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Amazon.co.jp ・本 (226ページ) / ISBN・EAN: 9784121009456
みんなの感想まとめ
人間性や個性を重んじ、世相に流されない生き方を貫いた人物の物語は、読者に深い感銘を与えます。主人公は、医者を目指した若き日から儒学の道へ進み、江戸で学びを深めた後、対馬藩に仕官し、朝鮮との交流に尽力し...
感想・レビュー・書評
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京都で若いころは医者を目指したが、父親が亡くなり自分の好きな儒学の道に邁進した。江戸に行き、木下順庵の門下生となり儒学を研鑽した。推挙されて対馬藩に出仕した。そこで中国語を学び、その後朝鮮語も学んだ。対馬藩の外交官として朝鮮通信使の接待を行う。ハングルも学び、朝鮮語の教科書も書いた。元禄享保の頃に広く異国を眺めた人がいたのだなあ。
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1628年の朝鮮通信使の接待に幕府は100万両使用した。幕府の年収は約70万両であるから、いかに莫大な出費であったかわかる。
江戸に参列するまでの諸費用は各藩にも負担させたため、実質の費用はそれ以上となった。
誰でも聞いたことはある朝鮮通信使。
実は鎖国時代の最大の外交行事であり、国の威信をかけて歓迎する一大行事でした。 -
人を評価する時、大勢の評価に合わせてしまい、自分より劣るタイプと整理してしまった方が断然気が楽で、空虚な連帯感を維持できる。
江戸〜近代は日本が朝鮮を見下げていた時代。そして、家柄や世襲を安易に世の潤滑油としていた時、人間性や個性を尊重して、正しく人間を理解すること、世相に流されないことを主張した人物の生き方を学ぶのは貴重であった。
郷土出身の偉人として誇りに思う。
ささなみや 志賀の浦半の水きよみ 影もうつろふ 一本の松
やつれても 一本松の常盤にて 今もかはらぬ 志賀のふる里
まさに、一本松が読後の瞼に残る一冊であった。 -
序章 雨森芳洲―忘れられた思想家
第1章 町医者の子
第2章 木下順庵に学ぶ
第3章 対馬で実務見習い
第4章 朝鮮外交に活躍
第5章 思索と教育の晩年
雨森芳洲とその時代略年譜
サントリー学芸賞(社会・風俗部門)
著者:上垣外憲一(1948-、松本市、比較文化学者) -
雨森芳洲は「あめのもり ほうしゅう」と読むらしい。日本の鎖国体制が「長崎でオランダ・中国との間で貿易を徳川家が独占」と理解してきたなか、琉球・対馬・蝦夷地にも「外国に接する場所」があると、論じた(144p)。
芳洲は対馬・宗氏のもとにあってながく朝鮮外交を担当した儒家(4p)。儒家としてのみならず朝鮮語寛文に生まれて元禄・享保期に活躍する。木下順庵の門下、一門から新井白石、荻生徂徠らを輩出している。元禄2年、22歳のとき対馬・宗家に仕える。師の順庵の推挙によるとする(57p)。
宗家のもとで「朝鮮方佐役」。貿易のほかに将軍代替わりに行われる朝鮮通使を接遇する接点になる。
朝鮮の文化・人格に見識をもち、「日本人と朝鮮人で、人間の本性がそんなに違うはずはない」(102p)と考える。一般に観念的といわれる朱子学者の中にあって、「芳洲は現実社会の出来事を精密に観察し、分析し、記録しようとする態度をもっていた」(111p)とする。
対馬に仕官したが江戸に帰り、幕閣の枢要に位置することも考える。そこに立ちふさがるのは同門の先輩にあたる白石。「日本国号」問題で反論し(121p)、「銅輸出抑制」でも宗家独自の意見を具申する当事者となる(142p).。
晩年は通訳養成に努め、総じて「江戸時代の知識人としてはまったく稀有のものだった」(4p)と規定する。 -
わたしの持っているのは初版で、1989年となっている。気になって買ったのだが、その後積ん読で、久しく手にしなかった。東京へ行く新幹線の中で読もうと思ってときどきカバンに入れるのだが、やはり、読まずに帰ってくる。そのうち、本書の所在がわからなくなった。最近、雨森芳洲が「健康」ということばを使っているというのを知り、そのルーツをさぐろうと思って、あちこち探したあげく、ようやく本棚の奥から探し当てた。本書はしかし、すっと読める本ではない。ここには筆者の長年にわたる芳洲の詩文、資料の読み込みがあり、芳洲の魅力を存分に伝えている。
芳洲は滋賀の生まれだが京都で育ち、江戸で学問を修め、対馬に派遣され、その地で生涯を終えるが、京都で育ったことはのちのちまで、日本の中心は京都であり天皇であるという観念をかれにもたせた。芳洲は対馬にあって、朝鮮との外交交渉にあたるのだが、当時の朝鮮は詩文のできる政治家を尊敬したことがわかる。芳洲も木下順庵のもとで詩文の勉強に励んだ。しかし、かれは交渉や応対にあたって口語ができなければいけないことに気づき、釜山にあった倭館で朝鮮語の修行に励む。かれは朝鮮に対し、対等の文化観をもってのぞんだとされている。本書には朝鮮とのやりとり、それをめぐる白石との軋轢がみごとに描かれている。ただ、最近の研究では、芳洲は単に文書係で外交官ではなかったと言われている。そうなってくると芳洲観はまったく変わってくるのだが。
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