- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121016140
作品紹介・あらすじ
シエナ、この世界にもまれな美しい都市はどのようにして誕生したのか。中世のシエナは、北ヨーロッパとローマを結ぶ街道の要衝を占め、経済的繁栄を謳歌する。蓄積された富は、白鳥のようなゴシック・カテドラルをはじめ、豪奢な建築や魅力あふれる広場・街路に姿を変えた。トスカーナの自然と人間の叡智が出あい、美しく結晶した「聖母マリアの町」を、時空を自在に横断しながら案内する。見どころやグルメのガイド付き。
感想・レビュー・書評
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私のクリスチャンネームである「シエナのカタリナ」ゆかりの町について知りたくて読んでみた。シエナの歴史、芸術、見所、魅力がコンパクトにまとめられていて、「行くぞ、シエナ!」という気にさせられた一冊であった。
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美文のあまり散文詩かと思った。はちょっと大袈裟だけど文体が好きで読んでて楽しかった。シエナという街のことは名前も聞いたことなかったのでたまたま手にとってシエナのことがしれてよかった。やはり街のことを知るなら歴史からだな。
館内番号は振られていない -
■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
【書籍】
https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/0000204736
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新書文庫
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多少難解な本のため
読む際には要注意であります。
ちょっと他の地域とは特色のある都市、
シエナ。
そこには様々な文化が根付いていました。
これは中世の歴史が好きな人には
本当に面白いと思いますよ。
しかしすごい祭りがあるものだなぁ。 -
シエナを愛する歴史学者がシエナを愛するがゆえに、シエナへの愛を心の限り綴った、シエナ讃歌。
しかしそこは歴史学者、アカデミックな内容を想像よりも濃く盛り込んでおり、加えて無味乾燥な事実の羅列になりがちな編年体の記述を捨てて、今のシエナから過去を紐解いてくという、全編にわたって読み手を飽きさせない構成をとっている。
この書を読み終える頃、読み手はなんとなく、おぼろげながらシエナをわかった気になり、読む前よりは確実にシエナを身近に感じることになるだろう。
この書の読者にシエナの歴史や文化を緻密に、正確に学ぼうとしている人がどれほどいるのか、ということを考えれば、このおぼろげ、なんとなく、が非常に重要なのである。つぎのステップに進むには非常に良い加減なのである。
シエナを本当に学びたくなったら、この書を元にさらなる知識を求めたらいいし、巻末の参考文献の一覧など、さらなる知識への道標は随所に記されている。
そしてこの書を片手にシエナを訪れれば、ガイドブック片手のおきまりな観光よりももっと深いシエナと出会うことができるに違いない。
私は1週間後、この書を片手に2回目のシエナに立つ予定である。
さて、今度はのんびりとフォンテ巡りでもしようかな? -
(趣味用)
中世イタリアにはまっていた頃購入。 -
シエナという町を訪ねたことはない。ただ、大貫妙子の「シエナ」という歌で知っている。いい曲なのだ。この町を訪ね、こうした曲を作った人がいる、ということは相当にこの町は古さを今にいい形で伝えているに違いない。8月の旗祭りには帰っておいでよ、カンポ広場へと。そう大貫妙子が歌う。
初版が出てすぐに購入。それだけ魅力のある町なのだ。とはいえ、人の記憶というのはいい加減なもので、ふと立ち返るように今回3度目の読書。
著者もまたこの町を愛している人なので、悪口に至っても書き方がいい。愛憎半ばすることもあるようだと判る。ひとつの町で書き切っているのもいい。この町の成り立ちと今の形をきちんと伝えてくれる。
残念なことにイタリアという土地に足を踏み入れたことがない。仕事の話ではあるが、2回計画を立て、2回とも頓挫している。現実的に行けなくなるのだ。パリから向かおうとしたところで空港のスト。もちろん電車で向かうことはできるが約束の時間は消えてしまう。現地に行かずに電話で1週間後にロンドンで会うことになる。なぜか、そんな訳でイタリアは縁が薄い。
こうした繰り返しでイタリアに関する本はけっこうあるのだけれど、現地を知らない。逆にそう知らないのにパリには通算したら50日くらいいたことになるし、ドイツにいた日数を考えたらその倍くらいになる。スイスだって1ヶ月は優に越えている。でも、イタリアはゼロなのだ。どうしてなんだろう。ローマ、フィレンツェ、ベネチア、そしてシエナ。人生の中でこの4カ所だけは行きたいと思っている。思ってはいる。