美土里倶楽部 (単行本)

  • 中央公論新社 (2025年3月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784120058981

作品紹介・あらすじ

夫を亡くしたばかりの美土里と、彼の忘れ物をきっかけに知り合った三人の女性たち。「未亡人倶楽部」の彼女たちが過ごした一年を描く傑作長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 夫を亡くしたばかりの美土里は、空っぽな日々を過ごしていたが、忘れ物を取りに行った病院で時実美子と出会う。彼女もまた夫を亡くしたばかりだった。
    パソコン教室やおはなし会を休んでいた美土里が、山城教子の誘いで再び足を向けると、昨年夫を亡くしたという十鳥辰子が俳句を作りたいと入っていた。

    それから「未亡人倶楽部」の彼女たち3人は、時折夫のことなどを振り返りながらゆるゆると生きていく。

    『地獄草子』や『梁塵秘抄』などの話も出てくるのは、十鳥辰子の年齢や夫との関係性もあるのだろうか…と思いながらも夫が亡くなると日頃は思うこともない仏教のことを少しは考えてしまうのだろうかと。

    夢を見たのか現実だったのか、脳裏に消え残った映像に思いをはせることもなく、美土里は俳句を詠う。

    寒椿これにて地獄は仕舞いけり  美土里



  • 夫を亡くしたばかりの倉田美土里が主人公。その辛さのなか、同じ未亡人達(時実美子、十鳥辰子)と、パソコン仲間の山城教子と過ごす時間が書かれていました。

    大切な人を亡くしたときには、同じ思いを知っている人と過ごすことと、日にち薬が一番なのかもしれません。

    美土里が孤独地獄から抜け出していく過程での様々なことが、気持ちを落ち着かせていくように思えました。

    まずは、パソコン仲間の教子さんの幼稚園での出来事。団子虫に聞かせるお経を作りたいという園児のために作られた団子虫経文。とても良くできていました。自然も成仏するんですね。

    美子さんの夫への思いを知ることも美土里の思いを整理するのに役に立ったのではと思いました。

    お話し会での女の子のストレートな表現は、私も「ボディブローを受けたみたいな感じ」でした。小さい子どもは、人生がまだ簡単だから、迷いがないということ。大人は「事情といきさつが人生のすべてみたいになってしまう」んですね。生まれたから死ぬことは当たり前と考えられることで、少しは楽になれるのかもしれないと思いました。

    十鳥夫婦の、死んだら地獄で合流っていう約束も、なんかいいなあと思ったり···。

    そうした日々を過ごしつつ迎えたお正月。娘との気持ちのすれ違い。お互いの気もちがわかるだけに、これも日にち薬が必要に思えました。

    そして、一周忌、初盆と時が流れていきます。お経をあげて心が穏やかになったり、故人のことを思い出して語ったり、自分の気もちを俳句にしたりして過ごすうちに、時がたっていた感じです。

    読後、大切な人を見送ったあとでも、こうやって人はなんとか生きていくんだなと感慨深くなりました。


  • 美土里は、亡き夫の忘れ物を取りに行った病院で美子と出会う。美子の営む喫茶店『時知らず』にはパソコン仲間の教子、高齢の辰子も集うようになり…。

    女性の横顔がいくつも描かれている装画に目を惹かれた。門司を舞台にして、突然の夫の死にとまどう女性たちの一年が描かれていく。「遺された妻たちのためにこれを書かなければ」著者の祈りにも似た思いが込められた一冊だと思う。

    コロナ禍での葬儀、元旦の夜を一人で過ごし、桜の蕾が膨らみ始めた頃には、影の気配が遠ざかって行くように感じられた・・美土里は、仲間と時間を共有しながら少しずつ前を向くようになる。

    村田さんの書く女性は逞しい人が多い。美子や辰子の方がそのイメージに近いと思いながら読んだ。

    印象に残ったのは『おはなし会』の場面。
    読書ボランティアの美土里は子どもたちの前で『かぐや姫』の読み聞かせをする。「かぐや姫は何をしに地球に来たのですか?」兄の問いに小さな妹は「かぐや姫はきたから、帰るんです」と返した。"間"という認識を持たない子どもに対し、長く生きるほど"事情といきさつ"が増えていく大人。女の子の「きたから帰る」のストレートな回答が妙に腑に落ちた。

    美土里の祖父が関わった関門鉄道トンネル工事の話は興味深く、お寺の庭で園児たちが揃って歌う、まーるまーるこーろこーろ『団子虫経』も可愛かった。地獄絵図と俳句の取り合わせには驚かされたが…。

    油山から見たハチクマの群れは威張っていた夫にどこか似ている。まっしぐらに西に飛んでいく鳥たちの姿を見て、やっと美土里は夫を見送ってあげようと思えたのだろう。

  • ◆生と死思う「看取り」の日々[評]平田俊子(詩人)
    <書評>『美土里俱楽部(みどりくらぶ)』村田喜代子 著:東京新聞デジタル 2025年4月27日 有料会員限定記事
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/401156?rct=book

    村田喜代子さん、夫の看取りを小説に 「元気だけど泣いている」:朝日新聞 有料記事2025年4月17日
    https://www.asahi.com/articles/AST4H36HXT4HUCVL009M.html

    夫の死、とらわれ書いた 村田喜代子さん「美土里倶楽部」:朝日新聞 有料記事2025年4月23日
    https://www.asahi.com/articles/DA3S16200309.html

    北九州 芥川賞作家 村田喜代子さんの作品テーマに書道展|NHK 福岡のニュース 2025年04月27日
    https://www3.nhk.or.jp/fukuoka-news/20250427/5010028014.html

    四度目の正直 作家・村田喜代子 - 日本経済新聞 2024年6月23日 会員限定記事
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD131EZ0T10C24A6000000/

    旅の記憶 vol.71/ 村田 喜代子 | ノジュール|50歳からの旅と暮らしを応援する定期購読雑誌(ノジュール2018年11月号からの抜粋)
    https://nodule.jp/info/ex20181103/

    村田喜代子(むらた きよこ)-芥川賞受賞作家|芥川賞のすべて・のようなもの
    https://prizesworld.com/akutagawa/jugun/jugun97MK.htm

    美土里倶楽部 -村田喜代子 著|単行本|中央公論新社
    https://www.chuko.co.jp/tanko/2025/03/005898.html

  • 夫を亡くしたばかりの美土里が、同じく夫を亡くした美子、辰子と出会い、交流していく中で死について考え、受け入れていくまでの「未亡人倶楽部」一年間の物語。

    夫との関係性や、亡くなった時の状況によってその死を引きずるかスッキリと前を向けるかに差があったり、泣き暮らす人もいれば、新しい生活に活力を得る人もいて、喪のカタチは人それぞれ。

    作者自らの体験に基づく作品らしく、伴侶の死を克服していく過程にリアリティがある。
    地獄のあれこれや、大分地方のお盆の“お精露さま迎え”の風習、渡り鳥の話などエピソードも興味深い。

    教子の新しいパートナー?貝島さんの「ヒトが生きるのも死ぬのも一つの現象に過ぎない」という考えが私には一番すんなりと胸に落ちた。
    そう思うと、これから迎えるであろう様々な別れにうまく向き合っていけそうな気がする。

  • 倉田美土里(くらた みどり)は、夫の寛宣(ひろのぶ)(80歳)を亡くして未亡人となった。
    彼女のまわりには、何となく未亡人が集ってくる。
    まだ夫を失ったことがないので、共感するとか、分かる、というふうにこの小説を読む事はできない。
    けれど、もうそれなりの歳なので、勉強させていただいた。もちろん、自分が先に逝くという場合もあるかもだけど。

    長年連れ添った夫を亡くした場合、若いカップルが相手を失ったような瑞々しい喪失感や号泣というものは伴わないであろうと思う。
    美土里の友人・山埜くら(やまの くら)によれば、長年一緒に過ごした夫婦には「夫婦ぐせ」というものがあり相手をなくして時間が経つにつれ、だんだんとそれが剥けていくらしい。
    一緒にいる間には、夫は日常の一部であった。近すぎて見えないこともあっただろう。
    亡くなってから、さて夫はどんな人だったのだろう?と改めて考えさせられる美土里。
    美土里の周りの未亡人たちの、夫に対する追想もさまざまである。
    喫茶店を営む、時実美子(ときざね よしこ)の夫は、無口な時計職人だった。
    86歳でパソコン教室に来た十鳥辰子(じゅうとり たつこ)の夫は裁判官だった。
    美土里の夫は設計技師で、小柄だけど偉そうに話す。愛情表現に不器用な昭和の男、かな。

    亡くなった人との向き合い方のいろいろな形を見せてもらった。
    お経を練習して、自分たちで法事の時に読経をするというのは、素朴で心温まる。
    仏教の、時間の単位の話も面白い。
    物理的な話、人間が呼吸をするのもゆっくりした燃焼であるというのは、科学なんだけど哲学的な感じがした。
    呼吸をして、燃焼して、酸化して行く・・・それが「老化」だという。
    自分がぼーっとしているこの一分一秒も、肉体は化学変化し続けているのかと思うと、体えらいなと思う。
    辰子の、地獄めぐりの俳句が個性的で、内面に豊かな世界観を持った、こんな老人になれたらいいなと憧れる。

  • 村田喜代子作品らしさの乏しい退屈な私小説だった
    著者が自身のために書いたのだろう
    タイトルやカバーデザインは素晴らしい
    美土里よりも辰子に魅力がある
    ハチクマの渡りの場面だけがよかったが、全体に中途半端な湿っぽさがあってざんねん

  • 「人は生まれたから死ぬのです」
    そして自然界から見ればただの“現象”

    お精露さまのお迎えの場面はそっと鳥肌が立つよう

    私もパートナーを亡くした後、こんな地獄を受け入れて乗り越えるのか?

  • 村田さんの新作です。
    70代の女性の美土里が主人公。彼女の夫が亡くなるところから、一周忌を過ぎるまでを描いた作品です。どうも、村田さん自身の経験に基づく物語のようです。
    タイトルの美土里倶楽部という名前は本文中には出て来ませんが、夫の死後に美土里が頻繁に交流することになった二人の未亡人と一人の若い(と言っても40歳ほど)女性の集まりです。
    三人三様で夫の不在、お墓のこと、供養のことに立ち向かう女性達。色んな考え方があって、それを淡々と読める物語なのですが、雑誌連載の所為かぶつ切れ感あります。関係あるのかないのか良く分からないエピソードが次々に出て来て、すこし混乱。珍しく全体を2度読みをしたのですが、やはりつかめない。なんか一つの答えの様なものを期待してしまったのですが、どうも「色々あるよね」という話の様です。
    多分、村田さんが主人公の美土里なのでしょう。亡き夫を偲んで淋しがる。心で泣いて、でも表面では気丈に。ただ、どことなく村田さんらしくない感じもします。もうちょっと女傑イメージだったんだけど。そういう意味では最高齢の辰子の地獄俳句が一番ぶっ飛んでいて、彼女を主人公にしたらもっと面白かったかな。

  • 夫を亡くしてからの一年、一人暮らしの中で2人の未亡人との出会いと日々の暮らし、それが淡々とゆっくりと旦那との想い出と共にしまいこまれていく。
    未亡人の言葉に亡き婦人だと勝手に解釈していたがいまだ亡くならない人だったとは。昔は家長が死ぬと妻は後を追う事を求められていて差別用語だったとは。
    この小説全体は日本人の年配者にとって神仏に対する見方や考え方が分かる話だと感じる。
    何十年経った若い人が読んだらどんな感想を書くのか気になる。

  • もしも私より先に夫が亡くなったら、もう一度、この本を読もうと思った。
    自作(?)のお経を家族で読むシーンもステキだが、夫を亡くした女性たちの日々、最後に渡り鳥のハチクマを見に行くシーンは、本当に素晴らしい。
    「仲のよかった夫婦は、片方が死んでもいつまでも泣き暮らすことはない」
    は名言だと思う。後悔がないからなのか。
    美土里倶楽部、みたいな倶楽部、「その時」が来たらあるといいな。
    この本にもまた門司港が登場。ますます行ってみたい。

  • 夫の死後一人で気分は沈むが、出かける場所があったり、集う仲間がいたりするとその間は忘れられる。美土里は夫の思い出と共にいい日々を過ごしていると思う。

  • 未亡人となった高齢の女性たちの1年間。
    それぞれに亡き人を偲びながら。

    所々に心のどこかを刺激するような、新しい発見をするような言葉があり
    なんだかしんみりしつつも彼女たちの交流が羨ましくもあり。

    未亡人クラブの面々がそれぞれに精神的に自立した方々であり
    自分らしさをしっかり持ち合わせているのが素晴らしい。
    果たして人生の終盤にこの様な豊かな感性を持って生きていけるかな…と我が身を顧みる。

    意外と色彩豊かな作品だと思う。

  • 「未亡人倶楽部」のメンバーは主人公の倉田美土里、時実美子、十鳥辰子。ほとんど同時期に夫を亡くした未亡人たちです。

    作中で美土里が「未亡人」という言葉をWebで調べる場面が出てきました。

    語源は古代中国で、夫が死んだ後、そのあとを追うこともせず、生き残っている妻のことを指す、と。

    なんとも屈辱的な意味合いの言葉だったのだなと、読みながら思います。

    私の夫は幸いにもまだ健在ですので、夫を失くすということは、実母が父を亡くした時の状況しか経験がありません。

    けれどこの作品を読みながら、夫を失くすと言っても残された妻の各々が置かれた立場で随分と違うものだと感じました。

    もちろん寂しさを感じるのは共通のようですが、長く一緒に生きてきたことによる思い出はそれぞれで、それに対する思いも大きく違います。

    物語は主人公美土里の語りによって進みますが、未亡人3人の状況や思いが丁寧に書かれていて、不謹慎ですが心地よささえ感じてしまいました。

    「小さな子どもは、くると、帰るの間に、できごとや時間というものがないんです。くると、帰るとがワンセットになっている。簡単なのですよ、人生が」
    (中略)
    「おとなはくると、帰るの間のスパンが長いのです。事情といきさつが人生のすべてみたいになってしまう」   本文p102-103抜粋

    読書に年齢は関係ないはずだけれど、やはり読む時期によって感想は変化していきます。

    この作品も私が夫を亡くした後に(私の方が長生きするという前提ですが)読んだら、また違った感想になるかもしれないと読み終わって思います。

  • 今66歳だからこそしっくりきた。言葉も豊富で読んでいて楽しかった。

  • (「読売新聞」「本よみうり堂」の記事https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/interviews/20250415-OYT1T50058/を参考にしている)

    村田喜代子氏が夫を亡くし泣いてばかりだったという毎日から
    立ち直るきっかけになった作品だという。

    70代の美土里は、夫を数ヶ月の闘病後、亡くす。
    ふと知り合った女友達との交流を通し、生きること死ぬことを考える。
    やがて再び日常を過ごす、その一年を描く。

    わたしにも、いつか来るだろう、そんな日。

    村田氏は言う。
    「私も濃密な友達が何人もいますけど、女性の協力関係ってすごいですね。
    女友達がいるだけで、もう全然人生が違います」

    濃密かぁ・・・
    あんまり濃すぎると、今はかえって重いなぁ。
    もしかしたら、つかず離れず、今いい感じで付き合っている女友達と
    「すごい協力関係」を築けるのかなぁ。
    そんな願いを込めて読み終える。

  • 強く感情を揺さぶられるような物語ではなく、読み終えた瞬間は正直に言うと少し物足りなさを感じた。
    けれど、あとからじわじわと何かが体の中に広がっていくような余韻があった。
    夫を亡くした美土里。 彼女と、新しくできた未亡人の友人、また以前からの友人たちとの交流を通して過ごした日々が描かれる。
    夫を失った喪失感から互いに依存し合うのではなく、ほどよい距離感を保ちながら日常を紡いでいく姿が印象的だった。
    特に印象に残ったのは、おはなし会での3、4歳の子の言葉、「かぐや姫はきたから、帰ります。それだけ!」
    至言。

  • 毎日メソメソしてたけれど
    心が少し晴れたような…

  • 未亡人倶楽部。経験した者でなければ書けない。何人も家族との別れは経験したけれど、また違うのだろう。でも登場する人たちはむしろいきいきしてて、羨ましくもある。

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著者プロフィール

1945(昭和20)年、福岡県北九州市八幡生まれ。1987年「鍋の中」で芥川賞を受賞。1990年『白い山』で女流文学賞、1992年『真夜中の自転車』で平林たい子文学賞、1997年『蟹女』で紫式部文学賞、1998年「望潮」で川端康成文学賞、1999年『龍秘御天歌』で芸術選奨文部大臣賞、2010年『故郷のわが家』で野間文芸賞、2014年『ゆうじょこう』で読売文学賞、2019年『飛族』で谷崎潤一郎賞、2021年『姉の島』で泉鏡花文学賞をそれぞれ受賞。ほかに『蕨野行』『光線』『八幡炎炎記』『屋根屋』『火環』『エリザベスの友達』『偏愛ムラタ美術館 発掘篇』など著書多数。

「2022年 『耳の叔母』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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