私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ 387)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (299ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121503879

作品紹介・あらすじ

豊かさを求めて「原発大国」を選んだ唯一の被爆国・日本。核の傘の下で平和憲法を制定した日本。このねじれを政財官の動き、映画等の文化を題材に検証。2011年論を加え、文庫版に増補。

感想・レビュー・書評

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  • 原発関係でso far最も得心がいった本。実に良くできている本である。様々なキーワードが本書に修練していき、最後に原発像が時間と空間的な様相のなかで明らかになっていく。Abby roadを本にしたような収斂である。

    原発はアメリカである。終戦であり、原爆であり、白洲次郎であり、ホイットニーであり、正力松太郎であり、第五福竜丸であり、ゴジラであり、小島信夫であり、土光敏光であり、読売新聞であり、オッペンハイマーであり、人形峠であり、鉄腕アトムであり、万博であり、ニーチェであり、大衆である。ハンタイ派であり、サンセイ派である。シュンペーターであり、イノベーションであり、マスターベーションであり、レボリューションである。田中角栄であり、柏崎であり、福島である。清水幾太郎であり、大江健三郎であり、もんじゅであり、JOCである。ノイマンであり、ゲーム理論であり、中曽根康弘である。こうして私たちは原発大国を選んだのである。絶対読んだ方が良い。

  • 先に「原発報道とメディア」を読んだんですが(なかなか手に入らなかった)、こちらの方がよかった。歴史の縦糸と横糸をきちんと編んで現在(というか311前)に至った道を明確に見せてくれます。これを読んで、どうして今回の福島第一原発事故が地方社会の荒廃と直結しているのか、よくわかりました。今に生き、今後を考える僕達全員にとって必読の一冊だと思います。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】 
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/55943

  • 原子力発電所をこんなにたくさん作る前に、もう少し考えてくれればなあと思わないでもないが、もう作ってしまった以上、そこから考え始めるしかない。ラジウムとトリウムを含む「健康飲料水」を飲み続けて死んでしまったアメリカの大富豪、エベン・バイヤーズの話は、『世界で一番美しい元素図鑑』にも載っていたが、この本で改めてその顛末を読むと、無知とは実に恐ろしいものだと思う。初代の科学技術庁長官だった正力松太郎が「核燃料」を「がいねんりょう」と読んだという話には、開いた口がふさがらない。2011年7月3日付け読売新聞書評欄。

  • サイエンス
    社会

  • ボクは原発問題を核兵器の問題と絡めて論じることには懐疑的である。例えば「唯一の被爆国」であることが、日本の原子力政策に影響を与えるべきことなのか?しかし、もし多くの人がそこに通底するものを見ているならば、その考え方を知るのもムダではないだろう。

    増補版として、2011年論が新たに加わった。ハンタイ派v.s.スイシン派の不毛な対立が、かえってリスクを増大させていることには全くもって同感。ただ、本書の内容から離れるが、、、この手の収拾不能な二項対立はよく見られる現象。そこで仮説
    ⇒ヒトの認知的基盤、または社会構造の中には、論点を単純化して二項対立する傾向がビルトインされている。従来、だらだら考えていないで不確実な状況下で行動を起こせるという観点で、こうした議論の単純化が適応的だった。マスメディアの発達、民主制の発展、科学技術の進歩に伴う(?)不確実性の増大が、従来は適応的だった反応を危ういものにしている。

    原子力のような先端技術は不確実性が高く、事故時のインパクトの大きさもあいまって、情報不足を無視して推論するほかない。イデオロギーがぶつかり合うことになる。

    電源三法についての指摘は重要。原発がある限り過疎でなければならないし、労働力を原発に吸い取られて他の産業は育たない。原発による地域振興は、痛々しい幻だ。

    高木仁三郎。チェルノブイリを受けて、事故確率の計算に潜む落とし穴を分析している。重畳型、共倒れ型、将棋倒し型。福島第1は共倒れ型か。しかし高木は「運動」に傾斜して、科学に立脚した安全策の検討から離れてしまう。

    著者は、JCO臨界事故の背後にも原子力への逆風を見て取る(少しこじつけ気味ではあるが)。

    核兵器開発につながるから原発に反対するというのは多少無理がある議論と思う。製鉄もやめれば銃も刃物も含めて根絶できるが。。。ただし核拡散との絡みは無視できないので、一筋縄ではいかない。

  • アメリカは、1955年に濃縮ウランを提供し、将来の発電用原子炉についても援助することを打診してきた。当時、濃縮工場の建設するには莫大な予算が必要で、米ソ以外には難しかった。濃縮ウランを提供することによって、軽水炉技術の提供も可能になり、発電という国家の生命線を掌握できる。濃縮ウランは貸与の形で提供されるため、兵器への転用も抑え込めるというシナリオだった。

  • 日本における原発の歴史についての文章.推進派と反対派の中間的なスタンスとなっている.文体はとても読みづらく,章立ても不可解.書籍でスイシン派,ハンタイ派とカタカナで書くのはやめて欲しい.

  • はっきり言って、この人の本は、とても読みにくい。文体としても、内容としても。

    著者は、原発スイシン派でもなく、ハンタイ派でもない。そのどちらに対しても「非共感的」に感じている、と著す。

    スイシン派の引くに引けない状況。
    反対派の過剰なまでの拒否反応。

    その折衷案を模索して震災から2年が経とうとする。
    その折衷案を考えるときに、まず読まれるべき本だと思った。


    エネルギー源として原発は必要不可欠であるという推進派。
    彼らの隠蔽体質は目に余るものがある。
    しかし、当初「原発は完全になくすべきだ」として、頭ごなしに反対していた反対派も、思考停止状態といえるのではないか?
    原発は危険だ!と訴えすぎることによる弊害もある。就労職員の核に関する知識の低下。労働のモチベーションの低下。スイシン派の隠蔽体質を作り上げもした。
    危険なものでも、突然姿を消してくれるわけではない。
    平和的に終息するために、議論がなされるべきだ。

    それなのに、国家は、なし崩し的にスイシンへと向かおうとしている。

    反対の「やり方」が、問われるときだ。

    まず、原発を知ること。核を知ること。民主主義を知ること。アメリカを知ること。冷戦を知ること。倫理を知ること。学問を知ること。未来を模索すること。

    原発は、本当に、複雑な要素が絡み合った問題だ。

    それをほどいてくれるわけではないが、その手助けになる本かもしれない。

  • 漠然としたイメージ、マスコミの喧伝、何となくの感覚に翻弄されて、ただ闇雲に賛成・反対と思ってしまうのが嫌で手にとった本
    日本が原子力発電を手にする歴史的経緯と、これまで論じられてきた数々の言論を紹介しており、一冊としては極めて中立的なまとまりを見せている、と言った印象でした

    読み終えて、「賛成ですか?反対ですか?」というのはいかに愚問であるかと思うようになったこと、エネルギー計画は時に戦争を起こすほどに重要な問題であると認識したこと、とりあえずトラブルが起きた時の政権を批判してるだけではいけないってこと、が大きな収穫

    大量のエネルギーを消費して暮らす社会の一員として、いざというときにしっかりと考えを話せるようにはなっておこう

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著者プロフィール

昭和21 年、長野市に生まれ。
長野高校、早稲田大学を卒業後、信越放送(SBC)に入社。報道部記者を経て、ラジオを中心にディレクターやプロデューサーを務める。平成10 年に「つれづれ遊学舎」を設立して独立、現在はラジオパーソナリティー、フリーキャスターとして活躍。
主な出演番組は、「武田徹のつれづれ散歩道」「武田徹の『言葉はちから』」(いずれもSBC ラジオ)、「武田徹のラジオ熟年倶楽部」(FM ぜんこうじ)など。

「2022年 『武田徹つれづれ一徹人生』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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