カラー版 地図と愉しむ東京歴史散歩 (中公新書)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 331
レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121021298

作品紹介・あらすじ

文明開化、関東大震災、空襲、高度成長…建設と破壊が何度も繰り返された東京だが、思わぬところに過去の記憶が残っている。日比谷公園の岩に刻まれた「不」の記号、神田三崎町に残る六叉路、明大前駅の陸橋下の謎のスペース、一列に並ぶ住宅など、興味深い構造物、地形を紹介し、その来歴を解説する。カラーで掲載した新旧の地図を見比べ、現地を歩いて発見すれば、土地の記憶が語りかけてくるだろう。

感想・レビュー・書評

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  • なかなか本格的な、古地図好きの人向けの本になっており、タイトルほど柔らかい内容ではありませんでした。
    著者は長年雑誌『旅』で編集を担当していた人。知識と探究心の深さが文面から伝わってきます。
    土地に詳しいだけでなく、普段まず使わない「供出」「喫緊」といった難しい言葉が文中で使われており、少し緊張しました。

    上野の山は江戸時代から桜の名所だったそうです。
    ただ、将軍家の菩提寺の寛永寺があるということで音曲も飲食も禁止で、日没で閉門されたという、かなり制限された花見だったようです。

    上野は京都そっくりの名所が作られた場所だとは気がつきませんでした。
    清水観音堂は清水寺、不忍池は琵琶湖、弁天堂は竹生島で、東叡山、寛永寺は比叡山延暦寺と対をなしていたそうです。
    言われてみれば、そうなのかもしれませんが、言われるまでは気付かない程度です。

    上野の大仏は、戦時中の金属回収令で供出の憂き目を見たが、顔だけは、寛永寺の僧侶が境内の檜にくくりつけて隠したため、鋳つぶされずに済んだとのこと。
    顔だけ残った大仏の顔さえも、そんなに大変な思いをして守り抜いたとは。
    将軍家菩提寺とはいえ、寛永寺も歴史に翻弄されてきたことがこの本につぶさに記されています。

    井の頭という名前は、まずは水道道路についた名前だというのも初耳でした。
    名付けたのは近衛文麿で、それから通りの名にもなったそうです。
    井の頭通りがずっと直線なのは、水道道路だからだという説明に、納得しました。
    さらに、井の頭線の途中、明大駅辺りのクランクまで、幻の東京山手急行電鉄だったという説明もありました。

    『ホワイトアウト』はテロリストのダム爆破事件の話ですが、実際にドイツでダム爆撃が起こり、国民が多数溺死したそうです。
    それを受けて、日本でもダム防衛が喫緊の問題となり、堤のかさ上げ工事を行いました。

    その甲斐あって、空襲の時にもダムは決壊せず、大きな被害は出なかったとのことです。

    文京区小石川の播磨坂だけ、復興都市計画通りの工事が施行され、石川栄耀(ひであき)が意図した道路上の公園構想による桜遊歩道となったという話も初めて知りました。
    もう少し早くにこの本を読んでいれば、桜を見に行けたのですが。

    また、自動車社会が到来するまで、物流の主役は水運で、終戦までの東京は水の都といえる風情だったとの説明がありました。
    多数あった堀割は、戦災のがれき処理のために、まず外堀の大部分が埋められていったとのこと。
    がれき処理対策として埋められたとは。
    また、オリンピックを控えて急きょ首都高速が整備された時期に道路用地として埋められたりもしたそうで、今でも残っていたら東京は水路による発展があり、観光も発達したことでしょう。

    読んでいく上での軽い楽しさよりも、内容の深さ、詳しさが際立った本でした。

  • 行ったことある場所が出てくると前のめりになって読んでしまう。もっと色んなところに行っておけばよかったとやや後悔。
    公園の変遷が一番興味深かった。

  • 電子書籍がないためこちらに記入

  • 自分が東京をよく知らないという思いがあり、あちこち歩いてみたいのだがやはり夏場はきつい。まずは本でも読んで。

    身近な場所、よく知らない場所とも薀蓄が満載で面白い。

    刊行から9年を経て、虎ノ門ヒルズがまだ計画段階だったり、築地から豊洲への市場移転もまだだったりと、街が変わり続けていることも感じられる。

  • 新旧の地図を比較しながら、そして現地を訪ね、現代の東京に残る「過去の記憶」を紹介した本。1章から水準点に注目するなど、その切り口はなかなかマニアックだ。
    この本を片手に出かけてみるもよし、じっくり読んで歴史に潜る面白さを味わうもよし。見知ったはずの「東京」の新たな一面が見られることだろう。
    (情報工学系情報工学コース M2)

  • 東京の街の歴史的背景
    ・愛宕山は江戸時代には周囲を見渡す高さを誇り、1925年に始まったラジオ放送のアンテナもここに作られた。また明治5年に始まった測量の三角点の一つも設置された。
    ・上野公園の清水観音堂、不忍池、弁天堂はそれぞれ京都の清水寺、琵琶湖、竹生島を模している。そもそも江戸の鬼門に設置された「東叡山」寛永寺自体が京都の鬼門鎮護の目的を持つ比叡山延暦寺と対をなしていた。1868年の上野戦争で寛永寺は大伽藍のほとんどを焼失し、その後上野の自然を生かして公園とされた。これが日本で最初の「公園」であり(1873)、上野・浅草・芝・深川・飛鳥山が選ばれた。
    ・1886年のコレラの流行は東京に近代的な水道を建設するきっかけとなった。また当時の神奈川県西多摩郡の多摩川上流で川に汚物を流したという話が問題になり、三多摩地域の東京への編入を促した。
    ・荒川の下流部は人工の川であり、1910年の大洪水をきっかけに作られた。右岸の堤防の天端の幅は左岸より広く、都心側を守る意図があった。
    ・かつて山手線の外側を走る環状線の構想があり、井の頭線の新代田−明大前の折れ曲がりはこの環状線との乗り換えを見越して作られた。
    ・根津権現の門前の大路の本郷区根津八重垣町にはかつて遊郭が軒を連ねていたが、東京帝国大学の設置に伴い明治21年に洲崎(現在の東陽町)に移転された。

  • 先に『都心の謎篇』を読んだが、本シリーズで総論とも言うべき本書をようやく読めた。読み始めればあっという間で、面白さの余韻が残る。几号水準点探しや五公園に出掛けたくなった。鉄道の話題も良かった。「未完の帝都復興道路」では、現代にこそ必要な都市計画道路ができる好機を逃し、後に日本橋や掘割の上に首都高速道路を建設しなければならない無様な姿をさらすに至った経緯を知り、何だか歯がゆい思いを抱いた。ブラタモリで紹介された場所が多く、これも読んでいて楽しめた要因だろう。

  • ホントはこれ読んで、街歩きしようかなと思って手にしたんですが、結局1年積読して東京を離れてから読了。
    明治の古地図、近代地図、今の地図、そして航空写真も交えながら、東京の発展の記録を振り返る。
    俺の生活圏だったエリアのネタは少なかったけど、それでも、あの道はそんな歴史があったんだってちょっとした発見も。

  • 東京の都市づくりは無計画だとよくいわれていると思うが、本書記載の通り、計画自体は常に存在している。しかし、計画があまりに壮大で資金が追い付かず頓挫しているもの、また住民の増加に計画が追い付かないもの等があまりにも多いようだ。計画の痕跡を残す遺構は数多く、それらをめぐるだけでも歴史がしのばれる。

  • 2011年9月刊。
    後半から面白い。

    【引用メモ】
    平成12年(2000)に全線開通した都営地下鉄大江戸線は、「東京環状線(ゆめもぐら)」という名称で決まりかけたが、周回運転していないのに環状線と名乗るのはおかしいという異論が石原慎太郎都知事から出て、再度選考が実施された結果、大江戸線と変更されている。(p.92)

    昭和20年代、井の頭線は吉祥寺から田無を経て東久留米まで延伸する計画があった。井の頭線終点の吉祥寺駅が高架上に設置されているのは、中央線を乗り越し、延伸を意識していたためだともいう。(p.101)

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著者プロフィール

1963年、愛知県生まれ。地図や近現代史をライフワークに取材・執筆を行う。著書に『重ね地図で愉しむ 江戸東京「高低差」の秘密』(宝島社新書)、『地図と愉しむ東京歴史散歩』シリーズ(中公新書)など多数。

「2019年 『ふしぎな鉄道路線』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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