私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ)

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  • 中央公論新社
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レビュー : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (299ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121503879

作品紹介・あらすじ

豊かさを求めて「原発大国」を選んだ唯一の被爆国・日本。核の傘の下で平和憲法を制定した日本。このねじれを政財官の動き、映画等の文化を題材に検証。2011年論を加え、文庫版に増補。

感想・レビュー・書評

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  • 原発関係でso far最も得心がいった本。実に良くできている本である。様々なキーワードが本書に修練していき、最後に原発像が時間と空間的な様相のなかで明らかになっていく。Abby roadを本にしたような収斂である。

    原発はアメリカである。終戦であり、原爆であり、白洲次郎であり、ホイットニーであり、正力松太郎であり、第五福竜丸であり、ゴジラであり、小島信夫であり、土光敏光であり、読売新聞であり、オッペンハイマーであり、人形峠であり、鉄腕アトムであり、万博であり、ニーチェであり、大衆である。ハンタイ派であり、サンセイ派である。シュンペーターであり、イノベーションであり、マスターベーションであり、レボリューションである。田中角栄であり、柏崎であり、福島である。清水幾太郎であり、大江健三郎であり、もんじゅであり、JOCである。ノイマンであり、ゲーム理論であり、中曽根康弘である。こうして私たちは原発大国を選んだのである。絶対読んだ方が良い。

  • 先に「原発報道とメディア」を読んだんですが(なかなか手に入らなかった)、こちらの方がよかった。歴史の縦糸と横糸をきちんと編んで現在(というか311前)に至った道を明確に見せてくれます。これを読んで、どうして今回の福島第一原発事故が地方社会の荒廃と直結しているのか、よくわかりました。今に生き、今後を考える僕達全員にとって必読の一冊だと思います。

  • サイエンス
    社会

  • ボクは原発問題を核兵器の問題と絡めて論じることには懐疑的である。例えば「唯一の被爆国」であることが、日本の原子力政策に影響を与えるべきことなのか?しかし、もし多くの人がそこに通底するものを見ているならば、その考え方を知るのもムダではないだろう。

    増補版として、2011年論が新たに加わった。ハンタイ派v.s.スイシン派の不毛な対立が、かえってリスクを増大させていることには全くもって同感。ただ、本書の内容から離れるが、、、この手の収拾不能な二項対立はよく見られる現象。そこで仮説
    ⇒ヒトの認知的基盤、または社会構造の中には、論点を単純化して二項対立する傾向がビルトインされている。従来、だらだら考えていないで不確実な状況下で行動を起こせるという観点で、こうした議論の単純化が適応的だった。マスメディアの発達、民主制の発展、科学技術の進歩に伴う(?)不確実性の増大が、従来は適応的だった反応を危ういものにしている。

    原子力のような先端技術は不確実性が高く、事故時のインパクトの大きさもあいまって、情報不足を無視して推論するほかない。イデオロギーがぶつかり合うことになる。

    電源三法についての指摘は重要。原発がある限り過疎でなければならないし、労働力を原発に吸い取られて他の産業は育たない。原発による地域振興は、痛々しい幻だ。

    高木仁三郎。チェルノブイリを受けて、事故確率の計算に潜む落とし穴を分析している。重畳型、共倒れ型、将棋倒し型。福島第1は共倒れ型か。しかし高木は「運動」に傾斜して、科学に立脚した安全策の検討から離れてしまう。

    著者は、JCO臨界事故の背後にも原子力への逆風を見て取る(少しこじつけ気味ではあるが)。

    核兵器開発につながるから原発に反対するというのは多少無理がある議論と思う。製鉄もやめれば銃も刃物も含めて根絶できるが。。。ただし核拡散との絡みは無視できないので、一筋縄ではいかない。

  • アメリカは、1955年に濃縮ウランを提供し、将来の発電用原子炉についても援助することを打診してきた。当時、濃縮工場の建設するには莫大な予算が必要で、米ソ以外には難しかった。濃縮ウランを提供することによって、軽水炉技術の提供も可能になり、発電という国家の生命線を掌握できる。濃縮ウランは貸与の形で提供されるため、兵器への転用も抑え込めるというシナリオだった。

  • 日本における原発の歴史についての文章.推進派と反対派の中間的なスタンスとなっている.文体はとても読みづらく,章立ても不可解.書籍でスイシン派,ハンタイ派とカタカナで書くのはやめて欲しい.

  • はっきり言って、この人の本は、とても読みにくい。文体としても、内容としても。

    著者は、原発スイシン派でもなく、ハンタイ派でもない。そのどちらに対しても「非共感的」に感じている、と著す。

    スイシン派の引くに引けない状況。
    反対派の過剰なまでの拒否反応。

    その折衷案を模索して震災から2年が経とうとする。
    その折衷案を考えるときに、まず読まれるべき本だと思った。


    エネルギー源として原発は必要不可欠であるという推進派。
    彼らの隠蔽体質は目に余るものがある。
    しかし、当初「原発は完全になくすべきだ」として、頭ごなしに反対していた反対派も、思考停止状態といえるのではないか?
    原発は危険だ!と訴えすぎることによる弊害もある。就労職員の核に関する知識の低下。労働のモチベーションの低下。スイシン派の隠蔽体質を作り上げもした。
    危険なものでも、突然姿を消してくれるわけではない。
    平和的に終息するために、議論がなされるべきだ。

    それなのに、国家は、なし崩し的にスイシンへと向かおうとしている。

    反対の「やり方」が、問われるときだ。

    まず、原発を知ること。核を知ること。民主主義を知ること。アメリカを知ること。冷戦を知ること。倫理を知ること。学問を知ること。未来を模索すること。

    原発は、本当に、複雑な要素が絡み合った問題だ。

    それをほどいてくれるわけではないが、その手助けになる本かもしれない。

  • 漠然としたイメージ、マスコミの喧伝、何となくの感覚に翻弄されて、ただ闇雲に賛成・反対と思ってしまうのが嫌で手にとった本
    日本が原子力発電を手にする歴史的経緯と、これまで論じられてきた数々の言論を紹介しており、一冊としては極めて中立的なまとまりを見せている、と言った印象でした

    読み終えて、「賛成ですか?反対ですか?」というのはいかに愚問であるかと思うようになったこと、エネルギー計画は時に戦争を起こすほどに重要な問題であると認識したこと、とりあえずトラブルが起きた時の政権を批判してるだけではいけないってこと、が大きな収穫

    大量のエネルギーを消費して暮らす社会の一員として、いざというときにしっかりと考えを話せるようにはなっておこう

  • この本は書評するべきものではない。しっかり歴史を見つめ、そして今何を考えるのか、単なる原発反対、推進でなくもっと本質的な議論が求められている私達が必要としている膨大な情報がこの本に含まれている。多くの人に読んで欲しいし、正しく理解して欲しい。

  • 今の原発における現状までの経緯を分かりやすく解説してくれる一冊。戦後日本社会では技術的な豊かさを得たものの、心の豊かさを得るまでは至らず、そのことが今につながる。原発には未知の部分が未だに多く、すべての要素をもって議論することは不可能との見解から筆者は最終的に佐伯の『「きめ方」の論理』から、しっかりした情報収集をもとにいくつかの方策を柔軟に取り入れていくという極めてまともな結論に至る。原発推進派と反対派の共倒れの言論をゲーム理論から説明したり、原発関係の本のを読んだ経験が少ない自分にとっては内容が充実しているように感じられた。

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著者プロフィール

1958年東京都生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程単位取得退学。現在、専修大学文学部教授、ジャーナリスト。専門は、メディア社会学、ジャーナリズム論。著書に、『なぜアマゾンは1円で本が売れるのか ネット時代のメディア戦争』新潮新書、2017、『日本ノンフィクション史 ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』中公新書、2017、『日本語とジャーナリズム』晶文社、2016、『流行人類学クロニクル』(サントリー学芸賞社会風俗部門賞)日経BP社、1999、他。

「2017年 『談 no.109』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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