中曽根康弘 - 「大統領的首相」の軌跡 (中公新書)

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  • 中央公論新社
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レビュー : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121023513

作品紹介・あらすじ

自主憲法制定を訴えるタカ派、主張を変える「風見鶏」、首相就任時も、田中角栄の影響下「田中曽根内閣」と批判された中曽根康弘。だが「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根は、「大統領的」手法によって国鉄などの民営化を推進、レーガン米大統領や中韓と蜜月関係を築き、サミットを通じて、日本の国際的地位を大きく上昇させる。本書は中曽根の半生を辿り、日本が敗戦から1980年代、戦後の頂点へと向かう軌跡を追う。

感想・レビュー・書評

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  • 運もあったにせよ長期政権を維持できたのは、政治的センスが高かったからということ。 ただ、国をどうしたいという信念があったというよりは政局を乗り切る器用さのほうが目立つ。自民党の一つ世代が上の代議員からはパフォーマーという評価で信頼を得ていない。 これを読むと、今振り返る形の小泉純一郎の評伝も読んでみたくなった。

  • 著者も最後に書いているが、まだ存命の政治家について業績をまとめることはとても勇気のいることだったと思う。まずその労をねぎらいたい。そして、吉田茂が戦後を作った指導者ならば、中曽根康弘こそが戦後を終わらせ、冷戦を勝利に導いた指導者なのだろう。
    総理になる前に、これほどまでに海外を歴訪した指導者は日本では唯一無二なのでは無かろうか。そうやって積み上げた者があったからこそ、外交を得意分野とした総理たり得たのだろう。
    しかしながら、対米、対中、対韓の全方位の外交を上手くこなしてきた『自信』が、これまでの総理と同じく靖国神社に普通に参拝すれば済むところをわざわざ諮問機関を作って『公式参拝』し、しかもその後の中国の反発に応じて以後の参拝をやめるという『靖国神社の政治問題化』といった禍根を招いたのは間違いないところだと思う。
    このような致命的な失敗があったものの、三公社の民営化をやり遂げたなど、中曽根氏の功績が偉大なのは言うまでもない。
    とはいえ、無理矢理引退させられるまで議席に固執しないで息子の中曽根弘文に議席を譲って自らは参議院比例区に転出するべきだったんじゃねえのかなあ?福田は息子も総理になったぞw

  • 「大統領的首相」を標榜して昭和の最後に約5年間首相を務めた中曽根康弘の評伝。中曽根へのインタビューや中曽根の著書・日記をベースとしつつも、同時代の他の政治家による中曽根に対する評価を記した史料等も用いながら、中曽根を現代日本政治史の中に位置付け、その半生をできる限り客観的に描いている。
    中曽根の半生をたどることは、まさに戦後の日本政治史をたどることであると感じた。パフォーマンス重視や風見鶏という批判は、一面では当たっていると感じたが、傍流の小派閥の長として、首相にまでのぼりつめようと思ったら、ある程度は仕方のないことだったのだろうとは思う。
    中曽根が政治家として優れている点として、野党時代や不遇の時代に勉強をに努めたり、外遊を重ねるなど、その後に表舞台に立つときに備えていたということが挙げられると感じた。
    また、憲法改正にこだわるなどタカ派のイメージが強かったが、中国をはじめとするアジア諸国への配慮に心をくだくなど、いわゆるタカ派のイメージそのままではない一面も知ることができた。
    新書ということで分量的に仕方のない部分はあると思うが、一つ一つのエピソード(三公社民営化、靖国公式参拝問題など)の掘り下げが少し足りないかなと感じた。また、まだ存命の人物という点で難しいのは重々承知だが、最後にもう少し著者なりの中曽根に対する全体的な評価を示してくれれば、なおよかったと思う。

  •  筆者曰く、「中曽根史観」を避け、「中曽根を相対化する」とともに、「保守党を軸とする現代政治史」としても読めるよう配慮したとのことである。そのため分析というよりは通史だが、さすがに戦後直後から80年代までを中心とした政治史に見事になっている。
     保守本流とされる吉田茂には反発し、野党時代も自民党以降もパフォーマンス重視、入閣も遅れ、同期当選の田中角栄を含む「三角大福中」の中で一番遅れをとり。しかし今になってみると「大政治家」とのイメージが強い。ライバルに比べると若く、長く首相をやれたからか。就任当初こそ田中派を多く入閣させたものの、一年後には田中の影響力を削ぐこともできたこともその一因だろう。筆者は中曽根政治を「『三角大福中』派閥対立と長老支配の終局」「審議会を多用した『大統領的首相』」「官邸政治を特徴とする現代政治の起点」と評している。
     また、相反しそうな思想が彼個人の中で共存してもいる。タカ派と見なされがちだが、「米英仏蘭に対しては普通の戦争、アジアに対しては侵略的性格のある戦争」と言い、50年代には共産圏の中ソを訪問。総理在任時も不沈空母発言やSDI構想支持の一方でアジア外交も重視。靖国公式参拝にこだわりつつも中韓との関係から自粛。

  • 非常に読み易く、当時の政治状況の臨場感がヒシヒシと伝わってくる。

  • 中曽根マシーン
    中曽根は多くの時間を読書に費やした。
    ジャンルは主に政治、宗教、歴史、科学であり、
    小説では司馬遼太郎の本を愛読していふ。
    水泳、ゴルフ、座禅を好んだ半面、「インドアの遊びをするなら勉強していたほうがいい」と麻雀を嫌った。

  • 20160427-0514 田中・大平、と来て自分の中の政治家についての新書シリーズ3部作の最後は中曽根氏で締め。もし次があるなら、小泉純一郎氏かなあ。

  • んーやっぱり存命人物の伝記はいろいろオブラートにくるまなきゃならんのだろうな、というのが率直な感想。かくもアクの強い人物がここに書かれたようなキレイゴトだけで世渡りしてきたなんて誰も信じないでしょ。まあ通史としてはとてもよくできていているので、葬式の香典返しに遺族が配るのには最適な1冊。

  • 2016年2月新着

  • 中曽根康弘。5年の長きにわたり、内閣総理大臣を務めた昭和を代表する政治家。特に評価されるのが外交手腕。米国大統領レーガンとニックネームで呼び合うほどの親密な関係を築き、中国や韓国との首脳とも会談を重ねる。好調な国内経済も後押しして、中曽根率いるジャパンの存在感は世界の中心を占めていた。

    内政面でも中曽根のライフワークともいえる原発推進やNTT、JRなどの分社民営化を果たす。退任も鮮やかだ。首相候補に竹下登、安倍晋太郎、宮沢喜一の3人を競わせ、自身が最終決定を下すという形で後世に影響力を残した。

    こうした中曽根首相の評伝を読んでみると、申し分のない首相人生に見える。心残りとすれば、憲法改正と消費税導入ができなかったことくらいか。しかし、彼が首相にまでたどり着くには、苦難の連続だった。

    自身が率いる派閥は常に少数派で、自民党の大勢力に飲み込まれそうになるたび、わずかなスキマを慎重に渡り歩く。その姿は風向きが変わるたびにクルクルと回る「風見鶏」と揶揄される。特に年齢も初当選も同じ、田中角栄との関係には細心の注意を払う。大卒で国家官僚OBのオレが、なんで同期で中卒の田中に気を使わにゃならんのだという感情を抑え、田中の首相就任を全力でバックアップ。その恩恵で自らも首相に就任するが、閣僚には田中派をズラリと並べ、「田中曽根政権」と、これまた揶揄される。

    こうした批判を受けつつも、中曽根首相は過去の苦労を糧に、時代の流れを読む能力に磨きをかけ、国内外に多くのコネを作り上げた結果、長期政権を維持できたのだろう。結果的に歴史ではなく政治史の中で中曽根が田中角栄よりも名を残したことは、ハッピーエンドとしてよくできている。

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著者プロフィール

1968年東京都生まれ。92年京都大学法学部卒業。97年神戸大学大学院法学研究科単位取得退学。博士(政治学)。現在、中央大学総合政策学部教授。日本政治外交史・東アジア国際政治史専攻。著書に『東アジア国際環境の変動と日本外交 1918-1931』(有斐閣/吉田茂賞受賞)、『広田弘毅――「悲劇の宰相」の実像』(中公新書)、『日中歴史認識――「田中上奏文」をめぐる相剋 1927-2010』(東京大学出版会)、『日中国交正常化――田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦』(中公新書/大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞特別賞受賞)、『大平正芳 理念と外交』(岩波現代全書)、『外交ドキュメント 歴史認識』(岩波新書)、『中曽根康弘――「大統領的首相」の軌跡』(中公新書)ほか多数。

「2016年 『田中角栄 昭和の光と闇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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