ラ・マルセイエーズ物語―国歌の成立と変容 (中公新書)

著者 :
  • 中央公論社
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (242ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121011916

作品紹介・あらすじ

一七九二年四月、好戦気分の〓@50FC揚するストラスブールで、文人肌の工兵大尉ルジェ・ド・リールの手によって《ライン軍のための軍歌》が作られ、瞬く間に口伝えで広まった。テュイルリー宮殿攻撃で名を馳せたマルセイユの義勇兵たちが歌い続けたことで《ラ・マルセイエーズ》と呼ばれるようになったこの歌は、紆余曲折の末、遂に国歌と決定される。一夜にして生まれた歌が、どう伝播し、評価され、制度化されていったのかを辿る。

感想・レビュー・書評

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  • ○ラ・マルセイエーズの成立に関心があったため、必要部分以外についてはかなり浅めの読了。

    ○ぼくにとって面白かったのは、ラ・マルセイエーズの「成立」以上に「変容」の部分です。ラ・マルセイエーズという曲が兵士たちを鼓舞する革命歌として生まれ、口頭によって広まり、人々にとって自由と革命の象徴として特別な意味をもつようになるという過程。そして、それに対する反動として一時的に国家と認められたラ・マルセイエーズを歌うことが禁止されたり、対抗する歌が制作されたり。ところがあるときには奨励されたりする。

    ○フランス革命のめまぐるしい変化の中で、自由と革命の象徴だったラ・マルセイエーズにはさまざまな意味づけがなされてゆきます。高校の世界史をさっぱり忘れたぼくにも、ラ・マルセイエーズが当時の権力者にとって望ましくなかったことは簡単に想像がつきますが、反ラ・マルセイエーズの動きは一向に成功しなかったようですね。革命の中で民衆に広まったこの曲以上の名曲が生まれることはありませんでした。

    ○また、その楽曲を作ったルジェ・ド・リールも、自らの曲のために”ラ・マルセイエーズの作者”として翻弄されてゆくわけです。音楽(芸術作品のなかでも人々に語り継がれるもの)と社会の関係について書かれた本だといえるのではないかと思います。ただし、わずかな音楽の知識と、世界史の知識がないと、なかなか想像しにくいところがあります。

  • ちょっと音楽に関する専門用語が
    出てきますのでそこのところ要注意です。
    だけれどもえらく難解というクラスの
    ものではありませんので。

    このフランスの国歌は
    ひょんなことから作られたのが始まり。
    しかもこれまた切羽詰った状況で
    作られているのです。

    でもこれが皮肉なことに
    フランス中に広まるのです。
    そして数奇な運命を作曲者とともに
    たどるわけでして。

    禁止、再起…
    そんな運命をたどり続けていて
    なおかつ海外でも歌われたこの曲。
    まさにこの国歌は
    フランスの波乱の時代を
    象徴しているといってもいいかと。

  • いざ祖国の子らよ、栄光の日は来たれり! 世界で1、2を争う勇ましい国歌のラ・マルセイエーズ。日本がこれと張り合うなら「宇宙戦艦ヤマト」あたりを用意するしかないでしょう。1792年のストラスブール。パーティーでのムチャ振りから一夜で生まれた「ライン軍のための軍歌」が遠く離れた南仏の港町マルセイユに伝播し革命のテーマ曲となり紆余曲折の後、国歌となる経緯はもちろん、作者ルジェ・ド・リールの人生にも数奇なドラマがあります。音楽家の著者ならではの音楽ネタも多く、これがまた面白くみどころたくさんで満足しました。

    Qu'un sang impur Abreuve nos sillons!(汚れた血で我らの田畝を満たせ!)などなど、物騒だったりあからさまに他国を敵視している歌詞が平和の時代にそぐわないとして時おり論争の的になるラ・マルセイエーズですが、私としては変える必要はないと考えます。なぜならこの歌、国や為政者が用意したものではなく、民衆のなかから自発的に生まれてきたものなのですからね。これこそ「国民の歌」といえるのではないでしょうか。日本人の私が口を挟むことではないのですけれど。

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