- Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121908285
作品紹介・あらすじ
『暗黒日記』の著者として知られる清沢洌は、戦前期における最も優れた自由主義的言論人であり、その外交評論は今日の国際関係を考える上で、なお価値を失っていない。石橋湛山、馬場恒吾ら同時代人のなかでアメリカに対する認識が例外的に鋭くあり得たのはなぜか。一人のアメリカ移民が邦字新聞記者となり、活躍の舞台を日本に移してから、孤独な言論活動の後に死すまでの軌跡を近代日本の動きと重ねて描く唯一の評伝。
感想・レビュー・書評
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政治
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地元の駅で購入する。興味を持ったのは、清沢のアメリカの排外主義に対する態度です。知識人たちは、アメリカの排外主義に悲憤慷慨しました。それに対して、清沢は、クールな態度を保ちました。知識人の交際相手は、政治家、外交官、学者等の知識人である。それに対して、清沢のつきあった人たちは、普通の庶民です。この移民問題を決めるのは、庶民の感情だからです。この差が、清沢と多くの知識人のアメリカ観を分けました。
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再読。
帝大出身のエリート政治家とは異なり、アメリカで移民として育った清沢の主張には、実体験に基づいた力強さがある。
学生時代に読んだときに、「市井の雑事を軽んじてはならない」という清沢のメッセージに心打たれ、公的機関で働いてから5年経った今読んで、再びその言葉に励まされた。
今回は、「好むと好まざるとに関わらず、隣国とは建設的な関係を構築すべき」という主張にはっとさせられた。これは排日運動に揺れる当時の日米関係について述べた言葉だが、現在の日中関係にもあてはめられる言葉である。
外交に限らず、国造りに必要な大局的・長期的な視座を与えてくれる良書。 -
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現・東京大学法学部教授(日本政治史)の北岡伸一による外交評論家・清沢洌(1890-1945)の評伝。1987年度サントリー学芸賞受賞作。
【構成】
序章 青年時代
第1章 新聞記者時代-国際協調と政党政治
第2章 評論家としての独立-国際協調の崩壊
第3章 自由主義者の孤独-日本外交の混迷
第4章 評論から研究へ-日中戦争と日米戦争
補章 若き日の清沢洌-サンフランシスコ邦字紙『新世界』より
不勉強な私は本書を読むまで『暗黒日記』のことぐらいしか清沢について知らなかった。清沢は若くして移民として渡米して在米邦人向け新聞記者となり、帰国後は中外商業新報、東京朝日新聞といった大新聞で記者として健筆をふるう。彼の本領は外交評論であり、特に移民排斥や軍縮条約、そして満洲事変で揺れる戦間期の日米関係こそ彼の筆がさえ渡った時代であった。
清沢のスタンスを端的に表せば「自由主義」である。
「清沢によれば、彼の自由主義は、制約からの自由を求める古典的な主張であって、
主義とかドクトリンとかいうものではなかった。抑圧からの自由を求め、他人に支
配されることを拒むかわりに他人に対して寛容をもって臨む態度、心構え、それが
彼の自由主義の根底であった。」(p.146より)
アメリカ合衆国の中南米に対するモンロー主義や道義的で非妥協的なスティムソン・ドクトリンを批判する一方で、満洲での既得権益にばかり気をとらわれて大局を見ずにメンツに拘泥する日本政府へはさらに厳しく批判を加える。満蒙での権益を絶対視せず、政治的・軍事的な強勢ではなく経済的発展を志向する立場は、石橋湛山と通じるところがある。
そのような清沢の言論は当然のことながら、右翼・軍部から厳しい批判にさらされる。新聞などのジャーナリズムだけでなく、知識人達も次第に政府方針への迎合をしはじめる中でも清沢は彼の「自由主義」を貫徹しようとした。しかし、そんな清沢ですら、日中戦争開戦後、欧米諸国の日本への印象が極めて悪化し、日本の外交姿勢について、言われ無き批判にさらされると、日頃は厳しく批判していた日本政府の方針を擁護するような発言をしてしまう。
戦争の長期化によって厳しさを増す言論統制の中で、清沢は論壇での活躍の場を失い、日米戦争の成り行きを見守りながらついに終戦を迎える直前に55歳で没した。
偏見にとらわれることなく常に「自由」を求めた清沢の主張、立ち居振る舞いは同時代の人々から広く受け入れられたわけでなく、時に強い反感を買うこともあった。それでも日米提携の道を説き、鋭い洞察から現実的な外交のあり得べき形を模索した姿勢について著者・北岡の強い共感が随所に感じられる。 -
北岡先生の著作だから読んでみた。日本政治外交史の授業とリンクするところが多いので(著者だから当たり前か。)補完にはもってこい。
ただ、清沢をすごすごいといってるが、正直どんだけすごいのかすごいのかイメージわかない。評論家としての姿勢がすごいみたいだが。。。うん。。本気ですごいなら、よく比してある石橋湛山ほど有名になっても、評価されてもしかるべきなんではないか??と思ってしまう。しかし、いつの時代でも、凄くても脚光をいまいち浴びられない人はいるのかな?つか、当時は脚光浴びてても、その50年後でどうなのか?ってことでもあるよね。