孤独のすすめ 人生後半の生き方 (中公新書ラクレ)

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  • 中央公論新社 (2017年7月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784121505859

みんなの感想まとめ

老いと孤独について深く考察した本書は、人生の後半期を迎える人々に寄り添い、肯定的な視点を提供します。高齢になると、身体の不自由さや孤独感に悩むことが多いですが、本書ではその中に潜む豊かさを見出すことの...

感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりに五木寛之さんの本を手に取った。
    読了は昨夜。

    本書もBOOK・OFFの閉店セールにて購入した1冊。
    確か最終日の購入なので10円(笑)

    読み始めてすぐ、「ああ、この語り口こそ五木さんだ」と思わず頷いてしまった。
    柔らかく、静かで、しかし深く刺さる言葉。
    人生の影の部分にそっと寄り添いながら、決して押しつけがましくならない語り。
    年齢を重ねた読者に向けて、静かに灯りをともすような文章。
    まさに五木寛之の真骨頂といえる一冊だった。

    読後評価は☆3.9

    (´ρ`*)コホン
    では、本書の内容を含めた感想を。

    『孤独のすすめ ― 人生後半の生き方』を読んで

    本書の中心にあるテーマは、「孤独を恐れない」という姿勢だ。
    現代は“嫌老社会”だと五木さんは言う。
    老いを嫌い、衰えを恥じ、若さにしがみつこうとする社会。
    高齢者は
    「元気でいなければならない」
    「前向きでなければならない」
    とプレッシャーをかけられ、弱さを見せることが許されない。
    老いを自然なものとして受け入れるどころか、老いそのものが“悪”のように扱われる。
    これが五木さんのいう「嫌老社会」だ。

    しかし、五木さんはそこから一歩踏み出し、「賢老社会」への転換を提案する。
    老いを嫌うのではなく、老いを知り、老いと共に生きる知恵を持つ社会。
    できないことが増えるのは当たり前であり、弱さを隠す必要もない。
    むしろ、弱さを受け入れ、肩の力を抜き、自然体で生きることこそが、人生後半の豊かさにつながる。
    これが「賢老」の姿勢だ。

    この“嫌老から賢老へ”という視点は、現代の高齢者だけでなく、若い世代にも響くものがある。
    社会全体が「老いを嫌う」空気に包まれているからこそ、老いを肯定的に捉える視点は貴重だ。
    五木さんは、老いを「敗北」ではなく「成熟」として捉え直す道を示してくれる。

    本書で語られる孤独観も印象的だ。
    孤独は避けるべきものではなく、人間が本来持つ自然な状態だという。
    若い頃は家族や仕事に囲まれ、孤独を意識することは少ない。
    しかし人生の後半になると、自然と一人の時間が増えていく。
    その変化を「寂しさ」と捉えるか、「静かな自由」と捉えるかで、老いの景色はまったく違うものになる。

    五木さんは、孤独を豊かにするためのヒントもいくつか示している。
    読書や散歩、音楽など、一人で楽しめる小さな習慣を持つこと。人との距離感を適度に保ち、無理のない範囲で交流を楽しむこと。
    そして、老いによって生じる不安や身体の衰えを「自然の摂理」として受け入れること。
    こうした日々の積み重ねが、孤独を「寂しさ」ではなく「静かな充足」へと変えていく。

    さらに五木さんは、孤独を受け入れることは「死を受け入れる準備」にもつながると語る。
    人は最終的に一人で死に向き合う存在であり、その事実を恐れず、静かに見つめることで、人生後半の精神的成熟が生まれる。
    死を遠ざけるのではなく、日常の延長として意識することで、むしろ生の時間が鮮明になり、今を丁寧に生きる姿勢が育つという考え方は、五木さんらしい深い洞察だ。

    読み終えて感じたのは、「孤独は敵ではない」というシンプルだが力強いメッセージだった。
    孤独を恐れず、無理に埋めようとせず、静かに受け入れることで、人は自分自身と向き合い、深い安らぎを得ることができる。
    老いを嫌う社会の中で、老いを賢く生きるためのヒントが詰まった一冊。
    久しぶりに五木寛之さんの本を読んだが、やはりこの人の言葉は、人生の後半を生きる私たちにとって、静かで確かな道しるべになる。

    <あらすじ>
    五木寛之は本書で、人生の後半を生きるうえで避けて通れない「孤独」を、恐れるべきものではなく、むしろ人間が本来持つ自然な状態として肯定的に捉える姿勢を示す。高齢化が進み、家族構造も変化し、社会とのつながりが希薄になりやすい現代において、「孤独」はしばしば負のイメージで語られる。しかし著者は、孤独を無理に克服しようとするのではなく、むしろそれを受け入れ、味わい、人生後半の豊かさへと転換する視点を提示する。

    本書の中心にあるのは、「人は本来、孤独な存在である」という認識だ。若い頃は家族や仕事、社会的役割に囲まれ、孤独を意識することは少ない。しかし年齢を重ねるにつれ、子どもは独立し、仕事は終わり、友人も減っていく。こうした変化を「喪失」と捉えるのではなく、「自分自身に戻る時間が訪れた」と考えることで、孤独は苦しみではなく、静かな自由へと変わる。

    著者はまた、孤独を受け入れるためには「頑張りすぎない」姿勢が重要だと説く。社会は常に「前向きであれ」「積極的であれ」と求めるが、人生後半ではむしろ力を抜き、肩の荷を下ろすことが必要だという。弱さを認め、できないことを無理に克服しようとせず、自然体で生きることが、孤独と共存するための鍵となる。

    さらに本書では、孤独を豊かにするための具体的なヒントも語られる。たとえば、読書や散歩、音楽など、一人で楽しめる小さな習慣を持つこと。人と無理に関わろうとせず、必要な距離感を保ちながら、時に軽い交流を楽しむこと。そして、老いによって生じる不安や身体の衰えを「自然の摂理」として受け入れ、過度に抗わない姿勢を持つこと。こうした日々の積み重ねが、孤独を「寂しさ」ではなく「静かな充足」へと変えていく。

    著者はまた、孤独を肯定することは「死」を受け入れる準備にもつながると述べる。人は最終的に一人で死に向き合う存在であり、その事実を恐れず、静かに見つめることが、人生後半の精神的成熟をもたらす。死を遠ざけるのではなく、日常の延長として意識することで、むしろ生の時間が鮮明になり、今を丁寧に生きる姿勢が生まれる。

    本書全体を通して語られるのは、「孤独は人生の敵ではなく、後半生を豊かにするための大切な友である」というメッセージだ。孤独を恐れず、無理に埋めようとせず、静かに受け入れることで、人は自分自身と向き合い、深い安らぎを得ることができる。五木寛之は、人生の晩年をどう生きるかに悩む読者に対し、力まず、飾らず、自然体で孤独と共に歩む道を示している。


    本の概要
    著者が2015年に『嫌老社会を超えて』を出版し、世代間闘争や暴走老人に警鐘を鳴らして約1年半。老人による交通事故報道が後を絶たず、2017年には改正道路交通法が施行されました。
    100歳以上の高齢者が6万人を超え、団塊世代が70歳を迎える今、新たな「老い方」を考えることは日本にとって、私たち一人ひとりにとって最も重要な課題であるといえます。
    しかし、「高齢になっても元気に前向きに」は誰もができることではありません。老いに抗わず、等身大に受け止め、工夫して楽しむ。

    「嫌われる、迷惑をかける老人」にならないなど「賢老」という生き方のために日々実践できることを、84歳の著者自らの体験も交えながら綴った1冊。

    メディア掲載レビューほか
    五木寛之さんが説く、人生の「下山」の時期をどう生きるか

    2015年に刊行された単行本『嫌老社会を超えて』を再構成、大幅加筆のうえでタイトルを変えて新書化。「孤独」の時間を楽しみ、老いに伴う体や心の不調を穏やかに受け入れ、自立した生き方を心がけ、心が辛いときには「回想」することで癒しを得る。登り調子を過ぎた、人生の「下山」の時期を安らかに生きるための姿勢を、柔らかな言葉で語りかける本が大ヒット中だ。既に部数は単行本で出したときの10倍。

    「単行本の段階で内容には自信があったのですが、著者のパーソナルな実感に焦点を絞って加筆していただいたことで、より読者に響く内容になったのではないかと感じています」(担当編集者)

    主な読者層は50代以上の男女。昨今では老いても盛んに働き、趣味にも精を出すことを強いるかのような言説も多い。そんな風潮への一種のアンチテーゼとしても読まれているようだ。

    「85歳の五木さんは、戦後、大陸からの引き揚げで壮絶な体験をされ、信じていた価値観がひっくり返るという経験をされています。その中で『前向きに』の呪縛を捨てる、『シフトダウン』することの大切さを提案されています。誰もがなんとなく先の見えない不安を抱える中、『頑張り過ぎなくていい』『年をとるのも悪くない』という人生の先輩からのメッセージが読者に届いたのだろうと思います」(担当編集者)

    評者:前田 久

    (週刊文春 2018年3月8日号掲載)

    著者について
    五木寛之(1932– )
    日本を代表する作家の一人で、小説、エッセイ、仏教思想、人生論など幅広い分野で活躍してきた。戦後文学の中でも独自の位置を占め、人生の「陰影」や「弱さ」、人間の孤独や救いを深く見つめる作風で知られる。

    主な特徴
    - 人間の弱さや孤独への深いまなざし
    若い頃から「敗者」「弱者」「流れ者」を描き続け、華やかな成功よりも、影の部分に寄り添う姿勢が一貫している。

    - 仏教思想への傾倒
    特に浄土思想に強い関心を持ち、「救いとは何か」「老いと死をどう受け止めるか」をテーマにした著作が多い。

    - エッセイの名手
    小説家でありながら、人生論・老い・孤独・生き方を語るエッセイが幅広い世代に読まれている。
    『大河の一滴』『孤独のすすめ』『下山の思想』などはベストセラー。

    - 大衆文学と純文学の橋渡し的存在
    読みやすさと深い思想性を兼ね備え、幅広い読者層に支持されている。

    代表作
    - 『青春の門』シリーズ
    - 『蒼ざめた馬を見よ』
    - 『風に吹かれて』
    - 『大河の一滴』
    - 『下山の思想』
    - 『孤独のすすめ』

  • 五木寛之さん(1932~)の作品、ブクログ登録は14冊目になります。


    で、本書の内容は、「BOOK」データベースによると、次のとおり。

    ---引用開始

    老いにさしかかるにつれ、「孤独」を恐れる人は少なくありません。体が思うように動かず、外出もままならない。訪ねてくる人もおらず、何もすることがなく、世の中から何となく取り残されてしまったようで、寂しく不安な日々。けれども、歳を重ねれば重ねるほど、人間は「孤独」だからこそ豊かに生きられると実感する気持ちがつよくなってくるのです。

    ---引用終了

  • ●年をとると、どのように生きるべきか戸惑っている人が少なくないと言われます。
    ●本書はそうした人々に老いの現実を肯定的に受け止めて生きていく言葉を贈っています。孤独な生活の友となるのが、例えば本だと。読書とは、著者と一対一で対話する行為で、心強い友。人生の後半期は自分で登ってきた山を降りていく時期なので、景色を楽しんで下山することだと言う。
    ●確かに、リタイアした人の中には、仕事一筋でやってきた人ほど何かしていないと自分だけが取り残されたという不安に駆られる人が多いと言われます。私は、老いを気楽に受け止めて、現役より自由な時間が膨大に増えるメリットを活かして、好きな事をやれば良いと思います。社会への恩返しになるような事であれば、なお良いですが。
    ●一方、現役の人は自分の納得出きる生活を追求する事です。それには、時折は現状の棚卸しも必要と思います。

    • seiyan36さん
      おはようございます。
      コメントありがとうございました。
      人生について書かれた五木さんの著書、参考になりますね。

      おはようございます。
      コメントありがとうございました。
      人生について書かれた五木さんの著書、参考になりますね。

      2021/09/12
    • ダイちゃんさん
      seiyan36さん、コメントして頂き、ありがとうございました。人生の後半の過ごし方について、参考にしています。seiyan36さんのコメン...
      seiyan36さん、コメントして頂き、ありがとうございました。人生の後半の過ごし方について、参考にしています。seiyan36さんのコメントに気がつきませんでした。失礼しました。
      2022/02/02
  • 孤独について知りたくて、、図書館で見つけて借りたのですが、人生の下り坂についてを書かれた本でした。

    薄くて、読みやすかったので
    すぐに読み終えました。

    下山期の高齢者の不便さについて学べて、
    勉強になりました。

    孤独と高齢期にはどのようなかかわりがあったのか
    知りたかったなと思いました。

  • 五木寛之さんの本は『人間の覚悟』『下山の思想』に続いて3冊目。
    全2冊は夫の本棚から。
    この本はそのタイトルに惹かれ、手にした本。
    既に30万部を突破しているベストセラー。

    2015年に刊行された『嫌老社会を超えて』を再構成、大幅に加筆したうえで、タイトルを変えたそうですが…
    『孤独のすすめ』というタイトルと内容がしっくりこなかった。

  • 五木さんの広くて深い知識と読みやすい文章の為か、押し付けられ感なく、こんな考えもあるんだなーと素直に入ってきました、

  • 発売5ヶ月で早くも13版の本書を店頭で見かけて即買いで読みました。論語からひいて、人生は青春 朱夏 白秋 玄冬と25年刻みで巡るといい、まさに玄冬の只中に居る五木さんからのメッセージ、さらりと読めるし特に反論する箇所もない判りやすい本です。青春の門 の頃は青春を謳歌されていた五木さんからの警鐘、超高齢化の日本に高齢者階級と若者勤労者階級との闘争が起きる懸念も看過出来ないかも! 白秋に居る私にも色々と考えさせてくれる良書でした。

  • 難しく考え過ぎ

  • 人は死ぬからそれの終わり方に着いて考えさせられた。

  • 五木寛之は人生を山に例える。
    山は登れば降りなくてなならない。
    登山では下りの方が怪我をする可能性が高いらしい。
    緊張感があり何もかも新鮮だった登りと違い、
    下りには体の疲れも気の緩みもある。
    終わりに向かう閉塞感や孤独感に苛まれもする。
    一方で魅力もあると語る。
    周りを顧みる余裕ができ眼下の景色を楽しむことができる。
    前を向くだけが楽しみではない。
    過去を回想し思い出に浸ることは悪いことではないという。

    嫌老感の風潮についても語る。
    若者からすると老齢者は、
    年金をもらい十分な貯蓄を持つ特権階級に見える。
    老齢者を支える財源を稼いでいるのは自分たちなのに、
    自分たちには還元されず生活が圧迫されていると感じる。
    老齢者にはこの日本をつくった自負がある。
    若者が自分たちを邪険にし、
    疎ましく思う雰囲気に居心地の悪さを感じる。
    世代間格差ではなく階級闘争の様相を呈していると。

    人生を80年と考えれば折り返しを過ぎた。
    100年、120年と考えてもその時は近い。
    健康とお金と趣味があれば一人で生きていける。
    自立、個として立っていこう。

  • 五木さんの本は苦手なんだけどな、何で読もうと思ったかな。孤独と言うキーワードには惹かれ、最近孤独について考える。

    家族がいて良い関係と思うけど、それぞれ別の人間なので、孤独を大切に、孤独を思い知らされる日が来るのだろうと思う。
    仕事でチームワークといいつつ、もう少し孤独に仕事をする姿勢が私には必要じゃないか。等。
    嫌いじゃないし、慣れている方だとも思うけどね。

    孤独に対すると言うか、老後の話だった。まあ興味はあるが、うーんと言う感じで読む。その中でも学びがいくつか。

    【学】
    60後半から老いを感じた
    生死観を確立することが必要
    「今の日本はたしかな希望を見いだせない」
    パンとサーカスに満足し、権力に対する政治的な批判精神を喪失した
    →確かに私がそうかもしれない。

  • 国も人も下山時は登る時より注意が必要だが、まずは自分たちが下山中だと認識をする必要がある。
    その上で、シニア層が視野を広く持って賢く成熟して行く意識を持つと、世代間が理解しあえる社会になって行くはずと。
    このような発想がジワーッと浸透して行くといい社会になって行く気がする。

    自分も50代中盤。肩肘を張らずに、社会のために何を貢献できるのかの意識を持って、残りの仕事人生を歩んでいきたいと感じた。

  • 昔の定義では”初老”に差し掛かったもんで読みました。
    無理をせず、分をわきまえて、熟する ということかな

  •  本書タイトルの「孤独」というようりも,本書の元となった単行本のタイトルに使われていた「嫌老」という言葉の方が,より心にずしりとくる内容の本でした。
     「嫌老」という言葉は,著者の五木さんの造語で,今,ATOKで変換しようとしたけれでも,まだ変換用の辞書には入っていないようです(でも,嫌韓なら,すぐに変換できる)。そのうち,嫌老でも変換できるようになるのが,ある意味,怖い社会になってきたということですね。変換できなくてよかった。
     さて,この「嫌老」。少子高齢化社会が生み出す新たな階級闘争の原動力となるのではないか…五木さんはそう危惧しています。元気なくせに働きもしないで年金で暮らしている裕福な老人。一方では,なかなか正社員にさえも慣れずに,いくつもの仕事をこなしているのに,生活にゆとりが出ない若者社会。この2極分化は,もう始まっているのかもしれません。
     そこで必要なのは「元気な高齢者ははたらきましょう」「社会に貢献しましょう」ということになります。それこそ,高齢者の生きがいにもなるでしょう。ただ趣味で時間をつぶすだけではなく,何か,賃金をもらえるようなこともやりながら,老いていく。下山の思想は,そういう高齢者の働き方改革でもあるのでしょうね。
     下山,孤独,嫌老,そして,非断捨離,どれもこれも,高齢化社会を見つめるための面白い視点です。

  • 人生は、青春、朱夏、白秋、玄冬と4つの季節が巡っていくのが自然の摂理
    玄冬なのに、青春のような生き方をしろといっても、それは無理
    だとすれば、後ろを振り返り、ひとり静かに孤独を楽しみながら、思い出を咀嚼したほうがよほどいい。回想は誰にも迷惑をかけないし、お金もかからない。繰り返し昔の楽しかりし日を回想し、それを習慣にする。そうすると、そのことで、錆びついた思い出の抽斗が開くようになり、次から次へと懐かしい記憶がよみがえってくるようになる。
    50歳は人生の折返し地点と覚悟する必要がある。そこからさらに50年の後半戦がある。そことをまず、はっきりと諦めることが必要。普通に考えると、諦めるというのは、マイナス思考のように受け止められがちだ、諦めるの本来の意味は、明らかに究める事を意味する。目をそらさずに、ありのままを直視する。
    どうせお金はあの世へは持っていけないのだし、生きているうちに思い切りお金を使うべき。旅行でもグルメでも思い切り楽しんで、ああ面白かった。満足だと言って、往生すれば良い。
    回想は医療の現場でも取り入れられている。蘇った思い出が楽しいものであるほど、心理的な効果が高い。自分の人生、捨てたものではないと、肯定的な気持ちになる。

  • この本の前に、出口氏の還暦からの底力を読みましたが、真逆な発想でした。
    ポジティブな出口氏の本の方がよかったです。

    また、タイトルが内容に合っていないように感じました。

  • 人生後半の楽しみ方については面白かった。
    果たして自分は人生後半に回想できるような今を過ごしているだろうかと、自分に問いかける一冊であった。

  • ゆっくり考えることが減ったのを実感。

  • 私も下山に差しかかった年になったんだな。これからは高齢者ビジネスが良いかも知れない。補聴器のポルシェ、老眼鏡のフェラーリの例えは良かった。これだけの物作りの日本ならば作れると思う。そして技術が高く、そして値段も高く。
    「敬われる」前に、一個の自立した人間として「評価」される存在になりたい。いい言葉だと思います。

  • 一年も前に出た本なのに、
    AMAZONの「中公新書ラクレ」の上位にあって、
    調べたら図書館で待っている人がたくさんいるのを発見、
    たまたまある図書館ですんなり借りられることがわかったので、
    衝動的に借りてしまいました。

    ぜんぜん『孤独のすすめ』ではありません…。
    もともと『嫌老社会を超えて』という単行本で出版したもの。
    それならわかる。なんで今回こんな題をつけたの?
    そしてAMAZONレビューを見たら、同じような感想を持った人がたくさん。

    こういうこともあるのね。
    『親鸞』は面白かったのに。
    とため息をつきました。

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著者プロフィール

1932年、福岡県生まれ。作家。生後まもなく朝鮮半島に渡り幼少期を送る。戦後、北朝鮮平壌より引き揚げる。52年に上京し、早稲田大学文学部ロシア文学科入学。57年中退後、編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞、2010年『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。ほかの代表作に『風の王国』『大河の一滴』『蓮如』『百寺巡礼』『生きるヒント』『折れない言葉』などがある。2022年より日本藝術院会員。

「2023年 『新・地図のない旅 Ⅱ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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