言論統制: 情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書 1759)

著者 :
  • 中央公論新社
3.67
  • (14)
  • (8)
  • (24)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 271
感想 : 21
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (437ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121017598

作品紹介・あらすじ

言論界で「小ヒムラー」と怖れられた軍人がいた。情報局情報官・鈴木庫三少佐である。この「日本思想界の独裁者」(清沢洌)が行った厳しい言論統制は、戦時下の伝説として語りつがれてきた。だが、鈴木少佐とはいったい何者なのか。極貧の生活から刻苦勉励の立志伝。東京帝国大学で教育学を学んだ陸軍将校。学界、言論界の多彩なネットワーク。「教育の国防国家」のスローガン。新発見の日記から戦時言論史の沈黙の扉が開かれる。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ふむ

  • 言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書) 新書 – 2004/8/1

    何かを言い残そうとしながらも沈黙した、その人の声
    2014年2月25日記述

    京都大学准教授の佐藤卓己氏による本。
    2004年(平成16年)8月発行。

    鈴木庫三という人物について徹底的に研究した本。
    と言っても大学受験時に日本史Bを選択し得意科目と自負していたけど
    まだまだ知らない人物一杯いるなーと改めて思う。

    戦後掌を返したように叩かれた人物でもある。
    しかし反撃手段が無く沈黙を守るしか無かった。
    石川達三氏の風にそよぐ葦の佐々木少佐のモデルとして扱われたこともあり悪印象を持たれている。
    しかし実際の鈴木庫三はまるで違う性格の人物であったという。
    カントを原書講義する学者のような陸軍軍人。

    当時から今に至るまで相当珍しい人物であると思う。
    戦後に誤解され続けたけれども本人が残した大量の日記資料、著作が佐藤卓己氏によってようやくありのままの鈴木庫三が浮かび上がったのだ。

    極貧の小作農からの立身出世の生い立ちを読んでいると真の努力家であると思わずにはいられない。

    陸軍に入った後も日本大学文学部(当時は夜間過程)、
    東京帝国大学陸軍派遣学生として3年間の勉強。

    教育の国防国家建設。そして日本の改造のために必要な改革は何か。
    当時の戦争を行う側の思い、論理などが透けて見えてくる。
    教育問題に関する疑問・・英語教育(10年近く勉強しても実践力のない問題)や風紀(髪を染め上げる人達への思い)などの感想は現代日本にそのまま通じる事には驚く。

    もうひとつ強調しておきたいのは鈴木倉三を戦後糾弾した人々。
    裏付けなしに一方的に片方の証言のみでそれを真実と思ってはいけない。
    当たり前の事ではあるのだが・・・・
    今問題になっている旧日本軍慰安婦問題での90年代の調査も同様だ。

  •  戦時中の言論統制の象徴とされた軍人鈴木庫三の評伝と言うべき内容。極貧から下士を経て陸士へ、しかし輜重兵となり失望。陸大は受験資格すら得られない。一方で日大の夜学に通い、帝大派遣学生となる。典型的エリート軍人ではなく、努力を重ねた人物という感じだ。
     国防国家論など鈴木の信念に現代の感覚では賛同できないが、本書からより強く感じるのは、戦時中は鈴木に追従しつつ、戦後は自らを被害者として事実関係も詰めずに鈴木を一方的に糾弾する新聞・出版側の欺瞞だ。そもそも鈴木が言論統制に携わる配置にあったのは1938〜42年の3年半のみ、階級は少佐から中佐であり、どれほど鈴木個人の影響力があったのか。また、新聞・出版側にも商業的動機はなかったのか。
     また著者は、「大衆の世論形成への参加欲求においてファシズムとデモクラシーに変わるところはない」と言い切り、デモクラシーとファシズムを共に「政治の大衆化」「大衆の国民化」とする。鈴木が富裕層や天保銭組を敵視し大衆側に共感を持っていたことも、彼を国防国家論に駆り立てた要因だったのだろう。

  • 旧日本軍による言論統制、知識としては三谷幸喜の「笑の大学」くらい。そんな程度で読んでみた。
    タイトルが「言論統制」なんだけど中身は鈴木庫三一代記でまず鈴木庫三が情報班に入る前の話で半分使ってるのはどうなのか。いや、貧乏な子が勉強、立身出世するには軍隊ってロールモデルとしてオモロいけどさ、タイトル詐欺感無きにしも非ず。しかも半分から情報班の話かと思ったら案外すぐ異動。いや、そこもっと読みたいやん。オモロいけど何かもの足らん感じは否めず。

  • 本居宣長や菅原道真は「天才」だが、鈴木はそうではない。あるいは秀才であり、あるいは凡才かもしれないが、そこに自分の姿を重ね見ることも困難ではあるまい。
    彼は和辻にはなれなかった。されど、僕も和辻にはなれないのである。

  • 「(中略)この改革案が国防国家の挫折とともに消えた、と本当に言えるだろうか。内申書重視、資格社会化、奉仕活動の義務化といった二一世紀の日本で構想、模索されている新たな学校化システムを逆照しているのではあるまいか。」p.268

    「つまり、国防国家は教育によって真の自由と平等を実現するのである。しかも、そこで被教育者の進路は「個性」に応じて「合理的」に決定される。能力主義の真の実現を彼は訴えたのだといえよう。第一章で見た鈴木の生い立ちを考えれば、当然の改革要求と言えるだろう。当時の中等学校制度が階級を文化的に再生産するシステムであることを鈴木少佐は十分認識していた。」p.260-261

    【感想】
    面白かった。特に前半部は戦前のリアルな立身出世物語として興味深く読めた。
    全体を通じて、随所に出てくる「ハビトゥス」(社会的に形成された習慣)がキーワードになっていると感じた。
    貧しい農村的ハビトゥスをもつ鈴木にとって、裕福な都会的ハビトゥスをもつ出版社や高級官僚の人々とは感性が合わなかったに違いない。
    最近話題となっているポピュリズムなどはハビトゥスの違いから起こるものなのだろう。

  • 2004年刊行。著者は京都大学大学院教育学研究科助教授。日中戦争・太平洋戦争初期、「日本のヒムラー」「日本思想界の独裁者」とされた、情報局情報官鈴木庫三。彼の実相と名誉回復を図る書。確かに人格は高潔、一言居士で陸軍上層部への批判も手厳しい。が、人格面はともかく、その職責は陸軍検閲官で、どうみても強者の側。彼に対して、接待し、出版依頼で機嫌とりに雑誌・新聞側が奔走するのもその証左。また、陸軍内での批判的言説はコップの中の嵐で、自由主義者への敵視・蔑視・偏見、検閲に何の疑義を持たない点は他の軍人と変わらない。
    その意味で、鈴木の名誉回復を意図した著者の思いは不奏効。加えて、本人の日記をベースにしすぎであり、自身の不都合性が書かれない日記でその業績を問い直すのは些か乱暴。クロスリファレンスの必要性を強く感じる。ただ、本書は、鈴木庫三の別面、つまり、陸軍内の教育革新者としての側面を丁寧に開陳し、これこそ有益な価値を持つ。本書は陸軍の軍隊内教育の実相も解説しており、2、3章は他書に見ない内容である。

  • 巻末の鈴木庫三年賦を見ていただきたい。小学校卒から19歳までの空白の期間を経てその後30歳に日本大学に入学するまで、学校教育をほとんど陸軍内の学校で受けている。格差が激しく本人の経済的に恵まれない出自の中で相当な努力をもって地位を築いていったことに大変驚く。貧しくとも実力のある若者にとっての軍が上級学校の役割を担っていたという話をよく聞くが、その典型的なパターンを鈴木庫三が踏襲していたことがわかる。

    そのような鈴木の思想信条は公平な社会の創造であった。貧しいものと富めるものとの差異を意識せざるを得なかった。だからその解消のために教育を重要視するし、資本主義の手先である出版社に手厳しい。個人的に鈴木に抱いたイメージは残された皇道派だった。ただし社会変革を求めていることに変わりがないが、暴力ではなく組織から社会から変えて行こうという意思を強く感じる。それは大学を主席で卒業したり、東京大学で学んだりしてきたことと無縁ではないのだろう。
    戦後に出版界は散々鈴木を指弾してきたというが、プロレタリアの視点から公平な社会を目指す鈴木像を全く無視すれば無視するほど、まさに出版社の戦前の行いについて自己正当化の誹りを免れることはできない。

  • 鈴木庫三(1894-1964)という人物についての本。この人物は旧陸軍において情報局情報官を勤め、出版界に対する言論統制に携わったことでその名を知られている。戦後に語られるその言論統制の様子はまるでヒムラー。大声で相手を抑止し、言論の自由を弾圧する姿が描かれ、暗い時代の象徴として記憶される。しかしそもそもこの人物はどんな出自を持ち、どんな思想を持ち、どんな背景で言論統制に関わっていたのか。著者の呼びかけに応じて発見された彼の戦前・戦中の日記を用いながら、鈴木庫三という人物を明らかにしていく。

    著者の手法はこれぞ歴史学。実に素晴らしい。性急な正邪の評価をすることなく、あくまで何が事実であったのかを突き止めようとする姿勢は稀有なものだ。例えば、丸山真男を批判するくだり(p.89f)は特に印象に残る。軍隊においては、基本的にはすべての軍人は家柄や出自がどうあれ(一部、宮家の人間などは除いて)一律の規律のもとにある。能力差による昇進の違いはあれど同じ訓練を受ける。ここにはある種の平等性、民主主義がある。丸山真男はこれを「擬似デモクラシー」と呼び、「畸形児」と称している。これに対する著者の批判は胸のすく思いがする。
    「政治学者がどんな理想型を立ち上げようと自由だが、歴史的には『本物』や『正常』な民主主義など存在したためしはない。[...]「擬似」という言葉は、歴史の前ではまったく非実用的である。」(p.90)

    さてこの鈴木庫三という人物だが、まずもって評価するのが難しい。彼に対する戦後の様々な言説をかいくぐらなければならない。出版界の人間は戦後に鈴木庫三を言論弾圧者として非難するのだが、その非難には事実でない事柄や、そもそもこの人物をよく知らないとおもわれる事柄も散見される(p.301)。つまり、出版界は戦時下にあって戦争を鼓舞し賛美する言説を振りまきつつ、戦後になって自分たちは言論弾圧の被害者であると主張している。そうした自己弁護のために事実の捏造まで行われている(p.367-371)。こうした事実に反する非難に対して、「戦後、「鈴木少佐」が言論弾圧者として集中砲火を浴びたとき、報道部における彼の元上官や元同僚は誰一人として彼のために弁明しようとはしなかった」(p.382)。まして本人も沈黙し、熊本の農村で戦後を過ごしている。

    著者は鈴木庫三の活躍した場面を情報官としての言論弾圧と、教育将校の教育改革・国防国家論に見ている(p.276)。この人物は元々、陸軍内の教育将校として現れてきたものであり、その教育を国家全体に広げたものとして国防国家論、そして言論弾圧が出てくる。出生から時系列的に鈴木庫三の軌跡をたどっていく本書は、いきおい教育者としての記述が多い。言論弾圧の場面はセンセーショナルではあるが、それは鈴木庫三のコアをなすものではないということか。

    その出生を巡って強く印象づけられるのが、メリトクラシーである。鈴木庫三は極貧生活のなかから猛烈な勉強によってキャリアを築いていく。しかし出身校や年齢制限などに引っかかり、結局は大佐止まりとなる。これが意味するのは、出生や資産などではなく能力によって評価される社会というメリトクラシーへの思いであり、挫折感である。すなわち、鈴木庫三を根本で規定するのは、言ってみれば「田舎者根性」である。難く言えば都会と農村のハビトゥス対立(p.112f)。華美で奢侈なものに対する反発である(p.166-172)。だから後の言論弾圧の対象もそうしたものとなる。実はこうした考え方を背景に持つ鈴木庫三の国防国家論、戦争=福祉国家論が「ほとんどソヴィエト体制である」(p.365)ことになるのは面白い。また見ようによってはメリトクラシー的な教育制度は戦後になって国家的に実現されたとも言える(p.408)。
    「鈴木少佐の攻撃対象はすでに見たとおり、「現状維持の重臣」、利己主義の「財閥」、エリート主義の「海軍」である。すでに「左翼雑誌」は鈴木少佐登場以前に弾圧済みだったとはいえ、鈴木少佐が「共産主義者」を問題にした文言は日記では一件も確認できない。」(p.290)

    ただ軍隊といえど旧陸軍と海軍は異なっていた。志願兵制を基とする海軍は陸軍よりメリトクラシーが大きく競争原理が支配していた。加えて、海上ではもともと脱兵もできず軍紀が維持しやすいため、やや自由主義的な思想が許される傾向にある(p.217)。すなわち海軍はスマートで都会的で「善玉」、陸軍はドン臭く、田舎っぽく「悪玉」という見方が(戦後を通じていまでも)ある(p.347)。陸軍は連帯感の醸成を主とし、家族的である。つまり「陸軍は属性原理にもとづくゲマインシャフト(共同社会)であり、海軍は業績原理にもとづくゲゼルシャフト(利益社会)といえる」(p.218)。陸軍の教育方針のほうが国民教育と同一視されていくのは自然の道行である。そして、戦後はこの逆を行った。
    「ついでに言えば、陸軍的組織モデルを否定した戦後社会、とくに「競争」の激しいビジネス社会で海軍教育が高く評価されたのは当然である。一方で皮肉なことだが、「競争」を否定した脱偏差値の学校教育のため、今日の公立学校で極端な「員数主義」や陰湿な「イジメ」といった内務班的現象が発生していることも想起すべきであろう。」(p.218)

    閑話休題。毀誉褒貶の大きく評価も微妙な問題について、ともあれ何が事実なのかを膨大な資料を駆使して突き止めようとする歴史学者としての著者の態度は素晴らしい。先入観に惑わされず、バランスを取って考えることの大切さを教えられる。

全21件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

佐藤卓己(さとう・たくみ):1960年生まれ。京都大学大学院教育学研究科教授。

「2023年 『ナショナリズムとセクシュアリティ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

佐藤卓己の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×