ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

著者 :
  • 中央公論新社
4.04
  • (56)
  • (72)
  • (18)
  • (11)
  • (3)
本棚登録 : 756
レビュー : 81
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121024107

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 2017年。トランプ大統領誕生。英国がEUから離脱した。欧州で吹き荒れる反EU・反移民の声。ナショナリズムと自国利害中心主義の潮流は世界をどこに運ぶのか。今年の重要なキーワードとなるのが「ポピュリズム」だろう。本書はポピュリズムの特徴と成立背景を、南北アメリカと欧州の事例を引いて分析し、ポピュリズムがもつ二面性(抑圧と解放)とデモクラシーが孕む逆説を明らかにした良書。


    まず、ポピュリズムとは何か。二つの定義がある。1)直接国民に訴える政治手法。2)既成政党やエリートを批判し国民をひとつにまとめる下からの政治運動。本書は現在の世界の大衆迎合主義をエリート批判を中心にする下からの政治運動と捉え、エリートと国民の対比のなかで展開される政治運動としてポピュリズムを分析している。
    興味深いのが、ポピュリズムがもつ二律背反な特性だ。ラテンアメリカの事例からポピュリズムが社会を活性化させる効果を指摘している。これを著者は解放型ポピュリズムという。国内における圧倒的な経済格差と民主主義の未成熟にあるラテン諸国は、労働者や貧困層を基盤とし、社会経済上の平等を求める分配型のポピュリズムを志向する傾向がある。ここでは富を独占する外資や大地主、彼らと癒着した政治家やエリート層が攻撃対象となる。これにより停滞した既成政党に緊張感を与え、幅広い層の政治参加と既成政治に改革を促す契機となりポピュリズムは各々の民主主義にとって良い意味がある。


    これに対して欧州は逆に抑圧型のポピュリズムだという。福祉国家の発達により再分配が進んだ西欧は、ラテンアメリカのような貧富の差は少ない。むしろ公共部門から便益を受けている人々(公務員・生活保護受給者・福祉給付の対象者や給付対象者となりやすい移民、難民など)が批判の標的となる。さらにそれを許容し支援する既成政治家やエリート層がポピュリズム政党の格好の攻撃対象である。つまり国家による再分配の受益層とそれを助けるエリートが「特権層」とみなされる。ここに切り込み引きずり下ろすことを主張するのが欧州ポピュリズム政党の特徴である。


    そして最も興味深く且つ頭を抱えたくなる問題は、現代のポピュリズム政党のリベラル性であり、デモクラシーとの親和性である。
    本書では欧州各国のポピュリズム政党の誕生から躍進までの過程を歴史を踏まえ丁寧に辿っている。元ナチ協力者の生き残りや極右が結成した党として出発した政党が、徐々にデモクラシーの枠内でリベラルに転向し、有権者の支持を獲得することに成功したポピュリズム政党(フランス・ベルギー・オーストリア)。設立当初から民主制のなかでリベラル型の政党として進化してきたポピュリズム政党(オランダ・デンマーク・スイス)。などなどお国柄各国様々な成立背景がある。

    ここから分かる厄介なことは、リベラルゆえの「不寛容」。デモクラシーゆえの「親和性」。という問題である。
    現代のポピュリズム政党は民主主義の理念やリベラルな価値を援用して排除の論理を正当化する。つまり人権尊重、男女平等、政教分離といったリベラルな価値に基づいて、男女平等や個人の自由を認めない政教一致なイスラム教を批判する。エリート支配への批判、民衆の政治への直接参加といったデモクラシーの理念に基づき、国民投票を行い、急進的な政策を押し通し既成政治打破を訴える。
    実はデモクラシーやリベラルの論理を突き詰めれば詰めるほど、反イスラム排斥を訴えるポピュリズム、純粋な民主主義を訴えて国民投票でマイノリティ排除やEU離脱を決めてしまうポピュリズムの主張を正当化してしまう。西欧のポピュリズム政党の事例からみえてくるのはこうした矛盾だ。ポピュリズムはデモクラシーの内なる敵という意味もここにある。世界は今後このパラドックスと向き合わないといけない。やっかいな話だ。はあ。

    2017年を占う上で非常に役立つ内容。

  •  現代欧州を中心に各国の個別事例に紙幅を割き、巻末で一定の共通点を見出だすという手法を取っている。筆者の専門が欧州政治史と比較政治である故か。書名から予想した内容とはやや異なったが、頭には入りやすい。
     ラテンアメリカと欧州のポピュリズムの違いについて、前者は「解放」志向の左派・(攻撃対象たる現在の)受益層は富裕層・「社会経済的な改革」志向。後者は「抑圧」型の右派・受益層は貧困層や移民・「政治文化的な批判」。筆者はこうざっくり分類している。
     そして、現代欧州を念頭に置いてか、以下の3つの論点を指摘している。特に第一の点について、自分が漠然と感じていたことが頭の中で明確に整理された。
    1)「リベラル」「デモクラシー」との親和性。極右から出発した政党でもそうでなくても、先進民主主義国では当然の前提となっているこれらの価値を承認し利用もしている、ということである。確かに、「男女平等や個人の自由を認めないイスラム」への批判、シャルリー・エブド襲撃は「言論の自由への挑戦」との主張に対しては、(イスラム教に造詣の深い人なら違うのだろうが)一瞬言葉に詰まる。そのためこれらの主張は今や強い説得力を持つようになっている、現代デモクラシーの論理をもってポピュリズムに対抗することは困難、と筆者は述べる。
    2)一過性のものではなく、ある種の「持続性」を持った存在。カリスマ的リーダーが去った後でも有権者の支持を持続的に集めているという。
    3)既成政党に改革を促し、デモクラシーを再活性化させるという「効果」。このように、ポピュリズムが現代政治に与えるプラスの側面も筆者は指摘している。

  • ブレグジットやトランプ当選、日本は対岸の火事だと思っていて良いのか?
    本著は、ヨーロッパ政治史専攻の比較政治学者さんによる、ポピュリズムについての「冷静な解説書」です。各国でのポピュリズムの勃興について、非常にわかりやすく整理されているので、この1冊だけで知った気分になれます(笑

    にべもないコトを言ってしまうと、結局ポピュリズムもマーケティングと一緒で、本著で言う「置き去りにされた人々」は、既存の政党(サービス)がカバーできていなかった層のことで、「そこブルーオーシャンじゃん!」とポピュリズム政党が食いついたと。
    当たり前なのですが、グローバル化やらICTの導入やらが進む中で社会構造は変わりつつあって、そんな中で既存政党が今までと同じコトをやっていたらどうしても取りこぼしが出てしまう訳です。
    しかし、従来既存政党が綿密にこしらえてきた教条や集票スキームがある中で、それが彼らの足かせにもなってしまって、変わることができず、結果として取りこぼしが出てしまっていた。

    それを踏まえ、今後日本ではどうなるか。
    大阪以外でイマイチ違いを打ち出せていない維新、主張は尖っているけど任せて良いのかまだ良くわからないN国、それともまた新しい政党が出てくるのか。
    本著を読んで感じたのは、「わかりやすい違い」がありつつも、「そこまで尖りすぎた主張はしない(一歩引く?)」ことで、大衆の支持を集めるということ。両者を兼ね備えた存在が出て来た時、日本でもポピュリスト政党が一挙に支持を集めるかもしれません。

  • ヒステリックに否定したりせず価値中立的かつていねいにポピュリズムの概要と実例,その影響まで説明していると思う。ヨーロッパとアメリカの最新事情だけでなくラテンアメリカにおける起源までしっかり遡れていて視野が広がる。東京議会選の結果を見ると今後注目されること間違いなしの分野なのでヒットしてほしい。

    (ポピュリズムの定義)
     ポピュリズムの定義は大まかに分けて二種類ある。①政党や議会を迂回して有権者に直接訴えかける政治手法という定義。②人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動という定義。基本的にイデオロギー性は薄く,ポピュリズムを具体的な政策内容で定義するのは難しい。したがって,近年欧米諸国で台頭しつつある「ラディカル・デモクラシー」の運動(イギリスのコービン,アメリカのサンダース,フランスのメランションなど)は一見するとポピュリズムの政治姿勢と対照的であるが,共通点も多いといえる。
     ポピュリズムは民主主義の敵のように扱われることが多いが,民主主義というよりも,代議制民主主義(間接民主制)への攻撃を行う点にポピュリズムの特徴がある。民主主義における法の支配や権力抑制を重視する「実務型」の民主主義の解釈を行う者にとってはこの点が危険視される。特に問題となるのは,多数決原理を重視しすぎるあまり少数派の権利が脅かされることである。
     ポピュリズムも悪いことばかりではない。野党としてのポピュリズム政党の存在は,排除されてきた社会集団の参加を促し,かつ既成政党に緊張感を与えることで,デモクラシーの質を高める方向に作用する。たとえばポピュリズムの起源となったアメリカ人民党は,19世紀末の「金ぴか時代」に独占資本主義の弊害を解消するべく立ち上げられた政党であったが,既存の政党が「革新主義」改革を掲げるきっかけをつくり,やがて既存の政党が改革に着手すると支持を失って消滅していった。逆にポピュリズム政党が政権を獲得し,さらにそれが安定的なデモクラシーを実現していない国の場合では,ポピュリズムがデモクラシーに対する脅威として立ち現れる。その典型例がクーデタにより憲法を停止したペルーのフジモリ政権である。フィリピンのドゥテルテ政権にも同種の傾向が見られ注視が必要である。

    (ラテンアメリカ)
     ポピュリズムの起源はアメリカ大陸である。アメリカ合衆国における人民党の成立が起源であるが,ラテンアメリカでは実際にポピュリズム政党が政権を獲得し,さまざまな改革を進めていった。ラテンアメリカにおけるポピュリズムの台頭を考える際に重要な背景は,この地で歴史的に形成されてきた社会経済上の圧倒的な不平等である。寡頭支配層の権力独占に終止符を打った直接の契機は世界恐慌にともなう一次産品の輸出減少であり,その後アルゼンチンのペロン政権に代表されるようなポピュリズムの嵐が巻き起こった。現在のラテンアメリカは一人当たりの国民所得で見おるかぎりでは中進国に位置するが,所得分配の在り方に目を転じると厳しい不平等が残っている。そのため,ポピュリズムが台頭する土壌は残されていると言える。ベネズエラのチャベス政権もポピュリズム政権に分類できる。

    (ヨーロッパ)
     1970年代以降,ラテンアメリカで下火となったポピュリズムは,舞台を変えてヨーロッパで台頭するようになった。理由は次のようなものが考えられる。①冷戦の終結にともないイデオロギー対立が消滅したため。革新政党のアイデンティティ喪失はもちろんのこと,保守政党も「反共の砦」としての地位を失い,それまで黙認されてきた腐敗が取りざたされるようになって,既存政党全般が大きなダメージを受けた(例:イタリア)。②組織・団体の弱体化。→このように既存の政党・団体が弱体化し,社会に対する把握力が大きく低下したことで,政党エリートや団体指導者がもはや「私たちの代表者」として認識されず,「彼らの利益の代弁者」として位置づけられるようになってしまった。これを受け,現在のポピュリズム政党は❶組織の力に代わってメディアの力を援用する。❷デモクラシーの理論を否定するのではなく積極的に援用して既存政党の「非民主性」を強調する。❸ラテンアメリカのポピュリズム政党と同様に「特権層」を攻撃し「分配」を求めるが,富裕層を攻撃して「分配」を求めるというよりも,既存の制度による再分配によって保護された層を「特権層」とみなし攻撃する作戦をとっている。特に❷は重要である。ヨーロッパを代表するポピュリズム政党として,フランス:国民戦線(FN),オーストリア:自由党,ベルギー:VBなどを挙げることができるが,これらは極右由来であり,もともとナチズムとも親和性があった。これに対し,デンマーク:国民党や,オランダ:フォルタイン党→自由党は極右由来ではなく,FNなども現在では主張を転換しつつあるため,ポピュリズム=極右という位置づけは必ずしも現在の実態とは一致しない。カリスマ性のある政治家による独断専行に陥りがちであるという批判も,リーダーの交代を経てなお影響力をもつポピュリズム政党があることを考えると,必ずしも正当ではない(例:橋本徹はエリート文化批判を行うなど多くの点でポピュリズム政治家と共通点を持つが,彼が辞任した後もその政党は一定の影響力を保持している)。

    (デンマークとオランダ)
     デンマークとオランダといえば,近年の日本でしばしばモデルとして扱われてきた代表的な国である。デンマークは障碍者をめぐる「ノーマライゼーション」を進めた福祉先進国であり,風力発電が発達した環境先進国としても頻繁に参照される。またオランダは二十一世紀初頭には時短と賃金抑制をセットにしたいわゆる「ワークシェアリング」の発祥の地,「オランダモデル」の国として知られ,最近はワーク・ライフ・バランス政策や同一労働同一賃金を進めた国として,やはり重要なモデルとされている。しかし同時に,この二国は反移民を掲げるポピュリズム政党が二十一世紀に入って躍進を遂げた国でもある。しかもポピュリズム政党は閣外協力などのかたちで政権に力を貸し,強い影響力を与えてきた。その結果,両異国の移民・難民政策は大幅に厳格化されており,今やこの二国は,ヨーロッパで最も移民に厳しい国に分類される。上述のとおり,デンマークやオランダのポピュリズム政党は極右に起源をもっていない。たとえば,オランダのフォルタインは,自らの名を政党名として掲げたユニークな政治家であるが,彼は他のポピュリズム政治家と同様にイスラームを後進的な宗教として断じ,ヨーロッパの自由主義とは相容れないものと位置づけた。ただし,これには彼自身が同性愛者であり,同性愛を迫害するイスラームは認めないという背景がある。(フランスのFNのルペンも,同様に同性愛者の差別を敵視し,また自ら離婚を経験した女性として社会の不平等を攻撃する立場をとっている)。フォルタインが射殺されたのち,その地位を引き継いで現在も高い知名度を誇るのが自由党のウィルデルスである。彼の政党は他の党員の存在を認めない「一人政党」として異彩を放っている。

    (スイス)
     国民投票・住民投票が即民主主義の否定につながるわけではないが,既存の政治家や官僚組織を飛び越え,国民が直接意思決定をすべきであるという考え方が,ポピュリズムと同じ根を持つことは否めないだろう。また,国民投票の結果が強い力で立法府や行政府を拘束するということは,それが社会改革を妨げたり,不寛容政策を促したりする原動力にもなりうるということである。ポピュリズムの台頭につながった例としてスイスを挙げることができる。スイスの女性参政権の導入は1972年と遅いが,これは国民投票によって50年代の選挙制度改革が妨げられた結果である。2009年にはミナレット禁止条項が成立し,憲法が改正されている。フランスと同様,スイスでも公共の場におけるブルカの着用が禁止されている。

    (イギリス)
     イギリス独立党(UKIP)ははじめ泡沫政党として扱われていたが,他の極右政党に代わる「節度あるオルタナティブ」としてその支持を吸収していき,ついにはイギリスのEU脱退決定に強い影響力をもつほどの政党に成長した。彼らがターゲットにしたのは,「本当は極右政党に投票したくないが,自分たちのために動いてくれる政治家は他にいない」という疎外感を持っている「置き去りにされた(left behind)」人びとであった。党首のファラージは決して貧困層の出身ではなかったが,パブで労働者の意見を聞いて回る姿をメディアで流すなどのイメージ戦略に成功し,ブレア改革により変質したと考えられた労働党に代わる労働者階級の立場を守る政治家として台頭したのである。アメリカのトランプ旋風においても,「ラストベルト」と言われる貧困地域の労働者が大きな役割を果たしたと言われている。

  • 著者の水島治郎氏は、オランダ政治史、ヨーロッパ政治史を専門とする政治学者。
    今年2016年は、英国でEU離脱を問う国民投票で離脱賛成票が過半数を占めたこと、米国大統領選挙で公職経験のないトランプが当選したことなど、世界の潮流のターニングポイントとなった年と言えようが、それらの背景には近年の先進各国におけるポピュリズムと呼ばれる政治運動の躍進がある。
    私はそうした世界の潮流の変化に懸念を抱くひとりであるが、一方で、BREXITもトランプの当選も、民主主義の根幹である多数決(米国大統領選挙の仕組みは少し違うが)の結果であることに違いはなく、所謂ポピュリズムと民主主義の違いは何なのか、疑問に感じてきた。
    著者は本書の目的を「この現代世界で最も顕著な政治現象であるポピュリズムを正面から取り上げ、解明を試みることである」と述べ、ポピュリズムを理論的に位置付けた上で、ヨーロッパやラテンアメリカの具体的な事例を分析しつつ、それを明確にしてくれている。
    本書の主張は概ね以下である。
    ◆ポピュリズムの定義には、大きく、①固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル、②人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動、の2つがあるが、現代のポピュリズムの多くは②の性格が強い。
    ◆近代デモクラシーには、「立憲主義的解釈」と「ポピュリズム的解釈」の2つの解釈がある。前者は、法の支配、個人的自由の尊重、議会制などを通じた権力抑制を重視する立場で、「自由主義」的な解釈。後者は、人民の意思の実現を重視し、統治者と被治者の一致、直接民主主義の導入など、「民主主義」的要素を前面に出す立場。どちらをとるかでポピュリズムへの評価が変わるものの、ポピュリズムはデモクラシーを否定するものというより、むしろその一つの重要な側面、即ち、民衆の直接参加を通じたより良き政治を積極的に目指す試みと密接につながるものである。
    ◆現在のポピュリズムは、かつてのフランス等に見られた極右的、反民主的な姿勢を事実上払拭した上で、他の政党と同様、民主政治の通常の参加者として、既にその地位を確保している。そして、現代デモクラシーの依拠するリベラルな価値、デモクラシーの原理を積極的に受け入れつつ、リベラルの守り手として、男女平等や政教分離に基づきイスラムを批判し、また、デモクラシーの立場から、国民投票を通じ、移民排除やEU離脱を決するべきとのロジックを展開する。つまり、現代のポピュリズムは、デモクラシーの「内なる敵」として現れているのであり、その論理を批判するのは容易ではない。
    ◆更に、現代のポピュリズムには、既成政党に緊張感を与え、沈滞した既成政治に改革を促し、活性化させる効果も指摘されており、ポピュリズム政党と既成政党が対峙しつつ、争点を明確にして有権者の支持を競うのであれば、デモクラシーにとって一定の意味を持ち得る。
    21世紀のデモクラシーは、好むと好まざるとにかかわらず、この手ごわい「内なる敵」と正面から向き合い、いずれは乗り越えねばならないが、まずはその「内なる敵」を理解するために、大変有意義な一冊と言える。
    (2016年12月了)

  • イギリスのEU離脱、反イスラムなど排外主義の広がり、トランプ米大統領誕生……世界で猛威を振るうポピュリズム。「大衆迎合主義」とも訳され、民主主義の脅威と見られがちだ。だが、ラテンアメリカではエリート支配から人民を解放する原動力となり、ヨーロッパでは既成政党に改革を促す効果も指摘される。一方的に断罪すれば済むものではない。西欧から南北アメリカ、日本まで席巻する現状を分析し、その本質に迫る。

  • アメリカのポピュリズムについて興味があったので読んだが中盤本当に興味のない内容が書かれていた。各国のポピュリズム政党のロジックを解説するのは面白かったが、どうしても別に、、、この知識いらんな、、、っていう内容が多かったように感じた。

  • 読みながら、ナチスドイツも国民の選挙によって民主的に誕生し、全体主義とホロコーストを生んだことに思いをはせていた。ポピュリズムは、南米では白人支配者からの解放・独立と富の分配を目指した「左」の指向性が目立ち、欧州の「置き去りにされた人々」、アメリカの「忘れられた人々」は、特権階級への不満を持つ「右」への指向性が感じられる。我が国ではロストジェネレーションが欧州や米国のそれと符合するような気がする。与党が運営する政権が、民意と離れた運営をする限り、ポピュリズムは消えることはないだろう。

  • ポピュリズムは本当に悪なのか。悪だとするならば、なぜ民主主義からポピュリズムが生まれてしまうのか。もし悪でなければ何なのか。誰かが統治者になればポピュリズムだと騒ぎ立てる人々が多くいる中で、民主主義とは何かを考えさせられる。定義からまず丁寧に書かれているので初学者にもオススメ。この本は高校2年生の時に私が参加していた、社会科特別講座(通称、社特)で参考文献として取り扱った本のひとつ。あの時手に取ったこの本を、今再び読み返す。ポピュリズムを研究してみたいと、強く思う。

  • 筆者の主張:
    21世紀の欧州のポピュリズムは、リベラルな価値の守り手として、男女平等や政教分離に基づきイスラム移民を批判する。またデモクラシーの立場から、EU離脱の国民投票を提起する。彼らは沈滞化した既成政治に改革を促し、活性化させてもいる。これは言わば、デモクラシーの内なる敵だ。
    となれば、ポピュリズムとはデモクラシーに内在する矛盾を端的に示すものではないか?デモクラシーの論理を突き詰めれば突き詰めるほど、「真のデモクラシー」を訴えて、住民投票でEU離脱を決しようとするポピュリズムの主張を、正当化するからだ。

    ポピュリズムは、かつて多様な層の「解放の論理」として現れ、今では排外主義と結びつき、「抑圧の論理」として席巻している(と言われている)。

    【ポピュリズムの定義】
    ①固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル
    ②「人民」という「下」の立場から、既得政治やエリートなど「上」を批判する政治運動←本書はこっちの立場

    【ポピュリズムの特徴】
    ①主張の中心に「人民」を置いている
    ②「人民」重視の裏返しとしての「腐敗したエリート」批判がある
    ③「カリスマ的リーダー」の存在
    ④支配エリートの持つイデオロギーが変わると、ポピュリズムの主張もそれに合わせて変わる

    ポピュリズム政党が標的とするのは、民主主義それ自体よりも、「代表制」に反発する。
    ポピュリズムはデモクラシーを否定するものというよりは、むしろその一つの重要な側面、すなわち民衆の直接参加を通じた「より良き政治」を積極的に目指す試みと繋がる。

    政治は民衆vs貴族、資本主義vs共産主義、左翼vs右翼を経て、今は「上の階層」vs「下の階層」に戻ってきた。

    過去の民衆vs貴族と、今の上vs下が異なる点は、
    民衆は貴族に対し、自分に携わる生来の権利を主張してきたのに対し、今は個人の権利からはやや距離を置き、「善」に基づく「よりよい政治」を主張していること。

    ポピュリズムは、デモクラシーを促進させることも阻害させることもある。
    促進については、多数の人々をまとめ、政治への参加と包摂を促す。
    阻害要因としては、権力分立やといった民主的制度を軽視し、多数派原則によってマイノリティの権利を無視する。

    【ポピュリズムの歴史】
    自由で包括的な政治・経済制度の国(北アメリカ)と、
    社会・経済・政治が圧倒的に不平等な国(ラテンアメリカ)においては、ポピュリズムの受け入れられ方が違った。
    前者は、既存の党がマニュフェストの中にリベラル的要素を取り込んでいき、ポピュリズム政党の存在意義を消していったのに対し、後者は、そもそも既存政党による民衆のための公正な選挙が行われなかったので、ポピュリズム政党が躍進した。
    ラテンアメリカにおいては、既存政党を中間層が支持する一方、政治的アウトサイダーを貧困層が支持している。この貧困層の「承認の欲求」に応えれるリーダーが票を獲得できるのだ。


    【何故現代ヨーロッパでポピュリズムが広がった?】
    ①グローバル化とEU統合のもとで、各国における主要政党間の政策距離が狭くなり、有権者にとって政党の違いが見えづらくなり、既成政治に対する不満を表明する機会が減ってきたため。そのため、保革まとめて「既存政治」とみなし、これを攻撃する主張が支持を集められるようになった。
    ②人々が政党や団体への帰属意識が弱くなったことで、政党エリートや団体指導者が人々の「代表者」として意識されず、むしろ利益をむさぼる者として認識されるようになった。
    ③グローバル化によって格差が拡大し、「負け組」がグローバル化やEU統合を一方的に受け入れる政治エリートに不信がるようになった。

    これらの理由から、エリートと大衆が断絶し、ポピュリズム政党の出現と躍進を可能とした。
    また、ポピュリズム政党が、その排外主義的思考(移民反対など)、反対派に対する高圧的な対応が批判されながらも、政治空間を「活性化」させ、既成政党に大きな改革を促した。

    ポピュリズム政党におけるイスラム批判は、反民主的・人種差別的イデオロギーではなく、デモクラシーや自由・人権・男女平等といった近代的価値の観点から、イスラムを「後進的」と非難する。

    【国民投票のパラドクス】
    国民投票が広く受け入れられ、世界で最も民主主義的な国と言われているスイスでは、従来、国民投票に訴えて政策を妨害する恐れのある野党や反対派を取り込むため、「協調民主主義」が成立してきた。
    しかし、この協調民主主義の存在そのものが、人民の主権を不当に侵害するものとみなされ、ポピュリズム政党の批判のターゲットになった。

    また、国民発案による憲法改正の国民投票は、可決されれば行政府の裁量を許さず実施することができ、とうてい考えられないような法であっても、「民主主義」の名のもとに実現することが可能である。
    さらに、国民総福祉や女性参政権のように、現状になんらかの変更を加えようとする国民投票は、人間の現状維持的心理から、変更を「否定」する要因が強く、立法の歩みが遅くなる危険性がある。

    【イギリスのEU離脱】
    ポピュリズム政党であるイギリス独立党が躍進したのは、本党が、「イギリス社会における深い断絶の政治的な表現」であるからだ。
    50年前のイギリスでは、低学歴の白人労働者階級が社会の中核だったのに対し、現在では若い世代のホワイトカラーが中核を担う。若い世代はEU志向の価値観なのに対し、昔の世代はイギリス志向の内向きの価値観であった。
    こうした置き去りにされた低所得者層・中高年ブルーワーカーに対し、既存政党が彼らの関心を代表していない事態に陥り、新生党が票を伸ばしていった。
    そして既存政党が「置き去りにされた人」を無視し、都会のエリート層が彼らの価値観を尊重できなかったことが、EU離脱に繋がった。

    【グローバル化するポピュリズム】
    現在の世の中では、ラテンアメリカにおけるポピュリズムは、労働者を基盤とし、社会改革や分配を求める「解放」志向を持っているのに対し、ヨーロッパでは、「リベラル」や「デモクラシー」に依拠しつつも、移民・難民排除を柱とする「抑圧」的な傾向がある。

    これらの違いは、どの層を「特権層」と定義づけているかの違いだ。
    ラテンアメリカでは貧富の差が激しく、エリートや裕福層を「特権層」とみなしており、彼らの権利を分配するために政府の権限の拡大を欲すのに対し、
    ヨーロッパでは貧富の差が小さく、福祉国家化によって「便益」を受けている生活保護者、公務員、移民難民を「特権層」と規定し、その「再分配」の結果によって保護された層を引きずり下ろすことを訴える。

    この「分配されてないことへの批判」→「再分配への批判」という図式においては、両者は民主主義が時代を経るに従って批判の対象を変えていったという、いわば地続きの結果であると言える。

    また、ラテンアメリカは経済的な格差是正を中核とするのに対し、ヨーロッパは多文化主義などの、「支配的価値観・文化観」への対抗を中核とする。


    【感想】
    ポピュリズムとはなにか を読んで

    本書における筆者の主張は、ポピュリズムとは民主主義を脅かすものではなく、むしろ民主主義を煮詰めた結果できた「純度の高い民主主義」であり、それゆえ、民主主義を推し進めることでポピュリズムを排除するのは困難である、ということだ。

    これには3つの理由がある。
    1つ目は、ポピュリズムの担い手が近代的価値をバックボーンにしているからだ。
    イスラム排除、移民反対といった急進的なマニュフェストを掲げる際の理由として、「イスラムという女性軽視文化への拒絶」や、「社会秩序の安定」といった、合理的な理由を挙げることが多い。頭ごなしの拒絶よりも、デメリットを比較検討した結果の民主的判断を寄る辺にしているのだ。

    2つ目は、ポピュリズムは既存エリート層への下層からの突き上げという形をとっており、これは低所得者~中産者層といった、「社会の大多数を占める成員」の利益表出の結果であるからだ。

    3つ目は、国民投票によって、憲法改正やEU離脱などの重要事項が決定されてきたことである。
    国民投票にかけられる法案の種類にもよるが、可決された法案のうちのいくつかはリベラルな価値観に異議を唱えるポピュリズム的なものだ。
    これは、既存政党における協調民主主義が、「取り残された人々」--国内産業の衰退を放置した結果生まれた低所得者層--を無視することに繋がり、その結果、国民の間に溜まったうっぷんが、民主主義の究極系である国民投票という形で表出したのだ。

    ポピュリズムを端的に言えば、民主主義における舵取りの違いである。
    ポピュリズムは民主主義を脅かすものではなく、従来の民主主義が見ていた方向と違う方向を見ながら前を進んでいる。
    そして、見ている方向が違うということは、目をそらしている対象も違う。
    従来のリベラリズム政党が自国民の低所得労働者から目をそらしているとすれば、ポピュリズムは人種間平等や労働力人口の減少から目をそらしている。
    彼らは時に国民の政治的関心を高め、既存政党への変化を促す呼び水にはなるものの、使い方を間違えると「ノイズ」になり、国民の分断を招くもろ刃の剣だ。

    現代における利益者集団の種類は大幅に増えてきている。若年層、高齢者層、ブルーワーカー、ホワイトワーカー、シングルマザー、移民、LGBTといったように、全ての国民をカバーすることは不可能に近い。
    しかしながら、ポピュリズムは、そうした国民を「特権階級・非特権階級」と強引にカテゴライズしなおす。また、カテゴライズしなおした後は、特権階級を共通の「敵」として攻撃を煽ることで支持を集めるという、恐ろしく社会主義的なアプローチをとる。

    ポピュリズムをどう扱うかは、今後の社会を決める重要な課題となるだろう。

全81件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

千葉大学教授。
著書等に、
『政治学入門 学問へのファーストステップ 1』
(永井史男、水島治郎、品田裕 編著、ミネルヴァ書房、2019年)、
『反転する福祉国家 オランダモデルの光と影 岩波現代文庫』
(水島治郎 著、岩波書店、2019年)ほか。



「2019年 『社会のためのデモクラシー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

水島治郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
瀧本 哲史
有効な右矢印 無効な右矢印

ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×