チャイニーズ・タイプライター-漢字と技術の近代史 (単行本)

  • 中央公論新社
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本棚登録 : 111
感想 : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120054372

作品紹介・あらすじ

本書の主軸をなすのは、西洋のラテン・アルファベットを基にして作られた「近代」の象徴としてのタイプライターと、中国語との間にある距離感である。その隔たりゆえに中国語そのものに「問題」があるとみなされ、それを克服するための「パズル」が形作られることになる。常に西洋の「本物」のタイプライターを意識しつつ、この「パズル」を解こうとしていく人々の群像を描いていくなかで、漢字についての発想の転換や戦時中の日中関係、入力や予測変換といった現在につながる技術の起源に至るまで、さまざまな話題が展開されている。タイプライターというモノを起点としつつ、それの単なる発明史をはるかに超える射程を持った本であり、関心や専門を問わず広く読まれるべき一冊である。




目 次




謝 辞


序 論 そこにアルファベットはない


第1章 近代との不適合


第2章 中国語のパズル化


第3章 ラディカル・マシン


第4章 キーのないタイプライターをどう呼ぶか?


第5章 漢字圏の支配


第6章 QWERTYは死せり! QWERTY万歳!


第7章 タイピングの反乱


結 論 中国語コンピューターの歴史と入力の時代へ




訳者解説





索引

感想・レビュー・書評

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  • 西洋近代化のひとつの象徴とも言えるタイプライター。表音
    文字であるアルファベットであれば問題は無いが、表意文字
    である漢字を使った中国語をタイプライターで打つとなると
    大きな壁が立ち塞がるのは自明。人々がいかに創意工夫して
    中国語をタイプしようとしてきたかを、技術史だけでなく
    思想史や経済史からの視点を交えて描いた本。非常に興味
    深い内容ではあるのだが、著者の主観や西欧からの視線が
    多すぎる感が否めない。もっとコンパクトに技術史に焦点を
    絞った方が面白い読み物になったのではないか。もちろん
    それが著者の描きたかったものでは無いのだろうけれども。

  • 考えてみれば、漢字をタイプするのは簡単な作業ではない。和文タイプの存在を知っていたので、中国語タイプも同じようにあると思っていたが、ひらがな・カタカナ・常用漢字と、日常的に使う文字がある程度絞られている日本語と比べ、中国語は事情がまったく違う。
    中国語(漢字)にはそれを並べる基準がない、という指摘には虚を突かれた気がした。当然漢字にも「音」はあるわけだが、その音を表す文字がない。音節の研究はされていたのだから、反切とか考えるより、何か音を表す文字を考えた方が早かったんじゃないのかとさえ思う。そう思うと、五十音は素晴らしい。(これについては、馬渕和夫『五十音図の話』大修館書店(1993)が参考になる。)
    漢字をそのままタイプするか、部品に分けるかの葛藤部分はあまり面白いと思えなかった。清書という目的があるのであれば、部品を組み合わせて作る漢字の不格好さは話にならない。漢字の数の膨大さを前にすれば、省力化を考えるのは当然なのだが。あと、もうちょっと技術的な説明がほしかった。資料の限界があるのかもしれないが、結局どういうシステムのタイプライターなのかがイメージしにくい。
    現代に入り、最終的に中国語タイプライターには日本が大きく関わった。現代中国にとって、どこを見ても日本の影響のないところはないのかもしれない。
    このへんからの話が私にとっては面白かった。特に最後の方で、タイピストたちが活字の配列を工夫するあたり。和文タイプがまだ現役だった頃、すり減った活字を取り替える業者がいて、一番よく減る活字はひらがなの「の」だと聞いたことがある。シャーロック・ホームズの『踊る人形』では一番多く出てくる人形は「e」だと推理する。英語で一番使う字だからだ。中国語タイプではどうだったんだろう。こういう職人ならではの裏話みたいなのが好きなので、中国語タイピストが工夫して活字を並べ替えるところは面白く読んだ。結局、道具は使う人にとって使いやすくすることで成長し、変化していくのだ。
    それから、そこに定番化した共産党のレトリックが関わっているというところ、ちょっとにやり。共産党のレトリックが定番化しているのは、今も同じ。
    思いもかけなかったテーマを緻密に調べて書き上げている。ただ、文がいちいちまわりくどい。この人の論述のくせなのか、アメリカ人の文の特徴なのか、訳文のせいなのかはわからない。内容はすごく面白かったが、読みやすいとは思えなかった。

  • 技術史というよりは、中国への海外からの見方や影響を中文タイプライターを通して見るといった思想的、経済的側面の強い本。

    2020(2021?)東京オリンピックが50音順の入場行進だった記憶が新しいところに、北京オリンピックの入場行進順の話題で始まり、かつての中文タイプライターには文字表がなく活字を逆に見ていた機械もあるような表記とか(僕の知っている和文タイプライターは活字表があったし、本の中の写真では活字表があるものとないものがあった)、最後の方で活字盤の組み方による違いがヒートマップで出ていたり、なかなか面白く読んだ。

    和文タイプライターが中学、高校の職員室にあったなぁと懐かしく思い出しながら読了。

  •  日本語は、ひらがな+カタカナ+漢字の表音文字と表意文字の組み合わせだ。
     読み慣れていないせいだが、英語の文章のアルファベットが並んでいるのを見ていると、ぱっと見で文全体の意味を把握できない。
     日本語だと、漢字をつまみ取れば、ひと目で何となく文意を探ることができる。
     アルファベットを採用している英語の方が簡単だから、世界共通語足りえるのは当然なのだが。

     さて、本書は表意文字しか持たない中国語のタイプライター開発史である。
     タイプライターはキーボードに記されたアルファベットをクリックすると、そのアルファベットが紙に印字される。
     ところが、中国語の漢字の総数は膨大すぎて、中国語タイプライターといえば巨大な機械という風刺画に描かれるほど。

     まず中国語タイプライターを必要としたのは、宣教師だった。
     中国語版の聖書を作るためである。
     そして時が進むごとに、中国語タイプライターで、どんな内容の文章を作成するのかにより、漢字の配列が変わっていく。

     中国語キーボードは、単純にアルファベットの入力と決定的に異なるところは、入力と出力が一致しないことだ。
     この違いこそが、機能に決定的な違いを生み出した。

     普段、日本語のIMEで変換していたり、何気なくパソコンで文章を作っているけど、英語との決定的な違いは入力⇒文字変換⇒出力という、文字変換の行程を無意識に行っているのだと気づかされた。
     パソコンなら文字変換できるけど、タイプライター時代の技術で、どうやって文書を作っていたのかを改めて思い知った。

  •  中国語にはアルファベットがない、との内容から始まる。ピンイン入力に慣れてしまっていたが、あれはPRCで作られたもので、しかも中国語自体のアルファベットではないのだ。
     中国語タイプライターが本格的に実用化されたのは1910年代末。最も普及したのは頻出漢字を一覧から拾う、日本語タイプライターと同じタイプだ。それ故にか、日本の大陸進出の中で「同文同種」の日本製品が広まる。戦後は、社会主義の文章を入力しやすいように文字が配列される。
     タイプライターの歴史ではあるが、西洋世界から中国語への初期の視線(非近代的、やや侮蔑的な)、日中の歴史など付随する事項も分かった。と同時に、現代でもCJKの漢字コードはまとめて扱われることを思い出した。

  • 中国語タイプライターを作ろうとした人びとの知的・技術的葛藤と格闘を、西洋、中国、日本を舞台にダイナミックに辿る圧巻の文化史。

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著者プロフィール

スタンフォード大学歴史学部教授。専攻は中国史。ジョン・ホプキンス大学で修士号、コロンビア大学で博士号を取得。著書に、Coming to Terms with the Nation: Ethnic Classification in Modern China(University of California Press, 2010)などがある。

「2021年 『チャイニーズ・タイプライター』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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