古典外交の成熟と崩壊I (中公クラシックス)

著者 :
  • 中央公論新社
4.24
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本棚登録 : 122
感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121601377

作品紹介・あらすじ

十九世紀のヨーロッパに秩序と安定、四十年の平和をもたらせた「勢力均衡」の知恵とは何か-。

感想・レビュー・書評

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  • 故高坂正堯氏の数少ない学術論文集であり、氏の京都大学における博士論文である。学生時代に図書館で読んだが、博士論文がこんなに面白くていいのか!というのが第一の感想である。数式や抽象的なモデルを駆使して「科学」的な装いを凝らした近年の国際関係論にありがちな小難しい議論は一切なく、外交史研究の王道を行きながら上質の文明論たりえている稀有な書物である。

    高坂は我が国で初めて現実主義の国際政治学を打ち立てたと評されることが多いが、これは誤りではないにしても若干注釈が必要だ。多くのリアリストが言うように、外交は究極的には国益と国益がぶつかり合う闘争の場である。しかしそれが剥き出しのリアルポリティークと化すのを防ぎ、潜在的な対立を孕みながらも、互いの自制と協調によってともかくも安定を保つ上で重要な役割を果たしてきたのは、時に「正統性」あるいは「ヨーロッパ」と表現された共通の理念であり、また「文化」や「スタイル」とでも言う他ない緩やかな行動規範である。そうした共通基盤の上に、闘争と協調が絶妙のバランスを維持し、「古典外交」の頂点として結実したのが世に言う「ウィーン体制」であり、それが本書の主たる分析対象である。したがって高坂の外交論は極めて冷徹なリアリズムに根ざすものでありながら、近視眼的な国益優先とも偏狭なナショナリズムとも一線を画する。

    だが時代の移り変わりとともに「古典外交」を支えた共通基盤は変質していく。交通・通信手段の発達により外交に求められるスピードが格段に速くなり、ナショナリズムの台頭により世論の動向も無視できなくなる。外交は性急に結論を求める粗野なリアルポリティークに傾斜し、「会議は踊る」と言われたウィーン会議が持っていた優雅なゲーム性は失われる。リアリズムの支柱であった勢力均衡も、かつてそれを生んだ「多様性への愛」ではなく、単なる自国の勢力拡大の手段と化してしまう。こうして古典外交は崩壊へと向う。

    生粋の京都人であった高坂さんは、貴族が外交を担ったウィーン体制に最も愛着を持っていたように思う。本書の中でもウィーン体制と18世紀文化との関わりを論じた第3章は、まさに失われた貴族文化へのオマージュとも言うべき逸品で、高坂さんらしい薫り高い文章である。学術誌ではなく中央公論という一般誌に発表されたということもあるだろうが、専門分化された無粋な講壇知識人には到底真似のできない、英国貴族風の気品あるアマチュアリズムに満ちている。

  • 319.3||Ko||1

  • [評価]
    ★★★★☆ 星4つ

    [感想]
    ウィーン会議におけるヨーロッパ諸国の外交を扱っている。
    私があまりナポレオン戦争の時代に詳しくないためわからない部分もあったが、各国代表が国家間の勢力均衡を図るためにかなり苦労していることが分かる。
    また「会議は踊る」という言葉に多くの意味が存在していたことには驚いた。

  • ナポレオン戦争後のウィーン会議における各国の動きを分析した本。ロシアとフランスに囲まれたオーストラリアとドイツが、同盟で結束する必要があったことや、ウィーン会議が実質強国の間で決められたことをなぞることになっていたものの、体面上はそうも出来ず、社交に明け暮れていたことなど。面白かった!

  • [その技巧、精密画の如し]19世紀前半のヨーロッパに安定と均衡をもたらした外交を「古典外交」と捉え、その形成と崩壊を描いた作品。共通の価値観を土台とした勢力均衡のあり方とその功能を的確に記したことで、高い評価とともに反響を巻き起こしました。著者は、リアリズムに根ざした国際政治観を提示し、現在でも多くの外政家を惹きつける高坂正堯。


    近世ヨーロッパ外交のエッセンスが詰まった一冊かと。また、そのエッセンスをどこか遥か遠くの国々の過去のできごととして捉えるのではなく、今日(または未来)の国際社会を考える上でも参照したくなるものとして提示したところに、時を経ても本書と高坂氏の思索が重要視される秘密があるように感じました。

    〜外交のなしうることには明らかな限度があるのだし、それを認識した方がよいのである。〜

    この慧眼の持続力☆5つ
    (注:本レビューは上下巻を通してのものです。)

  • 第一章、第二章はかなり難しかったです。メッテルニヒと並んで本書の主人公であるカースルリーなんて初めて知ったくらいですし。しかし第三章はメチャクチャ面白いです。メッテルニヒは教科書的には時代の流れに逆らった愚者というイメージですが、彼の果たした役目を知ると随分印象が変わります。この章を読んでからもう一度本書を最初から読み直すと、読み方が変わると思います。

  •  フランス革命とウィーン会議を中心に,当時の外交のあり方とその体制の構築に維持したメッテルニヒの考え方,そしてそれが何故志向されたかについてまとめられています。ウィーン会議で確立された,全体的均衡と部分的均衡からなる「ヨーロッパ」がどのような考えから維持されたのか,そしてそれが志向されたのは,ウィーン会議を牽引したメッテルニヒなどの考え方や性格がどのように影響しているのかというテーマについての記載を興味深く読みました。利害の異なる組織を「調整」することで,ウィーン会議の成果として確立された「ヨーロッパ」を実現した「古典外交の成熟」の結果は,「調整」のあり方のひとつという視点から見ることができると思って,作品を読み進めていました。そして,この「調整」の弱点は,「古典外交の崩壊」という視点から見ることもできるかと思っています。

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著者プロフィール

1934年(昭和9年),京都市に生まれる.京都大学法学部卒業.1960年より2年間ハーバード大学留学.法学博士.京都大学教授.専攻,国際政治学,ヨーロッパ政治史.1996年(平成8年)5月,逝去.『高坂正堯著作集』(全8巻)のほか,著書に『世界地図の中で考える』『政治的思考の復権』『近代文明への反逆』『外交感覚』『現代の国際政治』『平和と危機の構造』『高坂正堯外交評論集』『世界史の中から考える』『現代史の中で考える』などがある.

「2017年 『国際政治 恐怖と希望』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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