孤独のすすめ - 人生後半の生き方 (中公新書ラクレ)

著者 :
  • 中央公論新社
3.16
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本棚登録 : 392
レビュー : 52
  • Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121505859

作品紹介・あらすじ

老いにさしかかるにつれ、「孤独」を恐れる人は少なくありません。体が思うように動かず、外出もままならない。訪ねてくる人もおらず、何もすることがなく、世の中から何となく取り残されてしまったようで、寂しく不安な日々。けれども、歳を重ねれば重ねるほど、人間は「孤独」だからこそ豊かに生きられると実感する気持ちがつよくなってくるのです。

感想・レビュー・書評

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  • 年をとると、どのように生きるべきか戸惑っている人が少なくないと言われます。本書はそうした人々に老いの現実を肯定的に受け止めて生きていく言葉を贈っています。孤独な生活の友となるのが、例えば本だと。読書とは、著者と一対一で対話する行為で、心強い友。人生の後半期は自分で登ってきた山を降りていく時期なので、景色を楽しんで下山することだと言う。確かに、リタイアした人の中には、仕事一筋でやってきた人ほど何かしていないと自分だけが取り残されたという不安に駆られる人が多いと言われます。私は、老いを気楽に受け止めて、現役より自由な時間が膨大に増えるメリットを活かして、好きな事をやれば良いと思います。社会への恩返しになるような事であれば、なお良いですが。一方、現役の人は自分の納得出きる生活を追求する事です。それには、時折は現状の棚卸しも必要と思います。

  • 発売5ヶ月で早くも13版の本書を店頭で見かけて即買いで読みました。論語からひいて、人生は青春 朱夏 白秋 玄冬と25年刻みで巡るといい、まさに玄冬の只中に居る五木さんからのメッセージ、さらりと読めるし特に反論する箇所もない判りやすい本です。青春の門 の頃は青春を謳歌されていた五木さんからの警鐘、超高齢化の日本に高齢者階級と若者勤労者階級との闘争が起きる懸念も看過出来ないかも! 白秋に居る私にも色々と考えさせてくれる良書でした。

  • 五木寛之さんの本は『人間の覚悟』『下山の思想』に続いて3冊目。
    全2冊は夫の本棚から。
    この本はそのタイトルに惹かれ、手にした本。
    既に30万部を突破しているベストセラー。

    2015年に刊行された『嫌老社会を超えて』を再構成、大幅に加筆したうえで、タイトルを変えたそうですが…
    『孤独のすすめ』というタイトルと内容がしっくりこなかった。

  • 難しく考え過ぎ

  • 五木さんの広くて深い知識と読みやすい文章の為か、押し付けられ感なく、こんな考えもあるんだなーと素直に入ってきました、

  • 五木寛之は、昭和6年生まれで現在85歳であるが、70代頃から自らの年齢に合わせて人の生き方に関するエッセイを多数執筆している。
    本書は、2015年刊行の『嫌老社会を超えて』を再構成し、大幅加筆した上で書下ろしを加えたもの。
    題名は「孤独のすすめ」であるが、全体を通して書かれているのは、副題の「人生後半の生き方」であり、原本題名に繋がる「嫌老社会」(老人を嫌悪する社会)を回避するための社会の在り方である。
    本書から何を感じ取るかは、世代や現在の環境などにより異なるのだと思うが、知命を超えつつアラフィフとは言えない年齢に達した私としては、今後の自分の人生も想像しつつ、人生後半の生き方として以下のような点に大いに共感を持った。
    ◆歳を重ねるごとに孤独に強くなり、孤独のすばらしさを知り、孤独を恐れず、孤独を楽しむ。
    ◆古来、中国では、人生は青春・朱夏・白秋・玄冬の4つの季節が巡っていくのが自然摂理とされるが、それぞれの季節に適した生き方をする。
    ◆精神活動は高めながらも自然にスピードを制御する、即ち、トルクは高めながらもシフトダウンする。
    ◆生理的・肉体的な衰えを認め、受け入れる。
    ◆人生の下山を楽しむ。登山中は振り返って見る余裕もなかった、眼下に広がる、周囲の山々、下界の大パノラマを楽しむ。
    ◆古代ヒンズー教では、人生を学生期(がくしょうき)、家住期(かじゅうき)、林住期(りんじゅうき)、遊行期(ゆぎょうき)の4つの時期に分け、それぞれに相応しい生き方・役割がある。
    ◆大切なのは死生観の確立。自分の死生観を託することができる宗教を見つける。
    ◆未来を考えるより、むしろ昔を振り返る。記憶の抽斗を開けて、あのときはよかった、幸せだった、楽しかった、面白かったと、さまざまなことを回想する。回想はコストもかからず、認知機能の改善にも役立ち、楽しいことを思い出すのは心理的な効果も高い。そしてなにより、元気になり、人間とは愛すべきものだというあたたかい気持ちが戻ってくる。無限の宝物である。
    人生後半を生きるための心の持ち様のヒントが得られる一冊と思う。
    (2017年12月了)

  • 五木寛之は人生を山に例える。
    山は登れば降りなくてなならない。
    登山では下りの方が怪我をする可能性が高いらしい。
    緊張感があり何もかも新鮮だった登りと違い、
    下りには体の疲れも気の緩みもある。
    終わりに向かう閉塞感や孤独感に苛まれもする。
    一方で魅力もあると語る。
    周りを顧みる余裕ができ眼下の景色を楽しむことができる。
    前を向くだけが楽しみではない。
    過去を回想し思い出に浸ることは悪いことではないという。

    嫌老感の風潮についても語る。
    若者からすると老齢者は、
    年金をもらい十分な貯蓄を持つ特権階級に見える。
    老齢者を支える財源を稼いでいるのは自分たちなのに、
    自分たちには還元されず生活が圧迫されていると感じる。
    老齢者にはこの日本をつくった自負がある。
    若者が自分たちを邪険にし、
    疎ましく思う雰囲気に居心地の悪さを感じる。
    世代間格差ではなく階級闘争の様相を呈していると。

    人生を80年と考えれば折り返しを過ぎた。
    100年、120年と考えてもその時は近い。
    健康とお金と趣味があれば一人で生きていける。
    自立、個として立っていこう。

  • 親鸞を書いた五木寛之氏だが、達観した内容を期待しすぎたかも。

    彼自身、老いや死について決着がついていないのだろう。

  • 人生は、青春、朱夏、白秋、玄冬と4つの季節が巡っていくのが自然の摂理
    玄冬なのに、青春のような生き方をしろといっても、それは無理
    だとすれば、後ろを振り返り、ひとり静かに孤独を楽しみながら、思い出を咀嚼したほうがよほどいい。回想は誰にも迷惑をかけないし、お金もかからない。繰り返し昔の楽しかりし日を回想し、それを習慣にする。そうすると、そのことで、錆びついた思い出の抽斗が開くようになり、次から次へと懐かしい記憶がよみがえってくるようになる。
    50歳は人生の折返し地点と覚悟する必要がある。そこからさらに50年の後半戦がある。そことをまず、はっきりと諦めることが必要。普通に考えると、諦めるというのは、マイナス思考のように受け止められがちだ、諦めるの本来の意味は、明らかに究める事を意味する。目をそらさずに、ありのままを直視する。
    どうせお金はあの世へは持っていけないのだし、生きているうちに思い切りお金を使うべき。旅行でもグルメでも思い切り楽しんで、ああ面白かった。満足だと言って、往生すれば良い。
    回想は医療の現場でも取り入れられている。蘇った思い出が楽しいものであるほど、心理的な効果が高い。自分の人生、捨てたものではないと、肯定的な気持ちになる。

  • この本の前に、出口氏の還暦からの底力を読みましたが、真逆な発想でした。
    ポジティブな出口氏の本の方がよかったです。

    また、タイトルが内容に合っていないように感じました。

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著者プロフィール

1932年福岡県生まれ。戦後朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。’66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、’67年『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞、’76年『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。’81年から龍谷大学の聴講生となり仏教史を学ぶ。ニューヨークで発売された『TARIKI』は’01年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門銅賞)に選ばれた。また’02年度第50回菊池寛賞、’09年、NHK放送文化賞、’10年、長編小説『親鸞』で第64回毎日出版文化賞特別賞を受賞。主な著書に『戒厳令の夜』『ステッセルのピアノ』『風の王国』『親鸞』(三部作)『大河の一滴』『下山の思想』『孤独のすすめ』など。

「2021年 『海を見ていたジョニー 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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