日本史の森をゆく - 史料が語るとっておきの42話 (中公新書 2299)
- 中央公論新社 (2014年12月19日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121022998
作品紹介・あらすじ
歴史は史料によって創られる。東京大学史料編纂所は、古代から明治維新期にいたるまでの膨大な史料を日本中から収集して研究する、国内最高峰の歴史研究機関だ。本書は、その史料編纂所に所属する「史料読みのプロ」四二名が、それぞれの専門分野から選りすぐりの逸話を集めて綴ったアンソロジーである。古代から幕末まで、歴史上の偉人も名もなき市井の人々も、悩みや喜びとともに生きたその姿が、ここによみがえる。
感想・レビュー・書評
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実証主義的歴史雑学といったテイストで、一応一般人が興味を持てるように作ったらしいが、内容は結構専門的。昨今は古文書解析はAIが出来るようになりつつあるようで、所謂「職人芸」の領域も今後は狭まっていくのだろう。
歴史が「科学」であろうとすればするほどAIによる処理領域が増え、人間が歴史研究において果たす役割はいかに歴史を「物語る」かという事に移行していくのかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2014-12-26
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取り扱っているのは奈良時代〜江戸時代までの古代から近世まで。
史料からわかることの一つ一つはトリビアなことなんだけれど、興味の範囲がカスっている人には興奮できる内容なんだと思う(書いている人の文章からはそう読めた) -
史料の大切さと学問の探究の楽しさは伝わるが、著者が多いので、広範囲に渡る専門的知識がないと、内容を理解して楽しむところまでは難しいかもしれない。
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歴史の本を読んでいて面白いのは、どんな時だろうか。人それぞれだとは思うが、「自分と何か共感できるものを読んでいるとき」というのはあると思う。「昔の人も大変だったな・・・」とか「この人(あるいは事件)は、この先どうなってしまうのだろうか」とか。
本書に出てくる人間は、史料のなかに表われてくる「有名ではない人」が多い。それゆえに、共感しやすい。「旗本野一色家の御家騒動」という項目に出てくる、御家存続のために当主を排除しようとする人々の動きを読むと、無関係な読み手の私までハラハラしてくる。
もうひとつ歴史の本を読んでいて面白いと思うときは、これまで「通説」だと思っていたことがそうでもなかった、という時だろう。学校で習ったこと、ドラマや映画で描かれていることなど、世の中に流布している「通説」は多くある。だからこそ「教科書が教えてくれない○○」だの、「本当は○○な△△」みたいな歴史関係の本が、多く書店に並ぶのだろう。
本書が扱っているこの系列の話は、そういう意味では地味な話が多い。「秀吉は「唐入り」を言明したか」や、信長の「天正十年の改暦問題」、「江戸五品回送令を再考する」などである。もちろん、教科書レベルでは重要度の高いものも含まれているが、一般的な「煽り」という意味では、さほどでもないだろう。しかし、そういう「地味」な部分で歴史は構成されているのである。「誰が坂本龍馬を殺したか」「邪馬台国はどこにあったか」のような有名な問題以外にも、歴史を考えるうえで大切な、そして面白い問題はたくさんある。そしてそういうものを学術的に積み重ねていることこそが、研究水準の高さを支えているのだと思う。
ただ、そのことが一般の人にどれほど伝わるか、というと、やや心許ない。消費物としての歴史と、学術研究としての歴史。このギャップを如何にして埋めていくか、あるいは埋めなくてよいのか。改めて考えさせられる。 -
東京大学史料編纂研究所の研究員42名がそれぞれの専門分野の逸話を綴ったアンソロジー。同じ趣向で書かれた奈良文化財研究所の「奈良の寺-世界遺産を歩く(岩波新書)」が面白かったので、手に取ってみました。「見る」文化財に対して、史料は「読む」もの。研究の題材としては、文化財と比べるとどうしても地味な印象があります。それでも親しみやすい話題で史料に対するイメージも少し変わりました。事情のはっきりしない日記や手紙を読み解いたり、裁判の記録から当時の世相がわかったり、なかなかスリリング。源頼朝が岩窟信仰を持っていたことや、足利義教が恐怖政治を行っていたなんて、知らなかったなぁ。
この本を読んで、高校時代、日本史には興味があったのにもかかわらず「史料集」を読むのがひどく苦痛で、結局、日本史の点数がちっとも上がらなかったことを思い出しました。大人になって日本美術を好きになって、そこから日本史を学び直し中。大嫌いだった史料もこうやってよい先生に巡り合えれば、興味深く読めるのですね。 -
東京大学史料編纂所(『大日本古文書』(家わけ文書)、や『大日本史料』などを翻刻・刊行)の42人の研究者が、具体的に自らの専門テーマに絡めた史料批判・解釈の過程をふまえて史料編纂の仕事内容を紹介した一冊である。
中身は、
1章 「文書を読む、ということ」(史料編纂書の仕事など)
2章 「海を越えて」(グローバル・ヒストリーからの視点)
3章 「雲の上にも諸事ありき」(最近流行の朝廷・天皇側の研究)
4章 「武芸ばかりが道にはあらず」(武士の実情)
5章 「村の声、町の声を聞く」(村方・町方史料からの視点)
という歴史学の主要な視点を各章ごとに設けられている。私のように歴史学を専門にした人間であれば、最近の研究動向を踏まえて読み進めることで理解しやすい。
しかし、新書という体裁をとっている割に専門外の人には不親切なように感じた。
もし分かりにくいのであれば、まず岩波や講談社の通史を読んだ上で本書を読むことをおすすめする。
個人的には、4章にある荘園領主と地頭の所領をめぐる裁判の様相や、5章にある主張する百姓(水本邦彦先生以来の自立する村落)などのような地方(じかた)に関する事例が興味深い。 -
良本だった。浮世離れした研究ができる教授方がうらやましい。
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興味深い内容続出でした。秀吉の朝鮮出兵時に朝鮮から陶工が連行されたといわれていますが、そのことを一次史料で確認できる例はないとのことです。私は、能を趣味としていますが、1435年、長浜八幡宮での演能の際の入場料がこの本で紹介されています。選挙干渉で有名な品川弥二郎が、『都風流トコトンヤレ節』を作詞したことも書かれています。そしてブラームスはトコトンヤレ節を知っていたようです。
なお、著者のひとり、須田牧子先生から、サインを頂戴しました。