芥川龍之介(上) (中公文庫 A 65)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122010222

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  • 芥川への深い友情とともに辛辣な批判に満ちた本書は、人間芥川の実像をこの上なく細やかに、そして温かい視線で描いており、うず高く積まれた芥川論の中でも無類の傑作である。冗長で繰り返しも多く、書物としての完成度は決して高いとは言えないが、これほど面白い作家論に出会ったことはない。版元品切れ状態が続いているのは不思議だ。

    自然主義的私小説の流れに棹さす宇野は、芥川の小説を決して高く評価していない。「頭で書いている」「人間に血が通ってない」「テエマが露骨に出過ぎている」「描写をしないで説明で片付ける」「ただ綺麗に描かれた絵巻物」・・・親友のよしみとは言え、随分明け透けで手厳しい。一言で言えば、技巧が過ぎて真に迫るものがないということだが、世評の高い『歯車』も、「筆がすべり過ぎて興味を殺ぐ」と冷ややかだ。自伝的色彩の濃い『或阿呆の一生』も、あくまで一個の「作品」とした上で「ブリリアント・ライ」であると喝破する。小説を虚構による芸術とする西洋の正統的な文学観を抱く芥川からすれば「大きなお世話」に違いないが、同時代の文壇の芥川評価の一つの型を知ることができる。

    だが本書の白眉は、芥川龍之介という一人の人間を、友として、ライバルとして、深い情愛をこめて、しみじみと語っている点だ。イタズラ好きで茶目っ気たっぷりの下町気質、作品の評価を異常に気にする小心者、案外常識的で世間体を気にする一面など、宇野の語る芥川の素顔は作品とは打って変わって実に人間臭い。また芥川の小説を評価しなかった宇野も、その才能は高く評価していた。ただ、素材を料理して物語に仕立てる技量には長けていても、創造性に乏しい芥川の限界を同業者として鋭く見抜いてもいた。芥川は古典や歴史に次々と素材を求めていくが、晩年にはそれが尽きて自分を素材にせざるを得なくなる。創作の行き詰まりと世間の評価に怯えながら書き続ける芥川の胸の内を、芥川と同じ都会育ちで繊細な心を持つ宇野は痛いほど理解できたに違いない。本書は宇野の生涯で最後の作品となったが、どうしても書かずにおれなかったのだろう。この芥川論は宇野にしか書けない。

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