- Amazon.co.jp ・本 (199ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121015037
作品紹介・あらすじ
日本には現在もなお、無尽蔵と言える古文書が未発見・未調査のまま眠っている。戦後の混乱期に、漁村文書を収集・整理し、資料館設立を夢見る壮大な計画があった。全国から大量の文書が借用されたものの、しかし、事業は打ち切りとなってしまう。後始末を託された著者は、40年の歳月をかけ、調査・返却を果たすが、その過程で、自らの民衆観・歴史観に大きな変更を迫られる。戦後歴史学を牽引した泰斗による史学史の貴重な一齣。
感想・レビュー・書評
-
古文書を大事に保管している家には、相応の理由がある。
本来は子孫や関係者以外には非公開の史料を信頼して預けてくれたのだから、返却の際には相応の責任を果たさなければならない。
そういう「借りる重み」のようなものを感じさせる本だった。
文書と向き合った成果も綴られており、江戸時代「水呑」として現れる人々について書かれた部分については非常に面白かった。
江戸時代の身分や社会は思った以上に複雑ということも少し理解できる。
近い時代なのに教科書的知識では全く知らないも同然ということが良くわかる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
古くから続く家代々の歴史や商売を書きためたもの。
調査や書籍編纂のために借り受けて放置となってしまった書物の返却を目的とした振り返りの旅日記のような綴り。
今風に言うと、借りパクなのだ。
貸した側には、返却を待つ者もおるし、貸したことさえもわからない末裔もおる。
借りる側にはその時の熱意があるが、時とともに事情が変わることもあろう。
ただ、化した側は相手がどんな方であろうとも、きっと良い資料として使い何かの解明に役立てると信じている。
百姓と農民、農奴、こうした違いにも触れており
この部分と樺太で商売をしたという水夫の記述あたりは興味深く読んだ。
返却の旅で得たのは、信頼回復なのか贖罪の償いなのか。
はっきりしないのも研究家ならではの途というべきか。 -
網野善彦が、彼が関わった資料館(宇野氏の構想)のテメ集めた文書を、結局その構想が現実化しなかったことを受けて返却志手回るという、史学エッセイといったものか。網野善彦を知るうえで、参照しても良いと思う。佐渡の記述、阿部善雄氏のこと、速水融と網野の接点など、勉強になった。
-
【展示用コメント】
あなたにも、心ならずも借りっぱなしになったもの、ありますか。
【北海道大学蔵書目録へのリンク先】
https://opac.lib.hokudai.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000801835 -
2012.1記。
例えば、水呑百姓と言えば狭い土地で細々と暮らす貧農というイメージがまずある。が、江戸時代の帳簿上「水呑」に分類されている、能登のとある古い農家に残された襖の下張文書を壱枚ずつ丁寧に引きはがして読み解いていくと、この農家の先祖が江戸中期以降に「大船」を所有し、能登から弘前まで船を向かわせて昆布を買い付け、これを大阪まで運んで巨利を得ていること、余資を鉱山開発に投資するようなこともしていること、つまりこの「農家」は大きな土地を持つ必要がないほど豊かだったので帳簿上は水呑だった、ということが明らかになる。
網野氏は著作間でのテーマの重複も多いのだが、そうした中でも本書はかなりマニアックな部類に入る。
若かりし頃に地方の農家、漁業者等から借用した古文書が様々な理由で取り紛れ、散逸し、放置されてきたことに胸を痛めてきた著者がそれを何十年か経て返却する旅行脚の記録なのである。
旅の描写では、例えば50年代の霞ヶ浦ではきわめて活発な漁業活動が営まれていたのが護岸工事の進んだ80年代には完全に崩壊している様や、空港がなかった時代の対馬に調査目的で九州から小さな船で渡り、その経験から朝鮮半島と対馬との古来からの海上交通の存在を実感する等、歴史のフィールドワークの空気感を実感できる内容となっている。 -
このような本を出されていることからも、筆者はじめ古文書返却に携わった方々が、貴重な資料を借りっぱなしのまま放っておいたことを深く反省されている様子は伝わってくるが、あまりの管理のずさんさに正直びっくりした。返却に行った先では持ち主の方々はみなさん快く迎えてくださったようだが、返却を待ちながら亡くなった人々は一体どんな気持ちだったろうと胸が痛くなる。様々な研究がこれらの古文書をもとに大きく進んだことは間違いないが、資料としてだけではなく祖先から受け継がれた物としての大切さを理解して取り扱わねばなと思った。
-
網野氏の歴史観がどのように形成されていったかが分かる一冊。
戦後すぐに始まった古文書の資料館を作るという事業が始まり、全国から古文書の収集が始まった。
やがて事業は破綻し、全国から集まった古文書を少しずつ整理・返還していくという作業に網野氏は携わることになる。
返還や調査の過程で、対馬に行き、日本が孤立していないことを深く感じた網野氏は、海と列島の中世という本を上梓することになる。
また、網野氏は能登の時国家の古文書を調査する過程で、百姓=農民ではなく、商業や海運業に従事する百姓がいるなど、百姓の多様性を確信することになる。
このように、古文書の調査・返還を軸として、網野氏の歴史観が形作られていった過程を垣間見せてくれる内容になっている。 -
借用した古文書を返却する過程で、また古文書への新たな出会いがある。
-
水産庁が海洋史編纂事業を頓挫させて、全国から多くの古文書を預かったまま放置をした
筆者は、その返却作業の徒然に考えさせられるのだ
著者プロフィール
網野善彦の作品





