物語 ドイツの歴史―ドイツ的とはなにか (中公新書)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 462
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (345ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121014207

作品紹介・あらすじ

ヨーロッパ連合が結成され、国境線が事実上の意味を失いつつある現在、その進捗はドイツにどのような変化をもたらすのだろうか。ドイツの誕生から今日にいたる歴史に、「ドイツ的」とは何かを思索する。

感想・レビュー・書評

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  • 再読、いつ読んだのかは全く覚えていませんが。
    通史概論なんで粗っぽい面は致し方ないけれども、やっぱり専門から少し外れるからか、近代の叙述が乗っていないというか、それこそ無難感あり。
    逆に中世のくだりは濃密感あり、あとがきのドイツ音楽(当方クラシックは全くの門外漢ですが、ちなみに)と中世史という観点での本を是非読みたい。というか世に出せたのかな?この本も結構晩年近くに書かれている本のようだし。
    しかしなんですね、この国とナチスという組み合わせがやっぱり解せない。この本でもその解説を試みてますが、今ひとつ納得できない。今のドイツを見ているから余計にそう思うのだろうけれど、ほんと人間のダークサイドというのは底知れない。その一方、ナチスと同時代の日本はさもありなんと腹に落ちてしまうというのも同様にその闇の深さを物語るような。

  • 11世紀まではヨーロッパに商人が十分に成立していなかったから、ユダヤ人はそれに代わる存在として必要とされており、各地でユダヤ人に対して寛容な政策が取られていた。
    十字軍の頃に変わった。

  • ドイツの歴史の本を探そうとすると、ナチス関連の本・世界大戦前後の本がとにかく多い感じですが、これはドイツ史の始まりから世界大戦を経て現代に至るまでの歴史が通して読めるので面白い。中世以前からドイツに現れつつあったひずみがヒトラーのような独裁者を生んでいくことにつながる、というところに、歴史は地続きで流れているのだなぁとしみじみ感じました。

  • ドイツの歴史を通じてEU の中の国民感情の変化、中世にあったアジールという庇護権、多くの音楽家を産んだドイツ的なものとは何かという3つの視点で書かれたドイツ史。音楽に焦点を絞ったドイツ史も執筆するつもりだったらしいが書かれることなく亡くなられたらしく非常に残念。神聖ローマ帝国という高い理念と領邦国家の分立による国民国家形成の遅れと市民の政治参加への挫折が深い内省的な芸術や哲学を生み出す土壌になったようだ。

  • ドイツに旅行に行くためにお勉強。この本は思想・文化的背景からの歴史アプローチが多く、ただの歴史本ではないため興味深い内容となっている。

    今回は、なぜドイツで魔女狩りやナチスの台頭が起こったのか、ということが大きな命題だった。
    魔女狩りについては…
    ドイツは森が多く、日本と同じようにそこには神々が宿っていると信じられていた。キリスト教の支配下になっても、他の地域より土着の宗教が長く生活の中に取り入れられていたのだろう。それ故、どの地域よりも強力な方法で人々のキリスト教化と土着宗教の弾圧が行なわれたのだと思った。

    ナチスについては…
    ドイツは地理的にヨーロッパの真ん中に位置しているため常に他国からの侵略の脅威にさらされており、統一も遅れたために公領のるつぼだった。統一も遅れれば帝制の崩壊も遅れ、植民地への進出も先を越される結果に。日本もそうだが、出遅れた領土拡大政策を取り戻すべく、過激な行動に出た可能性が高いと思った。

    思えば今のドイツは私が生まれてから出来たまだまだ若い国。統一ドイツでは東西格差が未だ大きな問題になっているという(友人の話だと「東の人は見れば分かる」とのこと)。一方、ドイツには亡命者を受け入れる法律(アジール法)が存在するため、たくさんの人々(もはや難民)が押し寄せているという。「外国人保護よりも旧東ドイツ国民に職を!」ということで、外国人に排他的な風潮やネオナチの台頭を招いているという。

    世の中は不安定要素があると自分を守るために民族主義・排他的傾向に走ることが多い。今の中東でのイスラム回帰も同じようなことが言えるのかもしれない。

    色々なことを考えさせられた一冊であった。

  • ドイツをまとめるのは大変だなあ・・・と思ったのが一番の感想です。
    私の読解力を棚に上げて言えば、なんか内容がまとまってないような。
    そもそもドイツ自体がまとまった国家として日が浅いのからかもしれません。

    みなさんも知っての通りドイツの原型は9世紀前半のカール大帝死後、その子供たちによって行われたヴェルダン条約およびメルセン条約によるフランク王国分割により形成された東フランク王国です。
    まあ実質的なスタートは962年オットーの戴冠による神聖ローマ帝国成立と考えていいでしょう。

    しかしこの帝国は諸侯や都市の力が強く、帝国内の半独立国としてときに皇帝に刃を向けます。
    宗教でもルター以後北部のプロテスタントと南部のカトリックと16世紀を中心に争い続けます。

    だいたい、ドイツ史を描くならば中世末から近代まではハプスブルク家を中心にせざるを得ませんが、ハプスブルク家の領土は今のオーストリア、ドイツではありません。
    現ドイツの形を完成させたのは東方に興ったプロイセンであり、17世紀頃から力をつけ始め、あれよという間にオーストリアと比肩するようになり、1871年にオーストリアをのけ者にしてついにドイツ帝国をまとめてしまいます。

    第二次大戦後東西ドイツに分かれていたことは書くまでもありません。

    極論を言えばドイツという地域は歴史的に統一性がないのです。ですから地域史として描けても一国史として新書でコンパクトにまとめるのは無理があるのではなかったのではないでしょうか。それこそ山川の歴史大系ほどの分量が必要となってしまいます。

    あと著者が中世史家ということもありますが、中世に関する内容が細かすぎるのも気になります。その所為か、近世までは比較的文化や心性なども取り上げていたのが、ナポレオン戦争以後の内容が政治史中心の簡略された事象の羅列になってしまった感があります。ビスマルクについては比較的多く取り上げられていましたが、ヴィルヘルム2世やヴァイマール体制、ヒトラーなどについてはもう少し詳しく書いてほしかった気がします。

    しかし、この本を読んで考えさせられたのは、阿部先生はこのほんのテーマの一つに世俗の権威や法律が適用されないアジールという空間をとらえてますが、その伝統が中世都市などで適用されていたこと、大陸国のドイツはそのためいろんな民族が国内に入ってきたこと、その伝統が今でも生きていること。
    日本は難民受け入れが厳しいと非難されますが、このような伝統を持つヨーロッパと単純に比較できるのかということです。
    日本にもアジールは存在しますが、その対象はあくまで同民族です。日本には他民族が自分たちの周りで普通に生活するということは想像にもありませんでした(渡来人などは一過性のものでしかもすぐに同化する)。
    ローマの万民法も他民族との共生が前提にないと成立し得ないように、ヨーロッパには他民族との共生というのが通常の状態という時代が1000年以上続いているわけで、日本と思考が全く違います。
    もはや国際化した世界における日本の立場として難民受け入れを積極的にしなければならないのは言を俟ちませんが、単純にヨーロッパと比較してどうこうというのはちょっと短絡的かなと思うわけです。受け入れを広げるにしろ狭めるにしろ歴史的な日本の民族性というのも考慮の一つに入れないといけないと思います。

    「歴史とは過去と現代の相対化である」とはE.H.カーの言葉ですが、現代を見るには過去を知ることが欠かせないことを改めて感じました。

  • 歴史の教科書みたいで読むのに非常に苦労した

    しかし何故東西ドイツが分裂したのか
    ナチが虐殺されたのかがわかる本

  • ●ドイツ史を俯瞰する目的で読むにはそぐわない。本書はドイツの歴史をたどり、ドイツ特有の国民感情を思索する。

  • 18年も前の本なので、「現在12のヨーロッパ諸国がEUを結成し、通貨も統一しようとしている」という状態。
    天国の阿部謹也さんに「いまは28カ国になりました!通貨統一していて、とても便利。でもイギリスが離脱しちゃうんですよ~」と叫んでみました。

    7年前に菊池良生さんの『神聖ローマ帝国』を読んだときは難しくて大変だったのですが、その後いろいろな本を読んだおかげか、この本は理解でき非常に面白く、いろいろあいまいだったことがはっきりした感じです。
    余談ですが阿部謹也さんの絶筆の『近代化と世間』は超難しかったのです。でもこの『物語ドイツの歴史』はわかりやすく説明してくださっているので大丈夫。

    しかしここであらたな疑問がふたつ出ました。
    私はルターのことをけっこう尊敬していますが、ビスマルクとヒトラーは嫌いなタイプ。
    でもこの本でこう書かれています。
    「トーマス・マンはすでに述べた講演の中で、ルターを『ドイツ気質の巨大な権化』と呼び、ルターが体現している生粋のドイツ的なもの、分離主義的反ローマ的なもの、反ヨーロッパ的なものに嫌悪感と不安を感ずると述べている。もとよりマンはルターが個人の良心を目覚めさせた点は大いに評価してはいるが、このようなルターの評価は、一種のドイツ史批判として、いまでも続けられている。ルター、ビスマルク、ヒトラーがドイツ史の基本路線だという評価である。」

    もうひとつの疑問は、1890年ビスマルクが辞任したころなんですが、「この頃ドイツは日常的に大きな変化に見舞われていた。出生率は高まり、婚姻も増加していた。息子たちは父親のいうことを聞かなくなり、老人の言葉はかつてほど重きをもたなくなっていた。ハーゲドルンの詩にあるように、人々は慎ましさを忘れ、若者も分を忘れつつあった。これはあとで見るようにドイツ人の行動様式が変化したことを表している。」とあるのですが、なぜそういうことになったのかがわからない。
    ほかで調べるしかないかな。でも阿部さんの本、いろいろ読んでみたいです。

  • ドイツの歴史が外観できて面白かった。

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著者プロフィール

1935-2006年。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。一橋大学名誉教授。専門は西洋中世史。主な著書に『ハーメルンの笛吹き男』,『中世を旅する人びと』(サントリー学芸賞),『中世の窓から』(大佛次郎賞),『西洋中世の罪と罰』,『「世間」とは何か』,訳書に『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(日本翻訳文化賞)などがある。

「2019年 『西洋中世の愛と人格 「世間」論序説』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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