ヒトラーに抵抗した人々 - 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書)

著者 :
  • 中央公論新社
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レビュー : 28
  • Amazon.co.jp ・本 (284ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121023490

作品紹介・あらすじ

「いつでも人には親切にしなさい。助けたり与えたりする必要のある人たちにそうすることが、人生でいちばん大事なことです。だんだん自分が強くなり、楽しいこともどんどん増えてきて、いっぱい勉強するようになると、それだけ人びとを助けることができるようになるのです。これから頑張ってね、さようなら。お父さんより」(反ナチ市民グループ"クライザウ・サークル"のメンバーが処刑前に十一歳の娘に宛てた手紙)

感想・レビュー・書評

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  • 良心に基づき命を賭して反ナチ行動を取った市民たち。彼らは戦後一転評価を得たわけでなく,長らく同胞から裏切り者呼ばわりされ,報われることはなかった。よく考えるともっともな流れではあるけれど,この事実はかなりショッキングだ。反ナチという点で彼らと同じ立場であった占領軍も,占領政策の都合上,反ナチ抵抗運動については故意に黙殺した。力をもつものと力をもたないものの差,といってもいかにも酷な話だし,勝者が敗者である全ドイツ人にドイツの犯罪の責任をかぶせることで,逆に個々のナチ同調者の責任を稀薄化してしまう結果となっている。
    この本で紹介されているように,有名な白バラ事件と7月20日事件のほかにも数々の無名の市民がユダヤ人救援や体制打倒を目指す反ナチ抵抗運動に身を投じ,多くの刑死者を出している。戦前から戦中にかけてドイツ国民の大半は,ナチ支配体制から現実の利益を得ており,ユダヤ人虐殺などの事実に目を向けようとはしなかった。奨励される密告も反ナチ運動拡散の妨げとなった。そのような絶望的な状況の中,いくつものグループが存続していたというのはそれだけでも凄いことだ。
    結局ヒトラー打倒は実ることなく外からの暴力により第三帝国は崩潰。それは多くの反ナチ市民が,ジレンマを感じつつも望んだ,唯一の現実的な解決だった。そんな彼らの胸のうちを思うと何とも言えない気持ちがする。再評価の機運が高まっているというのは良いことなんだろうな。

  • ドイツ近代史について良書。研究としての読み応えと、市民的勇気に心揺さぶられる稀有な読書体験ができた。昨今ヒトラーの人間性を好意的に捉える言説が巷で聞かれるが、この本を読み、どれだけの人がナチスドイツの犠牲になったのか、未来ある大学生が処刑されるような国のトップを肯定的に解釈する恐ろしさがどれほどのものなのか考えて欲しいと感じた。また時代は違えど西洋史を専攻した人間として、キリスト教的価値観倫理観とヨーロッパという点でも興味深かった。
    ヒトラーが国民から大きな支持を得ていた中で、見つかればほぼ確実に処刑されることを理解しながら、抵抗した人々の姿を本書から感じ、自分がそのようなことができるだろうか、そのとき自分は命を賭してまでも母国祖国の本当の美しさを求めて自分の倫理観のもと行動できるだろうかと自問自答した。今の私ではできない。わたしはその自分の弱さを忘れないようにしたい。
    私にできるのは、そのような究極の行動に出なくて良い豊かで幸福で正しい国づくりの一端を担うことだ。
    私は仕事で中学生と関わることがあるから、ぜひ読んでほしいと思ったが、中学生には少し難しいかもしれない(高校で世界史を履修した後くらいなら理解しながら読めるかな?)。

    できることなら、過去に私が紹介したアンネの日記に興味を持ち勉強してくれた彼女に紹介したい。

    2021年5月

  • 最初から最後まで読み応えのある内容だった。
    反ナチ市民を中心にした時系列の章立てのおかげで、市民側が望んでヒトラーを求めたこと、なぜ望んだのかという背景的な社会問題も明瞭に説明されている。
    ヒトラー内閣成立後、より激しくなる暴力、略奪経済、消耗戦。
    密告が常態化しているなか、個人レベルの消極的な反ナチ活動はあり、慎重に活動の輪を広げてネットワークを成してユダヤ人をかくまい逃がそうとしたり、理想の未来「もうひとつのドイツ」に着目して燃える市民がいたりする。
    第五章での、レーマー裁判の裁判長バウワーの論告には、言葉の持つ「智」の力を感じた。
    最後にまとめられていた年表は、関連情報がまとめられていてわかりやすかった。

  • ●ドイツ人はなぜナチスを受け入れたのか

    現代にも共通する社会政策があったのだな。失業問題、公共事業、格安ツアー旅行の推奨、オリンピック開催…

    芸能人がすぐ炎上したり、他人をむやみに攻撃する今の日本も危ういと思っちゃう

    ●戦時中のドイツにいた反ナチの人々
    戦後彼らの復権に時間がかかった理由は、ドイツ人全てを一括りにして悪と断定したい欧米と、ドイツ上層部に残ったナチ残党、それから戦時中ナチスの非人道的政策に無関心を装った大衆だった…

    良い学びだった

  • "機会があったら、いつでも人には親切にしなさい。助けたり与えたりする必要のある人たちにそうすることが、人生でいちばん大事なことです" 他人にどう見られるかではなく、自分が何をすべきか

  • ナチスによる圧政のなかで、人間としてナチスに抵抗、対抗したドイツ人の存在を初めて本書で知った。
    不法国家とはいえ、当時の法律・風潮に対してキリスト教的(隣人愛)思想で、ユダヤ人の手助けやナチス政権にクーデターを試みたドイツ人がいたことに素直に尊敬する。
    その一方で、アインヒマンのように「悪の凡庸さに」象徴される人間もいる。

    日本にも斎藤隆夫、浜田国松のように軍部に対して言論をもって立ち向かった人間もいる(実は安倍晋太郎の父親もそれに近いらしいが)

    人間の愚かさとその一方で救いとなるような象徴がいることに、複雑な心情になった。

  • ◆ヒトラーに抵抗するという、良心的かつ勇気を持った人々に対する戦中・戦後における処遇。戦争の持つナショナリズムの愚昧と悲劇、普遍的価値や利益に対して人々の眼を曇らせてしまう様を鋭く開陳する◆

    2015年刊行。
    著者は秋田大学名誉教授(教育学)。

     自由と平和という観点から見れば蛮行に明け暮れたヒトラーは、「ドイツ人」には広く支持されてきた。しかし、この蛮行に違和感や嫌悪感、反感を持つ者もいて、彼らは消極・積極にナチス政権に対する反旗を翻した。
     それは、巨視的に見ればドイツ人の良心とも言えるが、彼らの悪法は法に非ずという姿勢・態度は遵法的な様とは乖離し、戦時下ドイツでは敵性扱いを受けることとなった。本書はその反ナチ行動をとった人物を広く粗描し、間接・直接の反ナチ行動の内実を開陳する。


    トム・クルーズの「ワルキューレ」。この映画に代表されるように、反ナチの中でもヒトラー暗殺事件などは様々な形でフィクションの題材に挙げられるし、いわゆるユダヤ人救援活動もまた同様かもしれない。

     ただここで何とも言えぬ思いに駆られたのは、
    ➀ ナチスの様々な抑圧と蛮行に対して、自己保身と経済的利得に狂喜しつつ、自己保身のために見て見ぬふりであったを大多数の「ドイツ人」の中、
    ➁ 反ナチ行動が、戦時下ドイツでの敵性行動とされた上、
    ➂ 戦後ですら、かかる抵抗運動の典型のヒトラー暗殺7月20日事件を肯定的に評価する比率が、過半数を下回る40%。
    ➃ もしナチス抵抗運動がなければ、ドイツが第二次世界大戦に勝っていたと考える層が、「多分」という条件付きの回答を含めると、40%にも及んでいる
    という指摘である。

     ルール策定権と暴力組織(基本的には警察)が掌握されている中、死に直結する逮捕監禁の危険を省みず、悪法を否定し行動する人間、すなわち著者の言うツヴィル・クラージュ(市民的勇気)を持つ人々を顕彰し得ない様に、僅かばかりの経済的利得に眼が眩んだ人々、人間の尊厳を守ろうとしない国家との距離感をはき違える心性に対し言い知れぬ寂寥感を覚える。
     そういう意味で、読破中、負の感情が起きたものの、この事実を赤裸々に語る第五章が卓抜である。

  • ナチスやヒトラーの犯罪性を見抜き、戦後構想の先見の明の高さ、行動する自己犠牲精神の気高さや高貴さに胸が打たれた。良書です。おすすめ

  • シュタウフェンベルクらの1944年7月20日事件については、「ヒトラー暗殺計画 (中公新書 (744)) 」(1984)にドラマチックに描かれている。

    本書は、ヒトラー政権に対する抵抗運動について、ユダヤ人救済ネットワーク、クライザウ・グループなど他の運動についても取り上げるとともに、関係者の戦後の状況まで、包括的に取り上げている。

    「ヒトラー政権が、多数のドイツ国民に支持された体制であり、ナチ体制を否定するものは、ドイツ国民の生活と世界を脅かす存在であり、自国の敗北をたくらむ反逆者となった。
    戦後でも、まだヒトラー支持は色濃く、抵抗者であった彼らには裏切り者の汚名がつきまとい、遺族たちも物心両面の苦難が続いた。」
    というのは、印象的である。

    抵抗は、ドイツ語で、der Widerstand、der Stand(状態)に逆らうという意味である。社会の大勢に対し行動することが反体制、抵抗運動として、死刑を以って処罰された中で、自ら良心に基づき、勇気を以って行動した人々がいた。

    反ナチ運動は、現代の日本に生きる市民にとっても、社会や組織の大勢に盲従することなく、自らの精神の自由に基づき行動することの良き先例だと考える。

  • “白バラ”という言葉は聞いたことがあったが、初めてナチスに対する抵抗運動を知った。
    当初はヒトラーが合法的に政権をとったこと、また共産党をはじめとする反ナチスに対して弾圧したこと、この2点から抵抗運動の存在が自分の視点からはうっすら抜け落ちていた。一面的な“戦時中のドイツ”をつくりあげないように、もっと取り上げられてもいいのでは、と思う。

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著者プロフィール

對馬達雄

1945年青森県生まれ.東北大学大学院教育学研究科博士課程中途退学.教育学博士(東北大学,1984年).秋田大学教育文化学部長,副学長等を歴任.秋田大学名誉教授.専攻・ドイツ近現代教育史,ドイツ現代史.主著『ヒトラーに抵抗した人々』(中公新書,2015),『ディースターヴェーク研究』(創文社,1984年),『ナチズム・抵抗運動・戦後教育――「過去の克服」の原風景』(昭和堂,2006年),『ドイツ 過去の克服と人間形成』(編著書,昭和堂,2011年)訳書『反ナチ・抵抗の教育者――ライヒヴァイン1898-1944』(ウルリヒ・アムルンク著,昭和堂,1996年)など

「2020年 『ヒトラーの脱走兵』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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