中国ナショナリズム - 民族と愛国の近現代史 (中公新書)

著者 : 小野寺史郎
  • 中央公論新社 (2017年6月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121024374

中国ナショナリズム - 民族と愛国の近現代史 (中公新書)の感想・レビュー・書評

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  • 書籍についてこういった公開の場に書くと、身近なところからクレームが入るので、読後記は控えさせていただきます。

    http://www.rockfield.net/wordpress/?p=9855

  • 近現代中国におけるナショナリズムの発生、展開、国民国家への変容が記された著作。「中国ナショナリズム」を軸に中国の近現代が通史的に描かれる。

    それはおよそ日清戦争以後に梁啓超をはじめとする知識人により「中国」や「中国史」がつくり出され、西洋や日本をモデルとした「国民」「国民国家」「ナショナリズム」の創出が図られたところから出発する。

    「中国ナショナリズム」は、上述の清末の知識人によるナショナリズム、中華民国成立後の上からの公定ナショナリズムと民衆主体の下からのナショナリズム、対日本へと結実する反帝国主義的ナショナリズム、日中戦争下のナショナリズム、清末・中華民国期の「民族主義」と強い連続性を持つ中華人民共和国の「愛国主義」と変化をしつつ現代に至る。

    民族や国民の定義として、中華民国期には「中華民族」、中華人民共和国期には「人民」と再度「中華民族」が設定された。これは中国独特な国民観と言ってよいだろう。また、中国ナショナリズムの敵視する相手国は時代とともにイギリス→日本→アメリカ→ソ連と変化していった。

    各時代の政府は時にナショナリズムを利用し、時に抑制しつつ政策を進めてきた。しかし、抑制の裏返しとして「国内・国際的条件が変化すれば、容易に再燃する可能性」が示唆されている。

    本書では、中国という多民族・多言語・多文化の国家をどのように統一した近代国民国家に仕立て上げるか、紆余曲折、試行錯誤していく結果が描き出されている。
    さまざまな研究の成果を取り入れ、実証的に論じられている手堅さは評価できる。しかし、ナショナリズムを議論の中心に据えてはいるものの教科書的な通史に終始している点、難解で読みにくい点が残念だった。「中国ナショナリズム」を大々的に掲げているのだから、もう少しテーマのまとまった議論があってもよい気がした。

    (個人的に興味深かった点を挙げると、中華民国期の公定ナショナリズムは伝統文化や民衆感情を利用するのではなく、論理的な説得で愛国心を植えつけようとしたということだった。天皇を利用して近代的な諸価値を「創られた伝統」に組み込んでいった明治日本とは違うものと指摘されている。清末にはじまる近代国民国家の創出の試みは日本を手本にした部分が大きいのにも関わらず、なぜこうした違いが起きたのか。このような方法を採った理由の記述がないが、珍しいケースのように思える。
    また、中国共産党の民族主義を否定する一方「愛国主義は国際主義と矛盾しない」「愛国主義は国際主義の前提」という理論は日中戦争の時期から唱えられ、今日まで引き継がれている点で、共産党が支配する国家においてもナショナリズムの克服が困難であるさまがわかる。)

  • 【213冊目】予想よりも読み応えのある本だった。そもそも中国が自分たちとそれを取り巻く世界をどのように見てきたか(中華思想と冊封体制)の説明から入り、清末以降中国ナショナリズムがどのように変遷してきたのかを時系列に沿って説明するもの。
     時系列に沿って見てみると、中国が未だに抱えている被害者意識というか、日本や欧米列強に対抗するために強くならなければいけないんだという考えのルーツが、清末にあることがよく分かる。だって、日本が陸奥宗光の時代に不平等条約を改正したのに比べて、中国が不平等条約を解消したのは第二次世界大戦中の1943年だもんな。
     広大な版図には多種多様な民族がいるだけでなく、言葉から違う。だから、中国を西洋的な国家とするためには、様々な大手術が必要で、かなり活発な議論が交わされた。中華民国成立後はいわゆる「公定ナショナリズム」が推し進められた。でもこれは、「伝統」というよりも西洋式の「文明」の普及と並行するものだった。
     現代中国でも群体性事件が警戒されているように、例えばベルサイユ条約に反対する五四運動なんかは、中国大衆のナショナリズムの現れと言え、政府は、プラグマティックな外交路線とこうした大衆運動の間で板挟みになっていく。
     最も興味深かったのは、
    ◯ 人民←「中華人民共和国」
    ◯ 国民
    ◯ 民族
    ◯ 中華民族
    という言葉の関係。共産党の一党独裁体制の中では、中国籍の人間を「国民」と呼ぶそうだけど、この中に「人民」と「人民の敵」が混在している状態。で、誰が「人民」なのかを判断するのは時の共産党だということらしい。
     また、コミンテルンに代表されるように国際主義を掲げた共産主義だけど、毛沢東は、国のために戦争をする姿勢と共産主義は矛盾しないと説明した。この姿勢は、ブルジョワのものである民族主義とは異なり、「愛国主義」と名付けられ、愛国主義は共産主義を実現するための前提だと位置づけられたみたい。
     習近平総書記がよく使う「中華民族」という言葉に強い違和感があったんだけど、この本できちんと説明されていた。確かに中国には、漢人だけでなくモンゴル民族とか満州人とか多民族国家なわけだけど、満州事変のころの歴史学者・顧頡剛という人は、こうした民族の違いを「種族」の違いだとし、民族としてはただ中華民族のみが存すると主張したみたい。
     戦後、中華人民共和国成立後は、「中華民族」という言葉の使用が減少し、憲法にも中国は多民族国家であるという認識が書き込まれたけれど、冷戦終結の頃から再び「中華民族」が現れるようになる。その理由として2つ挙げられていて、1つは、ソ連やユーゴスラビアの分裂・崩壊を見た中国が危機感を強めたこと。もう1つは、改革開放路線をとるようになり、社会主義イデオロギーに代わる国家統合の論理が必要になったこと。

     この他にも興味深い資料がたくさん掲載されていて、近現代中国史にあまり明るくない人には特にオススメ。

  • お堅い文体ではあるが、中国におけるナショナリズムの進展を丁寧に記してある良書。高校世界史程度の知識があれば読み切れるだろう。中共側から見た記述が少し薄いような気がした。

  •  ナショナリズム解説というより近現代の通史だったが、清末以降、漢人と非漢人、政府と知識人と大衆、愛国主義と社会主義、と、ナショナリズムと一言に言ってもその中に異なる、時には対立し得る要素も含んでいる複雑さが見て取れた。その要素は、形を変えつつも、現在の中国ナショナリズムを見る上でも参考になるのかもしれない。
     清末の革命派は藩部や故地とは遠い華南出身者が中心だったため、非漢人への意識は希薄だったという。現在の「中華民族」にはもちろん少数民族も含むという整理だが、漢族中心の歴史や文化に基づくナショナリズムを煽っても、果たしてどこまで非漢族が共感を覚えるのだろうか。
     光緒新政期から民国期にかけ、政府・知識人主導の文明的な「上からのナショナリズム」はあれど、大衆には浸透しにくかったとのことである。共産党は後者を上手く動員できたということだろうか。そして現在、共産党政府は大衆の暴力的なナショナリズムを動員しつつも、統制の範囲を超えそうになるとやはり文明的な「上からのナショナリズム」を重視するという点では昔から変わっていないのかもしれない。
     また、本来国際的な社会主義と一国だけの愛国主義は相反するものなのに、共産党は成立初期から祖国防衛→全人民の救済→プロレタリアートと労働人民の解放、という論理で両者は矛盾していないとしていた。更に筆者は、90年代以降、「社会主義イデオロギーに替わる国家統合の論理」として、民族や愛国が一層強調されているとも指摘している。

  • 東2法経図・開架 B1/5/2437/K

  • 302.22||On

  • 二一世紀に入り、尖閣諸島や南沙諸島の領有問題などで中国の愛国的な行動が目につく。なぜ、いま中国人はナショナリズムを昂揚させるのか。共産党の愛国主義教育や中華思想による強国意識からなのか。西洋列強や日本に蚕食されてきた一九世紀半ばから、日本の侵攻、さらに戦後中国が強大化するなか中華民族にとってナショナリズムとは何であったのか。本書は、清末から現代までの一二〇年の歴史のなかで読み解く。

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