集合知とは何か ネット時代の「知」のゆくえ (中公新書 2203)
- 中央公論新社 (2013年2月25日発売)
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感想 : 64件
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784121022035
感想・レビュー・書評
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議論に飛躍が多く,根拠も薄弱で,「独自の理論」に聞こえる。風呂敷を広げすぎたんだろうか。
専門知が無批判に受け入れられる時代は終わった,これからは集合知だ,というコンセプトはわかるが,ではどうするかというのがあまり詰められていない。ネット集合知への過信を戒めるのは当然として,それ以上の意義ある提言は見いだせなかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
集合知とは何か?
共同体知、コミュニケーションにおける暗黙知。
自己の深層の活性化。
知識とは「主観的」なものである。
専門家の知識は、あてにならないことが、近年示されている。
「客観知」二人称の知として蓄積することが必要? -
原発事故発生時のネット書き込み(集合知)の正しさなどの実例あり。そして集合知が正しいための条件が説明されている。
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「グローバルでフラットなIT社会」を目指すというような最近の画一的な風潮に,「個人的な知」からの切り口で批判的に論じた一冊.めちゃくちゃ面白い.
全体的に少し感情的な表現に感じるところもあったけど,何より,「本当にコミュニケーション活性化とか,情報共有とか,徹底的に推し進めていいのかな?」という疑問を持ちながら推進していた自分にとっては刺激的でためになった.
集合知の他の本でも記載があったが,あまり緊密すぎる関係性は,多様性を損ない効率が低下する.というような話があったが,
ここでは「開放系と閉鎖系」の集団モデルの安定性の比較の例で紹介されていた.
どちらにしろ,単純に数値のサマリーを行うように人の活動を取り扱おうとするとダメにしてしまう,というリスクを考えなくてはいけないようだ.
西垣先生の本も数冊読んでたら,ようやく「客観的で科学的な物事の解析」とは少し視点の違う「主観的で閉鎖的な人の意識を起点にした世界認識の組立」のような感覚が掴めてきたかも..?
おもしろかったー. -
(「BOOK」データベースより)
インターネットの普及以来、アカデミズムの中核を成してきた専門知が凋落する中で、集合知が注目を集めている。このネット上に出現した多数のアマチュアによる知の集積は、いかなる可能性をもち、社会をどのように変えようとしているのか。基礎情報学を中軸に据え、哲学からサイバネティクス、脳科学まで脱領域的に横断しつつ、二一世紀の知のあり方を問い、情報社会の近未来をダイナミックに展望する。 -
途中から読み飛ばしてしまった。コンピュータ科学、社会科学的な検証を元にした考察というよりは、著者の思索を論じたもの。ちょっと求めていたものと違った。
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西垣通の新刊。集合知は、ゼロ年代のweb2.0のときに微妙に流行って、オープンとかシェアとかあのへんのネットカルチャー的な耳あたりのよいバズワードとも相性が良かった。ノマドだとか新しい民主主義だとか一般意思2.0だとか、10年代の議論にも連なるかもしれない。
しかし、著者はそんな意識が高くナイーブな理想論に与しない。その一見新しく見える思想自体が、20世紀を通じて支配的であった論理主義的な前提に依拠していると指摘する。それらは20世紀においてさんざん議論されたことの変奏あるいは焼き直しでしかなくすでに限界が見えているとして、彼らのユートピア的な幻想ははっきりと否定される。
そうした問題意識のもと、知のあり方そのものをあらためて検討し再定義を行うこと、そうして再構築された前提から集合知の可能性を見出していくことが本書の目指すところとなる。
では、知とはなにか、知のあり方いかなるものなのか。著者は、知の原型を、徹底的に主観的で身体的な、本来的には共有不可能な一人称的なものだとする。それらは再帰的・循環的な閉鎖システム(オートポイエーシス)において生じる。
そのような閉鎖系からいかにしてコミュニケーションが生まれどのように知が共有されるのか。ここで著者が提示するのがHACS(階層的自立コミュニケーションシステム)であり、ここに至って著者の研究の集大成ともいえる大著「基礎情報学」「続 基礎情報学」との接続が果たされる。
さらにマーク・ハンセンによるSEHS(システム環境ハイブリッド)、あるいは西川アサキによる数理的な検討であるアサキモデルを手がかりに、閉鎖システム間のコミュニケーションから知識や秩序が生成されるメカニズムを紐解いていく。
こうして丹念に考察してきた集合知とその可能性は、いわゆるバズワードの集合知とは大きくことなり、地味で面白みのないのものである。社会の状況を一変させるような即効性もなければ、意識高い系を喜ばせる派手さもない。そこでにあるの生命と技術とか並存する社会状況であり、それを冷静に見つめる姿勢が求められる。
一時期もてはやされた集合知という言葉も、いまとなってはすでに過去のものになりつつある。しかし、一過性の流行として消費され尽くす前に、集合知の可能性をあらためて検討し直すことは決して無意味なことではない。 -
2025年5月28日、ヤフオクに出品あり。3日前ぐらいから入札してて八王子のタリーズコーヒーで休憩してる時に落札できた「メンバーの才能を開花させる技法」の出品者さんが中央区からすぐ発送してくれたので、これは!とピンと来てほかの出品を拝見したら見つけた本。送料込み、400円。
→ 前から知ってる本な気がした。でも、レビュー読んでも概念とか学問的な内容で、実践じゃないからスルーしたのかもしれない。
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「客観的な世界の様子を記述する知識命題は存在しない。所詮は誰かが行った解釈」
科学的という手法に惑わされてはいけない。
集合知が「生命の知」であると言うならば、一人一人の主観を結晶化させたものを集めていくことが、「種への貢献」に繋がるということだ。
その意味で言えば、当事者研究にこそ、生命の知の純度を高めていける可能性があるということだ。
「対話」は、そのための手段。
*科学的手法、統計などをつかって「すでにある」と想定した普遍をあぶり出そうとするのが近代科学の考え方。
そうではなく、「対話」によって普遍的なものを二者以上で創出していこうとする視点がプロパゲーション。そちらのほうが、暗黙知についてより浮き彫りにできるし、生命の知の本質にたどり着けると考えている。
「暗黙知とは、包括的存在を認識するというダイナミクスの中で、いわば意識から隠れてしまう知のこと」→故に「黙過」もその必要性があれば、起こりうるのだと言える。
→「下位の要素的な諸細目を身体で感知しつつ、対象を全体として包括的に捉える作用が必要」
=これこそが、黙過を捉えていく術だ。
生気情動の調律、この流れが黙過を生み、その発生における身体的なものを介した相互理解が黙過を防ぐ鍵となる。 -
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西垣さんの本は「ビッグデータと人工知能」(2016年)を読み、とても面白かったので、少し昔に書かれている本書を手に取りました。個人的には集合知とは何で、ネット時代にどういう意義があるのかを知りたいと言うことで購入しましたが、読み終えた感想は、集合知以外のところというか、知のそもそものあり方についてとても勉強になり面白かったです。
また経営学の重鎮である野中郁次郎さんの「知識創造企業」との関連性をすごく感じました。野中さんは日本企業がいかに各従業員の暗黙知を吸い上げてイノベーションにつなげているかを分析されていますが、知は人間個々人に暗黙知として宿ること、そして暗黙知と暗黙知がぶつかりあってグループ内で共有化されるプロセスや、その暗黙知が形式知に「表出化」されるプロセスを分析されていますが、西垣さんの思想との親和性を強く感じました。そして西垣さんの呼び名を借りれば「主観知」こそが出発地点であって、客観世界とは仮象であること、そしてこれからのデジタル技術は、人間の暗黙知を表出化するところにこそ使われれるべきだと述べていて、とても共感できました。産業資本主義が、世界の客観化にあったとすれば、デジタル技術は逆説的に聞こえるかもしれませんが人間の主観知へと焦点を当て直すことになるのかもしれないと思い、非常に興味深く拝読しました。西垣説は正しい気がしましたし、日本はこの領域は得意なのでは?と感じた次第です。 -
摂南大学図書館OPACへ⇒
https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB99486916 -
007-N
閲覧新書 -
今年一番面白かった本。
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著者の研究(基礎情報学)に興味を持ったため、新書を手に取ってみた。
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社会
Internet -
専門知・客観知への疑念が持たれるようになった原発事故以降、ネット上の集合知が見直される風潮があるが、それに対して警笛を鳴らしているのが本書。
興味深いのは、本書の著者がコンピュータやソフトの開発に携わったこともあり、現在は情報学の第一人者とも言える人物であるということ。IT礼賛に傾いているかと思いきや、著者の主張はその反対。安易なIT化は人間に不安定をもたらす、と指摘する。「知とは本来、主観的で一人称的なもののはず」で、「客観知の方がむしろ人為的なツクリモノなのである」という指摘は、ネット上の集合知への向き合い方に重要なヒントを与えてくれる。IT礼賛・ネット礼賛どころか、人間礼賛だ。
正直、想像していたよりハードルの高い本で、脳みその中の普段あまり使わない部分を使わざるを得なかった。脳みそ錆び防止効果は予想外。 -
事実にかかわる説明は自明のこと(?)とすっとばして、ご意見だけ開陳したような印象。ながらく研究してきた人間が、昨今のバラ色な集合知期待論にひとこと言いたいのは分かったが、素人向けの新書なのだからもっと丁寧にちゃんと書いてほしい。書くべきことはあるように見えるだけもったいない。
・興味を引かれた記述
開放システムと閉鎖システム(両者では信用情報の伝わり方に違いがある)をシミュレーションしてみると、閉鎖システムで一人のリーダーが安定して生まれる(萌芽的なリーダーが現れたり、リーダーの交代も起こるが、安定的なリーダーを持つ期間がほとんど。ある程度一元的な価値観の摺り合わせがされたと看做せる)のに対し、開放システムでは、従属閾値の違いにより、・絶対的なリーダー、・複数乱立、・リーダーなし、といった状況になる。不安定。
→ネイト・シルバーの本に似たようなことが書いてあった気が。最近の政治の状況に照らし合わせると面白い。
→しかし、この話にしても開放/閉鎖の前提条件をもう少し書いてくれても。。。原著(西川アサキ)に丸投げするかね、ふつう。 -
レビュー省略
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軽い気持ちで読み始めたらかなり哲学的で大変だった…。集合知どうこうと言うよりも、今後の情報化社会やAIが活躍(?)する社会に不安を感じる人が安心できるような本かもしれない。生命体と機械って何が違うの?ということに対する記述箇所が面白かったと思う。(なるほどと思った)ただ今後、その違いすら埋められていくかもしれないけどね、とも思った。
著者プロフィール
西垣通の作品
