くことになったのか。それは、Gへの復讐である。Gは、これまでに何度も、彼女との経験を作品に利用しており、そしてそれらの作品は、フランスの文学界で高い評価を得てきた。自分のことが描かれた作品を読むたび、彼女は傷ついてきたが、それを言い出すことができずにいた。自分は「同意」していたと、言い聞かせて。しかし、Gが自分との経験を作品に利用することをやめず、彼の名声が高まる一方であることから、ついに沈黙を破ることにした。それが本作である。


本書の余波は広がり続けており、Gの版元の一つガリマールは、警察の家宅捜査を受けた。また、未成年時に性的搾取にあったという女性たちが声を上げ始めている。

感想・レビュー・書評

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  • フランスの文学界が激震。14歳の時に当時50歳だった流行作家ガブリエル・マツネフ氏から1年間に渡る性的虐待にあったヴァネッサ・スプリンゴラ氏が出版した『同意』。その邦訳が本著。

    様々な考えがあるが、社会的コンセンサスとしても、小児性愛は刑事罰を伴うものである。LGBTQでは性的指向の多様性に理解を示す中で、この境界線は対象年齢だ。子供の〝合意“は無効。これは、その他の契約事項にも準ずる考えで合理的な考え方だ。

    この問題を理解するポイントは後二つあると思う。一つは思春期における自己暗示や自我の形成に要する自己否定。もう一つは、男女の性の力関係の差異。つまり、年齢による社会責任、人格未形成時における誤った意思決定、強制性。誤った意思決定とはつまり、これが同年齢の間の性的体験の失敗談ならば腐る程あるのが当たり前で、片方が成人であるかに関わらず、その歪さこそが青春だからだ。

    だからこそ未成年の『同意』は社会的に許容されないとする考えが妥当なのだろう。青春は若年層同士で迎えるのが望ましい。言わずもがな、生理的にも、本能的にも、分かる気はするが。

  • 日本で性交同意年齢の引き下げが取り上げられている今、読むべき本。
    訳者の方が書かれているように、未成年の「同意」について考えさせられる。

    小学校を卒業したばかりの幼い子どもが、「同意」したとしても、それは果たして本当に同意となるのか。
    この話のように、恋愛と性行を混同させてしまい、深い傷を負うことになるのではないか。

    それに加えて、作者は、好き勝手に事実を改竄され、物語の中に閉じ込められた事で、新たな道に進むことを妨げられる。

    プロローグに記載されている、「すなわち、狩人を自身の仕掛けた罠にはめること、つまり本の中に閉じ込められること」。この1文を改めて読み返すと、本に込めた作者の覚悟や思いを感じ、胸が痛くなった。

  • 14歳の少女が50歳の著名な小説家の愛人として過ごした時間と関係を終わらせてからの長く続いた苦しみを著者が30年後に初めてまとめて発表したものである。

    タイトルの「同意」は、そのまま、未成年が性的な関係を結ぶとき、そこに「同意」はあるのか?という意味だ。そんなものはない、というのが著者の至った答えである。著者は自分の人生を記すことで、犠牲者としての少女だった自分や、同じような境遇にあった(または今現在ある)少女や少年たちの心を代弁した。小説家に奪われた自分というものを同じように筆をもって新しく築き上げたのだ。

     人間の場合、数年前までほんの子供だったものががいきなり大人になるわけではなく、そのあいだには10年あまりの成熟期間が必要である。これが少女とか少年とか言われている時期(思春期)である。私も、自分自身がどうだったかは覚えていないが、この変容の過程は自分の子供たちが成長する様子を見ているとわかる。14歳は子供の大人の中間で、このあいだに自分自身が親と離れていくという感覚が芽生え、自分の体と精神がつながっていく。つまり人格(私らしさ、というようなもの)が確立していく。

     こういう時期に「自分のことは自分で決める」というのは、実質的に不可能である。なぜならそういうことをできるほど、自分自身が確立していないから。大人じゃないんだから当たり前のことだ。

     自分から選んだこと、嫌なら嫌と言えたはず、自分も楽しんだはず・・・というのは、ある程度成長した大人ならまだ言えることかもしれないが、14歳の少女はそもそも成熟した大人ではないので、「性関係を結ぶことに同意した」という論理は成立しない。それでも14、5歳で同じ年代の少年少女と性関係を結ぶ場合もあるので(恋愛の延長上が多いと思う)それはそれでいい。相手も未成熟なのだから。が、問題になるのは相手が大人の場合である。歴然とした力の差があるときに、「同意」ということばを使っていいのかということだ。

     主人公のVの父親は幼少期から彼女を省みることはなく、離婚してからは彼女の人生にほとんど登場しなかった。母親はまだ若く、シングルマザーの生活と自分の人生を楽しむことが優先的であり(でも娘のことを愛してはいる)、Vのそばに寄り添うことはなかった。そんな寂しい気持ちと、思春期特有の自信のなさがきっとオーラのように漂っていたのだろう。あるとき、母親に連れて行かれたパーティで、50歳の著名な作家に目をつけられ、その熱心なアプローチを「愛されている」と思い込み、あっという間にその手の中に落ちてしまった。作家のGの老獪ぶりが恐ろしい。Gは小児愛好家で、その経験を反映させた小説や、「未成年の性の開放の必要性」を論じる作家であった。そしてその作品や人となりは文壇ではいつも肯定的、好意的に迎えられていた。Vは文壇で重要な位置を占める男にすっかり夢中になってしまった。性的に欲情されること、セックスを求められることが愛だと信じこまされてしまった。
      
     Vの不幸は、セックス(14歳の体そのもの)を差し出すように仕向けられただけではなく、知的な面までも奪われようとしたところだろう。大の作家が少女の学校のレポートを書いてやるシーンがある。「作家の俺が書いてやれば、いい点数が取れるに決まっている」と、親切だと思わせるような態度で。当然、教師からは素晴らしい評価を得るが、本当はそんなことは望んでいなかったVは傷ついた。だが、なす術がない。これは文章を教えてあげたいという親切心ではなく、「俺がいるからお前の存在は認められるんだ」という「お前は俺のもの」宣言である。こうしてGは14歳の少女を完全支配した。

    GはVを性的欲求の対象として支配するだけではなく、Vとの経験をもとに小説や日記を書いて、それを発表した。Vを「俺の物語」の単なる登場人物にしてしまったのだ。生身の体から自分がいなくなり、小説の登場人物としての少女Vが永遠に紙の上で生き続けることになった。このせいで、著者はGと別れた後も、本当の自分はどこにもいない、という苦しみに苛まれることになった。

    Gは別れた後も未練がましく手紙を書き続け(別れてから30年間も!)、同時に日記や彼女の少女時代の写真を無断で発表したりと、ストーカーに近い思い込みで尊厳を傷つけ続ける。あんまりもひどいので、著者はこの自伝の発表に至ったわけだ。別に喜んで復讐したわけでもなんでもなく、本当だったら自分以外の誰かにやってもらいたかった・・・という記述があった。

     VはGに一度だけ、彼自身が体験した最初の手ほどき(「Initiation」)はいつだったのか、ときいたことがある。驚くことに、それはGが13歳のときだった。そんなことはたいしたことではない、というようにさらりと言ってのけたGだが、ここに未成年への性的な暴力、支配の深い闇、連鎖性を感じる。もしかして、彼自身が、長いこと、自分自身がなんであるかをわからないままに、13歳の自分と同じ年頃の少年少女たちの生き血を吸い続けていたのかもしれない。
     

  • 十四歳の少女が奪われた彼女の物語を取り戻すための魂の再生の物語、か……。
    小児性愛の犠牲になった少女が、被害者なのに「同意」をした自分も共犯者だと罪の意識を感じてしまうのしんどすぎる。未成年者に「同意」を求めるな。それは大人の責任でしょう。

  • 国立女性教育会館 女性教育情報センターOPACへ→https://winet2.nwec.go.jp/bunken/opac_link/bibid/BB11486401

  • 自伝とは言いにくい。本人さまが14歳当時に著名な作家50歳と恋愛関係にあり、自分は自ら同意の元により、未成年であるに関わらず、性的関係にあった、自分も犯罪に加担していたのではないか?という罪悪感から逃れたいために執筆したとのことで、うーん。結構なー、「知っていて止めない周りが悪い」とか、うーん。結構母親を責めてるが、(作家は母親の知り合い)じゃあ反対したとしても、火に油注ぐだけでしょ?なんかなー。狡さってなんなのか?若さを奪われたとか言ってるけど、当時若者達と付き合えなかったのは自分なのになー。

  • 2020年1月に刊行されるや、たちまち世界で話題となった女性編集者の自伝。若年性愛嗜好をもつ有名作家との日々を赤裸々に描く。

  • 恋愛に年齢は関係あるのか、中々複雑な問題ではあるが、答えは絶対にYESだと思う。
    正確に言えば恋愛に年齢は関係ない(未成年者除く)と答えたい。
    性被害は必ずしも無理矢理レイプされたり、見知らぬ人間から被害を受けるわけではない。
    むしろタチが悪いのが弱みに漬け込んだり、優しさや尊敬、信頼を利用した性暴力だ。
    特に未成年がゆえの無知や思春期特有の感情には漬け込みやすい。言わば洗脳に近い。
    この本でもタイトルにあるように間違いなく主人公は「同意」した。未成年への性行為の法律があるにせよ、同意があれば問題ないと言うような意見がある。
    しかしそれは本当の同意なのか?同意の定義とはなんなのか?常日頃胸につっかえていた疑問を今一度考えさせられる一冊だった。

  • 14歳の少女が、行き場所を失い、名声ある小説家に恋に落ち性的な関係を結ぶ。
    彼女は拒否をしなかった、彼を受け止めたが、14歳で愛情に飢えていた彼女が年齢も地位も格段上の男に対して、恋心を抱いいたとき、どう拒否ができたのだろう。
    この男のしていることが犯罪行為だと、誰も教えてあげる人もおらず、誰も彼女を救い出すことをしなかった。出版界もこの男の行為を容認するだけでなく、文学的価値を与えていたという衝撃。
    作者が自分を取り戻すのにどれだけ葛藤し深い傷をさらにえぐるような思いをしたのだろうと思うと、この本が貴重な一冊であることを痛感する。

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著者プロフィール

1972年生まれ。フランスの編集者、作家。ソルボンヌ大学で現代文学の学位(DEA)取得。2006年よりジュリアール社で編集に携わり、現在同社の編集責任者。2020年、『同意』でジャン・ジャック・ルソー賞(自伝部門)受賞。

「2020年 『同意』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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