平等とは何か 運、格差、能力主義を問いなおす (中公新書 2846)

  • 中央公論新社 (2025年3月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784121028464

作品紹介・あらすじ

平等な社会の実現は、自由と並んで、人々が近代社会で追求した一大テーマであった。
だが現代は不平等が消えるどころか増大し、深刻な分断を生んでいる。
かつて一億総中流といわれた日本も同様だ。能力主義は正義なのか。人生は運次第か。財産所有のどこが不公正か。格差・差別をどう是正するか。
気鋭の思想史家が熱き筆で自身の世代的な境遇も織りまぜ、哲学者たちの知的遍歴をたどり、世界を覆う不平等を根底から問い直す。

みんなの感想まとめ

現代社会における平等の意義と課題を深く考察した一冊で、特に「関係の平等主義」に焦点を当てています。著者は、能力主義が不平等を正当化する側面を明確に否定し、財産所有が自律を可能にする重要な要素であると主...

感想・レビュー・書評

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  • 自分の人生について、努力の結果が平等に報われないと感じており、本書が目に留まった。

    現代の社会は格差が広がるように進んでおり、建前上は自由や平等を民衆に唱えても、結局持てるものが得をするようなシステムになっている。

    能力主義は平等の精神に基づいているように見えるが、そもそも平等とは相いれず、自己責任論が猛威を振るっているが、同じ努力をしたら同じように成功するかは運次第だ。だからこその社会保障である。

    さて、現代の平等の穴、特定の価値や能力だけが評価される能力主義で敗れた者は、できるだけ多くの価値観が認められ、すべての人が自尊心をもちうる社会を目指さなければならない。

    具体的には、自分にとって意味のある複数の評価集団に帰属することで、生きがいや承認を獲得すること。アーレントいわく、富のプロセスに回収されない事柄や時間を大切にすること、金銭が介在しないギブアンドテイクの関係性を築くこと、具体的で直接的な人間関係を重視すること、他律的ではない趣味に打ち込むこと、それぞれ自分の時間を生き、忘れがたい一瞬の光景を記憶に刻み込むことが重要だ。

  • 同じものを見ていても人によって違うものを指して話をしているのが平等の難しいところだと思います。

    本書は『平等とはこうである。』と言うような本ではありませんし、平等と言う言葉は主語が大きいので、思っていたのと違うと思われる方もいるかもしれません。

    能力主義は不平等の正当化として明確に否定されていますし、一元的な価値(能力主義)ではない多元的な価値を持つと言う点も理解はするのですが、今の世の中では人の多くが多元的な価値を認め合うと言うよりも、自分に都合の良い別の一元的な価値を押し付け合っているように思えます。
    多様性などは間違いなく正しい価値観だと思うのですが、それが押し付けられた途端に気色の悪いものになるのはなぜなのでしょうか?
    本書ではそこまでの示唆は得られませんでしたが、引き続き考えていきたいと思います。

  • 『平等』の政治哲学を概説した一冊。

     平等と聞くと、誰もが素晴らしいものと思うであろう。しかし、平等とは何か?という問いに答えられる人は多くあるまい。本書は、数ある平等の諸概念の中で、特に「関係の平等主義」に注目し、その軸に「財産所有のデモクラシー」を据えるものである。

     筆者によれば、「財産所有のデモクラシー」とは、「自分自身であるためのデモクラシー」だ。一定の財産を持つことで、世界に自分の立ち位置を確保し、権力者の支配から逃れ自律することが必要なのだという。対等な人々による社会構築という筆者の理想に、私も深く共感するところがあった。

     また、筆者の共同体を重んじる考えは興味深いと感じた。「関係の平等主義」において、多元的な価値観の受容は欠かせず、一人一人が複数の価値観や基準を自分の中に持つ必要がある。そのために、人々は複数の共同体に属し、寛容な心を育まなければならない。これはロールズのいう「自尊心」の涵養にも繋がるであろう。

     日本では格差社会問題が叫ばれて久しいが、有効な解決策は中々出てこない。政治家や国民が、平等の哲学を持たず、局所的・対症療法的な手段のみとっていることが一因であろう。本書は、社会問題について考える、一つの有益なヒントとなるはずだ。

  • 平等と不平等とは何か、それがもたらす社会的・政治的問題を再検討する本。平等が主題ではあるが、実質的には平等主義的リベラリズム、とりわけロールズが目指した「財産所有のデモクラシー」がなぜ望ましいのか、その説明が体系的に展開されているところに本書の特色がある。不平等が最終的に経済的・社会的格差に基づく政治的支配(寡頭制、僭主制)に行き着くことを防ぎつつ、不平等を差別・格差・差異に分類したうえで差別の根絶・格差の極小化を目指すという本書の社会構想は、現実には大きな逆風が吹いているものの、多くの人に納得・支持してもらえるものだろう。

  • 本書を読むまでは、法的に機会の平等が確保されていれば平等な社会であると考えていたが、実際には不平等が残されていること、この問題がプラトン以降多くの哲学者らの間で考えられてきた問題であることなど、再認識することが色々あった。
    とはいえ、サンデルの能力主義による不平等是正策としての「くじ引き」やベーシックインカムには抵抗感を禁じ得ない。

  • 自分自身の内に、複数の声や評価軸やコミュニティをもつこと。否定的なものから目を背けるのではなく、むしろ手懐けること。そうすることによって、囚われから逃れ、自由になること。プラトン自身の「自己の内なる体制」はまさにそうしたものであった…(後略)

    本当の意味で平等が達成される日は、世界は、来ないと思う。その意味で本書はやはり理想論に過ぎないと言わざるを得ない。一方で、平等に限りなく近づけること自体は決して不可能では無いことも確かだ。わたしたちが常に平等に向けて闘うことは、いつか誰かの当たり前の権利になっていることを意味するだろう。

  • ロールズの平等感と、財産所有のデモクラシーについて再評価

    平等についての解決策は当たり障りがなかった

  • 311.1||Ta

  • 「政治哲学」として、「平等」を論じた本。

    本を読む中で、しょせん「理念」の話では?そんなに平等を論じたところで、実現不可能なんじゃないの?机上の空論ではないのか?と思うこともあった。例えばベーシックインカムやらクォーター制を現実の社会に適用しようとしたときには、とんでもない苦労が生じる。
    しかし、この本の最後に書いてあることには納得した。
    それは、「そうした理念への賭けや祈りが現実を凌駕してきた。」ということ。
    つまるところ、こうした理念を現実に持ち込もうとすると、確かに問題やら苦労は生じる。ただ、根底にある「理念」は忘れてはならないということ。小手先の「平等」だけ唱えていくと、最終的に何がしたいか分からなくなってしまうからこそ、こうした「理念」が大事なのだと思う。

    そして、政治的平等、については、少し疑問に思っていることを書きたい。
    この筆者は、政治的不平等の代表例として、日本の世襲議員の多さを例に挙げている。
    私自身、政治的平等(クォーター性やロトクラシー等)を否定するわけではないし、無能な世襲議員はあってはいけないと思うが、世襲議員を一律に批判する態度については、改められるべきではないかと思っている。
    というのも
    ・世襲のスポーツ選手、アーティストはいいのに、世襲の政治家は悪いのか?
     ということ。世の中には、結果を残すスポーツ選手やアーティスト、学者等様々な人がいる。しかし、そうした人は大体親がその道で結果を残している人だったりする。能力や職業が親から引き継がれていくことって、自然なことなんじゃないかと思う。
    ・「議員」だけが政治に関わるルートではないと思う。
     本当に政治に関わりたいなら、政党に関わるなり、議員に関わるなり、それなりのルートがある。「議員になる」というルートだけが政治に関わるルートではないと思う。逆に、国民みんなが、政治に関わる気がないし、そんなリソースもないから、分かりやすい「世襲議員」を批判しているだけではないかと思う。だからこそ、分かりやすいポピュリズム的な政党に国民が動かされてしまう。世襲議員批判も、ポピュリズム政党への迎合も、根っこは同じで、政治に関わるリソースがないからではないか?(そして、こんな現代社会において、政治に関わるリソースが取れないのも十分に分かる。無理だと思う。)批判されるべきは、そうした「分かりやすさ」に迎合せざるを得ないシステムなのだと思う。

    この本の肝は、最後の章だと思う。
    大事なのは、ある程度の格差は受け入れつつも、「多様な価値観や生き方が社会的に認められている」こと。「人々が生きがいを実感できる複数のコミュニティが存在していなければならない」こと。
    何となく、今まで、多様性を大事にすべきと思っていたのは、今まで苦労していたマイノリティを救うため、と勝手に思っていた。しかし、こうした「下駄を履かせる」ような考え方だと、逆に「下駄を履かせられなかった人々」の反発が生じるのも必須。そもそも多様性を大事にするのは、全ての人々が生きがいを感じられる社会を作るためなので。

    ここで、今まで読んだ他の本にも言及したい。

    『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす 正義の反対は別の正義か』という本では、同じく平等について論じられていた。
    この本では、正義=各人が追求し、対立しうる「善」構想から区別され、つねに合意されうる構想としていた。本書で述べられている、全ての人びとが生きがいを実感できる社会は、一つの善構想でもあるし、「正義」になりうるのではないかと思う。
    後は、「評価」を変えることも、この本で述べられている、「合理的配慮」の議論とも重なる。合理的配慮とは、障害に伴う問題を、社会の側がそれに伴う障壁に対処するか否かで発生する問題と捉える。つまり、障害という状態に対処する責任を社会に帰するのである。障害に対する配慮を、個人の努力や感情的リソースを要するような能動的アクションではなく、機能がうまく働いているならば自動的に作動する機構とみなす。「評価」を変えることは、こうした合理的配慮を正常に働かせることに繋がるのだと思う。
    また、本書では、「人々が生きがいを実感できる複数のコミュニティが存在していなければならない」と述べる一方で、そうしたコミュニティが減っていることを、私的領域と公的領域がある中で、その中間的な空間が減っていることにつなげている。この本でも、私的空間は「英国紳士のメンバー制クラブ」、公的空間は「中東のバザール」とし、私的空間で安心しつつ、公的空間で仕事としてやりくりする空間としつつも、そのそれぞれに危うさがあると述べている。中間的空間が減っていることは、私的空間と公的空間しかない中で、人々の心の余裕がなくなっていることと通じると考えられる。

    また、こうした「中間」については都市論でも同じことが述べられている。『都市に聴け アーバン・スタディーズから読み解く東京』という本では、都市の中でも、こうした「中間」の重要性を述べつつも、こうした「中間」が減ってきていることも述べられている。例えば、商店街は道路と私有地が接するが、その間に接触領域が生まれる。その接触領域では、所有者、使用者、通行人に「配慮」が求められる。接触領域が一つのルールに属しない空間だからこそ配慮が求められつつ、使用に柔軟性が増す。ショッピングモールがコロナで一斉閉店したのと対照的に商店街はコロナでも開店して持ち堪えた。弱い配慮を存続させることにより、レジリエンスが生まれるのである。だからと言って、商店街の時代に戻れということではない。重要なのは、所有を重層化させること。

    そして、「人々が生きがいを実感できる複数のコミュニティが存在」することは、『柔らかい個人主義の誕生』でも述べられていることにも通じる。消費社会の中で、人々は個人化していく、しかし、社交集団が復活することで、人間はひとりひとりの内側の価値観を複数化し、欲望を分散させ、満足の機会を増やすことができる。価値観を複数化することがこの社会を生き抜く術なのである。

    しかしやはり、そうはいっても、富と財を区別できず、資本主義から抜け出せない問題は、『資本主義リアリズム』と通ずるものがある。財と富を区別できずに、資本を持つものを批判し、引きずり下ろすだけの安易な反資本主義運動は、逆に自ら弱者たらしめることで、資本主義を肯定することになる。でも、我々はいまのところ、そうするしか解決策を見出すことができない。「資本主義の終わりより世界の終わりを想像する方がたやすい。」我々は、ただ自分らしく生きたいだけなのに。

  • 不平等の問題点=剥奪、スティグマ、人生の難易度についての不公平、支配。
    平等の徹底は、自由や経済成長が犠牲になる場合がある。
    アメリカの絶望死=自殺、薬物、アルコール依存による死。
    逆境にもかかわらず成功した例を称賛することは、頑張らない人への自己責任論につながりやすい。偶然と選択を区別して、選択に自己責任を押し付けるのは生きづらい社会になりやすい。
    アファーマティブ・アクションは逆差別か。差別ほどは不公正ではない。
    入試を公正にしても、平等はもたらされない。
    能力主義は平等と等しくはない。
    くじ引き入試制=大学の講義についていける能力だけ見て、あとはくじ引きにする。運を持って運を制す。

    政治家の高学歴化=大学進学率が向上、リベラル派が教育エリート化した。今の若年層は共産党が保守、維新の会が革新、というイメージがある。

    トロクラシー=くじ引き民主制。裁判員制度に通じる。由緒正しい民主主義。一定の足切りをしたうえでくじ引きをする。
    時間泥棒=エンデ『モモ』時間貯蓄銀行。

  • 支配的立場にいるものは現状維持に更なる投資をする。さらに長く支配が続いたことで不公正の負荷を無いものと考えるしかない被支配者がそのストレス回避的な思考の傾向を脱することは容易ではないといった現状である。しかし、だからこそ真に自分の中の公正を問い直し、行動するための礎を作り出すことが平等に繋がっていくと信じる。

  • 一億総中流といわれてきた日本。いまや格差が広がり、社会の分断も進んでいる。人生が親ガチャ・運しだいでよいのか。能力主義は正しいか。そもそも不平等の何がわるいのか。日本の「失われた30年」を振り返り、政治哲学と思想史の知見から世界を覆う不平等に切り込み、経済・政治・評価の平等を問いなおす。支配・抑圧のない、自尊を下支えする社会へ。財産が公平にいきわたるデモクラシーの構想を示す。(出版社紹介)

  • 難しかった。今度もう一回読んでみたい

  • 平等ということについて、今まで言われていた単純な平等が問題であることを提起した本である。特に教育では能力主義が問題となる。最後の方で、能力主義が目指すのは平等ではなく不平等の正当化としている。教育では、能力主義が重視されてきて、テストで学習の成果が問われている。しかし、それは、能力に基づく不平等の正当化は多大な格差の方便となっているという指摘は考えなければならないことである。大学に行けるものと行けないもので、大学受験は能力と思われているが、それは勉強をできる環境が整い、それを補助する手段ある人と環境も手段もない人との格差になってしまっている。
     こうしたことをさらに説明した本を書いてほしい。

  • 政治的な本

  • 「平等」と簡単に言うが、難しい。
    著者はその「平等」について論を展開する。
    本人も、「実証的研究」でなく「規範的研究」といっており、われわれの日常から帰納的に平等について論じるのではなく、過去の平等についての研究から筆者の考える最強の平等を提示する。

    そんな本だから「平等」について研究する人にはいいのかもしれないがちょっと読みたいものからは道を外れていた。

    色んな「平等」を上げたうえで、私が推すのはこれだ、という話なのだけど、ある意味潔いのだが恣意的な面は否めない。著者と考えの違う人は当然想定しているはずだし、議論できるという前提だろう。

    成功という基準が一律だし、敗者は必ずひねくれると言っている気がするし、不平等者に手を差し伸べようとしてもプライド傷つけるとか、基本的に競争が発展を生む前提はどうなんだという面とか、なんか色々気になって。

    薄いところに事例がないので、読みづらい。
    文章は平易なのだが、とにかく、机上の演習という印象だった。

    この本が実現しようとしている「平等」とか書いてた気がするが、この本は、何も実現しませんよ。

  • 平等の考え方、捉え方とその議論の概要について紹介。

    あらためて、平等の論点や平等実現の課題については非常に整理されているが、改めて読んで、そもそも、なぜ平等であることが大事か(必要?価値?意味?)を、考えた。

    別書に詳細は譲るが生理的な原因か、または功利主義的な合理性があるのか、あったとして、環境問題や大規模破壊兵器、AIの出現した現代にフィットしているのか。

    そして、それれらも踏まえて、そもそもすべては「自然の帰結である」ととらえるのがよいのか。

  • ロールズ研究者による平等論の入門書.今回,多少馴染みのある分野(政治思想史)の中堅?の方による新書ということで久しぶりに手に取ってみた.

    これは良書だ.平等論はそのとっつきやすさの反面,個々の難解な説に付き合わされることが多く,触れるたびに火傷した記憶しかなかったが,本書は細かい説を紹介するのではなく著者の立場を通して各論点が解説されるため,頭がとても整理される.規範理論系の教科書(の平等論の章)に一度でも目を通したことのある人ならば,この本のありがたみが分かると思う.

    また,本書はファーマティヴ・アクション,ロトクラシー,メリトクラシー(能力主義)にも触れられており最新の平等論入門書となっている.もちろん理論だけではなく,理論に照らして現在の政治社会が平等の観点から何が問題なのかも論じている.

    あえて本書の不満点を指摘すれば,著者が採用する財産所有のデモクラシー(ロールズの見解)という政治構想から導かれる平等論が展開されているのに,肝心のその財産所有のデモクラシー自体の説明がまとまったかたちで提示されているとはいえず,若干わかりにくいことか.

    財産所有のデモクラシーは要約が難しいけれど,平等に分配されるべき自尊心のため個々人に一定の財産所有を保障すべきこと,経済的不平等が政治的平等に転換されないような取り組みなどが,基本的な構想と理解した.本書の後半は財産所有のデモクラシーに基づいた議論が展開されており(経済・政治・評価上の平等),そのカバー範囲の広さゆえ要約しづらい(なのでざっくりとした説明をするしかない著者の気持ちは分かる).

    個人的には,特に関係の平等主義(関係論的平等主義)が勉強になった.これは支配の不在を究極的な目標とする考え方で,これまで自由論で展開されていたような話が平等論で前面に押し出されている点が目新しい.最低賃金制度や会社役員の男女比率の是正といった「局所的な平等化」で満足しない,もっと構造的な部分に取り組んでいこうという点がポイントだ.この関係の平等主義を入門書でしっかり取り上げた点が本書の1番の強みといえる.

    著者がロールズ研究者であり自説の多くがロールズに負っていることもあって,たびたびこのおじさんが登場する.ロールズといえば,現代政治哲学における超重要人物なうえに正義の二原理やその認定手続き,ポリティカルリベラリズムなど論点が多い人だ.

    今回は,彼の財産所有のデモクラシーもそうだが自尊心(自分にとっての生きがいを実際に追求できる実感を得られる場合に生じる道徳感情)を基本材に含めたあたりを起点にした議論になる.個人的に自尊心を基本材に含めた点が彼の画期的だったところだと思う.本書は平等論と合わせてロールズ先生の勉強にもなる.やはりこのおじさんはすごい.

  • 本書で体系的に整理された論を読むと、「平等」という状態がいかに多数の切り口を含んでいるかがよくわかる。そのため「あちらを立てればこちらが立たない」というジレンマや「そうは言っても…」という対立が起こるテーマだというのが非常によく理解できます。この手のテーマの際を語ると十中八九生じる倫理的な話やましてや感情論的な話ではない、極めて論理的な面で持って解決が容易ではない問題であることがわかります。

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著者プロフィール

岡山商科大学法学部准教授

「2023年 『法と哲学 第9号』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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