戦国日本と大航海時代 - 秀吉・家康・政宗の外交戦略 (中公新書)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 247
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121024817

作品紹介・あらすじ

15世紀以来、スペインやポルトガルはキリスト教布教と一体化した「世界征服事業」を展開。16世紀にはアジアにまで勢力を広げました。本書は史料を通じて、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗らとヨーロッパ列強との虚々実々の駆け引きを再現します。秀吉はなぜ朝鮮出兵したのか、家康はなぜ鎖国へ転じたのか、政宗はなぜ遣欧使節を送ったのか、そして日本が植民地にならなかった理由は――。日本史と世界史の接点に描かれるダイナミックな歴史像がここにあります。

感想・レビュー・書評

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  • 豊臣秀吉の海外派兵を、ポルトガル・スペイン等との相克という観点から再評価。

  • 秀吉の朝鮮出兵や家康のキリスト教禁令などは学校で習う知識として常識の範疇だが,本書では世界的な視点でこの時代の我が国の外交政策を考察していく.
    ポルトガル人とスペイン人は互いに牽制しながらも日本征服を目論むのだが,その尖兵的な存在がイエズス会・フランシスコ会・ドミニコ会といったカトリック組織の宣教師であったという.実際に彼らはキリシタン大名を通して大軍を動かせると期待していたし,幕府の家臣団のなかにもキリスト教徒がいてスパイ的な役割を果たし内部情報が筒抜けであったという.
    著者は,朝鮮出兵をこれらの両国を牽制するために行ったのではないかと推測する.家康らは戦国時代に築きあげた軍事力を背景にキリスト教を禁止し最終的には鎖国を完成させる.
    この時代のできごとは日本史として国内のみに着目して取り上げられることが多い(大河ドラマ的に外国人は脇役)と思うが,「世界のなかの日本」という視点で見ることの重要性が再認識できた.本書は大変興味深くオススメの一冊なのだが,少し単純化されすぎじゃないかという感もないわけでない.

  • [評価]
    ★★★★☆ 星4つ

    [感想]
    秀吉・家康・政宗の実績から戦国時代の大名がヨーロッパ勢力とどのような関係を築こうとしたのか。最終的に鎖国という状態に落ち着いたのはなぜかを考察している。
    新鮮だったのは鎖国ができたのは戦国日本にはヨーロッパ勢力との外交関係を断つだけの戦力が存在していたという考え方だったな。もし、戦力が存在しなければヨーロッパ勢力に占領されていたのではないかという考えは今までには聞いたことがない考え方だった。
    まあ、そこにはヨーロッパ勢力が日本を占領する意味を見出していたという前提が必要になるんだけどね。
    家康と政宗の関係に関する内容も中々に面白かったよ。

  • 歴史に疎い自分を省みた一冊。
    伊達政宗のところから集中力が途切れ、挫折。。。
    ただ、大航海時代の中で、日本が植民地にされなかった理由として、豊臣秀吉らの危機感だけなく、また朝鮮・明・フィリピン島への海外展開を視野にしていたことで結果、日本は他国とは違う道を歩けたのだと思う。
    また、布教活動=植民地化という構図は刺激的だった。どの時代もマインドコントロールのため、宗教が使われていることの恐怖が出てきた。

    もう少し、歴史を多面的に学習し、再読したい一冊。
    今回はとりあえず、豊臣を理解するところまで。。。

  • 圧倒的5つ星。
    これまで謎だった
    ・日本はなぜ西欧の植民地にならなかったのか
    ・なぜ秀吉は無謀な朝鮮出兵を強行したのか
    への疑問が氷解した。政宗と家康・秀忠とのやりとりも臨場感を持って伝わってくる。これまで読んだ新書の中でもベストの一つ。
    同時に、もし当時の日本が武士の世でなかったら、もし承久の乱で幕府側が敗れていたら、など考えを巡らさざるをえない。時代を遡って歴史書を読み進めてみたくなった。

  • 20181231

  • 世界史の中に戦国末期の日本を位置づけると、秀吉の朝鮮出兵が何だったのか、それがその後の世界の歴史をどう変えたのかといったことがわかる。
    ポルトガルやスペインも日本の植民地化を考えていたが、その考えを改めさせたのが秀吉の朝鮮出兵だったと。自分的にこの時期はインドやフィリピンのヨーロッパ人たちに意識を向けてこなかったけど、彼らが日本を侮っていたのが後から恐怖に変わったりだとかって事実は面白い。
    また、政宗の慶長遣欧使節の背景に何があったのか、それが単なる謀叛の試みではなかったことを分析していてこれも面白い。

  • 「竹山道雄に読ませたかった」というのが率直な感想である。豊臣秀吉の朝鮮出兵は誇大妄想の取り憑かれた一方的な侵略とされてきたが、実は軍事大国日本を世界に宣言することで西欧の侵略を阻んだことを論証している。200年以上に及んだ鎖国(1639年〈寛永16年〉-1854年〈嘉永7年〉)も武士という存在があればこそ成し得た政策で、日本は有色人種国家としては唯一植民地となることを避けられた。鎖国の意味を書き換える新たな視点が読者の脳にまで突き刺さる。日本の近代史は秀吉から始まったと考えるべきだ。
    https://sessendo.blogspot.com/2018/10/blog-post_27.html

  • 論旨明快で引用される資料も多く一気に読ませる。けれども、EmperadorやImperioをめぐる議論にはひっかかってしまう。秀吉や家康が西洋諸国からEmperador(皇帝)と呼ばれるようになったことについて、「日本の国家としての格は[帝国」であり、その君主は[皇帝」‥だった」「当時、世界最強を自負したスペインの国王はRey(王)‥、イギリスもオランダもフランスも王国であり、国王であった。一方、当時のヨーロッパにおける皇帝は神聖ローマ皇帝であり‥、EmperadorやImperioと称された徳川家康や日本は、それと並び称される存在として認識されていた」と論じ、そのような西洋諸国からの評価や畏敬こそが、日本が西洋の植民地となることを防いだ、というのが著者の論じるところ。でもスペインに簡単に植民地とされてしまったインカ(Imperio Inca)もアステカ(Imperio Asteca)も帝国とみなされ、その支配者は皇帝と呼ばれていた。わたしには、これまでヨーロッパ人に「王」(rei)と呼ばれていた各地の大名を服属させて、国内統一を果たしたからEmperadorと呼ばれたとしか思えない。

  • スペイン、ポルトガルは本気で日本征服を考えていた。それを思いとどまらせた要因のひとつが、秀吉の朝鮮出兵であったという指摘があった。日本の軍事力を目のあたりにして、スペイン、ポルトガルは日本征服をあきらめた。

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著者プロフィール

1950年,福岡県生まれ.80年,東北大学大学院文学研究科修士課程修了.宮城学院女子大学助教授,東北大学教授などを経て,2005年から07年まで東北大学東北アジア研究センター長,12年から14年まで東北大学災害科学国際研究所所長を務める.14年より宮城学院女子大学学長。著書『伝説のなかの神――天皇と異端の近世史』(吉川弘文館,1993年)『紛争と世論――近世民衆の政治参加』(東京大学出版会,1996年)『近世日本の交通と地域経済』(清文堂出版,1997年)『開国への道(「日本の歴史」第12巻)』(小学館,2008年)『通説を見直す――16~19世紀の日本』(編,清文堂出版,2015年)など。

「2018年 『戦国日本と大航海時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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