ナチスの戦争1918-1949 - 民族と人種の戦い (中公新書 2329)

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  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121023292

作品紹介・あらすじ

ナチスが主導した「民族と人種の戦い」とは何だったのか。第一次世界大戦の敗北からヒトラー独裁体制の確立、第二次世界大戦へ。ユダヤ人の絶滅を標榜しヨーロッパ全土を巻き込んだ戦争は、無差別爆撃と残虐行為を生み、最後には凄惨なホロコーストにまで行き着いた。本書はナチズムの核心を人種戦争と捉え、そのイデオロギーの本質を抉り出し、「狂信的な意志」による戦争の全過程、その余波までを描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • ナチスの誕生から戦後のドイツ情勢について。戦争に至るまでの時系列やナチズムの発展の経緯がきれいにまとまっている。戦後の責任所在やなんのための戦争だったのか、考えれば考えるほど、その議論の重みは増す。新書「アドルフ・ヒトラー」と一緒に読むと、全貌がよく見えてくる。

  •  第二次世界大戦におけるヨーロッパでの戦いについて、どのようなものだったのかを知りたくて読んだ。本書は、ナチズムの核心を人種戦争と捉え、そのイデオロギーの本質を追究するものだ。もっとも、本書はアメリカ人研究者の本が翻訳されたものだが、決して読みやすいものではない。

     まず、本書を読むと、どのような政治的・社会的状況からナチスが台頭してきたのか、なぜ当時のドイツで支持を集めることができたのかがよくわかる。
     1918年11月、第一次世界大戦は終結したが、これは多くのドイツ人にとって思いもよらない突然の悲劇で、大きな衝撃であった。そこにドイツ帝国の崩壊というショックまでもが加わり、ドイツの政治と経済は混乱に陥った。
     また、ヴェルサイユ条約はドイツ人にとって耐えがたいほど厳しいものだったため、政治的立場を超えて条約への敵意が共有されることとなった。さらに、民主的な政治家や富裕層、ユダヤ人、外国人、そして「背後からのひと突き」を加えた国内の裏切り者や革命家への憎悪が広がった。
     国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党〔NSDAP〕)は、このような敗北と革命に続く混沌の中で、右翼政治団体の一つとしてミュンヘンで結成された。ナチ・ムーブメントの特徴は、反マルクス主義、反ユダヤ主義、反ヴェルサイユ条約、そして国内外での暴力だった。クーデターの企てや政治的殺人、産業の混乱、犯罪の増加など、社会が極度に混乱した状態において、ナチスの暴力的な主張と活動は時代にうまく溶け込んだ。
     ナチスはミュンヘン一揆の失敗などの曲折を経ながらも、人種主義者のライバル政党を取り込んで、事実上ドイツにおける唯一の急進的右派政党となり、またたく間に支持を増やしていった。ナチスの演説は、好戦的・急進的でありながら、第一次世界大戦中に見られた国民による団結の再現を訴えるものだったため、政治的・社会的分裂に苦しむ当時のドイツの人々には魅力的に映った。また、ナチスはドイツの人々に、恨みのはけ口や攻撃の矛先をどこに向けるべきかを示した。

     次に、ナチスがどのようにして独裁体制を確立したのか、どのようなイデオロギーを有して戦争へとまっしぐらに向かっていったのかがよくわかる。また、当時の多くのドイツ人がナチス政権を支持していたことがよくわかる。
     1933年1月、ついにヒトラーは政権を獲得した。ナチスは既存のエリートと協力し、そこへ暴力的な運動の圧力が加わったため、たった六カ月で独裁政治を盤石なものにした。また、ナチスは急進的に国を作り直すのではなく、有事立法によって支配し、官僚的手順をとるべきところを徐々に独断で決定できるようにしていった。その後、圧倒的な議会の承認を得て、議会政治を終焉させ、民主主義を一掃する全権委任法を成立させた。
     ヒトラーは、ラインラントの再軍備を手始めに、侵略戦争を可能にするため、平時には考えられない大規模な軍備増強を進めた。その背景には、「生存圏」の確保という思想があった。すなわち、ドイツは人口過剰で、固有の領土だけでは住民を養うことができないため、もっと農地が必要で、そのための土地を獲得しなければならないとされた。そして、その土地はユダヤ人が支配するソ連の土地とされた。ナチスの政策を最も推進したものは戦争への意欲であり、国内政策はこの目的を達成するためのものだった。
     また、ナチスの政権掌握後、その暴力はエスカレートし、その政敵に続いてユダヤ人も攻撃されるようになった。そして、ついに「水晶の夜」など、大規模なユダヤ人への迫害が行なわれることとなった。こういったユダヤ人への集団的迫害行為に対して、ドイツ人の大多数は批判的で、嫌悪感を示した。
     しかし、多くのドイツ人は、戦争が始まるまでのナチスの最初の六年間を、どちらかと言えば肯定的にとらえていた。これは、失業者が速やかに減少したおかげで数百万の人々が再びまともな生活を送れるようになったためで、多くのドイツ人は「よき時代」が戻ってきたような気分を味わった。

     そして、ナチス・ドイツが行なった戦争の性格が述べられる。本書を読むと、ドイツが行なった戦争と日本が行なった戦争とでは、その性格がまるで違うことがよくわかる。
     1939年9月、ヒトラーはポーランド侵攻を開始した。その目的は、ポーランドという国そのものを消滅させることだった。こうして、第二次世界大戦が始まった。
     この戦争は、たんに第一次世界大戦によって失った領土を奪還するための戦いではなく、イデオロギーの戦い、民族と人種の戦いとして捉えられた。すなわち、ナチスによる戦争は、征服と略奪のために行われた人種戦争であり、ヨーロッパの人種地図を暴力と大量殺戮によって塗り替えるための戦いだった。ナチスは戦争のなかで、民族全体の殲滅を試みることとなる。もはや、理性に基づいて国益を守ったり、国家の安全を確保したりするための戦いでは決してなかった。ナチズムの観点からすれば、戦争と人種闘争は同じものだった。特に、ソ連への侵攻は最初から絶滅戦争として構想され、戦時国際法を完全に無視する形で、ソ連のユダヤ=ボルシェヴェキ体制をその生物学的基盤(ユダヤ人という人種)ごと粉砕しようとした。
     また、バルバロッサ作戦の開始とともに、ヨーロッパ・ユダヤ人の東方への大量移送は実現不可能だと判明した。このため、ナチスは数百万のユダヤ人を絶滅収容所に送ることとした。
     ナチスによるユダヤ人などの大量虐殺の噂は、ドイツ国内でも知られていたが、必ずしも犠牲者への同情を呼び起こしたわけではなかった。もっとも、ナチス政権はイギリス軍を大陸から駆逐し、フランス軍を降伏させることで、大衆から驚異的な支持を得ることに成功している。
     戦争によってヨーロッパの人種地図を塗り替えようという恐ろしい試みは失敗に終わったが、それまでにおそらく5,000万の人々が命を落すこととなった。

  • ヒトラーの演説、ヒトラーの本棚、とヒトラー関連で読んできたので、ビスマルク、第一次大戦、ワイマールと読み続けて、一応の完結。
    ナチズムというイデオロギーに焦点を当て、ワイマール末期から第二次大戦後までドイツ、ドイツ国民が受けた影響について語っている
    特筆すべきは第二次大戦後のナチズムへの決算の在り方についての言及
    ドイツの戦後決算は日本のそれとよく引き合いに出されるが、一概にドイツも「よき」反省をできていたとは言い難いのではないか

  • ナチズムの本質を「人種差別による戦争と闘争」であると絞り込み、その切り口からナチの政策・行状を分析する。
    それにより明快なナチ理解を目指した本である。

    確かにナチスの政策のゴールは、「強いドイツ」を取り戻すことであり、そのためには再度の戦争が必要であり、その戦争に勝つためには劣等人種を追放・消滅して優秀なドイツ人からなる共同体を創るという優生思想にたどり着く。
    対外的な政策はもちろん、経済や社会保障などの内政策の背景にも、この目的の達成という明確な指針があることは間違いない。
    支配地域における暴力行為はその最たるものである。

    本書はそれらの一つ一つを結構具体的に取り上げながら、その人種主義的イデオロギーをこれでもかと描き出している。

    ナチの行状の背景を理解するにはいい尺度が得られる本ではある。
    ただ、やはり個人的には、本書のように「このようなイデオロギーだったから、このようなことを起こした」に焦点を当てた本よりも、
    「なぜこのようなイデオロギーを持った政権が誕生し得たのか(そして12年も続いたのか)」に焦点を当てた本の方が、より深くナチを理解するに役立つように思う。

  • ナチス・ドイツの成り立ちから崩壊までを描いた通史。ナチスがどのような目的の下で何をしたのか、なぜ彼らは政権を握ることができたのか、そしてドイツ人は彼らの指導で戦った第二次世界大戦をどのように捉えているのか、鋭い指摘がなされている。

  • ナチスとは?
    ヒトラーはなぜ権力を手に入れたのか?
    この疑問を知りたかった。
    なるほど、大衆に選ばれて支持されたんだ。
    現在では考えられないナチの
    考え方や行ないを一般の人は
    知って見ぬふりか、
    その主義主張にある程度賛同していたんだろう。
    今と異なる環境に暮らしていた庶民は
    やらねばやられる
    戦争が当たり前の時代の
    気持ちを窺い知ることができた。

    それにしてもナチが行った政治は
    ちょっと想像を絶する内容だった。

  • 第二次世界大戦のナチス・ドイツの誕生背景から戦前、戦中、戦後の状況までをざっくりと把握することが出来た。

    そして当時のドイツの状況が、今の日本とまったく無関係とも言えない。どころか何ならそれナチスがやってた手口じゃん、と思えるようなことがちょくちょく浮かんでしまって、少し怖くもなる。
    現在の日本にはファナティックな支持を受けるような土台がなく、ナチス・ドイツ時代よりも圧倒的に多くの情報が行き交うようになったので、簡単にヒトラーのような人間が産まれるとは思わない。
    だが、それでも冷笑や自己責任、無知を逆手に取ったアクションは目にするので、その時代に即した扇動があるな、とも思ったり。

    以前、ナチス・ドイツ専門家の石田勇治氏がここ数年の日本はナチス前夜、ワイマール末期と形容していたことがある。
    本著を読んで、その言葉を思い出した。

  •  ナチスドイツが繰り広げた戦争を、ナチズムという人種主義的思想から振り返る本。去年に読もうとしたが、序盤で挫折した経験があった。以降、何冊かナチス関連の本を読んで理解が多少なりとも深まってきたので、再チャレンジ。

    東欧のみならず、南欧のバルカンでも過酷な統治がなされていたこと、ムッソリーニ失脚後はイタリア兵が収容所に入れられていたことなど、評者が知らなかった出来事が出てきた。また、清廉潔白な国防軍という神話的言説やドイツ国民の被害者意識を厳しく糾弾している。

    過去を顧みて、反省することの重要性は日本でもある。それにもかかわらず日本国民は軍部にすべての責任を押し付け、被害者ヅラをしてきた。歴史修正主義の惑わされず、正しい歴史観をみにつけつつ、自虐史観に陥らないように、過去をみつめるべきだろう。

  • ナチスの人種戦争について、その思想から行動まで。思想を軸に一貫して結末まで突き進んでることがわかる。興味深いのは戦後の行動。戦争責任について、ドイツ人はナチスと自分達を切り離してると言われるけど、その意識ががよく理解できる。

  •  ナチスドイツが主導した戦争がいかなるものだったのか、戦前・戦後の日本にも通じる教訓が多く含まれている。
     ナチスの台頭が、第一次世界大戦のドイツ敗戦に始まっているというのは重要な指摘だ。降伏の時点でドイツはまだ東欧諸国を占領していたし、国内の革命やら、兵士の脱走やらで自壊したのであって、裏切り者による「背後からのひと突き」のせいだという幻想に国民がすがったところから〈憎悪に基づく政治運動が成長するための温床〉が出来上がった。〈ナチにとって「マルクス主義者のインターナショナリズム」は、ドイツの労働者を国家的・人種的共同体から引き離し民族の結束を弱める脅威であるとともに、1918年にドイツの奮闘を妨害したものでもある。ゆえに粉砕しなければならなかった。ユダヤ人はマルクス主義者の脅威の陰に隠れ、ドイツ民族を汚染し弱らせ破壊しようとする病原菌である。ゆえに排除しなければならなかった。〉
     無慈悲な民族思想は、戦場でも、銃後でも悲惨な結果を残している。〈ドイツに降伏した約570万人のソ連兵のうち、少なくとも330万人が食事を満足に与えられず、きちんとした宿舎も与えられず、傷や病気の手当も事実上されなかったために命を落とした。〉〈ヨーロッパじゅうの被占領地の生産力はナチの戦争機構に利用され、農産物はドイツの消費者が食糧不足にならないよう持ち去られた。たとえ東欧の数百万人の人々が餓死することになっても関係なかったのだ。〉
     ナチ・ドイツには戦争の「終了計画」はなかった。〈結局、ナチ・ドイツは非常に驚くべきことを成し遂げた。完全なる敗北である。工業先進国が最後の最後まで戦い、攻守ともに数十万人の死傷者を出した市街戦の末、敵軍部隊が政府所在地を制圧してようやく降伏したというのは現代史上はじめてのことだった。天皇のいる日本ですら最後まで抵抗を続けず、広島と長崎への原爆投下後、やむをえず事態を受け入れる道を選んだ。しかしドイツ軍部隊は、ソ連軍がドイツの首相官邸の庭まで近づいても戦い続けた。〉
     民族主義的な幻想にひたってファシズムに政権をゆだねた。他民族を侮り、他国を自国のための資源とみなし、自国民の奴隷として使おうとした。戦争をはじめたが、終わらせ方を考えていなかったせいで、最後の数ヶ月で多くの被害を出した。みな日本にもあてはまることだ。第二次世界大戦での中国人の死者は、諸説あるが百万人はくだるまい。これは日本軍の「現地自活」「現地調達」のための餓死者を多く含む数字だ。戦後、戦争を「軍部」(ナチス)のせいにして、被害者意識のほうを太らせたという指摘も、共通する。
     人は歴史に学ばねばならない。そのためには歴史を直視しなければならない。そうしたことを強く思う1冊である。

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