テレビ救急箱 (中公新書ラクレ 274)

著者 :
  • 中央公論新社
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感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121502742

感想・レビュー・書評

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  • 純粋にこの人の書く文章はひねくれていて面白い。
    内田樹先生の言う「読み手を意識した文章」なのか。
    ただ、5年前くらいの話題をネタにしているので、
    リアルタイムに近いところで読みたかった。

  •  小田嶋氏が『ヨミウリ・ウイークリー』に連載していたテレビ批評コラム「ワイドシャッター」の書籍化第2弾。『ヨミウリ・ウイークリー』がさきごろ休刊してしまったので、このシリーズはこれにて打ち止めだろう。

     書籍化第1弾『テレビ標本箱』を読んだとき、私はこう書いた。
     
    《ナンシー関の衣鉢を継ぐ、シニカルな観察眼が光るコラム芸の連打。対象者のウイークポイントを一言で斬る毒に満ちた人物評、笑える「レッテル貼り」芸……短いコラムの中に高度な文章テクが駆使されている。くわえて、良質なテレビ論としても読める。》

     本書の感想も基本は同じだが、『テレビ標本箱』に比べるとコラムの切れ味がやや落ち、玉石混淆度が高まったかな。

     第1弾が4年分(2002~2006)の連載からセレクトしたものだったのに対し、本書は2006年9月から2008年1月までの一年余の連載分をそっくり収録している。切れ味が落ちたと感じるのは、そうした違いのせいもあるだろう。

     だがそれ以上に、小田嶋氏が現今のテレビ番組に心底ウンザリしている様子が各コラムから伝わってきて、ちょっと痛々しい印象なのだ。なにしろ、収録コラムのほぼすべてが、取り上げた番組や出演者などへの批判なのだから。
     もちろん、小田嶋氏のことだから、批判とはいっても高度な「悪口芸」にはなっているのだが……。

     つまらない、くだらないテレビ番組を仕事として見つづけて、それについて週1本のコラムを仕上げるというのは、かなりの苦行だろう。
     故・ナンシー関は、いろいろ文句をつけつつもテレビを見ること自体を楽しんでいたように思う。そのへんの差が、オダジマが「ポスト・ナンシー関」になりきれなかった(てゆーかタイプが違う)理由なのだろう。

     小田嶋氏がモノの値段をネタに書きつづけてきたコラム「無資本主義商品論」は、連載誌が休刊するたびに他誌に引き取られ、いまなお書きつづけられている(いまは、朝日のPR誌『一冊の本』に「ナンボのもんじゃい」として連載中)。
     それに対し、「ワイドシャッター」はいまのところ他誌に引き継がれる様子がない。まあ、当然だと思う。

     本書は、小田嶋氏によるテレビへの「訣別宣言」、ないしは「最後通告」のごときものだと思う。

  • アナウンサーは北朝鮮には敵わない。その通り。笑
    TBSの安住アナも一時は大人気だった。最近あh元気にしているのか?数年前にでも独立しておけばよかったのに。勿体ない。

  • そんなに昔のことでもないけど今読むと懐かしい。一昔前のテレビ番組だね。あの頃は確かに面白い番組はなかったのかもしれない。小田嶋目線で楽しく読めた。

  • 前作の「テレビ標本箱」と合わせて読んだ。
    (というか、こっちはまだ読んでる途中だが。)
    小田嶋さんのエッセイは面白い。
    日経のネットのやつなどは、毎回うなるほど面白い。
    で、期待してこのシリーズ2冊をAmazonで買ったんだが。

    面白いし、ふむふむなるほど、と膝を打つところも多々ある。
    でも、期待したほどではなかったです、正直。
    というのも、昨今のテレビ番組に対して、
    苛立ちと嫌悪、見下げた感じがまず先に立っている。
    いや、それも、もっともなんだけど。

    たとえば、ナンシー関が書いていた、テレビに関する文章は
    苛立ちの中にも、
    ちょっとした愛情と、偏った面白がり方と、
    つまんないテレビ見てる自分まで含めて客観視する視点、
    みたいなものがあって、
    それが感動的なくらい面白かった。

    小田嶋さんにも、それを期待したんだけど。
    なんだろう、あと一息、笑えない感じがして。
    テレビ業界が変わったから、というものあるのかもしれないですけどもね。

  •  数年前に、ちょっとしたきっかけで、著者のHP(その後、ブログに移行)を拝見したのがきっかけで、作品も読むようになりました。 ご本人は、ナンシー関氏の衣鉢を継ごうとは、これっぱかしも考えてらっしゃらないでしょう。 とはいえ、別路線で、それはそれは、興味深いエッセイをお書きになってらっしゃいます。 「Yomiuri Weekly」休刊になり、ちょっと残念ではありますが、日経系のサイトで連載をお書きになって、それはそれは面白うございます。 本来であれば、著者の他、今をときめく(?)内田樹氏他との共著「九条どうでしょう?」を取り上げるべき所、全く内容を覚えていない(それは、内容とは関係ありません。多くの人に読んで欲しい一冊だと思います)ので、取り急ぎ、本作品を取り上げた次第。 しかし、明日も仕事だというのに、夜も遅くに何をしているのであろうかしらん。

  • 電車やバスの中で読むのにちょうどよい、心地よいエッセイ集

  • テレビへの辛口批評は、ナンシー関亡き後は、小田嶋さんが担当しているようです。

  • 2008年12月23日開始
    2008年12月27日読了

  • テレビというメディアは、刺激の強い嗜好品や、中毒性の高い薬物に似ている。人々を依存させ、思考能力を奪い取る点において。テレビジャンキーはテレビがないとたちまち不安になる。抑うつ状態に陥った彼等に処方されたのが「ワンセグ」という代物だ。携帯電話のテレビ画面に見入る彼等の姿は、ビッグブラザーの指示に従う人々そのものだ。

    http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20080925/p4

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著者プロフィール

1956年東京赤羽生まれ。早稲田大学卒業。食品メーカー勤務などを経て、テクニカルライターの草分けとなる。国内では稀有となったコラムニストの一人。
著作は、『我が心はICにあらず』(BNN、1988年、のち光文社文庫)をはじめ、『パソコンゲーマーは眠らない』(朝日新聞社、1992年、のち文庫)、『地雷を踏む勇気』(技術評論社、2011年)、『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社、2012年)、『ポエムに万歳!』(新潮社、2014年)、『ア・ピース・オブ・警句』(日経BP社、2020年)、『日本語を、取り戻す。』(亜紀書房、2020年)、『災間の唄』(サイゾー、2020年)、『小田嶋隆のコラムの向こう側』(ミシマ社、2022年)など多数がある。
また共著に『人生2割がちょうどいい』(岡康道、講談社、2009年)などの他、『9条どうでしょう』(内田樹・平川克美・町山智浩共著、毎日新聞社、2006年)などがある。
2022年、はじめての小説『東京四次元紀行』(イースト・プレス)を刊行、6月24日病気のため死去。

「2022年 『諦念後 男の老後の大問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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