競馬の世界史 - サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで (中公新書)
- 中央公論新社 (2016年8月18日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121023919
感想・レビュー・書評
-
サラブレッド誕生前夜どころか紀元前の競馬事情から2015年までの、日本を含めた世界の競馬の歴史を、総合的にたどっていく本。
競馬の逸話がふんだんにちりばめられている本です。それこそ「名馬とは記憶に残る競走馬」のテーゼがあるとしたらそれにしたがって、記憶に強烈に残るからこその競走馬そして競馬、というその魅力をさまざまなエピソードから伝えてくれています。
本書プロローグで触れられているデットーリ騎手による一日の総レースである7戦を全勝した出来事(マグニフィセント・セブン)を僕は知らなくて、レジェンドたるところのひとつの究極的達成がこういうことだったのか、とこれまで見つからなかったパズルのピースが思いもかけないところから出てきた、みたいな満足感を得るトピックでした。
今や名手・岡部幸雄元騎手の総勝利数記録(歴代2位)に迫る横山典弘騎手が若い頃にはデットーリ騎手をまねてフライングディスマウント(パッと馬から飛び降りる)をしていたくらいですから。昔はデットーリ騎手を前にすると日本の一流でもミーハーになるみたいなところはありましたよね(このあいだの日曜日のメインレース・中山記念を横山典弘騎手は見事に優勝されて、その口取り風景でなんとフライングディスマウントをされていました)。
さて、有名なサラブレッド三大始祖。バイアリーターク、ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアンの三頭ですが、彼らの逸話が興味深かったです。たとえば、ゴドルフィン・アラビアン。彼にはグリマルキンという、終生の友となった猫がいたんですって。絵画が残っているとのことでした。また、バイアリータークはバイアリー大佐のターク(トルコ馬の意)という意味合いの名なのですが、この馬はバイアリー大佐とともに戦場で反乱軍に囲い込まれたとき、卓越した敏捷性と凄まじいスピードで包囲を突破したのだそうです。最後にダーレーアラビアン。三白流星(脚元三つの足が、靴下を履いたかのように毛が白く、鼻筋にはすうっと白い毛が通っている見た目のこと)の容姿と、均整の取れた体躯をしていて、現代日本競馬いえばトウカイテイオーのような見た目です(トウカイテイオーにダーレーアラビアンの血が濃くでた、なんて考えてもいいのでしょうか)。ダーレーアラビアンは、ダーレーの一族の者がシリアで売買の交渉を持ちかけたのだけど拒否され、なんと盗んでイギリスに連れてきた馬だそうです。その遺恨のせいか、ダーレー一族の者が殺害された謎の事件があるのでした。
次に触れるのは、最初のスター騎手、フレッド・アーチャー。19世紀に活躍したイギリスの騎手で、「彼が騎乗すればカタツムリでも勝てる」と言われていました。騎乗数8000回以上でその1/3以上を勝利したのだからとんでもない勝率です。ただ、傷つきやすい性格で、愛妻が亡くなるとほとんど錯乱状態になったり、愛娘にも先立たれつらい思いをしたそう。減量にも苦しんで、よく体調不良に陥っていたらしい。そういった苦しみのためなのか、29歳のときに拳銃自殺を遂げてしまう。広く大衆に崇められていたそうで、肖像画の複製はよく売れ、彼の結婚式ではファンの群衆を特別列車が運んだのだと。伝説的人物です。
本書を読んでいると、たまに信じがたいほどにとんでもなく優秀なサラブレッドが登場します。エクリプスにはじまり、フランスから遠征してイギリス三冠馬になったグラディアトゥール、54戦全勝の牝馬キンツェム、種牡馬としてもかなり優秀だったハイペリオン、イギリスやフランスには劣るイタリアから生まれて世界の血統図を塗り替えたネアルコ、赤栗毛という珍しい毛色の馬で(ビッグレッドの異名を取ったそう)その強烈な強さからアメリカのアイドルホースとなったマンノウォー、二歳馬(まだ幼いデビュー年)のときから米年度代表馬となったセクレタリアト。
日本でもシンザン、シンボリルドルフ、オグリキャップ、ディープインパクト、アーモンドアイ、そしてイクイノックスと、とてつもないパフォーマンスを見せる馬がたびたびでてきますが、競馬ファンはそういう馬の登場に心を持っていかれてしまう。気持ちよく。寺山修司の「さらば、ハイセイコー」という作品の伊集院静さんの朗読によるものを僕は持っているのですけれども、ああいうのを鑑賞すると、競馬のドラマと泥臭さと華やかさと、あれもこれもが混沌と重なり合っている感じのなかに希望や挫折があって、人々は競馬にそういうところを見続けてきたんだろうか、と「我思う」みたいになっていきます。
でも、競馬には賭けがつきもので、人間は金銭にめがくらみます。イギリスでも昔から不正がはびこっていて、人気馬の脚を折る、毒を盛る、騎手を買収する、スターターを買収するなどなどの行為は珍しくなかったそうです。また、賭けたお金を持ってとんずらする業者も後を絶たなかったと。それでも訴えるわけにもいかず、泣き寝入りするしかない状態だったそうです。
現代の日本ではJRAがきちんとルールを作り、厳格・厳正に競馬開催していますけれど、それってすごいことなんだろうな、と本書を読むとその重みを肌身に感じることになりました。
競走馬のひたむきな走り、そして騎手の技、駆け引きに魅了されて楽しむ人が多くいる競馬ですが、そういった遊興の歴史を知ることもまた、レースをリアルタイムでみるように十分な娯楽たりえるものとなります。過去のこととなってもなお、僕らを驚かせ興奮もさせる競走馬そして競馬。人類は競馬なんていう、これを知ったらもう元には戻れないような大変なものをはるか昔に発明してしまったんだな、なんて大げさな感想を最後に持つに至るのでした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
90年代、00年代が自分の中の最高潮だった競馬熱、その時期楽しんでいたギャロップレーサーというゲームから、過去の名馬たちにも勝手に親しみを覚えている。
それらを通しで確認できたのはおもしろかった。
てか、海外の競馬場行きたい。 -
競馬の歴史といっても、3つの側面があると思います。
1 文化史
2 名馬の戦績
3 種牡馬・繁殖牝馬の血統の連なり
本書では明確に分けているわけではありませんが、前半では文化史を主に追っていきます。
ギリシア・ローマにおける戦車競走に始まり、ダービー・オークスが成立する18世紀までには、競走や賭博の公正さを確保するための努力がありました。
また、同時平行でサラブレッドの改良が進められ、本書の後半は、名馬が好成績を残して、種牡馬となり、その遺伝子が子に受け継がれていく、その歴史を追います。
現役競走馬の5代前よりも更に昔からサラブレッドの血統は続いていて、改良の果てに今のレースがある。そう思うと、戦争や政治よりも一層身近なものとして、歴史を感じることができます。
競馬新聞に書いてある血統の情報はせいぜい2世代くらいのものですが、深掘りすれば全ての競走馬の父系をたどれば三大始祖にたどり着くというのは、人間の歴史にはないロマンがあります。
また、明治維新後の日本は、こうした文化や血統を急速に取り込みました。
その成果が、ちょうど100年前に成立した競馬法であったり、戦後に制度化されたクラシックであったりするわけです。
その制度化されたレースで、数々のドラマが生み出されていきました。
折しも2023年11月4日は、サンタアニタパーク競馬場でブリーダーズカップが開かれ、日本馬も多数出走しました。
こうした海外のレースにも賭けることができる昨今において、各国の競馬場、レース体系、血統についての興味は尽きせぬものがあります。
海外における日本馬の活躍と血統の知識を、本書は更に面白くさせてくれました。 -
広くまとめてあり勉強になる。エクリプス、セントサイモン、ハイペリオン、ネアルコ、ノーザンダンサー、ニジンスキーなどなども登場してにやけてしまう。
-
MR1f
-
エルコンドルパサーの凱旋門賞を生で観戦しているこの著者は何者だと思ったが、ローマ史の研究者らしい。この後に読んだ「教養としての世界史」で、作中やけに競馬の記述が多いと思ったら同じ著者だった。競馬は一年ごとに馬の顔触れが変わってくるので、積み重ねてきた歴史とドラマも膨大な数になる。競馬ニュービーの私に本書は入門書として最適だった。
-
競馬の歴史が面白く学べた。
しかし分かりにくい。時代がとんだり戻ったりする上に年代も「~から何年後」という表記でメモを取らないとついていけない。年表があれば全然理解のしやすさが違うんだが。
さらに表現に重複が見られ校閲不足を感じる。
あとがきを読むと100日で書かれたとあるが著者が一気にかきあげた勢いが感じられる。
内容は素晴らしいがまとめ方が荒削りで読みながら自分で年代をまとめないとついていけない点がマイナス。
あとこれは競馬と関係ないが在来馬保護の視点が全くない。 -
二度と読みたくない。
-
20190106