伊藤博文: 知の政治家 (中公新書 2051)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121020512

作品紹介・あらすじ

幕末維新期、若くして英国に留学、西洋文明の洗礼を受けた伊藤博文。明治維新後は、憲法を制定し、議会を開設、初代総理大臣として近代日本の骨格を創り上げた。だがその評価は、哲学なき政略家、思想なき現実主義者、また韓国併合の推進者とされ、極めて低い。しかし事実は違う。本書は、「文明」「立憲国家」「国民政治」の三つの視角から、丹念に生涯を辿り、伊藤の隠された思想・国家構想を明らかにする。

感想・レビュー・書評

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  •  伊藤博文の国家構想や政治思想を内在的に思想史的方法をもって明らかにして、その「漸進主義」やリアリズムに一貫性を見出そうとしているが、著者の試みは失敗している。「善意の解釈」や史料根拠不明の思い込みや提灯持ち的な賞賛の文言を無視して、引用史料と事実記述だけを読めば、むしろ伊藤の状況主義的で行き当たりばったりな思考が明るみに出る。いずれにせよ、伊藤の主観的な思想や行動が、現実の政治・社会において客観的にどう機能したかがほとんど分析されておらず、歴史研究というより単なる顕彰に堕していると言ってよい。

     唯一、優れているのは、帝室制度調査局に関する部分で、ここでは著者本来の専門である法制史の知見が遺憾なく発揮されており、勉強になった。

  • 2010年刊。
    著者は国際日本文化研究センター准教授兼総合研究大学院大学准教授。

     周旋家、プラグマティスト、藩閥政治家、初代首相、韓国統監など多様に評される伊藤博文。彼の隠れた側面を、書簡・演説原稿等から紐解いていく。

     著者は「知」と捉えるが、個人的には理想主義の面に強い印象を持った。漸進主義がプラグマティストの面を際立たせるが、一方で理想主義を有していたからこそ、山県有朋のようなほの暗い面を小さくした評価になったとも解釈できよう。

     たらればでいうことはできないが、もし暗殺されなければ、戦前においも、韓国人自身による自治的統治が進んだ可能性もなしとしない。陸軍の統治下ではどうしようもなかったということはできそうだ。
     ただ、韓国統治に関して、民選の衆議院の設立と、韓国人を大臣に据えることまで伊藤が念頭に置いていた点は想定外の事実。

  • 明治元老の中で、多大な功績をあげたにも関わらず、比較的低い評価をされているように見える伊藤博文の実像を探る書。 朝鮮総督を務め、暗殺の憂き目にあったためか、正当な評価をされていない、色眼鏡をかけた研究が多い、筆者は感じており、おもに本人の言行を含む当時の一次資料を元に、伊藤の実像を分析している。松下村塾での、吉田松陰の伊藤に対する評価は必ずしも高くはなかったが、高杉新作の功山寺挙兵、英国への密航留学、語学を生かした明治新政府での対外折衝、憲法制定の主導、議会制民主主義への移行の企図等、当時の日本の近代化に多大な影響を与えたのは間違いがない。初期には早急であった改革への行動も、時流を見極めての漸進主義へと変わり、着実に近代化を成し遂げていったが、本書はその際の伊藤の言行をできる限りつぶさに広い、その意味するところを解釈し、記している。近代日本の幕開けに果たした伊藤の役割を知る上で、ぜひとも一読いただきたい書

  • 初代内閣総理大臣である伊藤博文の,生涯に渡る政治と「思想」を緻密に追った新書.本文全343頁とかなりボリューミーだが,幕末〜明治中期の政治を中心とした時代変遷をたどるには十分な分量である.

    内容は,大きく分けて以下のとおり
    渡欧・渡米での文明との出会い(~1873, M6),明治憲法制定まで(~1889, M22),立憲後(1899, M32),立憲政友会設立(1900, M33),憲法改革(1899~1907, M40),清末革命(1898, M31),韓国総監(1906~1909, M39~M42)
    明治時代の立憲政治の確立に関しては 1~3章に伊藤の考え方や,そのきっかけが描かれている.その思想とは,生涯に渡り「立憲政治」および「漸進主義」に重きをおき,国民の知の向上が文明発展のキーであると考えるような,サブタイトルの通り「知の思想家」であるといえる(*あとがき).
    そのような文明への感化や漸進主義の芽生えは,1863年の「長州ファイブ」による英国留学,そして1871年の岩倉使節団による渡米が大きく影響している.
    その後,憲法制定に向けた模索中のウィーンでのシュタインとの邂逅が,「制度の政治家」としての伊藤を決定付けている.そこでは単なる議会制度を通した民主政治のみならず,それを反映し,実際に国家へと還元するような行政の存在が,"政治"の基盤となる,と述べている.
    また,そのような行政を行うに足る人材として,"政談"で事をなすような知識人ではなく,科学技術に居した"実学"を重視するという点も,伊藤の文明観の要点の一つと言える.

    以下,漸進主義を踏まえた,君主制・民本制を両立できるような立憲制度の考え方や,政党の在り方(単なる徒党ではなく官民融和し最終的に国家に還元できるような存在),韓国総監時の「文明の伝道師」としての側面等が述べられている.

  • これまでの研究史を十分踏まえた上で、著者は、これまでとはまったく逆の伊藤博文評価を試みている。やや伊藤を持ち上げすぎのようにも感じたが、一次資料に依拠した非常にすぐれた分析であり、説得力があった。

    副題にもある通り、伊藤を「知の政治家」としてとらえる視点は、韓国統監としての植民地統治の場面にも一貫している。ややもすると伊藤のような政治家は、その行動面だけで変節だとか妥協だとかいう説明がされやすいのだが、あくまで思想・理念をもった人物として描ききっているところが挑戦的でもあり、久々に知的興奮をともなう読書であった。

    途中、やはり知の巨人である福澤の顔が何度もちらついたが、最後に著者は、「(伊藤が掲げる知とは「実学」であった)この点において、伊藤は福沢と通じるものがあると言えよう。とはいえ、両者は実学的知のあり方をめぐって分岐する。福沢が官と民の峻別に固執し、官を排した民間の自由な経済活動を自らの足場としたのに対し、伊藤は知を媒介として官民がつながり、ひとつの公共圏(*それがフォーラムとしての政党=政友会につながる)が形成されることを追い求めていた」とまとめることによって、見事に私の疑問に答えてくれた。

    政友会のあり方についての伊藤の考え方・立場も今までこれほど明快な解釈を読んだことがなかったので、目から鱗が落ちる思いであった。

    蛇足ながら、第4章はどこぞの政党の党首にも熟読していただきたい。

  • 2010年度・サントリー学芸賞受賞。伊藤の考えていた政友会のかたちについて頁を割かれることが多かったので興味を引きました。政友会の時代への対応が気になっていたので、創立時には何を期待されていた党だったのか知る一つの手がかりになりました。
    やや伊藤ヒイキ気味に感じる部分もありますが(※伊藤の甘さもちゃんと指摘されてはいます)これも一つの解釈として参考にしたいと思います。

  • 明治史上最も著名な人物でありながら、アカデミズムの世界では消極的な評価しか得られていない伊藤博文を、「知の政治家」と位置づけ、一貫した漸進主義者と評価する。キーワードは「文明」「立憲国家」「国民政治」である。その試みは、新書でありながらできるだけ依拠している史料を示しながら論証するという手続きも含めて、興味深いものである。

    史料が多く提示されているので、読むのにそこそこ骨が折れるが、とりわけ1907年憲法改革のところはほとんど知らなかったので勉強になった。ただここはどっちかというと有賀長雄の研究のようでもあったが・・・。

    僕は、歴史研究者が、ある人物を「低く評価する」とか「高く評価する」とかいう方法論にあまり魅力を感じない。だから、「実は伊藤は一貫した漸進主義者で、立憲国家の建設と維持にこだわっていた」という部分までは「そうだなあ」と思うが、歴史研究者の仕事というのはそこまでだと思ってしまう。

  • 伊藤博文による政治とその再評価をするための本。

    これまでの歴史的な評価だと伊藤ってわりと一貫性のない、フレキシブルな(っていうと聞こえがいいけど、まあ尻の座らない)政治家というイメージで語られがちですよね。
    でも作者によると実はさにあらず。
    伊藤の頭の中には、世人の計り知れない深慮遠謀があった!
    つまり、(現時点では政党政治とか無理だけど、いずれは実践していくべきだよね)とか(軍部の権限をできるだけ制御して、内閣中心の政治をおこなっていくつもりだけど、軍部と話し合いしてある程度お互いに妥協するのも大事だよね)とか・・
    漸進的で平和主義的な伊藤らしい政治のかじ取りの仕方だと思います。
    そういう伊藤の政治的スタンスや思惑を、筆者は、莫大な史料から読み解いている。

    時代時代にあわせた政治の在り方をプレゼンしていってるイメージですね☆彡
    気まぐれや適当な判断で動いてるわけではないんだね☆
    幕末の多幸症やんちゃ坊主がここまで成長するなんて・・木戸さん天国から見て泣いてるぞ俊輔☆☆彡

    それにしても腹心の伊東巳代治や、原敬からも(日記の中で)糞みそに言われたりして・・・かわいそうな伊藤博文wwでも、そこがかわいいんだけどね!

  • 伊藤博文を国家制度構築の高いビジョンを持った
    思想家として見た評伝。
    そのビジョンは極めて理想的であるが、
    残念ながらそれは日韓両国で失敗し、
    かつ現時点においても成功しているとは言い難い。

    本自体は分かりやすく書かれており
    伊藤の行動を説明づけるものとしては納得がいくもので、興味深い。
    一点あえて疑問に感じた点をあげるとすれば、
    伊藤博文ほどの人間がナショナリズムに理解が薄かったとは
    考えにくいのではないかとも思う。

  • 筆者が15年の歳月をかけた研究の集大成的な新書。伊藤博文ビギナーの自分にとってはいきなりのフルコース。伊藤博文は、ひろーい幅の(何色も色をもちうる)思想をもって、うまくその時代時代の政治家や知識人と手を結び、明治憲法制定、政友会、韓国統監と渡り歩いたのだというイメージを得た。幅がとても広いだけに節操がない、政治家としての理想がないとの評価をまま受けるそうだけれども、この本は、伊藤博文には理想がないわけでなく、その理想がひじょーに柔軟であるがゆえだということを明らかにしたものと理解した。そして、一般に言われているらしい図に乗りやすいというかお調子者みたいな人物像の一方で、この本がテーマにしているように、人一倍、いろんなことを学ぼうという努力をしている知・実学の政治家だったようだ。なんだかんだ言ってもこれだけ後世に著名な政治家、ある意味ではやっぱり成功ということになるのだとは思う。
    とくに合点がいったのは立憲政友会設立の話。それから東大の前身は、官僚育成を念頭に置いて設立されたのだということは在学中から聞いたことはあったが、数々の文献に裏打ちされて実際にそうであることが分かった。そしてここにも伊藤博文が表で噛んでいたようだった。

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著者プロフィール

瀧井 一博(たきい・かずひろ):1967年生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(法学)。専門は法制史(国制史、比較法史)。国際日本文化研究センター教授。著書『伊藤博文』(中公新書)、『明治国家をつくった人びと』(講談社現代新書)、『「明治」という遺産』(ミネルヴァ書房)、『大久保利通』(新潮選書)、『明治史講義【グローバル研究篇】』(編著、ちくま新書)など。

「2023年 『増補 文明史のなかの明治憲法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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