承久の乱-真の「武者の世」を告げる大乱 (中公新書)

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  • 中央公論新社
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レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121025173

作品紹介・あらすじ

後鳥羽上皇は無謀にも鎌倉幕府打倒を企て、返り討ちにあったのか? 公武関係を劇的に変え、中世社会のあり方を決めた大乱を描く。

感想・レビュー・書評

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  • 同じ中公新書から出た呉座勇一の『応仁の乱』(2016年)が40万部も売れたので、「よし、次は承久の乱で行こう!」と二匹目のドジョウを狙ったのだろうか(本書は2018年刊)。

    そんな下衆の勘繰りはさておき、本書は「承久の乱」の概説書としてとてもよくできている。
    乱の一方の主役・北条義時が再来年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公となるから、来年にかけて本書も売れることだろう。

    最新の研究成果を豊富に引用して、我々が抱いている「承久の乱」についてのステレオタイプなイメージ(そして、いまや時代遅れの誤ったイメージ)が次々と覆されていく。

    たとえば、「承久の乱」の引き金の一つとなったのは将軍・源実朝の暗殺事件だが、実朝に関する一般的イメージ――将軍でありながら和歌などにばかりうつつをぬかし、政治的には無力でひ弱な「悲劇の貴公子」といったイメージ――も覆される。
    和歌や蹴鞠などに通ずることはむしろ将軍として必須の教養であったし、実朝は政治力も優れており、けっして「文弱の徒」でなかった……と解説されるのだ。

    そのように、古い歴史教育で植え付けられた「承久の乱」のイメージが次々とアップデートされていくのが、本書の魅力だ。

    また、著者は本書で「一般の読者にも理解しやすいよう現代社会の事象にたとえて論述する」ことを心がけており、随所で会社やスポーツなどにたとえた説明がなされる。
    そのため、800年も前に起きた大乱が、現代人にもすんなり理解できる本になっている。そうした平明さも本書の美点である。

  • 平成最後の天皇誕生日に本書を読む。院政のはじめからから承久の乱までの流れ。

    後鳥羽院は後白河院に似た文武両道の「帝王」だった。和歌など公家として意欲的な政治を行い、鎌倉は源実朝に任せていた。しかし、鎌倉の論理で京都を乱された。乱の目的は倒幕ではなく、北条義時の討伐だった。

    考えた末の挙兵ではあるが、鎌倉武士のことを理解していなかった。参謀が優秀だった鎌倉と後鳥羽院がほぼ独断だった京都。結局、院は隠岐に流され、鎌倉が京都を圧倒。結果的に幕末まで武士の世になった。

  • 朝廷と幕府の対立関係が見えてくるまで、結構難儀しながら読んだ。一旦、構図が掴めるとあとは本当に面白く読めた。

    流罪地での後鳥羽の旺盛な和歌詠みに、表現とは狂おしきものだと心に沁みた。

  • 細川重男「北条氏と鎌倉幕府」つながりで。この本で、北条義時が承久の乱で天皇を倒した男だからこそ、神格化がはかられ、北条氏が鎌倉幕府で権力を振るうことができたのだ、と。ならばその承久の乱のことを知りたい、と。後鳥羽上皇があまりにも楽観的で自信過剰で杜撰な戦略しか持たずに破れた、あるいは源実朝がまるっきり北条氏の傀儡で和歌に生きる繊細で軟弱な将軍であった、という通説を批判。後鳥羽上皇が文武にすぐれた巨大な存在で、また政治的にも日本の統治者たらんという意欲と自負があったこと、源実朝が長じては鎌倉幕府の長たる誇りを持ち、統治にも意欲を示し、大きな政治的権威を持っていたことをさまざまな史料をあげて説き起こす。そして後鳥羽-実朝ラインで公武の協調が測られていたことも。だからこそ、北条氏が源実朝を殺させたという説は成り立たず。実朝が死んで困ったのは何よりも北条氏だったのだから。自分の将軍の目がなくなることを悲観した公暁の単独犯だった説をとる。そして、カウンターパートをなくした後鳥羽は、協調から対立へと舵を切り、北条義時に絞って討伐の綸旨を下す。それを幕府側は、倒幕の綸旨とすり替えて、御家人たちに京へと進軍することを呼びかけ、鎌倉幕府の圧勝となる。あれだけ後鳥羽の偉大さを描いてきたこの本も、こと承久の乱の戦いにおいては、武士たちのリアルを知らぬ、命をかけた戦をくぐりぬけてこなかった後鳥羽の甘さ、己をたのみにすること大で、すぐれた配下を集められなかった点、やぶれてなお寵臣に会いたいと勝者にすがる姿、すべての責任を部下に押しつけて逃げようとする様を描く。鎌倉側の、それぞれの役割をしっかりと請け負い、補い合い、すばやく決断を重ねていき、勝利をもぎとった様と対置して。

  • 後鳥羽や実朝、義時といった当時の人々の人間像がつぶさに浮かび上がり、読み応えがあった。承久の乱は巷間伝わるような滅びつつあった王権が仕掛けた無謀な戦争ではなく、鎌倉方・京方ともにギリギリの判断が勝敗を決した側面がリアルに跡づけられ、当時の社会に及ぼした影響の大きさを実感した。

  • 承久の乱が、武家社会への転換を決定づける重大イベントであることが、よく分かった。

  • 中世王権の最後の輝きたる後鳥羽院の業績を中心に、実朝との関わりなども含め、何故承久の変が起こり朝廷が呆気なく敗れさったかを読み解く。

  • 2022年大河ドラマ「#鎌倉殿の13人」の予習として読んだのだが(気が早い)、非常にわかりやすく、一気に読み終えてしまった。
    第一次出演者発表後の人物相関図を横にして読むとよりわかりやすい。
    著者が時代考証を担当されるとのことなので、今から22年の放映が待ち遠しい。

  • 承久の乱を理解するポイントはその前の源実朝暗殺にある。筆者は北条義時や三浦義村の黒幕説を否定していて、実朝と幕府首脳陣は朝幕協調路線で一致しており、暗殺は公暁の暴発にすぎないという。

    しかし、京都の後鳥羽上皇はそうはとらなかった。親王将軍構想を白紙に戻し、幕府に対して挑戦的な態度に転じる。後鳥羽は実朝亡き後の幕府を抑え込むポイントを探しており、北条義時追討の宣旨はその仕上げだったのだろう。

    幕府首脳陣は、源氏一族の誅殺も後鳥羽宣旨への反撃も、一致結束して迅速に対応した。それらがあまりに見事なので謀略説も出る。まあ、実朝暗殺はアクシデントだったかもしれない。しかし彼らには一致した政権構想があり、それは朝廷の権威を利用しこそすれ、その影響下に置かれるものでは決してなかった。こうして京の朝廷は統治の能力と実態を失い、日本の政治は新しい局面に進んでいく。その辺を考えるには良書。

  • 本郷和人氏の『承久の乱』と比較すると、こちらは後鳥羽院の巨人ぶりが際立つ。文化発展に寄与した側面だ。帝王としてのコンプレックス(三種の神器を継承していない)からそうした帝王らしさを追求したとの見立てだ。

    また「鎌倉幕府」の存在感も強調されている点は、本郷本との大きな違い。本郷氏は鎌倉幕府というよりも、「北条義時とその仲間たち」という側面を強調。一方、坂井氏本では「チーム鎌倉」の意義を強調しつつも、義時の存在感は左程強くない。後鳥羽院の義時追討の院宣を、鎌倉幕府は幕府への攻撃と見て、一枚岩になれたのが、後鳥羽院のワンマンチームであった朝廷側に大勝利した原因と捉える。

    本郷本は実朝暗殺の黒幕は義時とするが、坂井本はこれを真っ向から否定し、公暁単独犯説を取る。そのため、「承久の乱」勃発そのものには偶発的な要素を多く認める叙述となっている。本郷本は在地領主の経済的利害とそれに基づく国家構想と朝廷のそれらとのせめぎ合いが乱の大きな見取り図を提供しているのに対し、坂井本は後鳥羽院のキャラ要素が際立っているように思う。

    後鳥羽院が、実朝暗殺を許した挙げ句に権力闘争を京に持ち込む“怪しからぬ”幕府の真の実力者を義時と見て、その義時を排除し、幕府を朝廷のコントロール下に置こうとしたのは確かだろうが、問題は義時がそれを含んで挑発行為を企図していたかどうかだと思う。乱の終結後、幕府が速やかに三上皇を厳しく処断し、かつ朝廷を実質支配下に置いたことは、たまたま乱に勝利したからではなく、最初から意図的に乱を起こさせたという側面が強いように思う。

    いずれにせよ「承久の乱」以降、建武の新政を挟むものの、650年にわたる武士の時代が成立していったのである。

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著者プロフィール

創価大学文学部教授

「2020年 『源氏将軍断絶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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