音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 808
レビュー : 93
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121020093

作品紹介・あらすじ

音楽の聴き方は、誰に言われるまでもなく全く自由だ。しかし、誰かからの影響や何らかの傾向なしに聴くこともまた不可能である。それならば、自分はどんな聴き方をしているのかについて自覚的になってみようというのが、本書の狙いである。聴き方の「型」を知り、自分の感じたことを言葉にしてみるだけで、どれほど世界が広がって見えることか。規則なき規則を考えるためにはどうすればよいかの道筋を示す。

感想・レビュー・書評

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  • うっすらと感じていたことがとても明瞭に書かれていた。それは、音楽に国境はない、ピース、というあまりに流布しすぎた幻想。
    とんでもない。音楽には国境がある。ある文化圏の音楽を理解するためには、外国語を習得するのに匹敵するリテラシーが必要だということ。
    じゃあロックやポップスの普遍性はどうなるんだ?
    それは、英語がたまたまグローバル言語になっているのと同様、西洋音楽の語法がたまたま全世界に広まっただけのこと。ウイルスのようなもの。

  • 名著『西洋音楽史』に続くクラシック理解のための格好の手引き。でも、いわゆるディスクガイド的なことを期待すると裏切られます。西洋音楽の「聴かれ方」と「語り方」の歴史的変遷と理論的背景を踏まえた読み物で、新たな発見がたくさんありました。

    「自分の感性の受信機の中にあらかじめセットされていない周波数に対して、人はほとんど反応出来ない」
    ある音楽を気に入るかどうかは、誰にでもある「内なる図書館(自分が何年もかけて蓄積してきた記憶の断片≒自己のアイデンティティ)」と接点があるかどうかにかかっています。だからこそ、「たくさん聴いて、読んで、いろいろな人名や作品名を覚え、多くの人と話すこと」。音楽という大海で迷子にならないためには、ある程度「量」を聴き込んで、自分なりの海図を持つことが必要です。

    要するに、「ある音楽ジャンルが「分かる」とは、一つの文化に参入し、その暗黙のアーカイヴに対する土地勘のようなものを会得することだ。歴史を知り、価値体系とそのメカニズムと含蓄を理解し、語彙を習得すること」。語るべき言葉を持たないと、音楽の楽しみは半減する。同感です。

    「音楽についての本を読むことで、聴く幅が飛躍的に広がる」。ジャズについては、ミュージシャンの伝記や批評、文化論、ディスクガイドなど、それなりの数の本を読んできましたが、それによって自分が音楽を聴くときの軸足が定まったという実感があります。
    でも、私の心に刺さったのは、それに続く次の言葉。「他人が使った語彙は、あくまで自分の言葉を見出すまでの、仮設の足場のようなものだ」。他人の知識や経験が自分のものになるまでの熟成のプロセスを表す表現として、これ以上のものは思いつきません。

  • 結構歯応えがあり、読み応えある本だった。

    音楽を趣味とする人には是非とも一読をお勧めする。

  • 「音楽を言葉にすることを躊躇しない」。著者のこの言葉の後押しされて、「音楽を語る語彙」を模索したい。

  • 最近、クラシックに目覚めた。少しお勉強の気持ちもあって読み始めた。

    理解できるところできないところありはしたが、自覚的に音楽を行くことの大切さはあるのだろう。一時ジャズにハマった時があったが、クラシックの方がもう少し幅広く楽しめそうな気がする。

    物語を理解するように音楽を理解することができればもっと楽しめるのかな。

  • 音楽は受動的でマッサージのようなもの。内なる図書館。音楽の文法。音楽を記録しポータブルなものとすることが音楽に与えた影響。語ること、やること、聴くこと。そういったキーワードで音楽の聴き方について語る。

  • 音楽

  • 第1章 音楽と共鳴するとき―「内なる図書館」を作る
    第2章 音楽を語る言葉を探す―神学修辞から「わざ言語」へ
    第3章 音楽を読む―言語としての音楽
    第4章 音楽はポータブルか?―複文化の中で音楽を聴く
    第5章 アマチュアの権利―してみなければ分からない

    第19回吉田秀和賞
    著者:岡田暁生(1960-、京都、音楽学)

  •  吉田秀和賞受賞作にして、「新書大賞」で年間第3位にランクインした本。ムック『新書大賞2010』での紹介を読んで手を伸ばしてみた。
     そうでなければ、私が読むことはなかっただろう。著者はクラシック畑の音楽学者だし、本書で俎上に載る音楽の大部分もクラシックなのだから(一部ジャズについても言及あり)。「あー、クラシックの本ね。オレには関係ないや」とスルーしてしまっていたはずだ。

     でも、読んでよかった。これは、クラシックの知識がないとわからない本ではないから。
     どんなジャンルであれ、音楽が好きで、音楽について語ることも好きな人なら、著者が言わんとすることが理解できるはずだ。「クラシックの専門用語はわからないけど、これはロックで言えばこういうことだな」などという類推によって。

     タイトルの印象から、「音楽なんて、好きなものを好きなように聴けばよいのだ。聴き方の作法などあってたまるか」と反発を覚える向きもあろう。たしかに本書は「音楽の聴き方」について多角的に論じたものではあるのだが、ある一つの聴き方を「正しい作法」として押しつける内容ではない。

     著者は、「音楽の聴き方」のありようを問い直すことによって、音楽をより深く味わうための方途を真摯に模索しているのだ。町山智浩に『〈映画の見方〉がわかる本』という名著があるが、本書はいわば『音楽の聴き方がわかる本』であり、『音楽の聴き方が変わる本』でもある。音楽好きなら読んで損はない。

     ただし、『あなたのミュージックライフを10倍充実させる法』みたいなお手軽な実用性は、微塵もない。むしろ、薫り高い文章とあふれる教養によって、この本自体が音楽のようにゆったり味わうべき内容になっている。
     「音楽の聴き方」なんてテーマで、これほど豊かな内容の本が書けるとは、私には思いもよらなかった。

     著者は「音楽の聴き方」「音楽の論じ方」の変遷を歴史の中にたどるとともに、古今の音楽論を自在に引用して、音楽を聴くことの意味を考察していく。そしてそのことを通じて、「音楽とは何か?」「芸術とは何か?」という、より深い次元の問いにまで迫っている。本書は、すこぶる独創的な芸術論でもあるのだ。

     以上のように紹介すると、堅苦しい難解な本だと思われてしまうかもしれない。が、そうではない。興味深いエピソードを随所にちりばめて、愉しい知的読み物にもなっているのだ。

     著者は、音楽をより深く味わうためには言葉と知識が重要だと、くり返し強調する。音楽を語る言葉が豊かになるほど、味わい方も深まるのだ、と……。

    《しばしば音楽の体験に対して言葉は、魔法のような作用を及ぼす。言葉一つ知るだけで、それまで知らなかった聴き方を知るようになる。微細な区別がつくようになる。想像力が広がる。》

    《音楽に本当に魅了されたとき、私たちは何かを口にせずにはいられまい。心ときめく経験を言葉にしようとするのは、私たちの本能ですらあるだろう。》

     そうした主張は、「音楽を味わうのに理屈はいらない」「音楽は言葉を超えたものだ」などという紋切り型の音楽観へのアンチテーゼでもある。

     著者は、現代ならではのお手軽すぎる音楽消費に、一貫して批判的だ。

    《私が何より問題だと思うのは、近年増加の一途を辿っているところの、音楽家の人生を感動物語に仕立てて商売にするやり方である。それはもはや音楽体験ではない。音楽は、あらかじめ脳髄に植えつけられた物語を大写しにする、音響スクリーンとして機能しているだけだ。何に対してどんな風に感動するか、どんなお話をそこに投影するか、すべて前もってセットされているのである。》

     著者が音楽に対して真摯であるのはわかるが、その度がすぎて反発を覚える点もある。たとえば――。

    《私自身が音楽を聴くときの目安にしているのは何かといえば、それは最終的にただ一つ、「音楽を細切れにすることへのためらいの気持ちが働くか否か」ということである。細切れとはつまり、演奏会の途中で席を外したり、CDなら勝手に中断したりすることだ。何かしら立ち去りがたいような感覚と言えばいいだろうか。音楽という不可逆にして不可分の一つの時間を、音楽とともに最後まで共体験しようという気持ちになれるかどうか。自分にとってそれが意味/意義のある音楽体験であったかどうかを測るサインは、最終的にこれ以外ないと思うのである。》

     私は本書の内容におおむね共感するが、この記述だけは「やっぱクラシック畑の人だなあ」とついていけない気分になった。CDをかけたら必ず最後まで聴かなければ、音楽やアーティストに対する礼を失することになるのだろうか? んなアホな。

     とはいえ、全編にあふれる著者の“音楽への愛”は胸を打つし、示唆に富む好著であることはまちがいない。

  • 20世紀初頭のドイツで活躍した音楽評論家パウル・ベッカーのことばが引用されてました。

    「音楽は国境を越えている/音楽は人々を一つにする」と言い立てながら、それは出来るだけ効率的な需給バランスの調整と利潤追求を旨とする産業となり、人々を一つにするどころか、「趣味の多様性」の美名のもと、社会を無数のモナドへと分断してしまった。

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著者プロフィール

おかだ・あけお 1960〔昭和35)年、京都生まれ。音楽学者。京都大学人文科学研究所教授。19世紀から20世紀初頭の西洋音楽史専攻。主な著書に『音楽の聴き方』(吉田秀和賞受賞)、『西洋音楽史』『オペラの運命』(サントリー学芸賞受賞)、『音楽と出会う』など。


「2019年 『クラシック名曲の条件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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