異文化に育つ日本の子ども アメリカの学校文化のなかで (中公新書 1360)

  • 中央公論社 (1997年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (222ページ) / ISBN・EAN: 9784121013606

感想・レビュー・書評

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  • 興味深い部分は主に2箇所。

    一つは
    岩倉具視使節と共に初めてアメリカに渡った津田梅子が、帰国後も
    「自分の気持ちや感情にぴったりあった言葉、緻密な思索を託すことのできる言葉は、いつまでも英語であった。つまり、梅子にとって心の深層にふれる言葉は、終始英語であり、生涯にわたって日本語に置き換わることはなかったのである」という部分。
    山川捨松と津田梅子。明治時代の2人の女性の豊かな素質と11年間も頑張りぬいて実力をつけた、という事実。

    もう一つは、
    バイリンガルを2軒の家に例える手法。
    「たとえてみるとバイリンガルとは、内面にそれぞれの言葉を支える2軒の家が建っているようなものである。2つの家をくらべると、日本語を支える家の骨組みがしっかりしていたり、逆に英語の家が確かなこともあろう。梅子や捨松は明らかに後者であり、特に帰国時の梅子は日本語の家が朽ち果てていた。この二軒の家の建ち方もさまざまである。骨組みのしっかりした家もあれば、基礎や骨組みの弱いテントのような家もある。日本人の中にも、テント住まいで20年、30年と外国暮らしを続けている人もあるにはある。しかしながら、その社会に腰をおろし、本格的に活躍しようと考えると、やはり内面に構造の確かな家を、少なくとも1軒は建てなければならない。これは、国際化とはかかわりなく、言語文化活動の盛んな社会で生きる日本の子どもの最低限の達成目標であることを強調しておきたい。」

    「中間バイリンガルの水準では、構造の堅固な家が少なくとも1軒は建っているから、社会に立派に貢献できるのである。日本語という家が頼りになるから、英語の家の骨組みがたとえテントのように弱くても、それが世の中の役に立つと考えるべきである。二軒ともに骨組みが弱くては頼りにならないし、チャンスさえめぐって来ない。言葉が急成長する子ども時代に、異文化の中を往来し続けると、いろいろな外国語を話せて一見格好はいいが、どの言葉も高いリテラシーがないために、あぶはち取らずになってしまう。」

  • 071012

  • 10年前の本だけど、明治時代の津田梅子7才の留学話から異文化の学校での日本と比べたこどもの学力データなど、違う国で学ぶ子ども達の生活&苦悩等が書かれてて勉強になる。

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著者プロフィール

名古屋大学名誉教授

「2018年 『保育・教育に生かす Origamiの認知心理学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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