- Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121012357
作品紹介・あらすじ
鳥羽伏見の戦いに敗れた会津藩救済を当初の目的とした列藩同盟は、いつしか明治天皇を奉戴する薩長閥政権に対抗して、輪王寺宮公現法親王を擁立する東日本政府樹立に向かって結束を固めていく。なかでも仙台藩の玉虫左太夫は、渡米体験をもつ国際派参謀として精力的に活動する。凄まじく厳しい権力抗争の渦中に身命を投じて敗者となった仙台、米沢、会津、庄内、秋田、長岡諸藩の志士の動向に、秘められた戊辰戦争の諸相をみる。
感想・レビュー・書評
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鳥羽伏見の戦い(1868年)に敗れた会津藩救済を目的に、仙台、米沢、会津、庄内、秋田、長岡諸藩の<奥羽越列藩同盟>が德川幕藩体制の意地を賭け、長州閥政権に対抗する「東日本政府」の樹立を目指して戦った戊辰戦争の裏舞台に迫った著者渾身の労作。 敗者の歴史に刻まれた深い悲しみに思いを馳せながら、権力抗争に殉じた多くの御霊に哀惜の念を禁じ得ない。
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戊辰戦争を時系列に追うだけでなく、列藩各藩の事情がうまく整理されているので、切り口としては面白い。
第三章では、各藩をリードしていた参謀達の戊辰戦争後の姿を記しており、新たな発見があった。
会津は、城下での争いなど、戦死者が最も多く、その悲劇は目を覆うばかりだが、列藩他藩のように恭順派と列藩派の確執があったわけではく、纏まりがあった故、戦後も優秀な人材が残り、会津の求心力が現在まで引き継がれているのだろう。(藩によっては、戦後、列藩派の粛清があった)
戊辰戦争に関する書物として一読に値する。 -
薩長の明治新政府に対抗して東北諸藩が結成した奥羽越列藩同盟について、その成り立ち~瓦解まで、さらに戊辰戦争後の処遇までが描かれた本。さすが星亮一らしく豊富な知識が織り込まれていたが、後半から知識の羅列っぽくなっていったのがやや残念。
会津・仙台・米沢・長岡といった強力な藩がいながらあっけなく敗退した理由・細かい戦闘経過は非常に分かりやすかった。いかに兵力を持っていても、急ごしらえ(指導力に欠ける)・各藩のビジョンがバラバラ・戦争慣れしていない、だとすぐに瓦解してしまうのは当然ですね。 -
(2004.12.04読了)(2004.11.26購入)
NHK大河ドラマ「新選組!」は、近藤勇の斬首で終わってしまった。今年一年、三谷幸喜さんに楽しませてもらった。朝日新聞夕刊の「ありふれた生活」も面白く読ませてもらっている。土方歳三は、会津へ向かったのだろうか。あちこち転戦しながら、北海道に渡り、函館で最後を迎えたわけだけど。
徳川幕府が滅び、薩摩長州が官軍の錦の御旗のもと幕府の残党狩りが始まり、薩摩長州のやり方に異を唱えて、東北の諸藩が結束して抵抗したのが「列藩同盟」ということになる。
「奥州列藩同盟」というのだと思っていたのだが、この本は「奥羽越列藩同盟」といっている。
「大系日本の歴史」第12巻「開国と維新」(石井寛治著、小学館ライブラリー、1993年)によると、5月3日に仙台・米沢両藩主導の「奥羽列藩同盟」が結成され、翌5月4日には北越6藩が加入し、同盟は「奥羽越列藩同盟」へと拡大した。と記述してあるので、学会では、「奥羽越列藩同盟」という名称が正式らしい。
中公新書には類書が結構あるのでびっくりしてしまった。「戊辰戦争」「敗者の維新史」「会津落城」「幕末の会津藩」「戊辰戦争から西南戦争へ」等、結構ある。
当時各藩で指導的役割を果たした人たちの名前としては、仙台藩・玉虫左太夫、会津藩・梶原平馬、南部藩・楢山佐渡、米沢藩・雲井龍雄、長岡藩・河井継之助、庄内藩・菅実秀といったところが上げてある。河井継之助ぐらいしか聞いたことがない。
浅田次郎の「壬生義士伝」で出てくる南部藩の重臣、大野次郎右衛門というのは楢山佐渡のことなのだろうか、それとも本当に大野次郎右衛門はいたのだろうか。
仙台藩の玉虫左太夫は、日米修好通商条約の批准書の交換のためアメリカのワシントンに向かう日本国正使、新見豊前守正興の従者として、1860年、船でアメリカに行ってきている。小さい時は仙台藩校養賢堂で学んだそうです。仙台には養賢堂というところから出版されている本があったけど、藩校の名前だったんですね。
会津救済のために、仙台・米沢両藩家老名で招集したのは、松前、南部、秋田、津軽、八戸、弘前、黒石、一関、二本松、守山、棚倉、下手渡、相馬、三春、福島、平、湯長谷、泉、新庄、山形、矢島、上ノ山、天童、米沢新田、本庄、亀田、黒羽の27藩である。
(分かる地名もあるけど分からないのも結構ある。)
後に越後から加わった藩は、長岡、新発田、村上、村松、三根山、黒川の6藩でした。
薩長の武器に対抗するためには、列藩同盟軍にも新式の武器が必要なわけですが、オランダ商人のエドワード・スネルが調達してくれたようです。
最終的には、秋田久保田藩の同盟離脱、榎本海軍が味方してくれなかった等のため薩長軍に敗れてしまった。
著者 星 亮一
1935年 仙台市生まれ
1959年 東北大学文学部国史学科卒業
東北史学会会員
☆関連図書(既読)
「新選組血風録」司馬遼太郎著、角川文庫、1969.08.30
「燃えよ剣」司馬遼太郎著、文芸春秋、1998.09.20
「近藤勇白書」池波正太郎著、角川文庫、1972.11.01
「幕末新選組」池波正太郎著、文春文庫、1979.02.25
「新選組始末記」子母澤寛著、中公文庫、1977.03.10
「壬生義士伝(上)」浅田次郎著、文春文庫、2002.09.10
「壬生義士伝(下)」浅田次郎著、文春文庫、2002.09.10
「新選組意外史」八切止夫著、作品社、2002.09.30
「沖田総司(上)」三好徹著、学研M文庫、2003.01.20
「沖田総司(下)」三好徹著、学研M文庫、2003.01.20
「定本 新撰組史録」平尾道雄著、新人物往来社、2003.03.20
(「BOOK」データベースより)amazon
鳥羽伏見の戦いに敗れた会津藩救済を当初の目的とした列藩同盟は、いつしか明治天皇を奉戴する薩長閥政権に対抗して、輪王寺宮公現法親王を擁立する東日本政府樹立に向かって結束を固めていく。なかでも仙台藩の玉虫左太夫は、渡米体験をもつ国際派参謀として精力的に活動する。凄まじく厳しい権力抗争の渦中に身命を投じて敗者となった仙台、米沢、会津、庄内、秋田、長岡諸藩の志士の動向に、秘められた戊辰戦争の諸相をみる。 -
奥羽越各藩の動きを知ることができる。
思い入れは感じられるが、東軍の気合が西軍にやはり及ばなかったのだという気にさせられた -
戊辰戦争というと、第二次世界大戦の歴史観と同じく、賊軍の名で奥羽越を一方的に片付け、戊辰戦争とは一体何だったのかを討議検討することなく歴史の闇に葬られた感は否めない。
かく言う自分も、日本の夜明けのこの頃については、殆ど触ってこなかったな。
幕府存続党と倒幕天皇制の復活論者との戦い、西軍、東軍の争いは急迫派と斬新派の争い、または進歩派と守旧派の争い。
会津戦争も単に薩長対会津の私怨といったものではなく、東日本対西日本の凄まじい闘いの諸相が秘められていたんだな。
しかし、普段聞き慣れない熟語が多過ぎて、読むのにえらい時間がかかってしまったな。
倉卒紛擾、紛紜内訌、譎詐万端、奸徒掃蕩、危亡旦夕、流血淋漓、凍餒蛮野、鼓噪咄喊。
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秘められた諸相って程ではない。
各藩の事情が書いてあるって感じ。 -
年末年始のBRUTUSの読書特集で取り上げられていて、気になっていた一冊。
鳥羽伏見の戦いと江戸無血開城くらいしか認識されていない戊辰戦争。会津が攻められたことは知っていたけど、その裏にあった「奥羽越列藩同盟」ってのは知らなかった。
ただの「反薩長」っていうだけではなく、それぞれの義を持って立ち上がった各藩。
司馬遼太郎の「峠」を読んだし、かつては新潟、福島、宮城、盛岡各県は営業担当地域だったし、っていうので、思いっきりシンパシーを抱いて読みました。
関ヶ原もそうだけど、どっちが勝ってもおかしくなかった状況だったけど、ちょっとした掛け違いの連続で結果が変わってしまったんだよね。急造寄せ集めの性と言えば、そうなんですが。 -
いつ買ったか覚えてない古本。
江戸開城の後って白虎隊→鶴ヶ城落城→五稜郭と河合継之助の長岡しか知らないので、細かい知識はちょっとおもしろい。単に時流に外れた負け組としか知らなかったけど、負け組には負け組のドラマが、というか、会津も悲劇に至るには驕りがあったり、仙台米沢あたりの迷走っぷりだったり。上手く勝ち組に紛れた秋田も別に世渡り上手だったわけではなく、たまたまそうなったという成り行きの妙だったり。 -
卒論で大変お世話になりました。