暮らしの世相史: かわるもの、かわらないもの (中公新書 1669)

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  • Amazon.co.jp ・本 (243ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121016690

作品紹介・あらすじ

少し前までの日本では、物売りの声がうるさいくらいに家々の前を過ぎていった。豆腐売り、刃物研ぎ、しじみ売り…。モノの売買にとどまらない行商人と客の間のやりとりには奇妙な信頼関係さえこめられていた。スーパーやコンビニが席捲する現在は、むしろ古代の「沈黙交易」に退行しているのではないか-。衣食住、ことば、宗教など、近代化する暮らしの中の「連続と非連続」を的確に捉える新しい庶民生活史の誕生。

感想・レビュー・書評

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  • 今の日本の家には家具や物で溢れかえってまるで倉庫のようだ。物をたくさん持っていても、その物の多くは間も無く交換価値・使用価値を失う。物の選定をきちんとしようと思った。
    日本語が世界の中の言語として閉鎖的であることが日本の排他性を助長しているのではないだろうか。日本では、「どうも」や「よろしくお願いします」など具体的意味のほとんどない、つまり翻訳不可能な言葉が生活の中で多く使われている。
    日本の文化的な「アメリカ化」は戦前からすでにあったらしい。日本は昔も今もアメリカ的なものが好きで、そういう国民性があるのかもしれない。
    自由な言論を認めた先に、自由に発言することができなくなってしまっている現状は何だか皮肉である。
    日本に来ている外国人に対して日本人が英会話に躍起になることに私も違和感を感じていたので、日本に定住する気のある外国人には積極的に日本語を習得するようにする意見には私も賛成だ。
    国際交流パーティーで、英語講師として日本に2年ほど滞在しているアメリカ人と話をしたのだが、なぜ日本にいるのかという問いには特に理由はないと答え、しかも日本語もほとんど話せていなかった。私はその時何だかショックを受けてしまった。何で日本にいるの??帰ればいのに…。こういう人に合わせて英語を使うのは腑に落ちない、嫌だな。そう思ってしまった私は排外的で心が狭いのだろう。

  • 1930年生まれ、加藤秀俊さんの「暮らしの世相史」、2002.11発行です。1944年陸軍幼年学校に入校して、「昭和維新の歌」(♪権門上に驕れども国を憂うる誠なし 財閥富を誇れども社稷を思う心なし♪)を歌ってたとのくだりには驚きました。一橋大卒京大勤務のイメージが強かったので・・・。さて、本書の内容ですが、あきんどの今昔、木綿以後、住まいと家財などの項目で書かれています。昭和初期は多くの行商人や御用聞きで「居買い」。やがて市場、屋台、商店への「出買い」。そしてスーパー、コンビニ、自販機の時代の対面販売なし・人無しあきないを経て
    通信販売(現代版の居買い)に。

  • 日本人はもっと無口だったそうだ。そういう研究があるというのだからおもしろい。普通の一般家庭に入って1人あたり1日に何語(自立語)発話したかが数えられている。その調査では戦後まもなく山形県のあるお店の店主が1日に発話した言葉は2891語だという。これが多いのか少ないのかはぱっと想像できない。が、現在テレビで話されているのを数えると1時間当たり2万語くらいになるだろうというのだから、1日で3千語に満たないというのはほとんど話していないようなものだったのだろう。実際、無駄話はほとんどなかったようだ。仕事中には無駄話をしないというのは当たり前だったのだ。家族団らんの時間でもそんなにたくさんのことを話すわけではなかった。母親は夜も縫い物をしたりと忙しかったのだろう。こんなに口数が増えたのはもちろんテレビの影響だと思う。人が自由に話し、自分を表現できるようになったのは大変良いことなのだろう。しかし著者は言う。テレビなどのメディアでは自由に話すことなんてできない。いろんな検閲が入り、使ってはいけない表現などが多くて話したいことが話せない。特に歴史や民俗学など研究されている方にとっては非常に話しづらいことになるのだろうと思う。本書は、著者が興味を持たれたテーマにそって、何回か雑誌に連載されたものをまとめられた本だ。昭和から平成にかけての暮らしに密着した話になっている。ダイニングキッチンがあって、寝室が別にあるなどという現在の住宅環境も、戦後しばらくして出来上がってきたもののようだ。本書の中で著者が一番力を入れて説いているのは外国人に関してのことだ。日本人が英会話学校に行き、日本にやってきた外国人に英語で会話をしている。これは何となくおかしな構造だ。日本に来るなら日本語を少しでも勉強してくればよい。日本に住むなら日本語の勉強をしっかりすればよい。英会話の学校より、日本に住む外国人のための日本語学校をもっと増やすべきだ。もっともな意見だと思う。著者自身が海外での研究生活を送られていたようなので、さらに説得力がある。他には宗教のことや行商のことなどが語られている。ほんの数十年前のことであるけれども、放っておくと分からなくなってしまうことがいっぱいある。だからこそ書き留めておく必要があるのだ。私が素人ながらも、自分の思い出話を書き留めておくのにも何らか意味があるかもしれないという自信を本書から少しいただいた。

  • [ 内容 ]
    少し前までの日本では、物売りの声がうるさいくらいに家々の前を過ぎていった。
    豆腐売り、刃物研ぎ、しじみ売り…。
    モノの売買にとどまらない行商人と客の間のやりとりには奇妙な信頼関係さえこめられていた。
    スーパーやコンビニが席捲する現在は、むしろ古代の「沈黙交易」に退行しているのではないか―。
    衣食住、ことば、宗教など、近代化する暮らしの中の「連続と非連続」を的確に捉える新しい庶民生活史の誕生。

    [ 目次 ]
    市の風―あきんどの今昔
    木綿以後の事
    住まいと家財―「物持ち」の変貌
    日本語の敗北
    「出家」と「脱家」―「餓鬼」の時代
    日本のなかのアメリカ―四年間の禁断
    終末と再生―「世直し」の系譜
    「饒舌列島」日本の言論
    現代「異人」考

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著者プロフィール

加藤秀俊(かとう・ひでとし) 1930年東京生まれ。社会学博士。一橋大学(旧制)卒業。京都大学人文科学研究所助手、同教育学部助教授、学習院大学教授、放送大学教授、国立メディア開発センター所長、日本育英会会長などを歴任。現在、中部大学学術顧問、世界科学芸術アカデミー会員。 著書に、『加藤秀俊著作集』全12巻、『メディアの発生』『メディアの展開』(中央公論新社)など多数。

「2016年 『加藤秀俊社会学選集 下巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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