- Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121505859
作品紹介・あらすじ
老いにさしかかるにつれ、「孤独」を恐れる人は少なくありません。体が思うように動かず、外出もままならない。訪ねてくる人もおらず、何もすることがなく、世の中から何となく取り残されてしまったようで、寂しく不安な日々。けれども、歳を重ねれば重ねるほど、人間は「孤独」だからこそ豊かに生きられると実感する気持ちがつよくなってくるのです。
感想・レビュー・書評
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●年をとると、どのように生きるべきか戸惑っている人が少なくないと言われます。
●本書はそうした人々に老いの現実を肯定的に受け止めて生きていく言葉を贈っています。孤独な生活の友となるのが、例えば本だと。読書とは、著者と一対一で対話する行為で、心強い友。人生の後半期は自分で登ってきた山を降りていく時期なので、景色を楽しんで下山することだと言う。
●確かに、リタイアした人の中には、仕事一筋でやってきた人ほど何かしていないと自分だけが取り残されたという不安に駆られる人が多いと言われます。私は、老いを気楽に受け止めて、現役より自由な時間が膨大に増えるメリットを活かして、好きな事をやれば良いと思います。社会への恩返しになるような事であれば、なお良いですが。
●一方、現役の人は自分の納得出きる生活を追求する事です。それには、時折は現状の棚卸しも必要と思います。 -
発売5ヶ月で早くも13版の本書を店頭で見かけて即買いで読みました。論語からひいて、人生は青春 朱夏 白秋 玄冬と25年刻みで巡るといい、まさに玄冬の只中に居る五木さんからのメッセージ、さらりと読めるし特に反論する箇所もない判りやすい本です。青春の門 の頃は青春を謳歌されていた五木さんからの警鐘、超高齢化の日本に高齢者階級と若者勤労者階級との闘争が起きる懸念も看過出来ないかも! 白秋に居る私にも色々と考えさせてくれる良書でした。
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五木さんの広くて深い知識と読みやすい文章の為か、押し付けられ感なく、こんな考えもあるんだなーと素直に入ってきました、
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五木寛之は人生を山に例える。
山は登れば降りなくてなならない。
登山では下りの方が怪我をする可能性が高いらしい。
緊張感があり何もかも新鮮だった登りと違い、
下りには体の疲れも気の緩みもある。
終わりに向かう閉塞感や孤独感に苛まれもする。
一方で魅力もあると語る。
周りを顧みる余裕ができ眼下の景色を楽しむことができる。
前を向くだけが楽しみではない。
過去を回想し思い出に浸ることは悪いことではないという。
嫌老感の風潮についても語る。
若者からすると老齢者は、
年金をもらい十分な貯蓄を持つ特権階級に見える。
老齢者を支える財源を稼いでいるのは自分たちなのに、
自分たちには還元されず生活が圧迫されていると感じる。
老齢者にはこの日本をつくった自負がある。
若者が自分たちを邪険にし、
疎ましく思う雰囲気に居心地の悪さを感じる。
世代間格差ではなく階級闘争の様相を呈していると。
人生を80年と考えれば折り返しを過ぎた。
100年、120年と考えてもその時は近い。
健康とお金と趣味があれば一人で生きていける。
自立、個として立っていこう。 -
五木さんの本は苦手なんだけどな、何で読もうと思ったかな。孤独と言うキーワードには惹かれ、最近孤独について考える。
家族がいて良い関係と思うけど、それぞれ別の人間なので、孤独を大切に、孤独を思い知らされる日が来るのだろうと思う。
仕事でチームワークといいつつ、もう少し孤独に仕事をする姿勢が私には必要じゃないか。等。
嫌いじゃないし、慣れている方だとも思うけどね。
孤独に対すると言うか、老後の話だった。まあ興味はあるが、うーんと言う感じで読む。その中でも学びがいくつか。
【学】
60後半から老いを感じた
生死観を確立することが必要
「今の日本はたしかな希望を見いだせない」
パンとサーカスに満足し、権力に対する政治的な批判精神を喪失した
→確かに私がそうかもしれない。 -
一年も前に出た本なのに、
AMAZONの「中公新書ラクレ」の上位にあって、
調べたら図書館で待っている人がたくさんいるのを発見、
たまたまある図書館ですんなり借りられることがわかったので、
衝動的に借りてしまいました。
ぜんぜん『孤独のすすめ』ではありません…。
もともと『嫌老社会を超えて』という単行本で出版したもの。
それならわかる。なんで今回こんな題をつけたの?
そしてAMAZONレビューを見たら、同じような感想を持った人がたくさん。
こういうこともあるのね。
『親鸞』は面白かったのに。
とため息をつきました。 -
五木寛之は、昭和6年生まれで現在85歳であるが、70代頃から自らの年齢に合わせて人の生き方に関するエッセイを多数執筆している。
本書は、2015年刊行の『嫌老社会を超えて』を再構成し、大幅加筆した上で書下ろしを加えたもの。
題名は「孤独のすすめ」であるが、全体を通して書かれているのは、副題の「人生後半の生き方」であり、原本題名に繋がる「嫌老社会」(老人を嫌悪する社会)を回避するための社会の在り方である。
本書から何を感じ取るかは、世代や現在の環境などにより異なるのだと思うが、知命を超えつつアラフィフとは言えない年齢に達した私としては、今後の自分の人生も想像しつつ、人生後半の生き方として以下のような点に大いに共感を持った。
◆歳を重ねるごとに孤独に強くなり、孤独のすばらしさを知り、孤独を恐れず、孤独を楽しむ。
◆古来、中国では、人生は青春・朱夏・白秋・玄冬の4つの季節が巡っていくのが自然摂理とされるが、それぞれの季節に適した生き方をする。
◆精神活動は高めながらも自然にスピードを制御する、即ち、トルクは高めながらもシフトダウンする。
◆生理的・肉体的な衰えを認め、受け入れる。
◆人生の下山を楽しむ。登山中は振り返って見る余裕もなかった、眼下に広がる、周囲の山々、下界の大パノラマを楽しむ。
◆古代ヒンズー教では、人生を学生期(がくしょうき)、家住期(かじゅうき)、林住期(りんじゅうき)、遊行期(ゆぎょうき)の4つの時期に分け、それぞれに相応しい生き方・役割がある。
◆大切なのは死生観の確立。自分の死生観を託することができる宗教を見つける。
◆未来を考えるより、むしろ昔を振り返る。記憶の抽斗を開けて、あのときはよかった、幸せだった、楽しかった、面白かったと、さまざまなことを回想する。回想はコストもかからず、認知機能の改善にも役立ち、楽しいことを思い出すのは心理的な効果も高い。そしてなにより、元気になり、人間とは愛すべきものだというあたたかい気持ちが戻ってくる。無限の宝物である。
人生後半を生きるための心の持ち様のヒントが得られる一冊と思う。
(2017年12月了) -
人は死ぬからそれの終わり方に着いて考えさせられた。
著者プロフィール
五木寛之の作品






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コメントありがとうございました。
人生について書かれた五木さんの著書、参考になりますね。
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