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Amazon.co.jp ・本 (225ページ) / ISBN・EAN: 9784121013118
感想・レビュー・書評
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身体の動きが社会を反映するとすれば、「社会」を「言語」に置き換えると、どうなるだろう?
「身体の動き」が「言語」を左右するのか?「言語」が「身体の動き」を左右するのか?…否、どちらもありか?
色々考えるうち、だんだんと哲学的な問いになってきました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
中公新書の割に軽くて読みやすい。ただ、何かのコラムを集めて書籍化したものなのだろうかと思うほど、とりとめがない印象を受けた。とはいえ、人類学や民俗学に疎くても、身ぶりの文化的な価値は概観できる。
本書の内容を記憶を頼りにまとめると以下のとおりである(ほかにも色々書いてあるのだが、散漫としてまとめがたい)。
・身ぶりやしぐさは身体伝承であり、古今東西で多様な変化に富む。身ぶりや表情は他者に向けたディスプレイであり、それぞれの文化の文脈をもとに他者のディスプレイを読みとる必要がる。
・身ぶりは挨拶のように教えられるもののほか、模倣により無意識に習得されるものがある。自分の顔も分からない赤ん坊も親の表情を真似る。自分の表情筋の感覚や気分と相手の表情を結び付け、模倣する力は人間の生得的な能力と思われる。
・おそらく子どもの模倣動作は主体が客体をまねるのではなく、主客未分離の存在が身体という相互の場で共振しているのだろう。子どもに限らず、人間は無意識の相互模倣をして社会と「わたし」を作っている。
身ぶりが身体伝承というのは「そりゃそうでしょうね」という感じで特に目新しさはないけれど、延々と紹介される具体例は著者の見聞や昔のエチケット指南本などが参考にされており、いちいち面白かった。女性の立小便や紳士の帽子の扱い、ピースサインの歴史など、誰かに話したくなるような小話がたくさん入っている。
また、言語表現と比較し、身体表現ははるかに身体的な制約を受けるものだということがよくわかった。「10進法を使うのは指が10本だから」というのも何かで読んだことがある。気が付かないだけで、実は身体的な条件からくる発想や概念はたくさんあるのだと思う。
本書に出てきたわけではないが、熱い鍋に触ったときなどに「アチチ」と言って耳たぶを触る(耳たぶは冷たいので、火傷を冷やすという目的らしい)という仕草が数十年前まであった気がするのだけど、今は誰もしていないことにに思い至った。すぐに廃れてしまう仕草とお辞儀のように根強く残る仕草と何が違うのだろうか。次はそんなことを研究した人の本が読んでみたいと思った。
また、手話に一切言及がないが、身ぶり文化の中で、手話がどのような位置づけなのかも気になった。 -
面白かった。男女の涙について、歩き方、意識できる距離など(日本人は前しか意識できないから後ろの気遣いができない)笑い方の男女の差など。
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摂南大学図書館OPACへ⇒
https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB99730001 -
35313
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身体がしめす社会の記憶とあるようにその国独特の身ぶりやしぐさの違いがおもしろかった。
「世界のあいさつ」(長新太 作 野村雅一 監修 福音館書店)とあわせて読むとおもしろいとあり、なるほどそうだった。
ただ、世界のあいさつから読むことをおススメする。 -
読み出した途端やめられなくなった。めちゃくちゃ面白い
女性がたちしょん!男性は座って?
それが昭和30年代の大阪地方で??へーーというものからグイグイ引き込まれる
兵役日本人訓練をしてまっすぐ歩ける率が上がったのか
トルコ行進は右手と右足は一緒に?
人前で握手もせず身体的接触はしないのに
お風呂は混浴が当たり前
不思議な文化だなあ
西洋の文化に相手の腕を掴んで交渉するとか
胸のボタン を掴んで話をするから
何ダースもいるとか
不思議だなあ
確かにロシア人の女性は近い
常に触れ合ってる
親子がまるで恋人同士のようだ
男同士でのキス、手をつなぐのがアラブ人
目を凝視するのが常識
知り合いほど距離を縮める
中世のヨーロッパは椅子がなくって床に座ってたのか
とうせんぼするのは
日本人が背後に全くきがいかないこと
スリに会うのも
人とぶつかるのが当たり前だからかあ
タイ人の高さに関する上下を意味するのは大きいのか
椅子の良さよりも
下の人間が自分よりも高い椅子に座っているとか
かがんでものを拾うとか
そういや昔の中国のドラマは高いところの椅子に
座ってるなあ
膝をついたまま上の人に背を向けずに下がる
ドラマでよく出てくるけど
昔の日本では当たり前だったよね
したーにーって言って頭を下げたままにすること
それをしなかったから生麦事件
が起きたか。
そうだよね
目の前を歩くのは無礼だし
背中を見せずに下がるのを躾けられた
身体的接触はないが日本人は挨拶というもので
他者に対しての気持ちを表す
欧米のありがとうは
日本人の中では他人行儀に思えるのか
18世紀まで握手の習慣はなくひざまづくなどか
身分による上下関係がなくなってきたことによるか
へー
20世紀に入ってから一般的になった
アラブ人はもっと早くからやっていた習慣
1994年にカルフォルニアで女性が職場でパンツを履くことを禁じてはならないって法令がでたなんてー
女性は帽子をかぶらないのはぱんつのままで歩くのと一緒と思われていたとはー
泣き女は結構世界各国でいたのか
日本語の泣くには表現がたくさんあるんだ
顔から読み取れるものはたくさんある
アラブ人は目だけしかでてないからそれから
読み取ろうとする。
数々の人類学をわかりやすい解説で示してくれる入門書として
最適 -
全体としては冗長。テーマは秀逸で、主張/展開しようとしている内容も極めて興味深いだけに、ちょっと残念。いかにも「大学の先生が書きました」みたいな雰囲気で。でも、個人的には新しい視点を提供してもらった感がある。
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読了 1回(2009/08/21)
手のしぐさにまつわる章が興味深かった。
ただ、雑学レベル止まりなのかなとも思った。
各章、それぞれもう少し掘り下げて欲しかった。 -
9冊目です。
本書は世界の身振りやしぐさを紹介した本です。しぐさや身振りというのは普段意識すること少ない物ですが
それが世界でこれほど違うというの面白いものです。たとえば人と話すときの人と人の距離。日本などでは
あまり近づいて話すことは少ないですがイスラム諸国などでは男同志といえど非常に近づいて話します。
こんなことをもし日本でしようものなら「あいつらできているのでは・・!?」と勘違いされそうですね。
これが私生活のような小さな場面ではよいかもしれませんが政治家などが来訪した場合にやらかすと大変なことになります。
実際に日本にタイの国王が来日した時に問題が起きたようです。タイの国王が新幹線で移動しているときに
SPが立ったまま警護していると国王が「私より高い位置にいるなどけしからん!」といったそうで日本人の感覚からすれば
当たり前のことのように思えますがタイでは絶対にやってはいけないようで大変な反感をかったようです。
他にも握手やVサインの仕方など国よってまったく違うようです。
ただ、あくまでこれらは雑学的要素が強くそれらの行動に潜む心理学的、生理的背景はどうなのかということが
全く述べられていません。それを期待して読んだ人にとってはかなりがっかりするような内容かと思われます。
確かに知識としてこれらを学んでおくのは良いかもしれませんが学問的要素が薄いのでちょっとしこりが残ります。
ですがその分読みやすいのですぐ読み終わると思います。
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雑学まとめた本。
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正しい姿勢を付けたいと思って読んだけど、見当違いだった。
人類学、とくに手、指に着目して、
地域によっての違いやその背景について教科書的な視点で語っている。
本当に大学の教養の教科書みたいである意味懐かしい。
内容的には興味が無かった。
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