物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国 (中公新書)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 248
レビュー : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121016553

作品紹介・あらすじ

ロシア帝国やソヴィエト連邦のもとで長く忍従を強いられながらも、独自の文化を失わず、有為の人材を輩出し続けたウクライナ。不撓不屈のアイデンティティは、どのように育まれてきたのか。スキタイの興亡、キエフ・ルーシ公国の隆盛、コサックの活躍から、一九九一年の新生ウクライナ誕生まで、この地をめぐる歴史を俯瞰。人口五〇〇〇万を数え、ロシアに次ぎヨーロッパ第二の広い国土を持つ、知られざる「大国」の素顔に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 2002年の出版なので、ここ10年の動きはありませんが、それに至る過程を説いています。ウクライナ人寄りのスタンスですが、相次ぐ変動の歴史、迫害を読むと、とても根が深いことがわかります。周辺国の都合に左右されている地勢的な問題が歴史的にクローズアップされています。
    この本では確かに、ロシア・ソヴィエトは他者であり、悪役です。だからといって、単純に民族ナショナリズムが正しいとは言い切りにくく感じます。人工的に変えられた国境線、移住させられた人の意思。移住させられた人の中には、大戦で抑留された日本人もいたのです。

  • 肥沃な黒土の穀倉地帯、旧ソ連で最大の重工業地帯と恵まれた環境にあったが故に、逆になかなか独立国家を確立できなかったウクライナ。こうして見てみると、ウクライナという地域で起こった数々の事件のヨーロッパ史における重要性を再認識できると同時に、ウクライナの歴史はロシア・ソ連の歴史そのものであったと確信させられます。著者の方は現役大使の方で、文章も平易で記述のバランスがよく気軽に安心して一気に読めますし、新書の特性を生かした好企画だと思います。ウクライナに関心ある方、旅行を予定してる方、ちょっとでもロシアに興味のある方にも、一読をお奨めしたい一冊です。

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  • 2018-08-24 初観測

  • [評価]
    ★★★★☆ 星4つ

    [感想]
    近年にクリミア半島での紛争が発生し、ロシアが軍事介入した結果、内乱が発生したウクライナだがその歴史についてはほとんど知らないこと気が付き、本書を読み始めた。
    私はウクライナが比較的、近年に誕生した新しい国だと思っていたが、この本を読むとその認識を大きく改める事となった。
    たしかに一つの国家として成立していた期間は短いが独自の言語や文化、風習を持ち、ビザンチン帝国やオスマン・トルコ、ロシアといった大国と大きく関わり合いがあったのだということがよくわかったよ。
    また、穀倉地帯を抱える農業国というイメージだったけど、鉄鉱石や石炭を算出している工業国でもあるということには驚いた。また、多くのコサックの出身地であるということは日露戦争で日本と戦った人もいるんどろうね。

  • 2018/7/4
    広大なウクライナの平原にどんな人たちが往来してきたのか知りたくて読んだ。東西の要衝だけあって面白い歴史があった。バイキングに支配されたり、モンゴルに支配されたり。ダイナミックだな。ロシアの起源はウクライナにあり、コサックの起源もウクライナ。未来のウクライナも面白そうだ。

  • 映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン世界一優雅な野獣』https://www.youtube.com/watch?v=79u6DZFAOpIを見て、
    ずっと前から気になっていたウクライナの歴史を読みました。

    ポルーニンのロンドンのバレエ学校での金の工面のために、
    父はポルトガルへ祖母はギリシアへ出稼ぎに!
    日本にとっては外国=海外だけど、ウクライナ人の外国の概念はすごく近いものなのかも。

    そしてこの『物語ウクライナの歴史』を読んで、
    ウクライナみたいな位置にいるとさまざまな民族が出入りすることになるんだなあ…と。
    平安京が794年から明治維新まで続いていた日本とは対照的。
    いやー、本当に面白い本でした!!

    何度も何度も独立しようと試みても達成できなかったのが、
    1991年ソ連消滅でやっとウクライナ誕生!
    棚から牡丹餅みたいな…。結局こんなものかな。

    そして面白いと思ったのは、スターリンの後のフルシチョフがクリミアをウクライナにプレゼントした事実。
    彼はまさかその後ウクライナが独立するなんて考えなかったでしょう。

    この本が出版されたのは2002年。
    その後ウクライナ・クリミア危機!
    この件に関して黒川さんの意見を聞きたいところだけど、
    とにかくこの地域は延々と危機が続くところなのでしょうね。
    どこかで思いきって切らないと歴史本は出版できませんよね。

  • 2010年秋以来2回目。古代から現代まで話の筋がすっきりしていてわかりやすい。エピソードもある程度あって,ウクライナ史の意義もしっかりと感じられて,よい新書。

    (要約)
     1991年に独立したウクライナは日本の約1.6倍の面積を有し,これはヨーロッパではロシアに次いで第2位である。人口は5200万人(独立当時)で,ロシア,ドイツ,イギリス,イタリア,フランスに次ぐ。ヨーロッパで5000万人規模の国が成立するのはドイツやイタリアの統一以来のことであった。ウクライナの農業は非常に重要で,歴史的にもヨーロッパの穀倉として機能してきた。たとえば1909~13年の間,全世界の大麦の43%,小麦の20%,とうもろこしの10%はウクライナで生産された。旧ソ連のハイテクはロシアにだけでなくウクライナにも継承されている。たとえば大陸間弾道ミサイルはウクライナでつくられていた。

    1.古代スキタイ~中世キエフ
     ウクライナの特色のひとつとして,筆者は経済的開放性を挙げている。閉鎖的な内陸国・旧ソ連構成国としてのイメージと裏腹に,黒海沿岸地域を有するウクライナの地は古くから交易の拠点であった。ウクライナの歴史の起点ともいえる遊牧スキタイ文化はギリシアとの交易により弱体化して滅んだと言われている。ロシアの起源ともされるキエフ・ルーシ建国の背景にはユダヤ教を国教として貿易にも携わったハザール汗国があり,触媒となったのは公益活動に従事したヴァイキングである(ヴァイキングは初めノヴゴロドに拠点を築いたがよりイスラーム世界やビザンツに近くドニエプル水系を利用しやすいキエフに移動)。キエフ・ルーシは正教への改宗で有名なウラディミルの時代に当時の欧州で最大クラスの版図を築き,その子ヤロスラフの時代には著名なキエフ・ソフィア聖堂を建造する等,政治的にも文化的にも他の王国と遜色ない公国をつくりあげた。しかし中世中期ごろから西欧の経済的成長によって交易路が衰退し始め,退潮傾向にあるところにモンゴルの軍勢が襲来した。1240年,キエフは完全に壊滅したが,キエフで培われた文明は西部のハーリチ・ヴォルイニ公国へといったん引き継がれた(専制的なモスクワには引き継がれていない,とする考え方もウクライナでは根強いらしい)。

    2.リトアニア・ポーランド支配
     1340年代にハーリチ・ヴォルイニはリトアニア,ポーランドに併合された。リトアニア,ポーランド,さらにはモスクワの支配を受けたこの時代に,現在のロシア人,ウクライナ人,ベラルーシ人の分化が始まったと言われている。リトアニアはウクライナ独自の文化や民族性を一定尊重したが,ポーランドは比較的高圧的で,ポーランド文化の押し付けをする傾向にあった。ポーランド貴族の支配により都市は衰退し,再販農奴制がしかれウクライナ農民の農奴化は進んだ。後の惨劇の原因となるユダヤ人の定住と増加もこの時代から始まった。ポーランド支配の時代にはモンゴルの残存勢力による人さらい等に対抗するため武装する集団が現れはじめ,これはコサックとよばれるようになった。コサックは逃亡した農奴などを吸収して勢力を拡大していった。彼らの生活スタイルは人さらい戦術をとるなどモンゴルに近似しているところもあったが正教を信仰しており,ポーランドは支配を固めるために彼らをしばしば政治利用した。しかしポーランドはカトリック勢力であり,ウクライナ文化に対してしばしば抑圧的であったため,コサックの反発は絶えなかった。コサック指導者のフメリニツキーは卓越した指導者であったがポーランドとの対決のためにモスクワに接近し,これがウクライナ人とロシア人の同化を招いた(一方ロシアの見方ではもともとひとつだった民族がポーランド・リトアニア・モンゴルの支配の結果ウクライナ人などに分化しただけであり,フメリニツキーの同盟策は民族を本来あるべきかたちに戻したものとされる)。

    3.ロシア・オーストリア支配
     18世紀末のポーランド分割の結果,西部の一部を除いてウクライナの大半はロシアが支配した。この時期の特徴としてロシア・ウクライナ両民族の大規模な移動がある。シベリア鉄道等交通網の完成により生活の苦しかったウクライナ人はアメリカ大陸やウラジオストクへと大量に移住した。また,工業地域を中心に多くのロシア人がウクライナへ移り住んだ。ウクライナの都市はポーランド,ユダヤ,モスクワの影響を多分に受けており,ウクライナ農民にとって居心地のよい空間ではなかったから,工業の担い手となる労働力が都市へと流入しづらく,即戦力の熟練労働者としてロシア人が多く連れてこられたのであった。たとえば人口の7割がロシア人であるクリミアなどの地域がウクライナ内部に存在するのはそのためである。なお,のちに民族文化活動を極度に締め付けたスターリンに代わって最高指導者となったフルシチョフは,ウクライナ懐柔のためにクリミアの移管を行ったが,この恣意的な決定によりクリミアは独立ウクライナに帰属することとなった。これが21世紀のウクライナ内戦の原因のひとつとなった。

    (省略)
    4.第一次大戦にともなう一時的独立
    5.ソ連支配
    6.独立

  • 第一章 スキタイ 騎馬と黄金の民族
    第二章 キエフ・ルーシ ヨーロッパの大国
    第三章 リトアニア・ポーランドの時代
    第四章 コサックの栄光と挫折
    第五章 ロシア・オーストリア両帝国の支配
    第六章 中央ラーダ つかの間の独立
    第七章 ソ連の時代
    第八章 三五〇年間待った独立

  • [挟まれた巨大]相次ぐ革命やロシアとの関係の悪化に伴い、日本においてもニュースで目にすることが多くなったウクライナ。多くの日本人にとってはあまり馴染みのないこの「ヨーロッパ最後の大国」と,その土地の歩みを記した作品です。著者は、外務省入省後に駐ウクライナ大使などを歴任された黒川祐次。


    時系列的に大切な事柄がまとめられており、政治から文化まで幅広い分野にわたる記述がなされているため、ウクライナについて興味のある方がまず手に取るにはピッタリの一冊。ロシアやポーランド等の国々の間で呻吟し続けたとも言える歴史の流れがよくわかるかと思います。また、ウクライナ視点からのみウクライナの視点を見るのではなく、切っても切れない関係にあるロシアからの視点も紹介してくれている点が魅力的でした。

    〜ウクライナがどうなるかによって東西のバランス・オブ・パワーが変わるのである。〜

    地理の授業では農耕大国と習った覚えが☆5つ

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