聖地巡礼 - 世界遺産からアニメの舞台まで (中公新書)

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  • 中央公論新社
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本棚登録 : 205
感想 : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121023063

作品紹介・あらすじ

非日常的な空間である聖地-。観光地として名高い聖地には、信仰心とは無縁の人々が数多く足を運んでいる。さらに近年では、宗教と直接関係のない場も聖地と呼ばれ、関心を集めている。人は何を求めて、そこへ向かうのか?それは、どのような意味を持つのか?サンティアゴ巡礼や四国遍路、B級観光地、パワースポット、アニメの舞台など、多様な事例から21世紀の新たな宗教観や信仰のあり方が見えてくる。

感想・レビュー・書評

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  • 世俗化と私事化が進展した社会における宗教の位置づけを「聖地巡礼」を軸に紐解く一冊。

    サンティアゴ巡礼については寡聞にして知らなかったため、第2章は特に面白く読みました。
    信仰のない現代の巡礼者にとってはサンティアゴ大聖堂の聖遺物は旅の目標にはならないため、代わりに徒歩巡礼を選び、サンティアゴまでのプロセスに意味を与えているのだといいます。
    「インタビューや無数の巡礼記からは、他者との交流体験、つまり巡礼仲間との出会いや別れに高い価値が置かれている様子がうかがえる。」(第2章 3 ゴールより重要なプロセス オスピタレーロとゲスト同士の交流)
    そして、「信仰者の巡礼体験が本物で、信仰なき巡礼者の体験が偽物なのではない。」「巡礼から宗教性が失われているわけではない。」(第2章 4 予定調和の巡礼体験 パターン化される交流体験)と明言されています。

    私は転勤で京都に住んでいた頃に松尾大社の女神輿を担いだことがありますが、お酒造りの神様らしい、ぐらいの感覚で、松尾大社の御祭神の名前も知らないままでした。
    それでも、同じ肩の痛みに耐えた仲間たちとの一体感はかけがえのないものだと感じました。趣味嗜好が多様化する現代において貴重なこの「他者との交流体験」もひとつの宗教的体験だったのだと本書を読んで気づかされました。

  • 仕事でお客さんと話してる時に「サンティアゴ・デ・コンポステラへ行きたい」という話題になった事がきっかけで本書を手に取りました。

    「信仰心を持たない人々が何故、巡礼の旅に出たり、山岳信仰のある山に登ったりするのか?」という問いに答えてくれた1冊でした。

    以上の人々は「目的地を設定し、歩き、人と出会う事で自己を見つめ直す」事を目的としていると。

    わたし自身、旅行に出るのは単に「行きたいから」だけど、こう言葉にしてくれると何か納得。

  • 宗教学者 岡本亮輔氏による、現代における「聖地巡礼」のもつ意味を宗教学、観光学などから考察したもの。本書の基本的な立ち位置は宗教学。宗教的に重要な場所をゴールとするものが従来の「聖地巡礼」とすると、そこに辿り着くまでの過程を重要視するのが現代の「聖地巡礼」である。また、ゴールとされる場所を「パワースポット」や「世界遺産」という言葉に置き換えることにより心理的な障壁がなくなり、誰もが触れやすくなった。なお、本書で取り上げられるアニメの聖地は宗教学の立場からなので、寺社仏閣が絡んだものだけとなっています。

  • ☆フェイクの事例として青森県新郷村のキリストの墓がとりあげられている。

  • 主に社会学の観点から聖地巡礼と言われる現象を分析する。
    なかなか興味深い。

  • 聖地巡礼と聞くと、寺社巡りをしている自分にとっては、観音巡礼や四国お遍路を思い浮かべますが、最近ではアニメ作品の舞台を訪れる意味の方が強まってきているように感じます。

    以前、秩父観音巡礼に行った時、観音巡礼の地図をもらいにいった観光案内所に「聖地巡礼」コーナーを見つけて近寄ったら、そこには『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(あの花)の地図があったので、(むしろこっちなの?)とかなり衝撃を受けましたことがあります。

    この本は、そうしたさまざまな聖地巡礼を取り上げたもの。聖地という言葉の定義から、宗教的な意味合いが含まれる内容になっています。

    以前は熱心な信者のみが行っていた聖地巡礼ですが、「パワースポット」という言葉が出てきてから、一気に宗教色が薄まり一般に広がっていったといいます。

    さらにアニメ大国である日本では、実在する場所を舞台にした作品も多く、思い入れの強いファンがその地を訪れて世界観に浸るということがメジャーになってきました。
    その行為に「聖地巡礼」という言葉を当てはめ、そうしてどんどん一般的な意味合いを含むようになっていったというわけです。

    宗教と離れたものであっても、その地を訪れる人はすなわち観光客であり、経済的にもメリットがあるため、自治体にとっては歓迎すべき状況。作品をもとに観光に力を入れるなどテコ入れも行っています。

    海外の大きな巡礼であるサンティアゴ巡礼は、古い歴史を持つ敬虔なクリスチャンの修行の旅だと思っていましたが、実はこれが広まったのは20世紀末からで、カトリックと無関係の映画やユネスコに認定されたことがきっかけだったそう。

    時代とともに宗教の在り方も変わりますし、いろいろな意味合いを持つ聖地が存在するわけです。
    そう考えると「聖地巡礼」という言葉は、ますます幅広いものになっていくだろうと思えます。

    なんとなくモヤモヤと気になっていた言葉についての疑問が解けてスッキリしました。

  • 「聖地巡礼」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろう。イスラ-ムのメッカやヒンドゥー教のガンジス川だろうか。この図書では宗教と聖地の結びつき、観光地としての聖地、さらにはパワースポットやアニメの舞台など現代社会における聖地巡礼について論じている。他にも、四国遍路やB級観光地、サンディアゴ巡礼などの多様な事例から現代の新たな「聖地巡礼」の在り方を見つめる。
    (融合理工学系 原子核工学コース M1)

  • 東2法経図・6F開架:518/Mo51//K

  • 聖地巡礼を例に、宗教と観光が混ざり合うことで現在宗教がどのような位置づけとなり、変容が起きているかを多くの具体例と考察、幾つもの引用とともに説明している。とても面白かった。

  • 文化資源学研究室の松田陽先生の授業「文化遺産論」の課題レポートを書く際に使用しました。(Sターム)

    現在、「聖地巡礼」という言葉で表現できるものが幅広くなってきています。本来の意味にふさわしい寺社仏閣や教会へ参拝することはもちろんのこと、アニメやマンガの舞台を訪れることまでもが「聖地巡礼」と呼ばれています。また、寺社巡りをする場合でも、信仰心からの巡礼というよりも、ただの楽しい観光目的で回るという場合もあるでしょう。
    では、ある場所を「聖地」とする時、もしくは、そこに訪れる人を「巡礼者」とする時、それは誰が決めるのでしょうか?ユネスコや国などの権威か、はたまた熱心な地元住民や一部のファンなのか。そして、必ずしも常に権威あるものに「聖地」や「巡礼者」として認められなければいけないのでしょうか。
    もし、皆さんが「ここは自分にとって聖地だ」と思っている場所があるのでしたら、ぜひこの本を読んでみてください。なぜ自身にとって聖地なのかがわかるかもしれません。
    松田先生の文化遺産の授業も同様です。「文化遺産」は誰にとってのものなのかを考えるきっかけとなるような授業ですので、きっとこの本は役に立つことでしょう。

    文責:アオイ (人文社会系研究科 文化資源学研究専攻所属 )
    https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=2003250288

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著者プロフィール

岡本亮輔(おかもと・りょうすけ)

1979年,東京生まれ.北海道大学准教授.筑波大学大学院人文社会科学研究科修了.博士(文学).専攻は宗教学,観光学.著書『聖地と祈りの宗教社会学』(春風社,2012年,日本宗教学会賞受賞),『聖地巡礼』(中公新書,2015年,英訳『Pilgrimages in the Secular Age』〔JPIC〕),『江戸東京の聖地を歩く』(ちくま新書、2017年)
共編著『宗教と社会のフロンティア』(勁草書房,2012年),『フィールドから読み解く観光文化学』(ミネルヴァ書房, 2019年、観光学術学会教育・啓蒙著作賞)

「2021年 『宗教と日本人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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